あやかしあかし | ナノ
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爽やかな快晴の空の下、生徒達が校門を潜る。今日はこの学校の終業式だ。
「お早う久美子」
名前の学校での第一声。何時もと変わらぬ柔和な笑みを親友に向ける。
「おはよ名前、今日も相変わらず…ん?」
それに応える最中、久美子の視線が名前の左手首に向かう。
「アンタ、それどうしたの?」
彼女の腕には赤いミサンガが付けられていた。名前は左腕を持ち上げると、右手でそっとミサンガに触れる。
「私の、宝物」
そのあまりに優しげな表情に、何度か瞬きを繰り返す久美子。
「…珍しいね、アンタが校則破るなんて」
「そう?」
「明日は雨だなこりゃ」
「そうかなぁ?」
「それより!そのミサンガどうしたの?まさかアンタに限って彼氏に貰ったとかじゃないだろうけど…」
「彼氏じゃないよ。もっと大事な子」
「ん?アンタ兄弟とかいたっけ?家族が様子見に来たとか?」
「ふふ…家族、だね」
「なにそのよく分かんない返答…」
名前の穏やかな表情に、久美子はそれ以上追求する気になれなかった。
「…まぁ、先生にバレないのようにね。ホラ終業式行こ」
「うん」


* * *


式は厳かに進み、ホームルームもさっさと済まされた。成績簿を受け取って色々な反応を見せる生徒達の間を抜け、名前と久美子は教室を後にした。
外へ出れば、夏の陽射しが二人へ降り注ぐ。
何と無く顔を上げ、太陽を眺め、その眩しさに目を細める。
と、冷たい何かが名前の頬に当たった。
「あれ?こんな晴れてるのに雨降ってきた?」
隣の久美子もぼやいた。
太陽が顔を出しているのに雨が降る。この現象に付いている呼び名は、
「狐の嫁入り、か」
「傘なんか持ってきてないってのに…ま、これくらいなら平気か」
「そうだね。あ…」
もう久美子と別れる道まで来ていた。曲がり角の手前でお互い別れを告げる。
「じゃあ、いい夏休みを」
「そっちこそ、旅行とか行きなさいよ?」
「…うん」
最後までお節介な久美子に、笑みを送った。
角を曲がれば、そこにいたのは一匹の犬。中くらいの大きさの犬は名前の姿を認めた瞬間、嬉しそうに駆け寄った。
「今日もありがとう、幸村」
この犬こそ、真田源次郎幸村である。
件の事件から、幸村は妖…犬の姿を現すようになり、人の目が多々あるときなどは、犬の姿で行動することが多くなった。名前を迎えに来るときも、妙な噂を避けるため犬の姿をしている。
しかし、元々幸村は犬の妖なのであり、その姿が本来の姿なのだから、始終犬であっても良い筈だ。
それを名前が幸村に話してみたが、人の姿をした者と接するときは、自身も人の姿の方が理解しやすいらしい。それに人の姿の方が何かと便利なのだとも言っていた。
「某は、人のことをもっと知りたい。ゆえに人として、人と接してゆきたいのでござる」
幸村の言葉を思い出した。
人と妖が共存出来る日を夢見て、ずっと模索し続けていた幸村。
名前は、幸村以外の妖を見たことがない。しかし、信玄や佐助という存在を知り、何より幸村自身が妖であると知った今、妖の存在を認めるしかなかった。
妖とは、どんなものなのか。人と妖が共存すれば、どんな世界になるのだろうか。
どれ程考えてもきりがない。
と、袖が引っ張られる感じがした。
見れば、幸村が噛んでいる。
名前は考えている最中、ずっと佇んでいたのだ。
「あ…ごめんね、早く帰らなきゃ」
ちょっと頭を撫でてから、歩き出す。幸村もその後を付いて来る。
ふと顔を上げると、まばゆい太陽。しかし、まだ止まない雨。
「狐の嫁入り…」
狐とは、古来から人を化かすような描写がなされている生き物だ。神や妖にも、狐はいるのかもしれない…

そのとき、天が割れた。

「え?」
「!?」
太陽から閃光が放たれ、それが名前の体を刺し貫いた。
突然のことに為すすべなく、細い体躯が中を舞う。
幸村が吠え、地面にたたき付けられる前に駆け寄ろうとする。
が、名前は宙で華麗に一回転すると、あっさりと着地した。
立ち止まった幸村の眼前で、彼女はゆらりと立ち上がる。
「――狭いな」
紡いだ言葉はまるで抑揚が無く、冷たい響きだった。
幸村が人の姿に変わる。厳しい表情で二槍を構えた。
「…貴殿は何者だ」
明らかに、名前に対する言葉ではない。
対する彼女は、明らかにいつもの名前ではなかった。
冷たい表情、立ち姿。頭には大きな耳と、背には九の尻尾。その姿はまるで、狐のよう。
「犬風情が我に刃向かうか。…どうやらこの娘、奇異のようだな」
「名前殿の体から出て行け!」
「フン、吠えるばかりの犬が」
つい、と指先で弧を描く。途端に巻き起こる風が幸村を襲った。
二槍を交差させて風を防ぐが、じりじりと後退していく。
「ぐう…!!貴殿、ただの憑物ではござらぬな…余程妖力の高い妖か、あるいは…!」
「我を貴様と同等にするな」
冷たく切り捨てた名前の姿をした“誰か”は、手の平を幸村に向ける。そこに光が集中し、逃げる間もなく光線が幸村に浴びせ掛かった。派手な爆音と共に土煙が上がり辺り一面に広がる。
「…、」
眉を寄せて手を引く。その手の平は少し焦げていた。
「フン、人間の体の何と脆いことよ」
踵を返し、歩み始める誰か。だが、土煙の中心から声が飛ぶ。
「待てい!!」
煙の壁を破り幸村が飛び出した。衣服が破れ、あちこちに擦り傷が付いているが、他に目立った外傷はない。振り返った誰かが鬱陶しいとばかりに睨む。
「そのまま倒れておれば良いものを…貴様、余程命が要らぬのか」
「この幸村、簡単にくたばるような男にあらず!それに…己の命と引き換えてでも、名前殿を護ると誓ったのだ!」
熱くたぎる幸村が、二槍を構える。
「ほう…それ程この人間が大事か」
「無論!」
「なれば理解していよう。この状況で、貴様に為す術などないことを」
「ッ!!」
その通りだった。誰かと名前を引きはがそうにも、力技しか持たない幸村では、名前の体を下手に傷付けかねない。
苦虫を噛み潰したような表情で動きを止める。それを見た誰かは鼻を鳴らし、完全に背を向けた。
「…名前殿!」
幸村の声が響く。
「愚か者が…この体はもはや我の…ッ?!」
誰かが足を止める。
「馬鹿な…計算してないぞ!」
表情を険しいものに変え、自身の胸を押さえる。何かを封じ込めようとしているようだ。
「人間風情が、我に抵抗するなぞ…ッ!!」
一瞬、その体が光った。



2012.2.16