あやかしあかし | ナノ
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十四

風呂上がり、旅館にウサギのことを知らせた後、名前は土産店を見に行っていた。
ストラップだけでは寂しいので、何か菓子も買って帰ろうと思ったからだ。
地域限定の菓子は、メジャーなものから変わったものまで沢山あり、ついつい目移りさせていると、大分時間を食ってしまった。
疲れているだろう幸村を待たせてしまったと後悔すると、直ぐさま土産は決まった。
土産の菓子と缶ジュースの二本入った袋を下げ、階段を上がる。暫く廊下を歩けば、今晩泊まる部屋の前に着いた。
「ただいまー」
呑気な声で扉を開く。
「…?」
もちろん、幸村の「お帰りなさいませ!」を期待したのだが、それが来ない。
電気はついているし人の気配はあるので幸村はいるはずだ。電気をつけたまま寝てしまったのだろうか。
「幸村…?」
そっと襖を横に滑らせると、部屋の角にうずくまる彼の姿。
体調が悪いのか、と心配して少し近寄ると、みるみる顔色を悪くする。
「幸村、どうしたの?!」
汗が滲み息の荒いその姿は痛々しく、名前が駆け寄ろうとすると、
「寄るなっ!!」
厳しい声で制止された。
息を荒げ、苦しそうに胸を押さえるその姿が痛々しくて、同時に以前にもどこかで見たことがあるような気がした。幸村の姿が、いつかの何かの姿と重なる。
幸村の制止に構わず名前が近付くと、大仰に肩を震わす彼。見開いた目が、血走った目が名前を映し、怯えるような、怒ったような表情でなんとか距離を離そうとするが、縺れる足では体をその場から動かすことは出来なかった。
「頼む…それ以上は寄らないでくれ…頼む…」
弱々しい懇願とままならない呼吸に、名前の目が悲しそうに潤む。
ついに幸村の傍に寄った彼女は徐に膝をついた。伸ばした腕が幸村の頭を包み、強く引き寄せると、彼の身体が強張った。
「ごめんね、気付いてあげられなくて」
「ッ?!」
「幸村…苦しいんだね、辛いんだね…可哀相に」
子をあやすような優しい声色でそっと背中を撫でてやると、相変わらず苦しそうではあるものの、幸村が力を抜く。名前が手の平で後頭部を押さえると、小さく震える幸村の唇が彼女の首元に当てられた。戸惑う幸村はされるがままに、力無くもたれ掛かる。
幸村の呼吸に合わせるように名前も息を吐く。二人の心音が響き、交わり、合わさってゆく。呼吸の音と、心臓が波打つ音だけが空間を支配し、二人の間に僅かな緊張感が生まれる。
「幸村…」
徐に名前は口を開いた。


「――食べていいよ」


その声が空気を震わせた瞬間、幸村は牙を剥く。



2012.2.5