あやかしあかし | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




買い物を終え荷物の整理をしていると、背後の扉の開く音が聞こえた。
「わぁ…よく似合ってるよ」
「そうでござるか?」
ファッションのことはいまいち分からないので店員に任せ、出来るだけ安くそれでいてトレンドなものを見立ててもらったのだが…
「流石だねぇ」
店員が、あるいは幸村が。
当の本人は小首を傾げて良く分かっていない風だった。
「さて…」
昨日の夜と、今日の昼で分かったことだが、幸村は結構な大食漢のようだ。夕飯に出したレトルトカレーを食べた後、物足りなさそうな顔をしていたし、昼飯にと用意していたものを、本来ならば残すような、例えばプチトマトのヘタのようなものまで綺麗に平らげてしまっていた。夕飯は山ほど作らなくてはならないだろう。そうすると今から準備を始めたって遅くはない。
「幸村、私夕飯の用意するから適当に寛いでいてね」
「夕餉にござりますか!なれば…いえ…お待ちしております」
何か閃いたような顔をしていたのに、すぐに萎んでしまった。その様子に首を傾げる名前だったが、特に追求することなくエプロンを掛けた。
「〜♪」
一人暮らしをするようになって、料理の楽しみを覚えた。野菜の皮を剥きながら、自然鼻歌なんて歌ってしまう。そんな後ろ姿を幸村が見詰めているとは気付かずに。
「……」
椅子に腰掛けながらソワソワ、不意に立ち上がるともじもじ。名前の方をちらちら。
「……」
「〜♪」
「……」
「おーもーいーがー…」
「名前殿ッ!!」
急に後ろから飛んできた声に肩が大きく跳ね上がった。
「吃驚したー…なあに幸村?」
幸村は必死の形相で、全身を震わせていて、その雰囲気があまりにも台所には似つかわしくない。きょとんと首を傾げる名前に向かって、彼は重々しく口を開いた。
「そ…某にも、何か手伝えることはござらぬか」
出て来た台詞と、態度のギャップ。数秒間静止した後、名前は吹き出した。
「幸村ったら、そんな怖い顔で言うことじゃないよ」
「なんと、そこまで強張っておりましたか?!」
自分の顔面を手で撫でる姿がまた可笑しくて、名前は中々笑いを止めることが出来なかった。
「あまり笑わないでくだされ…」
「ふふ、ごめんね。でもありがとう。そうだね…じゃあ、幸村には玉葱をお願いしようかな」
皮のついたままの玉葱を渡して皮の剥ぎ方を説明すると、幸村は張り切って取り掛かった。
「おお!これは見事な剥がれよう!どこまでも剥けまする!!」
「そんなに剥いちゃう必要はないよ、白い部分は料理に使うんだから」
「なんたる!」
随分小さくなってしまった玉葱を手に慌てる幸村。
(…なんだか、)
こう言っては失礼だろうが、そう見えてしまう。
(犬みたい)
「名前殿!これでようござるか?!」
今度は上手く剥けた玉葱を突き出し、目を輝かせている様子は、正に主人の投げたフリスビーをくわえて戻ってきた犬だ。そう思うと、幸村が尻尾をブンブン振っているように見えてしまった。
(私ってば、何でもかんでも動物に例えるのは止めなきゃ)
「うん。じゃあ次は、それを切ってほしいんだけど…包丁使える?」
「先程名前殿が扱っておられたのを見ておりました故、使い方は心得ておりまする!」
「そう?ならお願いするね」
勇んで包丁を握ると、まな板に置いた玉葱に向かって強く振り下ろした。
ズコン、と鈍い音が響き、玉葱がすっ飛んだ。
「なんとぉ?!!」
「幸村っ!大丈夫?」
「たまげたものだ…玉葱がこれほど吹き飛ぶとは」
「包丁はそんなに力入れなくていいからね。それと、玉葱はちゃんと押さえて…ハイ、この形、猫の手!」
「ね、ねこ?」
名前が指を引っ込めてみせると、幸村も真似して引っ込める。その手を玉葱に沿えて、静かに包丁を下ろすと、あっさり切れた。
「おお…」
「そう、その調子」
大丈夫そうだと判断し、再びジャガ芋の皮剥きに取り掛かる。と、何やら悶え始める幸村。
「目が…目がああぁぁああ!!」
「あぁ、玉葱は目に染みるね…幸村、ジャガ芋の皮剥いてくれるかな?こうやって…」
「うぐぐ…っ承知!」
タオルで目を庇いつつ、皮剥き器を手にした幸村は、ジャガ芋に刃を宛がうと力強く一気に引いた。案の定勢いが付きすぎて、手の平も一緒に切ってしまった。
「ぐおっ!!〜〜ッ!」
おまけに指先も切ったらしく、水に染みて苦悶の表情で左手を震わせている。
「ゆ、幸村…」
「申し訳ありませぬ…某、役に立つどころか足手まといとなるばかり…」
「……」
「やはりこの幸村、手先での作業は不得意なようです」
(もしかして、準備に取り掛かる前何か言おうとして止めちゃったのって…)
目に見えて落ち込んでいる幸村の肩をそっと叩いた。
「幸村、怪我の手当てしようか」


* * *


指先に絆創膏を貼って、傷口を隠す。救急箱を閉じていると、幸村は人差し指をしげしげと見詰めている。
「晩御飯、楽しみにしてね」
「無論にござる!」
元気良く返事をしたが、その表情は浮かない。
「幸村が手伝ってくれたから、きっと美味しくなるよ」
「さようでござるか…」
幸村は、眉が下がったままで力無く笑んだ。
「……」
名前は、今は何も言わず、支度に戻っていった。
お互い無言のまま、幸村はテーブルの座布団に正座して、名前は鍋の前で。やがて辺りに香りが立ちはじめた頃、幸村の腹が大きく鳴いた。
「!!…こっ…!…もっ…」
羞恥で顔全体を真っ赤に染め上げる様子に、笑みを漏らしながら皿を運ぶ名前。
「沢山作ったから、沢山食べてね」
「う、はっ、はい!…む?これは昨日と同じ…」
「昨日はレトルトだったけどね、今日はルーで作ったカレーだよ」
一気に沢山作るには、やはりこれしかない。二日連続にはなってしまうが、それぐらいは勘弁してもらおう。涎を垂らして待ち構えている幸村を見る限り、そんなこと気にしてなさそうだ。
「いただきます」
「いただきます!」
言うが早いかさっそくスプーンを口に運んだ彼は、目を閉じて租借した後、拳を震わせて叫んだ。
「美味にござるぅー!!」
「ありがとう。…でも、叫ぶと隣の人に迷惑掛けちゃうから、ね?」
「!」
そう窘めると、幸村はハッとして音量を落とす。
「昨夜のれとるととはまた違った舌触り、よりまろやかで肉や野菜も大きい。某、こちらのかれえが好みでござる!」
「そう?口に合ったみたいで安心した」
ハイペースで平らげる幸村は始終笑顔だった。それを見守る名前も笑みを浮かべておかわりを装う。あっという間に鍋は空になり、最後の一杯をテーブルに置くと、幸村はペースを落として味わうように食べ始めた。
「…幸村」
「なんでござろう!」
素早く返事を返す幸村。名前は一呼吸置いて、口を開く。
「明日も、手伝ってほしいな」
幸村の手が動きを止めた。
「幸村に手伝ってもらえたら、凄く助かるの」
「…そのようなこと、ありませぬ」
静かな声。
「今日のカレー、美味しかったでしょ?幸村が一緒に作ってくれたからだよ」
「しかし、某は何も」
頭を振る幸村。
「…料理ってね、楽しいものだよ、思わず鼻歌歌っちゃうくらい。それにね、一人でするより、二人で作る方がずっと楽しい」
幸村が顔を上げる。
「幸村に、手伝ってほしい」
にこりと笑ってみせた。
「…某で、お役に立てるだろうか」
「うん」
今日だって、玉葱を剥いたのは全て幸村だ。
「……。元よりこの幸村、名前殿のお役に立つ為に此処に居る次第。なれば断る理由等ございませぬ」
真っ直ぐな瞳が、名前を捕らえた。
「明日からは猛特訓いたしまする!」
先程とは違う、綺麗な笑顔。
「うん…ありがとう」
早速今日の片付けも手伝ってくれるだろうか。
幸村と一緒に作れば、もっと美味しくなる。そんな気がした。



長くなった。
2012.1.19