祓魔師になってから少し経ったある日、俺はへまをやらかした。
ある山に現れた大量の悪魔を祓う任務で、面倒だからと青い炎で全部焼き祓ったら山の木々に炎が燃え移ってしまったのだ。
笑えるほど大惨事だった。
炎は完璧に自分のものにしたと思ってたのに、そうではなかったらしい。
油断した。
案の定雪男にめっさ怒られた。
他の祓魔師からは白い目で見られた。
メフィストには笑われた。

そんなこともあって、俺はバチカン本部の監視下に置かれることになった。
いやもともと監視下にはあったけど、俺自身がバチカンに行くことになった。
ついにそうなったか、という感じで俺は驚かなかった。
雪男が「僕も行く」と言って大変だったが、なんとかメフィストが納得させた。
悔しそうだった。
俺は、雪男がいないのは嫌だけど、処刑されるよりましだと思った。

いつもいつもごめんな、雪男。







「兄さんと一緒に暮らせるの、今日で最後か」

「んな一生の別れみたい言い方すんなよ」

「だって寂しいんだもの」

「今日は素直だなあ雪男」

「今日くらい良いじゃない」

バチカン本部へ渡る前日、
最後だから、と俺と雪男は休みを貰った。

特に何をするわけでもなく、二人寄り添ってまったりと日向ぼっこをしていた。

「クロはいいなあ、使い魔だから兄さんと一緒にバチカンに行けて」

少し離れたところで蝶々を追いかけまわしている猫又に、雪男が羨望の眼差しを送る。

「お前それ言うの何回目だよ」と笑うと「わかんない」って返ってきた。わかんないほど言ってんのかよ。

「僕だって兄さんと一緒にいたい」

ぎゅう、と雪男が抱きついてくる。
今日の雪男は本当に素直だ。まるで幼き日に戻ったかのよう。

俺も雪男と一緒にいたいよ。そう心の中で呟いて、雪男のさらさらとした黒髪に口付けをした。









「聖騎士になればバチカンに来れるんじゃね?」

夕飯時、ふと思いついたことを口に出してみた。ら、雪男がすごい変な顔をした。

「うわブサイク、写メりてえ」

そして高校時代、雪男に恋心を抱いていた女の子たちに見せたい。

「やめてよ……ていうか、聖騎士になるために何年かかると思ってるの?そもそも僕なんかがなれると思う?」

雪男がめっさ馬鹿にしたような目を向けてくる。
んーむ。

「雪男ならなれんじゃね?」

すでに上二級だし。
天才だし。
俺の自慢の弟だし。

「…簡単に言ってくれるなぁ」

「えー、まあ大変だと思うけどよぉ…」

雪男なら、って思うんだけどなあ…



「…るの」

「ん?」

雪男が箸を置き俯いて何かを言った。気がした。聞き取れなかった。

「雪男?」

俺も箸を置いて、テーブルに少しだけ身を乗り出す。

「……」

何も言わない雪男が泣いてるように見えて、でも、雪男は一滴も涙を流してはいなかった。
ああ、今、すごく抱き締めたい。
テーブルが邪魔だ。

「ゆきお?」

もう一度名前を呼ぶと、雪男はやっと顔を上げた。

「まってて、くれるの?」

弱々しい声で放ったその問いに俺は、なあんだそんなことか、と笑った。答えなんて決まり切っている。

「何年でも待っててやるよ」

俺の時間はいくらでもあるんだから。

手を伸ばして雪男の頭を撫でる。
へへ、と笑った雪男の顔は、普段みんなに見せるような愛想笑いじゃなくて俺や神父さんにしか見せない本当の笑顔だった。




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