夢の中で、俺は普通の人間だった。

悪魔なんかどこにもいなくて、騎士団もなくて、雪男は祓魔師でも何でもないただの俺の双子の弟で、神父さんも生きていた。

夢の中では俺は20歳くらいで、驚いたことに、俺はあの日受け損ねた料亭で働いていた。雪男はもちろん医者になるために大学に通っていた。
大きくなっても俺たちは修道院に住んでいて、神父さんに「いつまでこんなところに居る気だお前ら」と笑われていた。俺たちも「いなくなったら寂しいくせに」「神父さんは素直じゃないなあ」なんて言って笑っていた。

とても平和で、すごく平凡で、泣きたくなるほど幸せな夢だった。





目が覚めれば、俺は悪魔だった。

悪魔なんてそこら辺にたくさんいて、騎士団は未だ健在で、雪男は祓魔師として、とっくに死んでいた。もちろん神父さんもいるわけがない。

今ここにある現実が全て夢で、目が覚める前の幸福な夢が真実で現実だったなら。幾度そう思ったかわからない。

叶うなら、そうであってほしくて、
叶わないなら、もう夢から覚めたくない。



悪魔の一生は永い。
人間と比べると途方もないくらい。

永くて、苦しい。


大切な人達がみんなみんないなくなってしまったこの世界で、生きることは、苦しい。

けれど死ぬことは許されない。騎士団が、許してくれない。

俺が魔神の落胤で、危険な悪魔で、強力な兵器だから。

せめて虚無界にでもぶちこんでくれればいいのに。

そうすれば、もう






「おはよう、兄さん」

目を開けると、目の前に雪男がいた。
夢か。
俺は目を閉じた。

「ちょっと、二度寝は許さないよ?」

雪男が俺の肩を揺する。
感覚的に夢ではないようだ。
ということは

「兄さんってば」

こいつは、悪魔だ。

「にぃ、ギァアアアアアアア」

目を閉じたまま、俺はそいつを燃やした。雪男と同じ声を出していたとは思えない酷い断末魔の叫び声が部屋に充満して、消え失せた。

雪男が俺の前に現れる時はだいたい夢か悪魔だ。

「雪男…会いてえな」

もう会えることはない。知っている、分かっているけど、望んでしまうから。強く、強く望んでしまうから。
だから俺は幸せな夢を見る。悪魔たちは雪男の姿で寄ってくる。

「ゆ、きお…」

泣きたい。泣けない。もう枯れてしまった涙腺からは、何も出ない。

あぁ、死にたいよ、雪男。











次に逢う時は、きっと俺を殺してね








「ごめんね、兄さん」


目の前にまた、雪男の姿をした悪魔が立っていた。




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