迷路 | ナノ

芽吹いた微熱



振り返ると焦ったような表情の高尾くんが急いで距離をつめてきた。ロオラちゃんが消えた?確かに高尾くんの後ろにも姿は見えない。え、あれ、うそ。気づかなかった…!

「まだそんな広場から離れてねぇけど…もしかしたら途中で怪我したかもしれねえな」携帯を耳に当てながら言う高尾くんは間を置いて「ちっ、出ねー」と眉を寄せた。

「悪ぃ、オレがちゃんと見てなかったから」
「え、高尾くんが謝ることじゃ…」
「とりあえず戻って探しに行くのだよ。ここは一本道だったが崖も多少あった。万が一のこともあるかもしれないのだよ」
「…オッケ。みょうじちゃんはここにいて。一応後で連絡すっけど、15分経って戻ってこなかったら先行って先生呼んで…や、1人じゃ危ねーな…」
「なんだかんだここまでしっかりとした足取りで来たのだよ。1人でも助けを呼びに行けるだろう」
「そ、それは大丈夫だけど…私も行くよ」
「オレらになんかあったら誰が助け呼んでくれんの」

笑んだ高尾くんは「ごめんな」とつぶやいてから緑間くんと共に駆け出していった。山を下っていく二人の背中を見て、先ほどから痛い頭に目をつむった。Cコースって…結構…つらい!正直しんどい。足痛い。緑間くんになんかついていけるわけないって…!でもなめられたらそりゃ見返したいわけで。
さっきの広場で水分補給すればよかった。暑いしだるい。喉渇いた。家からも忘れるなんてもう。でも今は私よりもロオラちゃんだ、怪我してたらどうしよう…足踏み外して遭難とか…うわ…!大丈夫かな、ていうかどうしよう高尾くんも緑間くんもなにかあったら。

でも今の私じゃなにもできない。大人しく座るだけだ。ぺたんと近くの石に座る。Cコース、選ばなきゃよかったな。結局みんなにいろいろ迷惑かけちゃったし、ロオラちゃんにもなにかあったかもしれないし。私が無理にでも止めておけば。
ってこんなマイナスな思考やめよう。信じよう。大丈夫だって!うん、と意気込んだ時、下りから違うクラスの班が登ってきた。

「あれ1人?」
「あ…えと、ロオラちゃん見なかった?」
「ロオラ?見なかったよー、あっでも高尾と緑間にはすれ違った」

名前も知らない女の子に、ありがとうとお礼を言うとなんか知らないけど頑張って、と言いつつ班のみんなで話しながら登っていった。緩やかなペース。4人で話しながら。…私、緑間くんに追いつこうと思って高尾くんやロオラちゃんのこと考えてなかった。なに、してんだもう。不甲斐ない。

「…やっぱり私も…!」

私だって高尾くんとロオラちゃんと緑間くんと同じ班なんだから。こんなただぼけーっと待ってるだけじゃおかしいって!ていうかもう15分経ってるのに帰ってこないし連絡もないって、なにかあったって!
残り半分だろうCコースを急いで登って先生に知らせなきゃ。先生の連絡先知らないし…せめてさっき通りすがった違う班の子に助けを求めるとか!
自分のやるべきことを見つけてバッと立ち上がった時。ぐらり…視界と頭が揺れて足がふらついた。

「痛っ…は…」

ばたりと綺麗に土に倒れる時が来るなんて。えっなにこれ、視界が白い。耳鳴りもする。頭が回る。なに、え、熱中症?…そんな、役に立たなすぎでしょ私。土まみれになりながらも腕を動かし、地面に手をつく。またぐらりと揺れて地面にこんにちは。き、気持ち悪い…。
どうしよう、3人を助けられない。どうしよう、迷惑しかかけてないのに何もできてないなんて。

「みょうじ!!」

耳鳴りよりも強く大きな声に、土で埋まった視界を上げようと首を動かすが、その前に肩を持ち上げられた。白い視界にうっすらと高尾くんが移る。た…高尾くんだ…。

「どうしたよ!熱中症!?」
「…、水分補給…忘れ」
「そういや飲んでなかったな…ったく、はあっ…びびるっつの…!」

私の頭を自身の肩に寄りかからせた高尾くんは、リュックの中からペットボトルを取り出した。動作が自然すぎて、さらに具合が悪すぎてあれだが、たっ…高尾くん近い…近いよ…。
ペットボトルを差し出してくる高尾くんの胸を、軽く押して離れる。

「つ、土…汚れる、から」
「は?なに言ってんのそれどころじゃねえっしょ」
「う、ろ、ロオラちゃんは」
「はーいあとで。とりあえずみょうじちゃんが回復しようぜ、な」

ん、と口元に持ってきてくれたペットボトルに躊躇ったが、軽く頭を下げて口をゆっくりつけた。力が出なくてだらけてる私の背中に回るしっかりとした腕に安心が募る。「この石に座れるか?つかみょうじちゃんうちわ持ってたな、貸して」そのまま石にゆっくり座るよう促され、先ほど座ってた大きな石にまたお世話になることになった。
私のリュックからうちわを取り出した高尾くんは、私の前に片膝をついてパタパタと扇ぎだした。いや、ちょっやめてほしい。私こんな待遇されるほどの者じゃない。

「ロオラちゃんね、ちょっと下ったとこにいた。なんか蛙が出てきたことに声も出ずびびって、その勢いで足捻って倒れたんだって」
「ええ!?大丈夫じゃないよねそれ!」
「だいじょぶだいじょぶ!軽い捻挫っぽいだけ。今真ちゃんがおんぶしてこっち来てる」
「…そ…そっか…よかった。え、高尾くんは」
「いやそれがさ、ロオラちゃんを起き上がらそうとした時にケータイ落としちゃって!石に当たって近くの湧き水にぽちゃんって入ったら、はい壊れた!」
「…うわ…」
「そーそー。真ちゃんはみょうじちゃんの番号知らないし、ロオラちゃんは電池切れてたっぽくてみょうじちゃんに連絡できなくて、先に帰ってきた…ら、倒れてるし」

しばらく俯いていた高尾くんが顔を上げる。軽く眉を下げて上目遣いで見てきた彼は「マジ、もっと早く気づいときゃよかったわ」と申し訳なさげに笑った。
なに、言ってんの。怒ればいいのに、体調管理ぐらいしっかりしろって。周り見ずにズカズカ行きすぎなんだって。…勝手にコース変えるからこうなるんだって。そうやって責めてくれれば。
バッと高尾くんの持っていたうちわを取り返し、驚いた様子の彼を全力で扇いだ。

「いやーすーずしー…じゃなくて、オレに扇いでも」
「高尾くんは優しすぎるんだよ」
「……」
「みんなを傷つけないように気遣って動くのは、す、すごいことだけど…でも…いや…なんでもないごめん」
「いーよ、言って。みょうじちゃんに言ってもらえんの嬉しいし」

軽く首を傾げながら見上げてくる高尾くんに、今更ながら恥ずかしくなってきた。熱中症がだんだん治まってきてるはずなのに、つり目な彼に射抜かれていると思うとじわじわ熱が上がる。そ、その、端正な顔は反則だって。とっさに膝に視線を落とした。

「…でも、それで高尾くんが傷ついたり…抱えこんだりしちゃわないかが、なんか…」
「……」
「私の身分なくせに心配であったりしちゃったりします」
「ぶはっ。…なにっ、みょうじちゃんの身分て…っ」

吹き出して口元を手で少し覆った彼は、「まあ別に抱えこんだり傷ついたりしてないから、みょうじちゃんの考えすぎなんだけど」と笑いながら私からうちわを取って立ち上がる。あ、そうですか。なんだそれ恥ずかしい。勝手に決めつけて外してって恥ずかしい。

「でも心配してくれんのは嬉しーぜ、ありがと」

顔を上げて高尾くんの顔を見ようとしたが、うちわを額に当てられ視界が阻まれたためそれは叶わなかった。
きっと私ごときが高尾くんを心配するなんて、余計なお世話だったと思う。人を気遣える彼が、自分のことをわからないはずないのに。
高尾くんがわからないなんて当然だ。私が彼を理解できるほどの人間じゃないから。…知りたい、けどなあ。なんて高尾くんに向いている意識に気づいてまた熱が上がった。





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