迷路 | ナノ

他愛のないふたりの錯覚



本日は晴天なり。いやむしろ暑苦しい。山登りには少々つらい気温じゃないかな…!多加雄山の入り口の広場で、うじゃうじゃと集まる秀徳高校一学年。そのバラバラといるみんなの中、ふーと息を吐きながらうちわでパタパタ扇ぐ。
「なまえちゃん」肩を叩かれ振り返ると、山ガール的なファッションのロオラちゃんがいた。わっかわいい!山登りしやすいシンプルな格好な自分とは全然違う。

「山登り、初めにコース選べるじゃない?あれね、Cコースにしてほしいの」
「えっ…でも私たちの班はAって」
「うん、でもお願いだから変えてほしいの!お願い!」

多加雄山はA〜Cコースがある。Aが楽チン、Cが疲労するキツいコースだ。Bが真ん中。ロオラちゃんと緑間くんがAコースがいいと言ったため、迷わずAにしたけど…。なんで?問えば、両手を合わせたままの姿勢でロオラちゃんがはにかむ。

「昨日調べたら、Cコースの方にだけね、恋愛成就のグッズが売ってるお店があるんだって!すっごく効くらしいの」
「へえー!ロオラちゃん好きな人いるんだ!」
「サッカー部の先輩なのー!ちょーかっこいいよー!」

きゃっきゃと上下に腕を振るロオラちゃんの顔は、まさに恋する乙女。かわいい。これは協力するしかないね、ロオラちゃんなら恋愛成就グッズなんてなくても大丈夫だと思うけど、持ってるかないかだけでも気合いの入れようが違うもんなあ。

「あっでも高尾くんと緑間くんにも言わなきゃ」
「私二人には言えなくて…言ってほしいんだけど…」

眉を下げながら言うロオラちゃんに任せて!と拳を作る。ちょうど遠くから高尾くんと緑間くんが「おはよー」と近づいてきた。

「おはよう高尾くん緑間くん、さっそくなんだけどあの…ええと…ちょっと提案が…」

任せて!と堂々と言ったものの、やはり緑間くんと高尾くんみたいなタイプが違うような男の子に話しかけるというのは怖じ気づいてしまう。所詮へたれだ。
腰を低くへこへこしながら言えば、緑間くんは真顔で見下ろしてきたが高尾くんは「どした?」と首を傾げてくれた。
「えー…その、Cコースに変えたいなって」おずおずと提案を出せば、緑間くんの眉が寄る。高尾くんも少し驚いたように口を開いた。

「えっでもCってけっこーつらいぜ?」
「それはわかってるけど、でも…Cがいいなって」
「だめだ」
「ちょっ真ちゃん」

眉が寄ったままの緑間くんは私を見下ろす。わ…こ…怖いよ!そういえば改めて緑間くんと向き合うの初めてだよ!でかい!威圧感半端ない!彼はくいと眼鏡を上げた。

「Cコースに行けばお前らが遅れることは明白なのだよ。班全員が共に目的地に着かねばいけないのに、遅れるとわかっていてわざわざ茨の道を選ぶ意味がわからない。お前は俺たちに迷惑がかかってもいいと言うのか?」
「そ…そんなことは…」

たっ…確かにCは地図で見るからに厳しいし、何度も休憩して何度も緑間くんや高尾くんの足を止めてしまうかもしれない。迷惑だよねそりゃそうだ。
ちらりと後ろに立つロオラちゃんを見る。不安げな顔。…そうだ、恋する子にとってはせっかくの機会だもん。応援してあげたい。
「あーもー真ちゃん!そのコースはつらいし女の子は途中でバテるかもしれないし心配だから、楽な方にした方がいいって素直に言えよ!」「なっ…!馬鹿が、誰もそんなこと言わんのだよ!」ワイワイ言い合う二人に、「あの、でも、Cが、Cがさ」とつたない言葉でなんとかアピール。
そんな必死な私が不気味だったのか、高尾くんが小さく手招きしたので緑間くんとロオラちゃんから離れて彼の方へ。

「なに、Cになんかあんの?」こそりと訊いてきた高尾くんに、そうだ高尾くんなら意見ちょっとは聞いてくれるんじゃない!?と勢いよく向き直った。

「Cコースに恋愛成就に効くグッズが売ってるお店があるんだって、だから…」
「え…」
「…あー、やっぱりだめか」
「いや…いいけど、みょうじちゃん…あー…っと、もしかして、さ、好きなやつでもいんの?」
「え?いや私はいないんだけど…えーと、そう!恋したいかなと思って!恋できるようにそういうグッズ買おうと思って!」

まさかロオラちゃんの話を勝手にするわけにはいかず、とっさにごまかす。しどろもどろだ。こんなんで高尾くんを騙せるとは思えないけど…。
しかし高尾くんはなにか考えるような目で私を見てるかと思うと、「へぇ〜、みょうじちゃん恋したいんだ〜」と意地悪く笑った。ぞっ。背筋が凍る。

「…ま、それはおいといて、つーか真ちゃんの説得は難しいぜ。一度決めたら曲げないからなー」

首の後ろを掻きながら言った高尾くんに、そっかと俯く。あああごめんねロオラちゃん。私は君の恋のお役には立てないみたいだ…!
うーん、とこめかみを抑えると「…一か八かこの作戦やってみる?」と目の前で高尾くんが楽しそうに笑った。




コースを選択する分かれ道の前に立ち、コース選択の担当の先生に何コースを行くか報告する…との手前。前にいる緑間くんに聞こえるような音程で、ロオラちゃんに口を開いた。

「ごめんねロオラちゃん、Cコース行きたかったね」
「あっいいのいいの。仕方ないよー」
「いやまさか緑間くんがCコースに行きたくないって言うと思わなくてさ」

ぎょっと驚いた様子のロオラちゃんに、私も胃がきゅっと縮んだ。言っちゃった言っちゃった…!前に立っていた緑間くんがゆっくり振り返る。…お、怒ってますよね…イヤミ口調だったもんね…!いやしかし完遂しなければ。振り返った緑間くんの後ろで、高尾くんが小さく頷いた。

「…別に俺は行きたくないとは言ってないのだよ」
「えっ…えー?い、いいい行きたくないんじゃなかったの?…や、山登りしたくないから…にっにに、逃げてるのかと思った」

緑間くんの威圧感から、恐怖でどもるし視線はそらすし散々だが、でも言ってしまった。ただでさえむっとしていた緑間くんの顔がさらにムッと歪む。ごめんなさい!別に緑間くんを馬鹿にしてるわけじゃないよ…これは作戦なんです。

「…わかったのだよ。…だが少しでもペースを落とせば遠慮なく置いて行く」

ぴしゃりと言った緑間くんは、担当の先生にCコースで行くと告げた。やったあありがとうなまえちゃん!喜んだロオラちゃんに、はははよかったね…と笑う私はもう山登る前から生気ありません。緑間くん怖い。
とりあえずまさか本当に高尾くんの作戦が成功するとは。Cコースに進んでいく緑間くんとロオラちゃんに気づかれぬよう、ありがとね、と高尾くんの隣を歩きながらつぶやく。

「いやいや…ププッ。オレとしては"真ちゃんにケンカ売るみょうじちゃん"っつーその構図が見られてマジ満足だわ」
「はは…胃が痛いです…」
「頑張った頑張った」

ぽんと頭の上に乗ってきた軽い衝撃、反応する間もなくそれはパッと離れた。隣の彼を見ると、片手を上げたそのまま「っと…わり」軽く目線をそらし緑間くんの方へ駆けて行った。な…なんだあれ…また女の子を惚れさせる技の一つか…もう君がすごいのはわかったよ高尾くん。このままいくと自惚れちゃう子も増えるんだからやめなよ高尾くん。
にしても、人に頭を撫でられるなんて久しぶりだな…、なんて思いながら私も3人の背中を追った。





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