迷路 | ナノ

もう少しだけ待っててね



朝、学校に行く。席を見ると隣の高尾くんとバッチリ目が合ってしまった。しばらくお互い固まり、にこりと笑い合う。

「おはようみょうじちゃん」
「おはよう高尾くん」

こ、告白されてフった身なのに笑顔て…さすが高尾くん、こんな場数を何度か乗り越えてきたのか。固い笑顔で席に座る。
高尾くんはもう緑間くんにちょっかいをかけていた。こ…このまま特になにも変わらないで過ごしていくんだと思う。けど、私だって決めたことがあるんだ。とりあえず自分贔屓で見るのは止める。…それと。

「なあみょうじ」

呼ばれて顔を上げれば、軽美くんが私の隣で見下ろしていた。「…はい?」高尾くんを勝手に利用した件もあるし、チャラいで有名な彼は元から苦手である。思わず眉を寄せるが、そんなことも構わず軽美くんはにこぉと笑った。

「昼休みでいいからちょっと時間もらえない?」
「え…用事なら今」
「ここじゃ言いにくいことなんだよ」

じゃ、と早々に自席に戻っていった軽美くんは、原見くんとなにやら楽しそうに話していた。…なんだこれ…この間私がでしゃばったから「うぜえよお前」ってわざわざ報復するのかな。怖いわーもう。昼休み逃げれないかなあ…なんで目立つグループに目をつけられなきゃ…。ああでも、高尾くんも目立つ人なのだけども。
ちらりと高尾くんを見た瞬間、ひいと喉の奥が震えた。めちゃくちゃ鋭い視線で軽美くんを見ていたからだ。

「たった、たた高尾くん」
「みょうじちゃん、付き合わなくていんじゃね」
「へえっ!?い、いやでも…断ったら断ったで怖いし…」
「ちっ」
「(これ高尾くんも怖いわ)…そういう反応するから期待しちゃうんだよ女の子って」

ぼそりとつぶやけば、彼は目を丸くして頬を染めた。な、なんだその反応…私まで恥ずかしくなるじゃないかやめてくれ。でも赤くなる高尾くんもかわいい。…そうか、こうやってどんどん好きが積み重なっていくのか。

「そーなんだ」

嬉しそうに笑った高尾くんは頬杖をつきながらこちらを見てきたため、あえて顔をそらすしかなかった。絶対からかわれてる。私が高尾くんを好きなんだと知って優位に立ってるつもりだな。その通りだけど。自分は私のこと好きじゃないくせに…せ…性格悪い…はっ、いやいかん。こんな汚れた気持ちは恋じゃないぞ私。
私は高尾くんが好きだが、完璧と呼べる恋じゃないから申し訳なく思ってくる。…まあ高尾くんにはもう私の気持ちなんて関係ないと思うけどさー。




昼休みに入ると、軽美くんに「渡り廊下行こうぜ」と強引に立たされた。えっちょ、痛い。なんだコイツ。目を白黒させながらついていって、渡り廊下に着く。高尾くんに傘を借りた場所。今日も雨が降っているここは、心なしか肌寒い。私とここは雨の縁があるのかもしれないな…ふ、ついたそがれてしまうわ。

「俺さー、お前のこと好きなんだけど付き合ってくんない?」

たそがれて雨の音を聞いてればその言葉が混じってきた。思わず目をかっ開いて軽美くんを凝視する。ほ、報復じゃなかったんだ…じゃなくて、ああ、なるほど。高尾くんの気持ちがわかったよ、好きの気持ちがこもってない告白てこんなにスッカラカンなんだ。

「ごめんなさい。じゃあ」
「えっちょ、待てよ!」

そりゃあ高尾くんもごめんて言うよね、しかも多分てついてるしさらにスッカラカンだよね。
踵を返して教室に帰ろうとしたが、男の力で腕を掴まれたから驚いて止まる。つ…強い…動かない…男の人てそうだよ怖いんだよね。
軽美くんの後ろからギャハハと笑いながら原見くんが出てきた。「はい軽美フられたー俺の勝ちぃー」指でお金マークを作った彼に、軽美くんは口を尖らすとちぃっと苦々しげに舌打ちを漏らして私の腕を振り払った。

「みょうじのくせに告白断ってんじゃねえよ。マジ身の程知らずだわ萎え…」

途中で途切れた軽美くんの言葉は発されずに、ぐるんと彼は後ろに回転。そのままグワァと頭だけ跳ね返った。なにが起きたかまったくわからない私は、軽美くんがよろけたことによって見えた人物に驚く。高尾くんがまたあの鋭い眼光で軽美くんを射抜いていた。

「頭突…」
「えー?急に振り返ったから頭がぶつかっちゃっただけだってー」

軽美くんは額を赤くしながら高尾くんを見る。一気に青ざめた二人に高尾くんは調子いい笑顔で「っはは、前にも言ったこと覚えてる?大丈夫?」と続ける。コクコクと頷いた二人に、ため息を吐いた高尾くんは首の裏に手をやった。

「…んじゃあ早く行けよ」

歯を噛みしめて絞り出すように言った高尾くんの表情は怒りだったために、びくりと肩を揺らした二人は走ってこの場から逃げていった。
高尾くんと私、雨の中に訪れる沈黙の中、先に言葉を出したのは彼だった。

「今日は傘持ってきた?」

その優しい声音と言葉に、なんだか泣きそうになってしまったのだけどどうしたらいいのこれ。

「高尾くん、私昨日…た、高尾くんに好きって言ったけど…えーと、ごめんなさい。告白するほど…す、好きじゃなかった、です」

どもりながらもそう紡げば、彼は一瞬目を見開き、口元を緩ませた。「うん、それで?」続きを促す彼に、ふうと息を吐く。そうだ、高尾くんは最初から…それこそ初めて話した中学の時からちゃんと話を聞いてくれたんだ。
いたたまれない痛さが心臓を締めつける。息が上手く吐き出せないけど。

「また…ちゃんと高尾くんを好きになった時に、改めて告うから…あの…あれです。その時フってください」

目を離さず、だけどやっぱりどもりながら言った私に高尾くんは真顔で、ゆっくりまばたきをして俯かせたと思えば次には楽しそうにははと吹き出した。

「っとに、はは…律儀だねー!みょうじちゃんは!」
「え」

雨の風のおかげで冷めてきた頭。きっ気持ち悪いよなに言ってんだ私。そりゃ一度フった相手に「もう一度告白するからまたフって!」とかないわー…そりゃないわー…。さっきの軽美くんが私に同じこと言ってきても、私が軽美くんを好きじゃない限り受け入れるわけないし。

「はー…笑った…。…ん、まあ、フるとかはねーけど」

そう、だから高尾くんが私のことをほんの少しでも好きじゃない限り、こんな私の言葉を受け入れるわけがない…のに。
けらけらと笑った高尾くんは一息ついて口元を手の甲で抑え、下に向けていた目線を私に向けた。

「うん、待ってるわ」

目を細め、柔らかく笑んだ高尾くんに大きく心臓が跳ねた。
…やっぱり高尾くんはずるい人だよ。こんなに綺麗に笑える人なんて私見たことないもん。

まあ、それよりも私はこれから頑張らなきゃ。好きになっていくとわかってながらものんびりしていちゃきっと他の女の子に取られちゃうだろう。高尾くんモテるし。…うわ…改めてすごい人に挑むんだなあ私は。

「教室戻る?」言ってくれた高尾くんに頷き、後ろをついていく。そういえばと思い出したように振り返りながら歩く高尾くんに、私も雨に向けていた視線を彼に向けた。

「あー…オレ傘忘れたわ」
「え!?朝から降ってたよ!?」
「みょうじちゃんあるっしょ?」
「(シカト…)うんある…あ、貸すよ!」

彼と高校に入って久しぶりに話した会話が傘の貸し借り。高尾くんは嘘までついて私に貸してくれた。思えばあの時から随分世話になってるんだ、この借りは返すのが筋ってもんでしょう。
胸を張って貸すよと言えば、高尾くんは「それしか傘ないのになに言ってんの」ケロリと言った。…自分だって嘘ついたくせして。

「だからさ、悪いんだけど一緒に帰ってくれない?」

首を傾げた高尾くんに、呆れたけれど嬉しさも混じってしまったのは、段々好きになっていってるからか。

「…ってかオレがみょうじちゃんと一緒に帰りたかったり…なーんて」

気まずげに目線をそらして私に背を向けると、そそくさと歩き出した高尾くん。呆然とその場に止まった私から大分離れた場所でぴたりと止まり、こちらへ振り向いた高尾くんの顔は赤かった。

「放課後!部活終わりに教室まで来っから!いて!軽美とか来たら唾吐いて体育館まで来る!おっけー!?」
「…え…あの」
「一緒に帰らせてくださいオネシャアスッ!」
「あ、はい」

素早い動きできっちりと頭を下げた高尾くんの勢いに圧されて頷けば、頭を上げた高尾くんはしてやったりの顔だから…もう…なにがなんだか。やっぱり高尾くんてわからない。
でもあれだ、今バクバクとうるさい心臓と、ものすごく嬉しいと感じるこの気持ちが好きってことなんだなということは…わかったよ。




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