迷路 | ナノ

遠回りしてみても



ガララ、と入ってきた彼を見ても申し訳ないことに涙は止まらなかった。緑間くんは私の顔を見るとぎょっと目を見開き、目線をそらし、また合わせた。

「…た、高尾は」
「…日誌、出しに行った」

見せびらかすように泣いてしまっているが、それでも止まらないからどうしようもない。
そんなに好きってわけじゃなかったんだとは思うのに、気づいたのもついさっきなのに、なんで泣いてるか自分でもよくわからない。

緑間くんは本を持っていた。部活はないし、きっと図書室に行ってたのだろう。彼はななめ後ろの自席についた。教室にはずっずずっと私が鼻をすする音が響く。

「はぁ…なんなのだよ。高尾がなにかしたか」

呆れたようにつぶやいた緑間くんの声が耳に届いた。涙を指で拭い「ううん」と首を振る。

「私が、高尾くんに告白したんだ」
「……」
「でも、ごめんて」
「……」
「…ずるいんだよあの人」

そこからは堰を切ったように言葉がボロボロ出た。
あんなに自惚れるようなことしておいて、誰にでも優しくして、惹かれちゃうのも仕方ないでしょ。いいやつだからって、好きに意味ないことはないんだって言っといて、でもいざ自分に好意が向けられると逃げて。
最初から私に優しくしなければ好きにならなかったのに。ずるいでしょ、ずるい。
ここまで言って、やっと自分がうざったいことに気づいた。なにこれ。なんで全然関係ない緑間くんに愚痴ってんの。もう帰ろう。

そう立ち上がると、今まで黙っていた緑間くんが口を開く。

「みょうじ、お前は思ったよりガキだったのだよ」

は?振り返って、緑間くんに向けば彼は涼しい顔で眼鏡のブリッジを上げながらこちらを見ていた。

「お前は優しくされれば好きになるのか」
「……」
「それで断られれば、そんなの話が違う、好きになるんじゃなかったと思うのか。ふん、何様なのだよ」

言い返したいけどその通りすぎてなにも言えない。
そうだ、私、心の奥ではもしかして高尾くんも私のこと好きかもしれないって思ってたのかもしれない。それでごめんって言われて、裏切られたと思ってたのかもしれない。…ああ、なんだ、私ってガキじゃん。高尾くんはずるくもなんともない。恥ずかしい、一人で舞い上がった私が恥ずかしい。

「お前のそれは恋と呼べる代物ではないのだよ」

その通りだと思います。前から思ってたけど緑間くんは高圧的な態度とってるしわがままだけど、正論っぽいこと言うよね。さすがだよね。
まあそれはともかく、私は確かにきっと好きではなかったんだ。本気で恋してなかったんだ。高尾くんがずるいって人のせいにして、最低ですねこの女は。
それでもだからといって、高尾くんが好きじゃないということもない。多分さ、早かったんだよ。まだ好きの気持ちが咲いたばっかで、それを育ててもないのに伝えちゃったから。アホだなーもう。

「みっみみみ緑間くん」
「…なんなのだよ」

黒板に向き直り、後ろにいるであろう緑間くんに声を出す。思ったよりも優しい声音に、息を吸った。

「私、もう一回、見つめ直してきます」
「そうか」
「帰ります」
「ああ」

ガタンと立ち上がり、鞄を持って廊下に出る。そこからは早足で進んだ。
好きになるってなんだろう、どこまで想えば好きだって云えるんだろう。全っ然わかんないよ。…わかんないけど、ただ優しくされただけで好意が生まれたんじゃないとは思う。多分、多分高尾くんだから…ああもう、いつかこの多分が取れる時が来るのかな。
やっぱり、高尾くんにごめんって言ってもらえてよかったかもしれない。じゃなきゃ、こうして、自分を見つめ直すなんてできなかったって。




廊下を駆けていったみょうじちゃんの背中を見送り、隣のクラスから出て自クラスに入る。
こっちを見ずに「聞いてたのだろ」言った真ちゃんに、ああうんまあと曖昧な答えを返した。

「真ちゃん、ガキは言いすぎだって。別にオレそう思わなかったぜ」
「恋は盲目という言葉を知っているか?」
「……」
「だがオレはお前が断るとは…思わなかったのだよ」

自席で本を読んでいた真ちゃんの前に座り、教室を見渡しながら「うーん」と口を尖らす。

「オレ、思った以上に弱かったっぽい」
「…?」
「いざみょうじちゃんがオレのもんになったこと考えたら、ちゃんと笑わせてやれるか、…不安で」

好きって言われた時は驚いたけど、それ以上にすっげー嬉しかった。オレも好き、めちゃくちゃ好き。でも多分と言い悩んだみょうじちゃんに、ああと思ったんだよ。急かしすぎたんだっていうのと、オレはこんなみょうじちゃんを幸せにできんのかって。思った、ら、怖かったっぽい。ごめんが口から出た。
いざ好きを向けられるとなんか怖い。そのままみょうじちゃんはオレに好きを向けてられんのかって。オレは向いてる自信あるぜ、一度好きになったやつは基本好きのままだし。だから、まだ曖昧なみょうじちゃんはオレ以上に好きを持っていられるかが不安で。
…なーんつーかな…自分が好きでいられたらそれでいいとかカッコイーこと思ってたけど、やっぱそんなん無理。みょうじちゃんがオレに好きを向けてくれんなら、とことん好きだって思ってほしい。相手にも同じ気持ちを求めちゃうってさ、普通でしょ?別にいいっしょ?…とかさ、こんな考えしちゃうオレは、多分みょうじちゃんを好きにならせるどころか笑わせもしないんだと思うわけよ。あれ、なに考えてるかわかんなくなってきた。

「だからお前は馬鹿なのだよ」
「ええー…なにいきなり」
「いろいろ考えすぎだ」

まあ、それは思う。でも、付き合うとか考えると怖いじゃん。付き合って、そんなにオレを好きじゃないみょうじちゃんがいつか「別れて」って言った時考えると心臓痛ってーし。やっぱそりゃ、少しでもみょうじちゃんがオレを好きって言ってくれんなら手に入れたいけど、でも。

「お前はいつものようにふざけたお前らしくいればいいのだよ」
「…ふざっ…」
「みょうじはお前の思った以上に"いいやつ"なのだろう」

緑間の言いたいことがわかって、呆然としてたオレはくくっと吹き出した。へいへいそーですね、オレはふざけたオレらしくみょうじちゃんを好きのままでいればいいんですね。…まあ、結局そこにしかいかないワケで。付き合うのが怖くても、…結局めっちゃくっちゃ付き合いたいワケで。

「はぁ〜…早く心の底からオレを好きになってくんないかなぁみょうじちゃん。そしたら多少強引にいってもさぁ」
「帰るぞ」
「ああはいはい」

エナメルを掴んで肩にかけ、ふと目が移ったみょうじちゃんの机に触れる。一撫でして緩んだ頬。好意を向けられて怖えって思うのもさぁ、好きすぎるからなのかねー。
引いた視線を向けてくる真ちゃんを気づかないフリして、机から手を離した。





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