庭球番外編 | ナノ

▼ 39.5

ガチャン。人間ではありえん音がなまえから聞こえ、身体が固まった。床に落ちたなまえの手を取って息を飲む。つめたい、かたい。人間やない。

「…なまえ…っ」

なまえが目の前におるのに笑うことができない。そらそうや、なまえが笑ってないから。閉じた目はもうあけてくれることのなく、動いてくれることもなく。

なんで携帯なん?何度思ったか。なんで一緒におれんの、なんで一週間だけなん、なんで人間なんにさよならせなあかんの、なんで、なんで。

先ほど必死に止めた涙がまた溢れてきた。さっきまでなまえは俺の腕の中におった、のに。

「す、きに…なるんやなかったわ…っ!」

すき、っちゅーのがこないつらいもんやと思わんかった。こんなんなるくらいやったら、すきなんて思わん方が良かったやんか。
目をつむったまま動かないなまえの頬に触れたところで、また玄関のチャイムが鳴った。


なまえがいなくなった部屋はなんだか薄暗く感じた。そらそうか、電気つけてへんし。ベッドにバタンと頭から倒れる。今までの一週間は夢やったんやないかっちゅーくらい静かや。

携帯会社の人に訊かれた「携帯擬人化に設定し直しますか?」その質問に、一瞬止まって首を振った。やって、そんなん設定してもなまえはもうおらんし、ほんまは人間やし。それにもう辛い思いはしたくない。

「その設定もお試しも、やめた方がええですよ」

設定よりむしろ、携帯擬人化は最初からない方がええ。人間のカタチをしとるもんに愛着がわかんわけないんや。最初から、間違ってた。

ベッドに埋める目からまた涙が溢れてきて必死に拭った。もう泣くのはやめろっちゅー話やな!いつまでもウジウジしとったら、ほんまにヘタレ言われるわ!
…それにこんな俺、なまえが知ったら恥ずかしくて顔向けできんわ。

「よし!明日も気張ろか!」

一人意気込んで頬を打った。湿った手のひらに苦笑がもれたのは忘れることにする。




部活や教室で無駄に空元気な謙也を見て眉が寄る。なまえさんもいなくなったことやし、本格的に落ち込んどるかと思ったのになんやこれ。いや、落ち込んどってもめんどいから元気っちゅーのも助かるんやけどな。
…せやけど、無理してんのがバレバレや。まったく、無駄が多い。

「謙也」
「おー白石!今日のお前もイケメンやな!」
「ちょお付き合い。保健室に包帯もらいに行こうや」

笑わずにそう言えば「なにその呼び出し怖っ!」とツッコミがきたが迫力あらへん。
無理やり保健室につれていき、適当に座った謙也から離れて包帯を取る。

「なんやねん急に。朝のHR始まるで」
「お前はほんまにマグロみたいなやっちゃなあ」
「は?…ああ、動いてないとあかんっちゅーことやろ?まあな!止まっとるのは性に合わんっちゅー話…」
「動いてないと考えてまうからやろ」

左腕の包帯を外しながらポツリそう言うと謙也は止まった。笑顔で止まり、そしてだんだんと顔を俯かせていく。「お前綺麗な顔して傷抉るんやめろや…」ああ、やっぱりな。

「…忘れたりはせえへんよ。…けど考えたくないねん」
「……」
「なっさけないけど、泣きたなるから」

そうしてまた無理に笑って顔を上げた謙也の目はよぉ見ると赤く擦れた痕があり、なるほどなと理解した。
確かに情けない。情けないけど、それでこそ謙也やんか。

「…伝えたん?好きって」
「言わへんかった。意気地なしやからなぁ俺」
「……」

この様子じゃなまえさんも言ってないんやな、と眉を寄せた。自分で好きと言うなと言っときながら、二人の苦しそうな顔を見ると間違っていたのではと思う。

なにか口を開こうとする俺の前に、謙也が開いた。

「好きになるんやなかったんかなぁ」

ぼんやり、天井を見ながらつぶやいた謙也は悲しそうだとかそんな表情ではなく、ほんまに疑問としてのつぶやきやった。

そこで、俺と財前に謙也を好きと言ったなまえさんの顔が思い浮かぶ。
あの時のなまえさんはほんまにかわえくて、まさに恋をしとるってわかって。
携帯やなく、俺らと同じ人間として真っ直ぐ生きていて。

「そんなん俺はわからへんけど」

つぶやいた俺に謙也は小さく吹き出した。

「謙也は確かになまえさんを好きやったで」

ほんで確かになまえさんも謙也を好きやった。一番近くにおった俺が言うんやから間違いない。
謙也にときめくなまえさんとか、なまえさんにだんだん惹かれていく謙也とか…お前ら見ててわかりやすいねん。

気づいたように俺を見た謙也は、どことなく泣きそうに見えた。やめやその顔。なまえさんとおる時は見せへんかったやろ。一丁前にかっこつけおって、いいとこ見せようとしとったん丸わかりやったから。
…せやけどなまえさんならどんな謙也も受け入れそうやな。

「…俺」
「おん」
「過去形やないわ」
「え?」

「今、考えた、ら、過去形なんかやない」そうつぶやいた謙也が何言うとるのかわからんくて、はい?と頬をひきつらせるとコイツははははと笑いながらベッドに飛び込んで行った。おい。

「今もこの先もずっと、なまえがすきやわ!」

この一瞬で謙也の中で何があったかはさすがの俺でもわからへん。せやけどなんや振り切った顔しとるくせになまえさん好き!なんて宣言した謙也が元の謙也に戻ったようで。

ああコイツは大丈夫や。なんて思った。謙也がこうなんやから、きっとなまえさんも大丈夫なんやろうと思う。同じところで赤面したりとか似たりしとったからな。

包帯を交換し終えた時には謙也は保健室の窓から空を見上げていた。





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