庭球番外編 | ナノ

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 佐伯君の誕生日、前日。私はまだプレゼントに悩んでいた。そもそもそんなに仲良くない相手のプレゼントって難しいよなあ…佐伯君の欲しがりそうなもの。それでいてお返しとかあまり気にならないような程度で…でも佐伯君って何でも持ってそうというか物にこだわりありそうだし…身に付けるものは何となく重い気がするし…かと言って食べ物もなあ。好み知らないし。ハアア…とため息をつきながら昇降口で外履きに履き替え、帰路につこうとしていた私だったが、校舎、裏庭に赤いユニフォームがチラついて思わず足を止めた。

「…剣太郎君?」

裏庭に回ると、そこにいたのは剣太郎君だった。彼はすっかり部活の準備が万端らしく、赤いユニフォームを身に纏っていた。しかしいつもとどこか違ったのは彼が座り込んで俯いていたことだ。どこか違う雰囲気を感じおずおずと声をかけると剣太郎君はゆっくりと顔を上げて私を見ると目を丸くした。

「なまえさん…」
「姿が見えてさ…あ、靴履いてたんだ」

どこか虚ろな感じで私の名前を呼ぶ剣太郎君の手は自分のスニーカーの紐を握っていた。どうやら靴を履いていたらしい。そのスニーカーはたいそう草臥れている。どこかいつもとやっぱり違うので私は彼の横にゆっくりと腰を落ち着ける。すると暫くして剣太郎君から口を開いた。

「…この靴、もう小さいんです」
「え?」
「サイズが合わなくて」
「変えないの…?」

ま、まさかお金がなくて買えないとか…?いや、剣太郎君のお家がそういう事情だとかいう話は聞いたことがない。じゃあ小さくなったシューズを変えない理由とは何だろう。私にはとても分からなくて彼の答えを待った。

「これね、全国大会で履いたやつなんだ。大会前から慣らすためにずっと履いてて、夏が終わっても今までずっと履いてて…でも最近ちょっとキツくて。それに擦り切れてきたし」

でもね、変えたくないんだ。
そう言って俯いてしまった剣太郎君。この子に元気がないと私まで元気がなくなってしまう。そのくらいいつも元気を貰っている存在なのだ。ただただ尋ねるしか出来ない。

「どうして変えたくないの?」
「…ガットも張り直さなくちゃいけないんだけど。でも、全国大会終わって、三年のみんなは…まあまだ部活に来てるけど、引退で春には卒業しちゃうでしょ」

大会からどんどん時間が経っていってこのチームがなくなってしまうことが悲しいのだと、靴もガットもみんなと全国優勝を目指してた時のものから新しく変えたくないんだと彼はそう言った。

いつも明るい剣太郎君だけど、やっぱり誰よりもあのチームが好きで、剣太郎君はまだ二年間この学校にいてテニスが出来るけどこのメンバーで出来るのは今年だけだから、それが無くなるのが嫌なのだ。

「ズルイよね。樹っちゃんも木更津もバネさんも首藤も佐伯君も」
「へ…?」
「だって三年のみんなは三年間同じ学年のみんな一緒だったけど剣太郎は一年しか一緒に出来なかったんだもん!ズルイよ」

それを言ったら毎年メンバーは変わるわけだけど。しかし剣太郎君は少しだけぽかんとした後、ふにゃりと気の抜けたような表情で笑って拳をグーにして作った。

「そうですよ!ズルイよみんな!僕ばっかり時間足りないんだもん!」
「そうだそうだ!」
「部長なんて僕にやらせるもんだから好き勝手出来なかったし!」
「そ、そうだそうだ!」

充分やっていた気がするというのはこの際置いておこうと心に留め置いた。

一通り私と剣太郎君は三年連中を目の敵にし愚痴を言ってやった。そしてやっと剣太郎君にいつもの元気な笑顔が戻って来たところで彼の気持ちの良い坊主頭を撫でた。

「だからさ、残りの時間は思いっきり我儘言って困らせて甘えちゃえ」

そう言うと剣太郎君はその大きな目に涙の膜を少し張って、また俯いて、腕でぐいっと目元を拭いながら「うん」と小さく頷いた。



「もしもし?今から出るからね…」

 別にまだ小声の必要はないのに電話越しに小声でバネさんに語りかけると、向こうから『頼んだぜ』と楽しそうな声で応答があった。

今日はいよいよ佐伯君の誕生日パーティーだ。部活は無しで放課後そのまま鰯庵へ直行で宴会をしているらしい六角テニス部。私は一旦家に帰って鞄を置き、用意したプレゼントを持ちケーキ屋さんへ向かった。そして予約していたケーキを受け取りバネさんに電話を入れる。ここまで計画通りだ。電話の向こうから賑やかな声が聞こえる。こりゃ今日の鰯庵は貸切だな。苦笑いして私は目的地へと足を進めた。

佐伯君の誕生日プレゼントは結局これで合っているのか分からないままだ。いや、プレゼントに正解も何もないんだろうけど。

「着いちゃった…」

よし、度胸だ度胸。そう言い聞かせて私は鰯庵の引き戸に手をかけ、ひと思いに横にスライドさせた。ガラガラッと小気味良い音がして、その扉の奥には完全に浮かれポンチになっているレギュラーメンバーがその顔を揃えていた。

「おっ、きたな!」
「なまえさん、待ってたのね」

ドアの近くにいた数名が私に気付くと笑顔で私の名前を口にした。すると少し奥にいた佐伯君が「えっ」と声を出してこっちを振り向く。

「みょうじさん?」
「こんにちはー…」

どうしてここに、と驚いた様子の彼。まあそうなるよね…そんなに仲良しって訳でもないし。でも別にファンでここまで押しかけたとかではなく君の愉快な仲間達に召喚されたということを理解していただきたい。そもそもバネさん達は私がケーキを持って登場したところで佐伯君が喜ぶとでも思っていたのだろうか…まあ私というかケーキがサプライズなんだろう。私はバネさんに背中を押されながら佐伯君の前まで足を進め、そして手に持っていた箱からホールのケーキを取り出した。

「これ、みんなから」
「えっ、ええっ…!?ほんとに?」

思いがけずベターなリアクションにみんながワッと沸く。イェーイ!と誰かが声を上げ、そこから誰からともなくバースデーソングの合唱が始まる。私も笑いながら歌って、佐伯君は驚きながらも凄く嬉しそうで。みんな本当に仲良いんだな、とその光景の中にいて感じた。

---

「佐伯君、プレゼントがあるんだ」
「えっ、みょうじさんから俺に?」
「うん。でも何が良いか分からなくて…」

わいわいと各々テーブルに置かれている料理を手に雑談する中、ケーキを食べる佐伯君に声をかける。鞄から用意したプレゼントを取り出して彼の前に差し出した。

「何だろう、開けていい?」
「ほんっとに大したものじゃないから、期待しないでね」
「何だろうー、期待しちゃうなあ」
「話聞いてなーい」

こういうパーティーのノリとは凄いものだな。なんとなくその場につられるみたいに便乗して佐伯君と割とテンポよく話せている。彼はテーブルにケーキの乗ったお皿を置くと、両手で私のプレゼントを開けていく。そして中から現れたのは…

「えっと…」
「喉飴とスルメイカのアソートです」

色んな種類の喉飴と、漁港近くの乾物屋さんのスルメイカの詰め合わせだ。毎日一生懸命消費しても一週間分くらいはあると思う。

「えっと…これにはどういう意味が…」
「スルメイカは…なんというか樹っちゃんがね」
「樹っちゃん?」
「うん、佐伯君はスルメみたいな人間だって」
「え、干からびてるってことかな」
「え、そういうことなの。干からびてるの?」
「いや…干からびて見える?」
「いや、むしろ輝いてる?潤ってる?」
「あ、ありがとう…どういう意味なんだろう」

二人で首をかしげる。理解しないままあげてしまったけれど、どうやらスルメイカは普通に好きらしいので良かった。

「それでこっちは…」
「ああ、喉飴は、佐伯君って部活の時とかテニス部のメンバーでいる時ってみんなをまとめたりするために結構大きな声出したりしてるから。いつも大変そうだと思ってたんだ」

だから喉、お大事にね…折角良い声なんだから。そう言って腕を組みウンウンと自分で納得しながら頷いた。………しかし佐伯君のリアクションがないな。や、やっぱりこんなものいらなかっただろうか…。ふと視界の隅に佐伯君宛と思われる、そして恐らく女の子からだと思われるプレゼントの数々が見えた。ウッ…可愛いラッピングばっかり。私ももっと気の利いた何かにすれば良かった…。もうプレゼントを奪い返してしまいなかったことにしてしまおうか。そう思ってチラリと顔を上げるとそこには…勿論佐伯君がいるわけだが、その彼が見たこともないような表情で、そうだな…何といえば良いんだろう。クリスマス当日に枕元に置かれたプレゼントを見つけた子供のように、ずっと欲しかったプレゼントを貰った人みたいに、ぼうっとプレゼントに目を落とし、ほんのりほっぺを赤くして目を輝かせていたのだ。え…そんなにスルメ好きだった…?あ、それとも喉飴…?しかし佐伯君からは思いがけぬ返答が返ってきた。

「…まさか、みょうじさんからプレゼント貰えるなんて思ってもなかった」
「え…ああ、まあそうだよね」

そう呟いた佐伯君の元に、何だ何だとみんなが寄ってくる。そして佐伯君の手元を覗き込むと謎のスルメと喉飴が申し訳程度にラッピングされた袋から顔を覗かせている。辛うじてしてあったリボンでみんなそれが私からのプレゼントだと判断出来たらしい。

「良かったなー!サエ!でも何で喉飴?」
「ああ…なんかいつも問題児メンバーをまとめるのに声出してるからって」
「誰が問題児だ!」

バネさんに軽く首を絞められている佐伯君。笑いながらギブギブとその腕を叩く佐伯君に樹っちゃんが「良かったのねサエ。なまえさん、ちゃんとサエのこと見ててくれてたのね」と笑って言った。すると佐伯君はますます嬉しそうに笑って「うん」なんて子供みたいに言った。

「あいつ、自分だけみょうじと距離がある気がするって、気にしてたんだぜ」
「えっ」
「案外フツーにそういうこと気にしちゃう奴なんだよな」

クスクス、と笑う木更津。まさか佐伯君がそんなことを…?女の子からモテモテで友達も多い癖に、私なんかに距離を感じて気にしていたと…。確かに、それじゃまるで

「嬉しいよ。みょうじさん、ありがとう」

そんな馬鹿みたいに気の抜けちゃう嬉しそうな顔されたら、まるで本当に完璧なんかじゃない普通の人じゃないか。

少しだけ佐伯君の見方が変わった日だった。そしてみんなが言う、案外単純、という言葉にどこか納得している自分がいたのだった。



「なまえさん」

 うとうとしていた。
いつもの海岸のいつもの寂れた炭酸飲料のロゴマークの書かれた赤く錆びれたベンチ。膝の上には読みかけの漫画。横には三年間で使い込みくたびれた学校用の鞄。ぼうっとしていると、ヒラヒラ、目の前で骨張った手が二、三度私の前を行き来した。顔を上げれば、視界に顔を覗かせて

「佐伯君だ…」
「やあ、昼寝かい?」

もう夕方だけど、と一言付け加えて私の隣に腰を下ろす佐伯君。近い距離もあまり気にならなくなった。

「私なりにね、スルメの意味考えてみたんだ」
「あ、誕生日の」
「うん」
「それで、どういう答え?」
「うーん…やっぱり悔しいから内緒」
「えっ、イケズすぎない?」

噛めば噛むほど、というやつなのだろう。樹っちゃんが言いたかったのは。確かに佐伯君は見た目が目立つから最初だけパンチの効いた弾ける砂糖菓子みたいなイメージだけど、実際は結構単純で普通の人で、でも付き合ってみると色々見えてきて楽しくて、どんどん知りたくなっていく。そんな人なのではないだろうか。宝探しみたいなものだ。

「じゃあさ、代わりにプレゼントもうひとつ欲しいんだけど。リクエストしていいかな」
「えっ、案外がめついね佐伯君」
「はは、まあね。しかも今すぐ欲しいんだ」
「な、何かな」

警戒しながら尋ねると佐伯君はニコニコと楽しそうに笑って、そしてそのまま言った。

「俺のこと、サエって呼んでくれないかな」
「…え」

それのどこかプレゼントなのだ。そう思い思わずまじまじと顔を見返してしまうと佐伯君はふいと私から顔を逸らす。

「だってみんなは名前とか、呼び捨てとかで呼んでるじゃない」
「まあ…確かに…?」

まるで拗ねた子供だ。いつまでもそっぽを向いたまま戻らないので私は遂におかしくなって笑いがこみ上げてきて、そして観念して笑いながら彼リクエストのプレゼントを渡すことになったのだった。

「サエ君、これからもよろしく」
「…仕方ないなあ。なまえさんは」

やっと呼んでくれた。そう言って嬉しそうに笑った彼に私は遂に噴き出して声を上げて笑ってしまったのだった。

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「ー…」
「…ん」

 潜水していて水の底から水面を目指して体が浮き上がるように浮上するように意識が体をすり抜けた。誰かが私を呼んでいる。どこか懐かしい感じだ。

「ーなまえ」
「うん…」
「なまえ!」
「うん…?」

比較的大きな声で呼ばれ、私の意識はそこで完全に浮上した。いつのまにか閉じていたらしい瞼をゆっくり開くと目の前にはキラキラとした金髪。

「ジロー君…?」
「もう、こんなとこで寝ちゃダメだC〜」
「うわっ!私寝て…!?」

それは俺の専売特許なのに、と言って頬を膨らますジロー君。状況が読めず辺りを見回すと、どうやら私はサロンのテーブルに上半身を預け寝ていたようだ。時計に目を向けるともうすっかり放課後、夕方。テニス部の部活も終わる時間帯だった。

「明日の宿題取りに行こうと思って校舎戻ってきたと思ったらなまえ、こんなとこで寝ててビックリ」
「ごっ、ごめん!」

あはは!と慌てて立ちあがり面目無いと頭をかいて見せる。そしてジロー君は、まあいいやとそんな私の手を引く。

「ほら、みんなもう帰るとこだし、一緒に帰ろ」

手を差し出され、どこかぼんやりと何かの光景と重なった。あれ…何だっけ。ついさっきこことだったような、凄く前のことだったような。何か凄くリアルな夢でも見ていたのだろうか。

「なんか楽しい夢見てたんだ」
「えー?内容は?」
「なんかスルメイカがどうの、とか…アサリの味噌汁がどうのとか…」
「なまえ、お腹空いてんの?」
「そんなことはないはずなんだけど…」

楽しかったな、なんとなく。氷帝と全然違う環境で友達に囲まれてー…でも。

「でも、やっぱり」
「?」
「やっぱり、私は氷帝が落ち着くなあ」

何でだろ?と笑ってジロー君の手をギュッと握り返すと無性にみんなの顔が見たくなった。ジロー君は、変ななまえ、と寝ぼけている私におかしそうに目を向けた後、気持ち良いくらいキッパリとこう言い放ったのだった。

「そんなの当たり前じゃん」


20181220 突発六角




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