▼ 突発刀剣
※刀剣乱舞の世界で、突発氷帝の彼らがそれぞれ本丸を持っているという、クロスオーバー?な話。
「大将、そろそろ起きねえと約束の時間に遅れちまうぜ」
若干含み笑いのあるハスキーな声が聞こえ、ハッと飛び起きた。障子の向こうから朝日に照らされ、小さな影が映っている。慌てて布団から身体を出し、寝巻きを整えながらその障子を開けた。
「ごめん薬研くん! 寝坊した!」
「おっとと。焦るのはわかるが、その格好で開けちゃだめだろ。ほら、さっさと着替えな」
そう笑む薬研くんは、今日もキまっている。さすがだね。私のだらけた寝巻き姿とは違い、既に戦闘用の服に着替えている彼は、あとは装具を身につけるだけだ。頷きながら部屋の中の時計に目を向けると、決して遅い時間ではなかったが、私はいつも着替えに手惑うのでまさにぴったりな時間だった。
「おはよう薬研くん、いつも起こしてくれてありがとう」
「おはよう、大将。お安い御用だ」
かっこよく応える彼は、朝の寝覚めにはなんとも毒であることに気づいてない。ウウ、とあまりの美貌に目を瞬かせると、心の内が読めたのか笑われた。
「今日は寝ていたんだな。ここ最近は俺っちが来るのを楽しみに待っていた節が見えたが」
さて着替えようかと障子を閉めようとすれば、薬研くんからとんでもない言葉が飛び出した。思わず目を丸くして彼の顔を凝視する。
確かに、たまに起きていても寝ているフリをして毎日起こしに来てもらっていたけれど、まさかバレていたとは。
言い訳をしようにも本当のことだったため、上手く口が回らない。素直に眉を下げた。
「決して薬研くんに手間をかけさせたいとかそういうわけではなく……」
「わかってる。いつか俺が大将を起こすのが日課になっている、と言ってたからだろ」
思い返すのは、以前男士たちが飲みの席で盛り上がっていた時だ。主にこういうお世話をしてるんだぜ〜、主はまったく世話焼かせだな〜、なんて好き勝手に言っていた刀のみなさんに混じり、薬研くんが語っていたこと。その顔が面倒そうには見えなかったので。
「俺っちの楽しみな日課を取らないでくれてありがとな、大将」
「……いや……うん……はい……」
私がいくら大人ぶっても、この男前な近侍にはまったく敵わない。あまりにも恥ずかしくなったため、両手で顔を覆うと「早くしないと本当に遅れるぞ」と手のひらの向こうで笑われた。
今日は待ちに待った演練です。ただの演練ではないんです。氷帝のみんなと連絡を取り合い、空いている日を合わせ、集まれるようにしたのだ。久しぶりにみんなと会えるからわくわくが止まらないね。
「わくわくが止まらないね!」
「そうか……」
「大丈夫だよ、山姥切くんもちゃんと連れて行くよ」
「なにが大丈夫かわからないが、少なくとも俺には全然大丈夫じゃない」
声にまで出てきたわくわくも、山姥切くんのローなテンションを持ってすれば通常に戻る。この切り返し、どことなく日吉くんを思い出すのは仕方ない。しかし彼とは違い、毒を持って切り刻んでこないのが救いだ。
初期刀である山姥切くんとはもうしばらくの付き合いになるのに、一向に心を開いてくれる気配がない。少し寂しいが、なんだかんだこう言いながらもしっかり第一部隊に入ってくれるので多分嫌われてはいない。多分。隣に腰かけてくれてるし。多分。
「演練メンバーどうしようかな、あと四人……多分向日は蜻蛉切さんで来るし、ジローくんは一期さん連れて来るだろうしな……」
ウチにはいないし会わせてあげたいから、薬研くんの他にも粟田口のどの子かに入ってもらおうかな。そう刀帳を見つつ、目の前の縁側に意識を向ける。木の上に登る今剣くんと、その下でキャッキャと楽しそうに見上げている秋田くんと前田くんがいた。
おおい、と声をかけようと開けた口からは、「主さん」とのかぶさってきた声により何も発さなかった。
「堀川くん」
「今日の演練、以前言っていたひょうていって人らとなんだよね。僕も行っていい?」
「え、ええー……喧嘩売らない……?」
「やだな主さん、主さんのご友人にそんなことしないよ。ちょっとガン飛ばすだけ」
「それ……それです……」
既に戦闘準備が整った格好で、堀川くんは庭の奥から歩いてきた。物腰穏やかなくせして気性の荒い堀川くんは、他の本丸でもこうなんだろうか。それともウチには"兼さん"がいないからだろうか。
喧嘩腰になるならやめてほしい、といった旨は「ならない ならない」と笑顔でかわされた。
しかし優柔不断なため、自分から率先して手を挙げてくれるのはありがたい。じゃあ、と堀川くんを第一部隊に登録した。
「名乗り出ていいのかよ、じゃあ俺も行くわ」
「わ……たぬっさん……」
「そのふざけた呼び方やめろ」
少し汚れた格好で来たのは畑当番だった同田貫くんだった。どうやら畑当番が終わったことを知らせに来てくれたらしい。もうそんな時間か、と慌てて刀帳をパラパラめくる。しかしそんなに刀数もいないため、適当に決めさせてもらった。
「男子高校生みたいな人たちだけだと不安だから保護者代わりの人たちも入れないと」
「誰が男子高校生だ。男子高校生ってなんだ」
「同田貫くんがもし暴れても止めてくれそうな人……よし、燭台切さんだ」
「ああ? 今度手合わせで打ち負かしてやるよ」
「絶対当番一緒にしない」
「んだと」
「一緒にしても良いよ、僕も負ける気はないからね」
ふと背後から声が聞こえ振り向くと、おぼんにお茶を乗せて持ってきてくれた燭台切さんが立っていた。「出立する前にと思って」と湯のみを差し出してくれた彼に、前から同田貫くんの視線が突き刺さる。
「言ってろ優男。料理しすぎて腕鈍ってないか見てやるよ」
「それは有難い。僕も魚みたく三枚におろさないように頑張るね」
本当に何故ウチには好戦的な人らが多いのか……。頭上で火花を散らすのやめよう……。
「茶を飲んだら行くか」「あと一人誰にするんですか?」それでも気ままな国広兄弟に挟まれながら、なんとかお茶を飲む。……ん、お茶、お茶か。
「……なんか宮本の刀たち、めっちゃ見てくるんだけど」
「向日みたいに眼光鋭い人ばっかだからさ」
「出会い頭に喧嘩売ってんのか」
なんで! 褒めたのに! 少しのショックを受けながらも、向日の隣に立つ蜻蛉切さんに挨拶する。優しく笑い返してくれた。「なんで蜻蛉切をずっと近侍にしてるかって? デケーし強ぇーから」と小学生みたいなことを教えてくれた向日の言葉を思い出す。わかるけども。
演練場は自分の部隊合わせて六部隊しか使えない。今は向日、跡部くん、日吉くん、滝くん、樺地くんの部隊がいた。他の四人の部隊はまた別の時間枠だ。とはいえ、演練場の中には入れるので観戦席にはいる。ジローくんはいない。寝坊らしい。
「あんたが大将の親友か、今日は楽しくやろーや」
「おう、よろしくな」
薬研くんが出した手のひらをぎゅっと握った向日は、薬研くんの笑みにつられたのかニカリと笑った。おや、珍しい。
「向日が初対面の敵に悪意のない笑顔を向けるなんて」
「敵じゃねーだろーがよ。それにみょうじの刀だろ、悪いヤツじゃねーのわかってるし」
んじゃ、もし当たったらよろしくな! と向日は蜻蛉切さんを連れて自分の部隊へと戻っていった。「なるほどな」薬研くんが私に向く。
「大将がひょうていのやつらを好きな理由がわかった気がした」
「へへへ、そうかな」
「僕はまだわからないな」
「俺も」
人がデレデレ笑っているところをグサグサ刺してくるよ堀川くんとたぬっさんは……。まあしかし、彼らの良さを男士のみんなもわかってくれるはず。
「はんっ、みょうじ。辛気くせぇ面は変わらねーな」
わかってくれるはず……なのか。跡部くんの登場によりそれは危ぶまれた。堀川くんと同田貫くんの見定めるような視線が鋭くなる。それを知ってか知らずか、跡部くんは一通り私の部隊を見て私に目を移す。
「久しぶりに殺気を向けられてるぜ。随分躾がなってねーな」
「ご、ごめん」
跡部くんは氷帝メンツの中でもレベルがずば抜けて高く、私の友だちでなければ演練に組まされることもない立ち位置だ。そりゃ殺気を向けられることもないだろう。逆にすごいよ、ウチの部隊の子らは。跡部くんに好戦的態度取れるなんて。
「長谷部、紹介する。ダチのみょうじだ。仲良くしてやりな」
「へし切長谷部と申します。みょうじ様のお話はよく伺っております。お会いできて光栄です」
「なに話してるの跡部くん……」
「お前の間抜けな笑い話だ」
お会いできて光栄な顔をしていない長谷部さんが垂れた頭に微妙な心境になる。跡部くんのセリフに、こうして私のあずかり知らぬところで私はダメダメなやつになっていると思うと肩が落ちるよもう。
「通常通りだな」
「どういうこと」
ぼそりとつぶやいたの聞こえたよ山姥切くん。
「主の主はどっち?」
ふと目線の下から声が聞こえ、向くと蛍丸くんが私と跡部くんを交互に覗き込んでいた。後ろからは樺地くんが申し訳なさそうにやってきている。
主の主って、と苦笑いすると、間髪入れずに跡部くんが「バカ言ってんじゃねーよ」と否定する。
「どっちもダチだ」
「そうなの? なーんだ、主が従うみたいに言ってたから主の主だと思ったのに」
「確かに樺地は俺様に従うがな」
「なんなの?」
不満げに跡部くんを見上げる蛍丸くんに、跡部くんは優しく笑うとガシガシと彼の頭を撫でた。一瞬お父さんみたいに見えた自分の目を擦った。
「あ、みんな挨拶してる。俺も紹介するよ、近侍」
「にっかり青江、よろしく」
にこにこ笑う滝くんが連れてきたのは同じくにこにこ笑う青江さんだった。一人一人手を握る青江さんは、私の手を握ると「小さいねえ、……手のことだよ?」とつぶやいたため、思わずもう片手で胸を抑えた。
挨拶が終わり、みんなが自分の部隊へ戻っていく背中を見送る。「気にしないで」と肩に手を置いてきた燭台切さんの優しさが苦しい。なにを気にしないでというの。胸をですか。
「にしても、大将の友人らは皆濃いな」
「あのアトベさんって人、言うことはあれだけどすごく愛情を感じたや。同田貫さんみたい」
「うおい堀川寝ぼけたこと言うな痒い」
「愛情を感じたわりには随分怖い顔してたよ、堀川くん」
「茶を飲みたいな」
「やっとしゃべったと思ったら鶯丸さん……」
「おい、もう一人来るぞ」
今まで一言も発さず穏やかに立ち尽くしていたからもはや存在感感じなかったよ、レア刀さんなのにそれはそれですごい。呆れていたが、山姥切くんの声に視線を向けると、日吉くんが一人でやって来たのが見えた。何故か急いでいる。
「みょうじさん、今日はよろしくお願いします」
「お願いします。他のみんなにも挨拶したの?」
「はい。……本当は貴女に勝ちたかったんですが、今日は当たらないことを願います」
「え、どうして」
「いえ、なんでも……じゃあ」
「君! 一人で挨拶行くなんざ酷いじゃないか! 近侍を連れるのが礼儀だぜ!」
「チィッッ」
凄まじい舌打ち。私でもされたことがない威力の舌打ちをさせるとは、なんとすごい近侍だろう。見るとそりゃこんな小娘とは比べ物にならない、レア太刀の鶴丸さんだった。真っ白い。
いつの間に来たのか、日吉くんの肩に腕を回し、私を覗き込む彼に動揺する。そ、そんな見られると照れる……し、後ろにいるだろう二人の圧力がすごい。
「なるほど、君が主の想い人か。随分可愛らしいじゃないか。やるなあ、主」
「バッ……!!」
「あ、誰かと勘違いしてますよ」
「大将……」
ものすごい勢いで鶴丸さんの唇を片手で塞いだ日吉くんにより、鶴丸さんの首があらぬ方向に曲がった気がしたが見なかったことにした。仲が良くて大変羨ましいです。私はまだ多分みんなから壁があるだろうからなあ。
「日吉くん、好きな人でもできたの? どんな人?」こんなめったに出会いがなさそうな審神者業界でも好きな人ができるなんて、万屋でかな。なんて修学旅行の夜に話す恋バナのテンションで訊ねたが、日吉くんはいまだに何かを発しようとする鶴丸さんの口を塞ぐことに勤しんでいた。
そうして鶴丸さんを引き連れながらとっとと戻っていった日吉くん。なんだかんだ上手くやれているんだね、嬉しいような、弟が離れて寂しい姉の気持ちのような。
「とりあえずわかった。ヒヨシさんって人の部隊を潰せばいいんだね」
「なんでもいい。さっさと戦るぞ」
「気合い入るね」
「なんだか日吉の旦那が哀れな気もするが、まあ、それとこれとは話は別だな」
「主、帰りにお茶菓子を買って帰ろうか」
「あ、はい」
やっぱり気性荒いなあ、鶯丸さんと山姥切くん以外。空気が和むかなと鶯丸さん連れてきたのに、別の空気が作られて意味を成していない。
意気揚々と演練に挑んだものの、全戦全敗。無理もない、私は審神者レベルのわりにみんなの練度が低いからだ。なにより氷帝のみんな強すぎ。
身体はボロボロになっていないまでも、心はそうではないだろう。刀の彼らが戦で負けるということは、死ぬに等しく辛いだろうと。氷帝のみんなにだけではない、私は他の人との演練でもいつも負けてしまう。
「ごめんね、強くできなくて。もっと頑張るね」
主が弱音を吐くことは、部隊の士気に関わると文献で読んだことがあった。負けて悔しがっている同田貫くんとか、薬研くんとか、疲労している堀川くんとか燭台切さんや鶯丸さんに零したら、きっと気にしてしまう。
だからというわけではないけど、何故か山姥切くんの隣では洩れてしまうのは、初期刀だからだろうか。
ひとりごとです。誤魔化すようにつぶやき、遠くで男士たちを褒めている向日に目を向ける。一丁前に大人ぶっちゃって。人のこと言えないけど。
「頑張らなくていい」
低く落ち着いた声が耳に届き、向けそうだった顔を咄嗟に抑えた。
「あんたは、なあなあにやるくらいが丁度いい」
山姥切くんの顔に向かなかった理由は、いつもよりも布を深くかぶる彼が、顔を見られてほしくないのだろうと思ったからであって。私が泣きそうになってしまったからでは、決して決して。
160401