庭球番外編 | ナノ

▼ 原宿とセンス

せっかくの休みに家にいんのはもったいねーだろ。
曰く向日の持論である。
彼はアウトドアだからわからないのだろうが、インドアは家にいることが苦痛ではないのだ。むしろ至高。せっかくの休みだからこそ家にいたい、それこそ休みたい。こういう気持ちは向日にはわからないのだろう。それはそれでいい、私もアウトドアな気持ちは理解できない面もあるもの。でも無理やり連れ出すのはどうかと。

「たまには日の光浴びねーと体壊すぞお前」
「平日浴びてるよ……」
「そう言うて、俺らと遊ぶん嬉しいやろ」

目の前でドヤ顔かます向日と忍足くんに空笑いが洩れる。この二人は「モテる俺たちと遊ぶこと、光栄に思いな!」だとかそんな意味で言ってるわけではなく、単に私を気遣ってくれてるからこそ断れない。はい、遊びに誘ってくれること、本当にありがたく思います。

というわけで着いたのが原宿。
駅を降り、竹下通りの入り口を見ながら「よし」と向日が勇んだ。

「古着を買いまくるぜ!」
「あー嫌やわ、俺原宿そない好かん」
「わかる、別次元な気がするよ私」
「いつもお前らに合わせてるんだからたまにはいいだろ」

なに……向日が普段私と忍足くんに合わせてるだと……? 帰り道の買い食いは大抵焼き鳥、遊園地に行けばほぼバンジージャンプかフリーフォール。昭和記念公園に行けばずっとトランポリンしていて私たちのことなんか忘れて夢中で遊んでいる向日が私たちに合わせているだと……?

信じられないね。岳人の言うお前らって誰のことやんな。ヒソヒソと忍足くんと話せば、一瞬で青筋を立てた向日が「いいから行くんだよ」と1オクターブ低くなる。
仕方なしに歩みを進めた。

「にしてもさすが原宿、奇抜な服の人多いね」
「今日なんや祭りもあるんやて。やからちゃう?」
「確かに人多いね。はぐれたら大変そう」
「ちゃんとついてこいよ」
「そやなまえさん、手ぇ繋ごか」
「あっすみませっ私手汗ひどくてっ」
「そんなん気にする男やと思わんといてや」
「イチャつくんじゃねーよ!」

前を歩く向日が振り向きざまカッと睨んできたので忍足くんとの掛け合いもここまでにする。
人混みを三人どうにか通り抜け、ある古着屋さんについた。向日は早々に入っていくので私たちも後に続く。

男性向けだしなんだかセンスが奇抜だし、私には合わないなあなんて、ちらと見てはすぐに店の外に出た。隣の店はアクセサリーショップのようで、店頭に少し出ている小物を眺める。

しばらくそうして向日たちを待っていたのだが、いくら待っても出てこない。おかしいな、そんなに悩んでるのかな、と不思議に思いながら古着屋に再度入る。
店内回ったが向日も忍足くんもいなかった。……ふ、早いよ……はぐれるの早い。

そりゃ途中で店を出た私が悪いけどさ、入り口ちゃんと見張ってたのに。アクセサリー見ながらだけども。

反省しつつ端末で向日に電話をかける。数コールの後、「お前! どこいんだよ!」怒号が飛んできて耳を離した。

『早ぇよ! まだ原宿来て数分しか経ってねーんだけど!』
「ご、ごめん。違う店見てた。今どこにいるの?」
『みょうじがそうやって他の店で好きに見てると思って、俺らは先行ってるよ』
「え、えええ。それなら私来なくてもよかったじゃん」
『だから日光浴だっつったじゃん。連れ出した俺に感謝しろよ』
「感謝はしてあげるけどさ……で、どこ?」
『今WC通った』
「そういえば私原宿来たことないから知らなかった」

とりあえずトイレではないことは知っている。

『んじゃとりあえず竹下通り歩いてこい、マリオンクレープの前にいてやるから。俺らラフォーレにも行きてーから早くな』
「え、ちょっと」

浮かれてるのはわかるけどもう少し初心者を気遣って! と申し立てようとしたが、ドッと背中に衝撃。そして違和感。
反射で後ろを向くと、クレープを持ったまま私によろめいていた男の人と目があった。
眼鏡の奥の切れ長の目、そして奇抜なデザインの服。なによりリーゼントな頭にヒッと声が洩れた。

「ああ……すみません」

背中の違和感に目を落とすと、どうやらクレープがべちゃりと付着しているようだ。あ、ああ……ついこの間買ったばかりの服なのに。結構気に入ってたのに。
だなんて悲しんでいられない。クレープを私にぶつけてきたその男の人が、今にも人を殺さんばかりの顔をしていたからだ。

や、やられる。というか私これ知ってる、名探偵の漫画で見たぞ。わざと人にぶつかってアイスやクレープを服につけて、それに気を取られている隙にもう一人の仲間が財布や鞄、買った袋とかをひったくる手口だ。それをやる人は外国人らしいけど、まさかこの人……!?
疑い深くひっしとミニバッグを抱え直せば、リーゼントな男の人はすごい速さで後ろに手を伸ばした。

「甲斐くん、あなたも謝りなさいよ。あなたがぶつかってきたせいで彼女の服についてしまったんですよ」
「あがっ、わんのせいじゃねーらん! えいしろーがバランス崩すからやっし!」

リーゼントのヤクザみたいな人の後ろから出てきた男の人は、ポケモントレーナーのような帽子が特徴の髪がふさふさした人だった。どことなく犬を彷彿とさせる。
聞き慣れない訛りに東京の人ではないのか、どこの人だろうとぼんやり思った。

状況に追いつこうと必死な中、リーゼントさんがハンカチを取り出す。そっと背中を拭き始めてくれて、慌てて何度も頭を下げた。

「片足立ちぬえいしろーも大したことないんばぁよ」
「いいでしょう、後であなたの夕飯にゴーヤーエキス」
「はあ!? ちょっ待っ」

ゴーヤエキスに慌て始めた帽子の人から私に視線を戻したヤクザ……じゃなくてリーゼントさん。
「せっかくのお召し物を、本当にすみません」謝る彼だがさほどうろたえていないのでどっしりとしてるなと思いました。

「い、いえ。私ものんびり歩いてましたし」
「お詫びに服を一着買いましょう」
「え!」
「ぬーあびちょーみ! そぬ金は今日の夕飯やさ! つーかやーぬクレープも犠牲になったんばあよ! おあいこって事でいいさー!」
「なにを言ってるんですかあなた。クレープと服じゃ全然違うでしょ」
「あの、大丈夫です、買うなんていいです」
「それを着続けるつもりですか。この人混み、剥き出しの生クリームは他人にも迷惑ですよ」

そ、それもそうだ。結構バッサリ言いなさる。そうだよね、リーゼントするぐらいだもんね。強気に正論だよね。しかし奢ってもらうわけにはいかない。

「でも、夕ご飯のお金みたいですし」
「せっかく東京に来ましたからね、少し高めのものを食べようとしていただけですよ。食べられればなんでもいいです」
「わんはステーキが良い」
「さ、行きましょう」

帽子の人の言葉をこれ以上聞く気もないのか、リーゼントさんは私を服屋へと導く。断るタイミングすら与えられないまま、あれよこれよと連れて行かれた。後ろには不満そうに睨んでくる帽子の人。も、申し訳ない。

ぎゅうぎゅう所狭しと並ぶ服に、生クリームをつけないよう背中側を空けて眺める。とにかく安いTシャツとかそういう適当なものでいいや。あれだったら自分で買えばいいし。
お二人はきっと観光だろうし、私に大切な時間とお金を使わせるのはもったいない。それに向日たちも待たせるわけには。

シンプルなTシャツを掴み、タグを確認。うん、これなら安いお値段だ。
手に取ったままリーゼントさんに近寄る。

「あの、これ……」
「ああ、これなんかどうでしょう」

バッとリーゼントさんが見せてきた服に目が丸くなる。蛍光ピンクで真ん中には鮫の顔。うっうーん、奇抜。

「ピンクで可愛らしさを出しつつ、鮫によって辛口を引き出す。これ一枚で雑踏に紛れる孔雀になれますよ」
「(鮫が孔雀に……) こ、好みではないかなあ……なんて」
「そうですか、ではこちらは」

次に目の前にやってきたのは原色のパンダが満遍なく埋められているTシャツ。あっ目が痛い。

「あなたの顔を明るくすると思います」
「顔が薄くなると思います」
「ふう……ではこれは」

青緑赤とさまざまな色がボーダーとなって並ぶ服。わ、わあ、見ているだけで心境がコロコロと変わりそう。

蝶のようにレースが長くはためいていて、部分部分が透けている服。お、おお……私には確実に似合わない。

赤いドクロが大きくプリントされて、紫や青で効果的に描かれている黒い服。ロックだぜ!

「あの、どれもあまり……その」
「……文句の多い人ですね」

ぼそっと聞こえた声を右から左に受け流す。ええと、随分ド派手なセンスを持っているようだ。私には真似できない。
彼に任せたら新たなみょうじなまえが生まれてしまうかもしれない。その前に持っていたシンプルなTシャツを出そうとすれば、退屈そうに見ていた帽子の人が先に口を開いた。

「あきさみよー。えいしろーのセンスは理解できないって。わんに任せるさー」
「は? あなた美的センスないでしょうが。邪魔しないでくださいよ」
「えいしろーよりかあるさー! えーと、……名前ぬーが?」
「あ、みょうじです」
「みょうじもわんぬ方が良いってあびさせる!」
「ふん、好きにしてなさい。俺には及ばない」

だっと駆けて店の奥へと行った帽子の人と、先ほどよりさらに熱心に選び始めたリーゼントさん。
ああ……これは長くなるね……。悟りつつ、端末を取り出し向日にメッセージを送る。きっと彼らもファホーレとかなんとか(忘れた)のお店にとっとと行ってんだろうな。好きにする人ばかりだな……。

「みょうじさん、これはどうですかね」
「ま、繭のようで神秘的だと思います。でも私には合わないかな……と」
「みょうじ! くりはどーよ!」
「ひいっ穴あきまくり!」
「みょうじさんどうです、注目されること間違いないですよ」
「別に注目されたいわけでは……ああ、脳みそぶっ飛んでるプリント……」
「みょうじみょうじ!」
「み、短い、おへそ見えます……あなたはセクシー路線が好きなんですね」
「確かにみょうじは似合わなそうやっさ。やめよ」
「グサっとくる……」




リーゼントさんと帽子さんの対決は引き分けに終わった。腹減った、と帽子さんが飽きたことで適当に選んだ模様が盛りだくさんのTシャツを着ることになったのである。ちなみに私が選んだ。
リーゼントさんが不服そうな顔で財布を出したが丁重にお断りし、自分で払った。さっそく着替える。生クリームがついた服を袋に入れて試着室を出れば、二人が待っていてくれていた。

「ありがとうございます、楽しかったです」
「いえ、長々と付き合わせてすみませんね」
「えいしろーぬーが食べようぜ! りか りか!」
「待ちなさいよ、みょうじさんどうです、クレープでも食べませんか」
「えっ」
「先ほど俺も食べ損ねましたし、服も詫びれませんでしたからね。ご馳走しますよ」
「やりい、えいしろーの奢り!」
「あなたは自分で買いなさいよ」

はー!? と叫ぶ帽子さんに賑やかだなと苦笑いし、端末を確認する。向日たちからの連絡はないので、きっとあっちもあっちで楽しんでいるのだろう。私も小腹が空いてきたので、ではお言葉に甘えてと頭を下げた。

クレープを買い、私と木手さんがパクリ一口。とても美味しい。
リーゼントさんは木手さん、帽子さんは甲斐さんと言うらしい。特に木手さんは大人っぽいし、威圧感がすごいから相当年上なはず。最初はヤの付く職業かと思ったほどだ。
「えいしろーは殺し屋の異名があるさー」ぺろりとクレープを食べ終えた甲斐さんの一言に目を見開いた。

「えっ、あの、犯罪ですよ」
「お馬鹿ですね、実際に殺すわけないでしょーが」
「はっはは、くぬ顔とテニスプレーから言われるさー。わじわじすっとコエーよ」

怒らせないようにな、と笑う甲斐さんに気をつけますと頷く。甲斐くんみたいに迷惑かけなければ怒りませんよ、とつぶやく木手さんに苦労してるなと察した。

ピリリ、響く電子音に慌てて端末を取り出す。片手にクレープを持ちながら電話に出たところで、甲斐さんが私のクレープを食べようと首を伸ばしてきたが木手さんが思いきり叩いていた。

『もしもしみょうじ!? お前どこいんだよ!』
「あ、ごめんクレープ食べてる」
『一人で? 俺らも終わったからそっち行くわ。マリオンだよな』
「うん、えーと、一人じゃないよ」

は? と疑問符の後、固くなりながら『……誰』と返ってくる声。
木手さんと甲斐さんを見ながらとても親切で面白いお兄さんたち、と返せば、しばらくして『代われ』ときた。ん? 向日怒ってるのか?

言われた通りおそるおそる木手さんに端末を渡す。首を傾げながら受け取った木手さん。

「もしもし。……ああ、自分がクレープを彼女にぶつけてしまいましてね。……は? ナンパじゃないですよ。そんなに心配ならなんで側から離れたんですかね」

じわじわと木手さんの眉間に皺が寄っていく。動揺しながら見守れば、甲斐さんが木手さんのクレープをパクリと食べたのが見えた。
しかし次には端末を耳に当てていた木手さんの顔が驚きに変わる。

「……確かにそうですが、何故知って……ええ、比嘉中の木手ですが」
「えっ中!? 中学生!? あっすみません黙ります」
「……氷帝? ああ、あなたアクロバットの……」
「え、電話先氷帝のやつかよ。てことはみょうじも氷帝? 跡部知ってる?」
「知ってるもなにも友だちで」
「マジか! わったージリーだばあ!? わったーもテニスで全国行ったんばあよ!」

興奮して近づいてきた甲斐さんに思わず海老反りになる。ま、またここでもテニス部と知り合ってしまった。立海といい青学の人たちといい、私は他校でもテニス部の遭遇率が高いらしい。光栄ですね。
気づけば木手さんが通話を切り、私に端末を返してきた。

「もう来るそうですよ。面倒そうなので俺たちは行きます」
「え、あ、すみません、なんか言われました?」
「いえ、……仲が良いようですね」

そのつもりだが、外から見てそう言われるとなんだか嬉しい。いやあへへへ、と頬を掻けば木手さんもほんの少し口角を上げた。

「じゃあなみょうじ、楽しかったよ」
「はい、ありがとうございました」
「みょうじさん、今度はゆっくり話しましょうね」

クレープを食べ終え、二人は軽く手を振って人混みに紛れていった。私もその辺りに座り直し、残ったクレープを食べきる。

「……今度は?」

ふと木手さんの別れの言葉が気になったが、まあ社交辞令かと。
しばらく待っていると向日と忍足くんがやってきたので、小言を言われながらも私たちも再び雑踏の中に入りこんだ。



150412



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