庭球番外編 | ナノ

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※番外編「40.5」からしばらく後の時間軸。




「ええー! あれがあん時のねーちゃん!? ちっっっさ!!」
「…遠山くんが大きくなったんだよ」

人を指差しながら耳をつんざくように叫んだのは遠山くんだ。その彼は大きな手で私をガシガシと撫でながら「ちっさいわー、こんなんやったっけ?」と周りに同意を求めた。白石がむ、と眉を寄せて彼の手を私の頭からどける。

「金ちゃん、ええ加減にしてやり。謙也が妬くで」
「だっ誰がやねん!」

謙也くんたちが存在するこの世界。私はまたトリップしてきたのだと思ったけれど、私のお母さんや友だちもちゃんと同じ世界にいる。変わったのは原作の漫画がごっそり消えたことだ。ここは異次元? パラレルワールド? 混乱しそうな考えを放棄して、とりあえず今を生きることにした。
私が再び会った彼らは、私と過ごした時から三年経っているらしい。中学一年生だった遠山くんは高校一年生になっていた。そりゃあ背も大きくなるわけだ、と見上げる。野生児の風格は変わらないくせに、いやに頼れる兄貴分なオーラも纏ってる。人ってこんなに成長するんだね!
そんな彼と私を見て笑んだのは白石だ。彼は変わらない。変わらずイケメンで綺麗だ。傍にはあの白いケータイの人はいなくなっていたけれど。
白石と遠山くんに案内されて謙也くんと共に向かっているたこ焼き屋さん。実は私、休みの日に大阪に遊びに来たのです。そう、謙也くんとは遠距離恋愛中なのです。

私が大阪に来ると思っていたのか、結果遠距離恋愛だとわかった時の謙也くんのショックは大きかった。大きすぎてしばらくはカタコトで話していた。
私は遠恋でもいいと思ってるけどなあ。だって普通からしたら謙也くんと会うことすらできなかったもん。次元の違いで。

「えっ? 謙也とねーちゃんて付き合っとるん?」
「せやで。これでようやく謙也の長い長ーい片想いも無事実ったっちゅーわけや」
「かっ片想いやなかったわ! なあなまえ!」
「はい!」

にしてもほんと遠山くん大きくなったな、もはや跡形もないな、なんて感心していれば謙也くんに叫ばれた。思わず身構える。いやに赤い顔をしているため私もつられて赤くなるしかなかった。

「なまえはお、おっ、俺のこと、ずっ、ずっと、す、す」
「う、うん?」
「ヘタレは変わらずか…」
「だらしないなあ謙也」

呆れたようにやれやれと息を吐く二人に、謙也は涙目で「やかましー!」と突っ込んでいた。高校生になってちょっと大人の男の人っぽくなったと思ってたから、こういう所を見ると少し安心する。私もよくわからないがけたけた笑っていれば睨まれた。笑みを引っ込めた。


着いたたこ焼き屋さんはいつかのあの店だった。ああそうそう、みんなとたこ焼き食べた店だ。愛してるゲームしたっけ。ついこの間のように思い出せるのはそれほど印象が強かったからだ。だって濃いんだもんなあこの人ら。
中に入ると、すでにテーブルを囲んでる人らがいた。目があって驚愕に目を見開く。う、わ、わ…わ?

「えっと…誰ですか?」
「わかっとるんやろがーい! 一氏やボケいてこますど!」
「そんな変顔で顔変えられちゃわかるもんもわからないよ!」
「なまえちゃーん久しぶりやないのー! 元気しとったーん!?」
「小春さ…グヘェ!」
「ギャアア小春ー! そない女に抱きついたらあかーん!」

高校生ともなってるのにこの二人は変わってなかった。むしろパワーアップしていた。一氏さんに引き剥がされた小春さんは、それでも私に投げキッスを送ってくれた。そのエアハートを掴まえた謙也くんは床に叩きつける。

「まーた千歳いないんかい!」
「いつものことやろ。たこ焼き作っとこか」
「しゃあないなー。なまえ待っとき! 美味いの作ってやるで!」
「え、でも謙也くんのたこ焼き不味いんじゃないの?」

ふと思った疑問を口に出せば、しんと静まった周り。謙也くんでさえ鳩が豆鉄砲食らったような顔している。ぶっちゃけ怖い。
「ははは、確かに中坊の謙也のたこ焼き不味かったな」にこやかに笑ったのは小石川さんだ。優しそうなのは変わらない。彼の隣で「修行と思ってやっと食えるもんやったな」いたずらげに小さく笑んだ石田さんは相変わらず神々しい。よくわからないけど涙出そうだよ。

「い、今の俺は成長したんやで!」
「せやでなまえさん、こいつまたなまえさんに食わせたろーと練習してなあ」
「得意の速さを活かさんよう苦労してましたよね」

奥からやってきたのは財前光だったため、「ぎゃあ!」と声が出た。半分反射だ。財前光は悪い記憶がほとんどだよ! だってほぼ毒舌で…。

「なんすか人の顔見てぎゃあて。言うときますけど常に叫びたなるような顔しとるのあんたですからね」
「どんな顔だよ! もー変わらないな!」
「財前は性格変わらへんけど小っさなったんやで!」
「そらお前がでかくなったんや言うとるやろが」

遠山くんにぽんぽん頭を叩かれた財前光はその手を殴るような勢いで振り払うと、さっさと小春さんの隣に座った。「なんやさりげなく小春の隣に座りおっておどれ!」「はいはいそない言うなら分身でもして両隣取ればええでしょ」「なんやとやったるわコラー!」「ユウジはん暴れたらあきまへんで」「健ちゃんバイトやってるんやろ? たこ焼き奢ってやー!」「給料日前なんやけどな」賑やかなこの光景に自然と口角が上がる。懐かしいな、ずっと好きだったんだ、みんなが。また見れると思わなかった。
あの時は少し距離を感じていた。もう完成されている輪に入る勇気がなかった。でも違う、今はそんなことよりも。

「また寂しか思い感じとっと?」
「! ち、千歳くん!」

少し離れた所でみんなを見ていれば後ろからぬっと影が差した。にっこり、見下ろし笑んだ千歳くんにうわあと口が開く。急に現れるんだよなこの人! そしていつも心を軽くしてくれるんだ。

「ひ、久しぶり、なまえだよ」
「はは、覚えとーと。また輪から外れて」
「違うよ、外から大切さを噛みしめてただけ。千歳くんもよくそうしてるくせに」

きょとんとした顔はすぐに笑顔に変わった。「浸ってばかりじゃ大切さ忘れるけんね」がしがしと大きな手で撫でられた。

「あーっ千歳来たんか! 意外と早かったわ!」
「金ちゃん久しかー。まだたこ焼き食べれてなかと?」
「謙也がえらいこだわっとんねん!」
「できたで! 謙也特別DXや!」

千歳くんと遠山くんの謙也くん非難が始まりそうだったところで、謙也くんは慌ててたこ焼き機の前からこちらに来た。白石もたこ焼きを持って後に続いてくる。
どーんと置かれた大量のたこ焼き、テーブルを囲んで四天のみんなは「いただきまーす」と両手を合わせた。
以前の時は白石作のたこ焼きしか人気はなかったけれど、今や謙也くんのたこ焼きもみんなの手が伸びる。うわあ、謙也くん成長したんだなあ。お姉さんぶって感動に浸っていれば、隣に座った謙也くんが顔を覗きこんできた。

「た、食べへんの…?」
「え?」
「大丈夫やでなまえさん、俺には劣るけど謙也のもなかなか悪ないし」
「はー! 白石より俺のが美味いわ!」
「なまえちゃんへのラヴを詰め込んだもんねぇ!」
「なー! なに言ってんねん小春!」
「キモー」
「ウゼー」
「そこの毒舌コンビうっさいで!」

チッと合わせたように舌打ちした財前光と一氏さんに苦笑いが浮んだあとに、そうかと納得した。私もう携帯じゃないんだ。機械じゃない。食べれるんだ。
震える手で謙也くん作のたこ焼きをぱくりと口の中に入れた。まだ噛んでもないのにすかさず「どうや!?」と訊いてきた謙也くんに財前光が「速いっすわぁ」と返していた。

「う…お、おいしい…」
「 ほんまか!」

ああ、泣きそう。美味しいからっていうのもあるけど、やっとみんなと同じものを食べれることに嬉しさがいっぱいになって。壊れたようにおいしいおいしいと繰り返しながらたこ焼きをぱくぱく食べた。負けへんでー! と同じように勢いよく食べ始めた遠山くんに笑う。
またワイワイガヤガヤと四天独特に盛り上がり始めたところで、謙也くんが私に聞こえる程の声で口を開いた。「なんや、ちょお感動するなあ」たこ焼きから隣に視線を映す。謙也くんも顔を綻ばせながら私を見ていた。

「俺な、なまえに美味いもんぎょーさん食べさせたかったんや」
「……」
「これからは俺がもっと幸せにできるんやなあ」

そうして笑った謙也くんの目元に、じわりと涙が浮かんだ。ああ、やっぱり、私謙也くんとどこかで繋がってるのかな、つられちゃうんだってば。私も視界が滲む。

「ま、また、俺と会うてくれて…おおきに…!」
「なに、言ってんの、謙也くんが見つけてくれたんでしょ…!」

二人してぶわっと泣き始めたことは、そりゃ周りから見れば異様だったようで。白石や一氏さんたちがぎょっと目を見開くと、「後から不味さきた!?」「泣くほど美味かった!?」とこちらを巻き込んだ騒ぎがまた起こった。お店の人にええ加減うるさいで、と注意されるまで私たちは終始笑っていた。


いつの間にか日は暮れて、みんなと別れる時間が来た。高校が違う人がそれぞれいるけれど、自然と「またなー」と呆気なく挨拶するみんなを見て頬が緩む。変わってないんだよな、ほんと。一週間お試しの最後の日もそうだった。最後だってのに普通に「おつかれさん」とかさ。謙也くんとの帰路を進もうとして、背中に声をかけられる。振り返ると遠山くんを筆頭にみんながこちらを見ていた。

「ねーちゃん、また遊ぼうな!」

そうして満面の笑みでブンブンと両手を振る遠山くんに、あの時は背中を向けたままだったなと。今はこうして笑ってくれている。笑顔しか必要ないからだろうな。

「うん!」

またね。手を振れば、みんなも背を向けて帰路を歩き出した。別れなのに全然寂しくない。次があることがこんなに嬉しいなんて、安心するなんて。

「ほな帰ろかなまえ」
「うん。ふっふ、今日は寝かさないよ謙也くん!」
「え!? え!?」
「スピード、私が勝つまで勝負だ!」

意気揚々と言えば、赤くなっていた謙也くんが脱力したように肩を下げる。そこでいま自分の言った発言を思い返し、あっと俯いた。

「あ、えっと、あの、ごめん」
「謝らんで…俺の煩悩が悪いんやから…。うん、せやな! 勝ってみーや! 俺は強いでえ」
「一回くらいは勝てるよきっと」

二人して赤くなった顔を冷ましつつ、ゆっくりと家へと向かう。謙也くんの歩幅がいつも以上に遅いことに優しさしか感じなかった。もう置いてかれることはないんじゃないかなー、なんて。

「時間はまだまだいっぱいあるからね」

これからの長い時間、きっと私はずっと彼を想ってるんだ。勇んでそろそろと謙也くんの手に自分のそれを伸ばす。触れた指先、ぴくりと反応した謙也くんは、一瞬固まったけどすぐにガッと掴んでくれた。



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