庭球番外編 | ナノ

▼ 夏の旅行記 補完

※本編「夏の旅行記 終幕」のちょっと前の話。



外の露天風呂、大きな湯に浸かる。と、今日の疲れが一気にぶわーっと取れた。うー…あー…やっぱり日本人はお風呂が好きだね、とても極楽極楽だね。岩に後頭部を乗せればゴツゴツしてちょっと置き心地は良いとは思えなかったが、このまま寝れるほどには気持ちよかった。

「うっわ! すっげー!」
「うひょー! 山見えるC!」

うとうとしていた時に、敷居を挟んで大声が聞こえた。がくっと肩が落ちて湯に沈む。ん、んん? 向日とジローくんの声か? 男湯と女湯の仕切りはとても厚い木の板でできているため見えないが、つい目を凝らしてしまった。「おい、騒ぐんじゃねぇよ」宍戸もいる。「景色ええなあ」「ちっ。やっぱり狭いな」うーわ、忍足くんと跡部くんもいるよ。

なんでみんなでぞろぞろ露天風呂来てるんだ、と思ったが、まあそりゃそうだよね。私が珍しいんだよね。辺りを見回す。誰もいない。露天風呂どころか内風呂にもいない。
水の音がした。みんなで入ったのかな。なんだか耳をすましてるとちょっと変態的錯覚に陥るね。これはバレたら大変だ。
早々に出ようと、しゃがみながらお湯の中を進む。岩に足の小指をぶつけた。

「あたーっ!」
「!? みょうじか?」
「えっなまえいるの!? おーい!」

気づかれた。普通に気づかれた。くそ、こんな岩がなければ! 先ほどまでの好印象は既に岩にはない。
向日とジローくんの言葉に諦めつつ声を出した。

「うん、いるよ。気持ちいいよね」
「ねっねっ、ちょー気持ちE!」
「みょうじもこっち来てミソ?」
「女ですけど」
「おいお前ら、あまりうるせぇ声出すな。周りの客に迷惑だろうが、アーン?」
「客いねぇけど」
「女湯にいるかもしれねぇだろ」
「あ、こっちもいないよ」
「じゃあみょうじいま一人か、寂しくないか?」
「わ、宍戸優しいね。こっち来ていいよ」
「行かねえよバカ!」
「じゃあ俺が行こーかなー」
「バカジローバカ!」
「ぶあっ、あーやったな〜」
「ブッホ! おい手加減しブハッ」
「おいおい客いないからてあまり騒ぐんやないで」
「よっしゃ俺も!」
「アホ、岳人まで参戦してどないす…てオイ!」

なんだかよくわからないが、ジャバンバシャンと盛大な水しぶきの音がする。ということは、掛け合いでも始めたのだろうか。「うらうらァ!」と宍戸の声。噎せこむジローくん、向日の笑い声が聞こえるよ。なにしてんだか、せっかくの温泉で疲れてどうするの。

でもなんだかんだそうやってみんなでワイワイ楽しめるのはいいなー、と。一人の空間を見渡して思う。ちょっとその気分をお裾分けしてもらおうと仕切りに近づいた。肩まで湯に浸かって、仕切りの向こうに耳をすます。激しい水の音に紛れて笑う声。うん、楽しそう。

「みょうじ」
「ぎゃ!」

あととと跡部くんだ。この声は跡部くんだ! びっくりした、仕切りのすぐ向こうから彼の声がした。ということは彼もそこにいるんだろうか。掛け合い合戦には参加してないらしい。

「あまり浸かりすぎたら逆上せるぜ。早いとこ出るんだな」
「大丈夫だよ。跡部くんてば節介焼くんだから」
「今日熱中症でぶっ倒れたやつがなに言ってやがる」
「……」
「おら、もうそろそろ顔も赤いぜ」
「えっ! 見えてるの!? インサイト!?」
「大丈夫だよみょうじちゃん、跡部の眼力は骨を見るから裸は見ないよ」
「そういうことじゃ…それもそれですごいね!?」

って、急に滝くんも入ってきたな。最初からいたのかな。
鎌をかけたのだろう跡部くんに、またなんとも言い返せないので押し黙る。「すべすべになるねー」やんわりとお湯の感想を洩らした滝くんの声を聞きながら、いまだ騒がしいお湯掛け合いをどこか遠くに聞いていた。いいなあ男子って、なんて考えてハッと気づく。だめだだめだ、今で充分幸せなのにさらに望むなんて。

「お湯があたってきたかな!」
「さっさと出な。女湯に助けに行くことはさすがに無理だ」
「なんだそれ優しいね」

立ち上がって露天風呂から出る。タオルを体に巻いて中に入った。


着替えの浴衣を羽織り、風呂場を出ればくつろぎ場のようなところにすでに日吉くん樺地くん鳳くんがいた。うーん、浴衣姿も似合うねお三方。デジカメ部屋に置いてきちゃったよもったいない!

「うわあ、みょうじさん顔赤いですよ。大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう。気持ちよかったよね、入りすぎちゃった」
「それはわかりますけど…。あ、はい、水飲みます?」
「大丈夫、自分で買うね」
「にしても先輩方遅いですね」
「露天風呂でお湯の掛け合いしてるよ」

腕を組んで眉を寄せている日吉くんに財布を取り出しながら言えば、彼は「ハア?」とさらに表情を歪めた。気持ちはわからんでもないけれど。
自販機で飲み物を買い、喉に入れ込む。うーん、美味しい! 熱い体に丁度いいね。
「先に部屋に帰っていいか。休みたい」「もうすぐ出てくるよきっと」日吉くんと鳳くんの会話を耳に挟みながら辺りに目を移すと、卓球台が置いてあった。おお。

「やろうか」
「ウス」
「ちょっとなにしてるんですか」
「これからするんだよ、卓球。ね、樺地くん」
「ウス」
「行くよ、サア!」
「ウス」
「いいなあ、次どっちか俺にも代わってください!」
「ちっ、どいつもこいつも自由だな」

空いていた樺地くんを誘い、勝手に卓球を始める。さすが樺地くんと言うべきか、大きな体に小さな球だというに軽やかに返球してきた。こっちは何回か返せるだけで精一杯だ。

「上手いなあ樺地くん!」
「ありがとう…ございます…」
「日吉! 俺とやろう!」
「嫌だ」
「じゃあ鳳くん私代わるよ、樺地くんに負けちゃったし」
「ありがとうございます! よーし樺地、行くよ」
「ウス」
「日吉くんは私とやろうか」
「やりませんけど」
「サア!」
「意気込んでラケット渡されても反応できません」

と言いつつ受け取るのが日吉くんだよね。ラケットを構えた日吉くんに、そーれと球を放つ。スパアン! 勢いよく返された。

「ちょっとー! 手加減もなにもないのか!」
「俺を誘ったあなたが悪いんですよ」

以前テニスの練習の時のような妙な構え方をした日吉くんに、ぐ…と頬が歪む。すると肩を掴まれた。振り返るとドヤ顔で笑う跡部様。

「面白そうなことしてんじゃねぇの。代わりな」
「え…今やり始めたばっか…」
「ふ、いくら跡部さんでも卓球は無理でしょう」

日吉くんも乗り気だし、跡部くんは私からラケットを軽やかに奪うしで二人はさっさとゲームし始めた。
ふと温泉の入口を見るとぞろぞろやってきた三年陣。「おっ! 卓球とかいいな! 次侑士やろーぜ!」「俺それより喉渇いたんやけど」「長太郎も崇弘もうめーじゃねーか。勝ったやつ俺とやろうぜ」「ほんとですか宍戸さん! よし、樺地負けないよ」「ウス」宍戸は相変わらず後輩に人気だな。

自販機で牛乳瓶を購入した忍足くん。隣で寝ぼけ目ながらジローくんもフルーツ牛乳を買っていた。その次に滝くんがコーヒー牛乳を購入。みんな牛乳好きだな。わかるけど。
ああ、そうだ。
急いで部屋に戻り、バックの中からカメラを取り出す。そしてまた急いでみんなの元へと戻った。状況はさして変わらない。
牛乳シリーズをごくごく一気飲みしている三人に、笑いながらカメラを構えた。シャッターを切る。

「ぷはぁ、風呂上りの一杯は美味いわー」
「ぶほっ! ちょ、忍足やめてよ、急に一気にオヤジになるの。あーもう、噴き出したじゃないか」
「滝汚ね〜」
「侑士早くしろよ!」
「岳人やかましいわ、お前も飲んで落ち着き。赤いで」
「うわっほんとだ向日、肌白いから余計に真っ赤っかだよ!」
「撮んなよくそくそ!」
「ばあう!」
「! かっ樺地くんか、びっくりしたよどこの動物の吠え方かと」
「ああ樺地、今の打球すごかったけどボール潰れちゃったよ!」
「すげーな崇弘」
「ウス…すみません…」
「よし、じゃあ最初は長太郎相手になれよ。次が崇弘な」
「ウス」
「はい! 宍戸さん、負けませんよ!」

いいねーいい勝負だねーとパシャパシャ撮っていれば、頭にスコーンとピンポン球がヒットした。「あたっ!」風呂の時と同じ声が出る。女らしさのカケラもない。

「ブホォみょうじアホだ!」
「いったいな…誰! 下手くそなの!」
「下手くそとは失礼なやつだ。俺様に当てられたんだから感謝しな」
「跡部くん、下手くそなのに勢いよく打たないでよ」
「下手くそじゃねえつってんだろーが。スマッシュがたまたまお前の頭に当たっただけだ」
「なるほど、取れなかった日吉くんが下手くそか…」
「その口にピンポン球突っ込みますよ」
「A〜そんななまえ見てみてぇな〜。亀の産卵みたいになりそう」
「勘弁してよ亀て」
「ギャハハハげほっごほ」
「大丈夫かいな岳人、牛乳噴いてる噴いてる」
「想像して笑ったな! その牛乳アホ面、記録に残してやる!」
「ほざけぇ! 俺の動きについてこれるかよ!」
「痛っ! ちょっと向日さん当たったんですけど! ちょこまかしないでください!」
「うっせーひよっこ! あたっ!」
「わりーわりー岳人! 当たっちまったか!」
「痛ぇーよ宍戸のノーコン!」
「そりゃ長太郎だっつの!」
「俺もうノーコンじゃありませんけど!」
「うっせぇぞお前ら! 周りの迷惑だ!」
「周り誰もいないけどねー」
「一番うるせーのは跡部だC」
「お、見てみや、窓の向こう。あそこに井戸あるで」
「井戸!?」
「おい日吉なに普通に反応してんだよ今の俺様の打球は返せただろ真面目にやれ」
「あ、ほんとだ。なんか古そうな井戸だね…ちょっとあれだね…あの…あれだね」
「みょうじちゃん怖いんだ」
「いやいや別にそんな」
「奥の方の森に道続いてんで」
「真っ暗で何も見えねーじゃん」
「みなさん、卓球はやめましょう」
「どうした若、いきなり」
「肝試しをしましょう」
「アーン? 危ねえだろ、今何時だと思ってやがる」
「みょうじさんはやりますよね」
「なんで私」
「以前付き合ってくださると言いました」
「えっマジ? みょうじと日吉って付き合うの?」
「向日ここでボケ挟むのやめよう。ていうかあれは違うよ! …違うよ状況が!」
「肝試し…、なんだかよくわからないけど面白そうだなあ」
「おい、長太郎、やめとけ。全然面白くねえから」
「あ、そうなんですか?」
「なんですか皆さん、肝の小さい人たちですね」
「挑発しても無駄やで日吉。簡単に乗るようなヤツらじゃないやろ」
「そうだぜひよっこ! みょうじが行きたくねえっつーし、仕方ねーから諦めな!」
「ちょっと向日」
「うん、残念だね。まあ怖がってるみょうじちゃんを無理やり引いていけないよ」
「滝くんまで」
「っつーわけだ、日吉。みょうじに免じて諦めてやんな」
「…跡部くんもみんなも、私をダシにしてるけど本当は君ら自身が行きたくないだけじゃ…」
「ようしテメェら! 今日は終いだ! さっさと部屋に戻りやがれ!」

いつの間にか寝ていたジローくんを担ぎ上げた樺地くん。部屋に向かった跡部くんについて行くように早々にさっさと歩いていってしまった。
「チッ、つまらない人たちだ」小声で吐く日吉くんに、まあまあと宥めながら同じく部屋へと向かい出す滝くん。また卓球しようぜと爽やかな宍戸と鳳くんの後ろをついていきながら、デジカメの再生ボタンを押した。

「お、ぎょーさん撮れたなあ」
「全然視線合ってねーじゃん」
「それが自然体っぽいでしょ」
「あっ! この俺ブレてんじゃねぇかよ! みょうじ下手くそ!」
「向日が動くからでしょーが!」

写真にやいやい言っていればいつの間にか部屋の前につき、「じゃあね」と手を振った。まだ寝るまで時間あるし、凝りほぐしとか荷物のまとめとかしようかなと部屋を開ける。みんなはみんな一緒の大部屋だけど、その隣の私も同じくらいの広さなんだよな。一人なのに。
くそー、男だったら、とまた何度目かの悔いが浮かぶ。と、「なまえさん」忍足くんの声がして、閉めようとした戸を開けて隣を見た。やんわり笑んでいる忍足くんと、あっけらかんとした向日。

「寂しなったらいつでも来ぃや」
「つーか今から来いっつの。旅行に来て早く寝るなんてもったいねーよ」

二人の色の違う優しさに、呆気に取られたもののすぐに笑えた。

「うん、ちょっと休んでからね。君らと付き合うとすーぐ疲れるからな」
「どういう意味だよ」
「ほな後でな」

部屋に入って、敷いてある布団の上にぼすんと倒れる。バックからカメラの充電器を取り出し、コンセントに突き刺した。まったく、デジカメでも足りないんだもんな。
さてはて、夜はまだまだこれからですね。でもなんかちょっと今日は盛りだくさんすぎて疲れたや。少しばかり休憩したあとに隣の部屋へと行こうかな。



140329



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