庭球番外編 | ナノ

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case:4 向日の場合。

彼氏役であるZ男くんと軽い打ち合わせをして、控え室の隣の教室に向日を呼び出した。もちろんバッチリ隠しカメラは用意されている。
「なんだよわざわざこんなとこで。教室でいいだろ」ターゲットきました! これからドッキリ始めます。
向日は室内にいる私とZ男くんにそれぞれ目を向けると、訝しむように「なに」とつぶやいた。向日はリアクション大きいからどんな反応するのか楽しみですね。

「あのね、向日に紹介したくてさ。私、彼氏できたんです」
「…………は?」
「彼氏」
「うそ」
「ほんと」
「はあ!? 彼氏!? うそだろ!? 言えよ!」
「いえーい、お先にー」

信じらんねええと頬を引きつらせながら叫んだ向日は、しばらくあわあわしていると急に止まり、「あ、これドッキリ?」と周囲を見回した。図星に肩が跳ねたが、なんにせよ向日少しは信じろよと。失礼だろと。
まあいいや。さて、ドッキリの本番はここからだ。

「それでね、付き合うにあたって向日に助言をもらいたいというか……あ、電話。ちょっと失礼」

滝くんからの電話を取り、私はZ男くんを残して教室を出る。そしてすぐさま隣の控え室に入った。滝くんがなんとも楽しそうな顔でモニタリングしている。隣に座った。「みょうじちゃんの普段の思われ方がわかるね」「ハハハですね」
画面を覗くと、向日とZ男くんが椅子に座っていた。距離は結構離れている。というか向日がつまらなそうにケータイを弄り始めている。な、なんか空気が重たく感じるな。
少し戸惑いながらもZ男くんが動き始めた。

『あっのお、なまえちゃんに聞いたんすけど』
『なまえちゃん?』

ものすごい怪訝な顔で向日がケータイからZ男くんに視線をやった。一瞬沈黙が流れ、Z男くんが気を取り直して続ける。

『向日さんてなまえちゃんの一番の友達なんすよね?』
『……みょうじが言うならそうなんじゃねえの。つーかなまえちゃんて気持ち悪いから少なくとも俺の前で言うのやめろ』
「あっこれは向日選手苛立っていますねー」
「カルシウムが必要ですねー」
「身長にも良いですしねー」
「滝くんそれ言ったら向日もっと怒っちゃうって」

野菜スティックをかじりながら滝くんと談笑モードに突入している一方で、Z男くんは少しひるんだ後にまた続けた。あの子は本当に将来いい役者になる気がする。

『友達っつーのもわかるんすけど、男としてはやっぱ他の男と仲良いの嫌じゃないっすか。俺けっこー嫉妬深くてー……』
『……』
『だから、あんまり近づかないでほしいんすよ。できれば友達もやめてほしいくらいで! なんつってー、いやマジめにー』

髪を弄りながら言うZ男くんに、なんて演技だと感心する間もなく向日が立ち上がった。その勢いでZ男くんの襟首を掴むものだから、私と滝くんはぎょっとする。
と、止めなければ。ドッキリ大成功、のプレートをあわてて用意すれば、滝くんから待っての声がかかったのでまた画面に向いた。
Z男くんの前に立ち見下ろす向日の顔は、めったに見たことのないような本気の怒りの顔だった。

『正直みょうじがなんでお前みたいなクソを選んだかまったく理解できねえけど、お前とみょうじがお互い好きなら俺は祝ってやる』
「向日……」
『だけどな、お前に友達をやめろとかとやかく言われる筋合いはねえ! 他人に言われてやめられるほど軽い気持ちでダチやってんじゃねえんだよ!』

驚きで口元を押さえる。滝くんも目を見開いて、声すら出ないようだった。
Z男くんの襟首を椅子に投げる勢いで放した向日は、可愛さの欠片もないまま続けた。

『嫉妬で誰かをセーブさせる暇あんなら、その時間全部みょうじに使ってやれよ!』

ドッキリ大成功のプレートを持って滝くんと共に隣の教室へワアアと駆け込む。
私たちの姿を認めた向日は、ぽかんと口を開けた。そのまま向日に飛びつく。

「向日……! 感動したよ……! 友達でいてくれてありがとう……!」
「は!? なんだこれ! なに!?」
「ドッキリ大成功ー、やるねー向日、ちょーかっこよかったよ」
「ドッキリ!?」

よーしよしよしとムツゴロウさんのごとく向日の頭を掻き撫でる。目を見開いて驚愕のまま止まる向日は、しばらくしてふつふつと顔を赤くし始めた。耳まで真っ赤になる。とうとう手で顔を隠し始めた。

「クソクソ……ふざけんな……」
「私一生向日の友達でいたい」
「ふざけんな!」
「あっごめんなさい」
「……ドッキリかよぉ……んじゃ全部ウソか……」

いえーいと滝くんとZ男くんとハイタッチをかます。
かっこよかったなあ向日、まさかそんな風に思ってくれてるとは思わなかった。嬉しくて笑みが溢れれば、滝くんが小突いてきた。小突き返した。向日の視線はいまだに冷たいが。

「みょうじに彼氏ができたってとこでなんかおかしいとは思ってたけどな!」
「負け惜しみというものだよ向日くん」
「ウルセー!」




case:5 忍足くんの場合。

彼氏役であるZ男くんと軽い打ち合わせをして、控え室の隣の教室に忍足くんを呼び出した。もちろんバッチリ隠しカメラは用意されている。
「どないしたん、なんか相談事かいな」ターゲットきました! これからドッキリ始めます。
忍足くんは室内にいる私とZ男くんにそれぞれ目を向けると、少しきょとんとして首を傾げた。忍足くんは動じない人だからなあ、あまり反応しないと思うけど。にしてもZ男くん、いかにもヤンキーですオーラ放ってる。演技の幅が広いな。

「あのね、忍足くんに紹介したくてさ。私、彼氏できたんです」
「え、彼氏? ほんま? いつの間に」
「えーっと、つい先日」
「知らんかった……なんや言うてや、協力したかったわ」
「あはは」
「まあなんにせよ、おめでとうやな」

緩く微笑んでくれた忍足くんは、そのまま優しく私の頭を撫でた。
そしてZ男くんを見て気づいたように手を離す。「そうか、もう気軽に撫でれへんな」少し寂しそうにつぶやいた彼に、忍足くん……と私まで寂しくなった。ハッ、いやいや、これはドッキリじゃんか。そう、本番はここからなのだ。

「それでね、付き合うにあたって忍足くんに助言をもらいたいというか……あ、電話。ちょっと失礼」

滝くんからの電話を取り、私はZ男くんを残して教室を出る。そしてすぐさま隣の控え室に入った。滝くんがなんとも楽しそうな顔でモニタリングしている。隣に座った。「忍足は父親みたいな目してたね」「だね」
画面を覗くと、忍足くんとZ男くんが椅子に座っていた。距離は意外と近いが、お互い口を開こうとはしない。わかるなあ、私も忍足くんと初めて会った時拒否られてたもん。
Z男くんはヤンキーの役らしい。ガムをくちゃくちゃ噛みながら演技を始めた。

『あんたさ、なに彼氏の前で人の彼女撫でちゃってんの?』
『ああ、すまんな。癖みたいなもんや』
『ハア? 癖ェ? なめてんの?』

くっちゃくっちゃさせながら言うZ男くんに耐えきれず吹き出した。うるさい、うるさいよガムの音。大人な忍足くんはそんな彼に対しても冷静にちらりと視線を向けるだけだった。

『堪忍な、もうせえへんから』
『ならいいけどォ、彼氏としては自分の女が他の男に可愛がられてんのはメンツが立たねえっつーの?』
『……。せやなあ、妬いてまうわな』
「なんていうか、落ち着いてるね、忍足くん」
「そう? 今一瞬すごい顔してたよ」
「えっどんな顔?」
「は? うざ。みたいな顔」
「ええ〜忍足くんに限ってまさかあ」

忍足くんは表情にも言葉にもなかなか出さない。出すとしてもほのかにだったり一瞬だったり。確かにZ男くんのDQN演技が凄すぎて視線がそちらに行っていたが、まさか忍足くんが「ウゼー」という顔をするなんて……あるか……初対面の時とかされたわ……。
野菜スティックをかじる滝くんは「まあでも理性は働くよねあいつ」と頬杖をついた。

『なあ、もしかしてなまえさんに告白されたんか?』
『えー、よくわかったねアンタ。そうそう、なんかマジ惚れらしくてー。どうしてもっつーから』
『へえ、なまえさんのタイプってあんたみたいなんやったんや』
『アァ? なにその言い方、文句あんのかよ』

貧乏揺すりをしながら睨むZ男くんをしばらく真顔で見ていた忍足くんは、次にはくすりと笑い出した。

「文句あるなあ。お前にはなまえさん任せておけへんもん」

小首を傾げてそう言ってのけた忍足くんに、不覚にもときめいてしまいまして。ニヤニヤとこちらを見てくる滝くんからそっぽを向いた。
『ざけんなどーゆー意味だ!』と忍足くんの襟首を掴んだZ男くんに、これ以上はまずいとドッキリ大成功のプレートを持って立ち上がる。が、滝くんに止められた。画面を見ると忍足くんもZ男くんも動かない。……動かない。

『あー、よかったわ、さすがに殴られるまではいかんか』
「えっ、えっ?」
「やっぱ忍足のやつわかってたんだよ、まったく。行こうか」

呆れたように息を吐き、隣の教室に向かっていった滝くん。疑問符を浮かばせながら私もプレートを持ってついていった。
私たちを見た忍足くんは、「やはりな」のごとく笑みを浮かべた。

「最初からおかしいて思ったわ」
「つまんないよー忍足。わかったとしてもノッてくれなきゃ」
「え、やっぱり忍足くんドッキリて気づいてたの?」
「ドッキリ、はわからんかったけど、嘘やなーとは」

ええー、なんだ。と脱力したが、うん、まあそうだよね。忍足くん勘鋭いもんね。やっぱり簡単には騙されてくれないか。
すみませんでした、と謝るZ男くんに手を横に振る忍足くんを見ながら「だからあんなふざけたセリフ言ったの?」と滝くんは腕を組んだ。

「ちょっとクサかったよね。みょうじちゃんときめいていたけど」
「ちょっ滝くん」
「そら嬉しいわ。せやって、こないラブストーリーみたいな体験なかなかできないやろ?」

ラブストーリーて。さすが恋愛小説読んでるだけあるよ。こういう展開も楽しみますってか。すげー、と呆気に取られていれば、隣に立つ滝くんは少し引いていた。

「ドッキリやなかったらなまえさん俺とくっつくストーリーやな」
「それこそドッキリだろ」
「滝くん言うねー」




case:6 鳳くんの場合。

彼氏役であるZ男くんと軽い打ち合わせをして、控え室の隣の教室に鳳くんを呼び出した。もちろんバッチリ隠しカメラは用意されている。
「なんですか? みょうじさん」ターゲットきました! これからドッキリ始めます。

鳳くんは室内にいる私とZ男くんにそれぞれ目を向けると、にこにこ笑みながらきょとんと首を傾げた。こ、こんな平和な使者にドッキリを仕掛けるなんて心苦しい。でもぶっちゃけ反応見たい。怒られてもいいから反応見たい。

「あのね、鳳くんに紹介したくてさ。私、彼氏できたんです」
「えっ! 彼氏ですか!? おめでとうございます!」
「あ、え、ありがとう」

自分のことのように天使のごとく喜んでくれた鳳くんは、良かったですねと共に喜んでくれたが、しばらくして「俺にはまだ早いと思うのでよくわからないですけど……」とはにかみながら頬を掻いた。なんて可愛い後輩だ。撫で回したい。背え高いけど。
なんにせよ、ドッキリの本番はここからだ。

「それでね、付き合うにあたって鳳くんに助言をもらいたいというか……」
「ええっ!? 俺が助言なんてできるわけないですよ! だったら忍足さん呼んできます!」
「あー! 違った! あれ、その、お話というか」
「お話……ですか?」
「うん、えっと、あっ電話だ。ちょっと失礼」

滝くんからの電話を取り、私はZ男くんを残して教室を出る。あ、危ない……鳳くん純粋すぎるからこそ手強いよ。
すぐさま隣の控え室に入る。滝くんがなんとも楽しそうな顔でモニタリングしていた。隣に座る。「みょうじちゃんタジタジだねー」「ははは」
画面を覗くと、鳳くんとZ男くんが椅子に座っていた。鳳くん微笑んでるよ。

『お話って、なにかな。俺に聴けるものだといいけれど』
『あの、先輩ですよね』
『うん、君は一年だよね。どうやってみょうじさんと知り合ったの?』

せ、設定してないことも聞いてくるんだもんな鳳くん。本当に侮れない。ハラハラしながら見ていると、Z男くんは墓穴を掘る前に作戦に移すことにしたらしい。

『それよりあの、鳳先輩、超お坊っちゃまっぽいですけど』
『お坊っちゃま?』
『誰かいい家のお嬢様、紹介してくれないですかね』

付き合って間もないのにもう他の女子を紹介してほしいと言うZ男くんはなかなか嫌な男である。なんと演技の上手い。鳳くんはぽかんと目と口を丸く開けた。そりゃそうだ。

「鳳はね、浮気する子は苦手なんだって」
「だ、誰でもそうだと思うけど……」
「好きなタイプが浮気のしない子なんだって」
「それは結構浮気に対して嫌悪を抱いてますね! じゃ、じゃあこのZ男くんの演技も……」
「うん、鳳からしたら信じられないことだと思う。ナイス台本でしょ」

そうして親指を立てた滝くんが、このドッキリの脚本家である。文句もなにも言えない。鳳くんは数秒経ってようやく動き出した。

『え、ええと、それはどういうことかな』
『正直数日でもうみょうじ先輩飽きてですね。もう一人ぐらい遊べるかなー、なんて』
「さっ最低だ」
「みょうじちゃんがキレるほどいい脚本てことだねありがとう。あれ、鳳黙りこんじゃったよ」

画面を覗き込むと、鳳くんはニコニコ顔をなくし、明らかに不機嫌そうな様子となった。それでもまだ可愛さというか、相手への気遣いが窺える。
ぐ、と膝の腕の拳に力が入ったのが見えた。

『みょうじさんのこと、好きじゃないのかい?』
『いや好きっつーか……もういいっつーか……でも彼女いない期間ができるの嫌だからとりあえずキープっつーか』
『それはみょうじさんが可哀想だと思わないの?』
「うっ……なんていい子なんだ鳳くん……お姉ちゃん泣いちゃうよ」
「泣かないでお姉ちゃん、顔が醜くなってしまうよ」
「う、うん、それは嫌だね、うん」

滝くんの微妙な慰め方に言い知れぬ気持ちを抱いていれば、鳳くんはガタリと立ち上がった。な、なにをしようというのか。私と滝くんだけではなく、きっとZ男くんも鳳くんの動向に神経を張り巡らせた。
みんなに見守られている鳳くんは、Z男くんが座る椅子の前に立つと、ゆっくり頭を下げた。えっ、と私と滝くんの声が重なる。

『みょうじさんをそんな扱いにするなら、別れて。頼むよ』
『えっ、な、なに』
『みょうじさんは君が好きだと思う。君を紹介した時、綺麗な笑顔だったんだ。でも、だからこそ、彼女を無下にするなら俺は君を許せないよ』

私も滝くんも演技力の高いZ男くんですら、毒気を抜かれて動けない。頭を上げた鳳くんは、やんわりと申し訳なさそうに笑んだ。

『きっと君もその方が、唯一の人を捜すことができるんじゃないかな』

目頭がカッと熱くなった。

「天使が……天使がいるよ」
「殊勝だなー鳳」

感動をそのままに私と滝くんはプレートを持って隣の教室に向かう。
「鳳くんごめんなさいドッキリでした!」と鳳くんの前に登場すれば、彼は何秒か静止した。状況についていけないらしい。

「ど、ドッキリ? え? なんですか?」
「冗談だったんです。イタズラだったんです」
「悪いねー鳳。聞いたことない? ドッキリ」
「あ、あの、正月とかによくバラエティ番組がやっている……」

愕然としていた鳳くんは、一拍置いて「なんですかそれ」と顔を両手で覆った。ちょっと恥ずかしかったらしい。鳳くんのこんな姿なかなか見れないので、これでもうドッキリをやったかいがあるよ。イエーイとZ男くんと滝くんとハイタッチをかませば、鳳くんは「じゃあ演技だったの?」とZ男くんに聞いていた。頷く彼に、すごいねと素直に感嘆する鳳くん。何度目かの天使か、という単語が脳内に浮かんだ。

「俺、今度はドッキリに引っかかりません!」拳を作って意気を強めた鳳くんに、どうかなー鳳くん騙されやすそうだからなーと和やかな感情を抱いたところで。

「みょうじさんには絶対彼氏できないと思ってますね!」
「ちょ、鳳くんそれは……」
「いいねー」
「滝くん」




case:おまけ 樺地くんの場合。

彼氏役であるZ男くんと軽い打ち合わせをして、控え室の隣の教室に樺地くんを呼び出した。もちろんバッチリ隠しカメラは用意されている。
「……?」ターゲットきました! これからドッキリ始めます。
樺地くんは室内にいる私とZ男くんにそれぞれ目を向けると、無言で首を傾げた。樺地くんを……騙すのか……。

「あのね、樺地くんに紹介したくてさ」
「ウス」
「私、彼氏がね……」
「……」
「……彼氏が」
「ウス」
「彼氏……」
「……?」
「で、できない。樺地くんにドッキリなんて仕掛けられない」

ガクッ、床に膝を着く。純粋無垢な瞳を見れば、ドッキリなんぞできるわけもなかった。
「気持ちはわからなくもないけどねー」呆れながらやってきた滝くんに謝る。と、樺地くんがわけがわからないながらも背中を撫でてくれた。私の心の醜さが浮き彫りになりました。



140310



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