庭球番外編 | ナノ

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私が日吉くんの圧迫攻撃にうろたえている中、忍足くんは両手で頬杖しながら嘆くように重い息を吐いた。

「はあ…俺は最近付き合うとか面倒くさなってきてなぁ…」
「侑士お前老けたな」
「やかましい」
「でも最近俺の周りでも結婚する人増えてるよ?そろそろ考えた方がいいんじゃない?」

滝くんの声に宍戸と日吉くん以外みんながみんなの顔を見る。まだねえわ、と真顔で口を開いた向日に、誰からともなく頷いた。結婚て聞くと、なんだか一気に現実を帯びた言葉のような気がするね。この中で言うと宍戸とか鳳くんとか滝くんが結婚早そうな気がするけど…自分となるとそれがものすごく他人事のように感じる。

「結婚かあ、あまり考えてなかったかも」
「みょうじちゃんの結婚式は跡部グループが派手に動きそうだねー」
「なにそれ」
「つーか跡部は?」

今更思い出したようにジローくんを見た向日。野菜スティックを食べながらケータイを弄っていたジローくんは「まだ会社っぽい」と答えた。

「樺Gも多分跡部に付き添ってるから〜…今日は来れないかもね〜」

そうつぶやくとジローくんは鳳くんの話にケタケタ笑っている宍戸を見ながらふわあと欠伸を漏らしていた。「まあ最近忙しそうだしな」グラスに口をつけた向日に、うーんと眉を寄せる。まあそうだよなあ、跡部くんは中学の時から忙しかった人だ。
でも、ほら、せっかくみんなで集まれる機会なわけですから。しかし言いよどむ。
ようやっと私から腕を放し、眠そうな顔で隣におとなしく座った日吉くん。とりあえず水を飲ませておいた。

「みょうじちゃん、俺は良いと思うよ」

頬杖をつきながら笑った滝くんにぎょっとしながら見つめ返す。私がなにを思ったのか、わかったのだろうか。
なんだ、とばかりこちらを向いたみんなに、口ごもりながらも言葉を紡いだ。

「み、みんなで跡部くんのとこ行かないかなー…て」

無表情で止まって顔を見合わせたみんなは、次には伸びをしたり息を吐いたりしながら立ち上がった。どうやら行く気があるらしい。

「どうせ後で仲間外れにしただろって跡部怒るしな」
「せやなぁ、会ってやらんと」
「樺地に会うの久々だから楽しみだなあ…。宍戸さん、行きますよー」
「みょうじちゃんは日吉連れて行ってね、俺は宍戸の面倒見るから」
「うん」
「俺もなまえと手繋いでいい?」
「どうぞどうぞ。はは、学生の頃に戻ったみたいだ」

静かに目を何度かパチパチまばたきさせてる日吉くんの手を握る。いつの間にか机の上で寝ていた宍戸を起こした鳳くんと滝くんを見つつ立ち上がり、伸ばしてくれてるジローくんの手を取った。





ATOBEグループの本社の中に入る。夜もなかなかの時間のため、人はほぼいなかった。受付にいた夜間警備員さんに跡部くんを呼び出そうと忍足くんが話していたが、訝しんでなかなか取り合おうとしない。

「やっぱり関西弁が怪しく思わせるんかな」
「侑士はその眼鏡と雰囲気が怪しいんだよ」
「とりあえず一言、下剋上しに来ました、と社長に伝えてくださればいいですから」

滝くんの言葉にさらに眉を寄せた夜間警備員さん。あれだね、滝くんも意外に酔ってるね。「下剋上…?」日吉くんが前に飛び出そうとしたため腕を引いたら、一瞬止まって軽やかに払われた。おぉ、夜風にあてられて酔いが覚めたんだね。むすりと見てくる日吉くんに笑った。

夜間警備員さんが怪しみながらも一応電話で下剋上云々を伝えてくれたようで。しばらくすると奥から樺地くんが出てきた。うわあ坊主も似合うよ樺地くん!
久しぶりー!と私とジローくんと鳳くんと宍戸が樺地くんめがけて突撃した。

「かばG!久々!変っわんねぇなぁオメー!」
「樺地!樺地!元気?無理しちゃだめだよ!」
「樺地くんお疲れ様会いたかったよ!」
「崇弘、跡部にこき使われてねぇか?」
「ウス…お久しぶり、です」

もうそろそろいい大人ということも忘れてきゃっきゃと樺地くんとの再会を喜ぶ私たちを、夜間警備員さんは変なものを見るような目で見てきたが、この目に負けるような人間は氷帝にはいないのだよ。

樺地くんに案内されて大きなエレベーターに乗り込み、着いた先に広がったのはなんとも有能そうで綺麗なオフィスだった。さらに奥に進んで、分厚い扉を開けると。

「よう、懐かしい顔ぶれだな」
「跡部っ」
「お前このやろー、同窓会くらい来いっつの」
「悪いな、たった今思い出した」
「ふざけんなっ」

宍戸と向日が飛ばした野次を受けながら跡部くんは笑った。それがなんとも嬉しそうに見えるのは、まあ、気のせいではないだろうと。
彼のデスクに乱雑に置かれている紙とノートPCを見れば嘘をついてるのがもろ分かりだったけど、そのことには誰も触れなかった。跡部くんが弱みというか、努力を人に見せようとしないのはみんな知っているからだ。

ネクタイを緩めながら椅子の背もたれにもたれかかる跡部くんは、色気が増したけどちょっと哀愁も漂っているね。そんな彼の前で滝くんと忍足はジャーンとレジ袋を掲げる。

「第二回戦始めよかと思て」
「ここでかよ。酒くさくなるだろが」
「今だけは学生の気分を取り戻して、ジュースだから大丈夫だよ」
「飲も飲も〜っ!」

適当なデスクにジュースやお菓子を広げれば、跡部くんは口角を少し上げてこちらに近寄ってきた。

「ジロー、お前睡眠時間減ったのかよ」
「なんかね、俺も成長したみたいでね〜」
「日吉お前背ぇ伸びたなぁ」
「忍足さんは拍車にかけて怪しくなりましたね」
「また言われたわそれ…」
「そういや俺小林から電話来たんだけど…元気かって」
「宍戸無駄に目ぇつけられてたからな。あっ鳳そのイカ取って!」
「はい。樺地も今度は居酒屋行こうね。行ったことある?俺は今日で二回目だったんだけどさ、やっぱりあの雰囲気は慣れなくて…でも面白いから今度行こうよ」
「ウス」
「そういえばみょうじちゃん、俺らのボタンまだ持ってる?」

みんなの和やかな会話が懐かしくてジュースに口をつけながら聞いていれば、急に滝くんに振られて気管に入りそうだった。危ない。
「おいおい日吉、お前酔ってみょうじに抱きついたらしいじゃねーか。酒が入るととんでもねぇなぁ」「なっ…あっ芥川さん!」「いやでもそれ跡部も人のこと言えへんやろ」「跡部も酔うとテンション激上がるからな」「なんか急にドイツ語の曲歌い出すし。パチンパチンうっせーし」「それはいつものことだC」「おいどういう意味だ」「フッ」「笑ってんじゃねぇよ若」「大丈夫ですよ跡部さん、発音良いですし良い指パッチンですから」「長太郎、それフォローになってねぇぞ」
徐々に盛り上がっていくみんなに目線を向けながら、隣に立つ滝くんに頷いた。

「当たり前だよ、宝物だし」
「…そっか」

微笑んだ滝くんはケータイを取り出すと、少し離れたデスクの上にそれを置いた。どうやら写真を撮るらしく、みんなに入るよう促している。シャッターを押した滝くんは、すでに写る気満々なみんなの横に並んだ。
パシャリと鳴った機械音。これでまた一つ宝物が増えた。




「みょうじ」

トイレから出て、みんなのいる社長室へ戻る途中。一人出てきた跡部くんが真正面から声をかけてきた。数歩近づいて止まる。

「元気そうだな」
「跡部くんは…ちょっとお疲れ気味だね」

私たち来て良かったんじゃないの?とからかい気味に笑えば、ふんと鼻で笑い返された。跡部くんはやはり跡部くんだ。
「みょうじのここ、空いてますよ」と後ろを向いて背中を指す。彼は楽しげに片眉を上げると腕を伸ばしてきた。
そのまま肩を掴まれ、ぐりんと向きを前に戻される。そしてふわりと抱きしめられた。少しの香水の匂いとスーツの匂い。

なるほど、氷帝の部長はやはり似た者同士なんだろうね。

「今度から抱きつきごとにお金貰おうかな…」
「いくらでも払ってやるからそばにいろ、っつったらいんのかよ。アーン?」
「…冗談ですよ…心臓に悪いなもう…。とりあえずお金払うから睡眠時間取ってくれないかな」
「余計な世話だ。相変わらず口うるせぇな」
「出たそれ」

くぐもった声に苦笑いが漏れた。みんなは本当に変わらない。そりゃあ年を幾分か重ねたのだ、大人になったのだろうけれどそうじゃなくて。知らないみんなじゃない、というか。離したくないものが、放しても離れないでそこにある。それだけでなんだか生きていける気がするよ。大げさな表現だけど。
まぶたの裏にある学生時代をすぐに消して、笑いながら目の前のスーツの肩をバシリと軽く叩いた。




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