庭球番外編 | ナノ

▼ 忍足と距離感

忍足との出会いの続きみたいな つまり過去です
本編「忍足が名前で呼ぶ理由」とリンク





「あ、みょうじさん」

ぼそりと呼べば、岳人と話していた彼女の視線はこちらに向いた。なに?と首を傾げた彼女に、ゴミあんでと自身の髪を指して促す。
「えっどこどこ」と髪をとく彼女に、ちゃうちゃう左やってと口を出していれば、隣にいた岳人がケタケタと笑った。

「ここだよここ!」
「あーどうも」
「あっちょっと待て、中に入っちまった」
「ううわ」
「なんだよその言い方、取ってやんねーぞ」

言いながら笑って彼女の頭を抑えてゴミを取った岳人は、ふっと廊下に捨てた。「ぐしゃぐしゃだよもう…」苦笑いしながら手櫛で髪を直す彼女と岳人を見てて、言い知れない感情が渦巻く。ほんまに岳人はこのお嬢さんと仲良かったんやなあ。

女子の髪を触ることに抵抗があった俺とは違て、岳人はなんも考えんと彼女と接しとる。確かにみょうじさんは遠巻きに様子を見ながらもズカズカ来る子や。こないだの書庫室での時にわかった。せやけどそない魅力あるか?受け止める心の広さもあるみたいやけど…いまだよくわからん。
二人のじゃれあいを見ながら軽く息を吐く。まあ、適度に友達として接しといても損はないやろな。一応ええ子やろうし。

「今日もゲーセン行こうぜ。あれ取りてえ」
「あー、鳥のぬいぐるみね。あれ丸いからなかなか取れないよ」
「んじゃ侑士取ってくれよ」
「忍足くんUFOキャッチャー得意なの?」
「いや…得意ではないけど」
「前侑士後ろから見てたじゃん。今度はやれよな!」
「あー…はいはい」

そうして放課後ゲーセンに行き、UFOキャッチャーの前。前回同様取れへん岳人はガラスに額をつけて「くそくそ!」と悔しそうに顔を歪める。隣のみょうじさんも真剣に作戦を練っとるらしいが、正直役に立たんと思う。

「次侑士取れよ」
「俺はあかんと思うで」

仕方なしに金を入れ、ボタンを押す。クレーンがぬいぐるみの下に入りこみ、「「おおっ!」」二人が声を上げた。クレーンが上がるとともにぬいぐるみも上がる。なんや順調やん。
そのままそのまま、ええ調子やで。ぬいぐるみが穴に落ちる…ところで枠にひっかかって、下の床に落ちた。しん…と広がる沈黙。

「おっしぃな!ギャハハ!侑士残念!」
「いっ今のはないやろ…ちょっ、もっかいやらして」
「ええ!次は俺だっつの!」
「岳人は惜しい所やなかったやん。取れる確率のある俺に任せとき」
「はぁー!?よく考えたら取れた後の侑士のドヤ顔見たくねぇから俺が取る!」
「なんやねんそれ」

岳人とUFOキャッチャーの前でボタンの取り合いをしとると隣からくくっと吹き出した音が聞こえた。口元を手で抑えて笑うみょうじさんに、はっと気づいて止まる。しかし岳人は「なんだよ」と眉を寄せた。

「言っとくけどよう、みょうじは全っ然できてねえからな。笑える立場じゃねーし!」
「はは、違う違う。二人がさ」
「?」
「ほんと面白い人たちだよ」

はー…と息を吐きながら笑って俺と岳人を見た彼女に、目線をそらす。調子狂うわ。岳人がみょうじさんに絡んどる間に、ボタンを押した。


ゲーセンの帰り、駅のホームにみょうじさんと立つ。途中で岳人が帰ると、どうにも沈黙が目立つ。「もう暗なったなぁ」「ね」みょうじさんも友達になりたい言うてもまだ俺になんも心開いてへんと思う。せやから俺も開けへん。けどこの距離感でええんやろな。あまり近づきすぎても…。

電車が到着し、扉が開く。中は満員、帰宅ラッシュだろう。みょうじさんと一緒に強引に入り、扉が閉まる。扉にくっついて、そのみょうじさんにくっついてる俺を見上げる彼女と目が合ってまたそらした。なんや気まず。堪忍な、くっついてしもて。向き合ってる状態はどうにも視線の行き場が困る。と、この人垣でキツい状態の中文庫本を読んでいる乗客が見えた。
せや、俺も本読も。鞄の中から本を取り出して広げる。しばらく電車に揺られながら自分の世界にこもった。

ある駅に止まり、扉が開いて背中が押された。何人か降りるらしい。にしても急ぎすぎやろ。
扉からドッと出た人に押されたのか、目の前にいたみょうじさんがホームによろけながら出た。それと同時に俺の持っていた本も、降りる人の肩に当たり扉の外に飛んでいく。

あかん。頭の中に流れた。

「みょうじさんっ」
「え」

ぱっと振り向いたのは俺の隣にいた知らん女子高生やった。その子の友達らしき子までも俺を見る。え、…まさかあんたもみょうじかいな。世界狭いわ。
やなくて、みょうじさんや。がくんとホームに落ちたみょうじさんにさあっと頭が冷える。転けた?足首捻った?あかん、女の子なんに。

咄嗟に人垣をかき分け、俺もホームに出る。プシュウと後ろの扉が閉まった瞬間、膝を曲げていたみょうじさんが立った。

「平気か?転けたん?怪我は?」
「大丈夫、これ拾ってただけだから」

人にもみくちゃにされて制服よれよれになりながら、そう笑ってみょうじさんが俺に差し伸べたんは、読んでいた文庫本やった。
「あー電車行っちゃったね。てかすごかったね人の勢い」パンパンと制服を払う彼女に、閉じていた口を開けて…閉じた。なんやねん、ほんまわからんこの子。

また電車を待つためホームに立つ。隣のみょうじさんに本を取ってくれた感謝を述べようとようやっと口を開けば、先にかぶせられた。

「ありがとう、心配してくれて」
「…は」
「怪我は?とか」

…そら、心配もするわ。本よりも先にあんたのことを思ったわ、不覚やけど。
ええ子なんやろな。岳人があれだけ言うとった子やし、目の前であない仲良うされたしな。…俺がちょお踏みこんでも、…多分…多分平気。

みょうじさん、と呼ぼうとして止まる。頭ん中出てきたのはさっき振り向いた女子高生と、小学時代苦手やった太った男子。ちゃう、みょうじはみょうじでも君らやなくて。…あー…、ごちゃごちゃ考えんとええやんなあ。

「…なまえさん。俺も、取ってくれておおきにな」

俺が素直にお礼言ったのがか、それとも…名前を呼ばれたからか知らんけど、彼女は驚いた表情で俺を見上げた。
ほんで、そらもう嬉しそうに笑ったもんやから。

多分、次は彼女の髪にゴミついとっても…取ってあげれるやろな。





[ もどる ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -