▼ オサムちゃんの擬人化携帯
「お若いですね…なまえです、よろしくお願いします」
謙也の擬人化携帯としてやってきた子の名前を聞き、笑顔の裏でギクリと固まった。ええーなまえってほんま…堪忍してやぁ…俺の前の携帯と同じ名前やん…。
謙也の携帯の子やなく、俺の携帯だったなまえと会ったんはちょい前やったかな。一週間の期間限定、まあおもろそうやからええかと軽く思っとったなあ。うん。
せやけどなまえはどうやら他の携帯とちょお違うらしく、心があったんやと。今考えると面白おかしいな。
「オサム先生、ちゃんとしたもの食べてくださいよ」
「おぉ〜?せやけど面倒やね〜ん」
「まったく。携帯はこんな機能はないんですけどね!」
「やったーなまえちゃんサイコー!1コケシあげたるでぇ〜」
「いりません!もう!」
台所に立ってズダダダと野菜を切っるなまえの姿に惹かれていって、自分に嘲笑したんは覚えてる。
一緒に学校行って、一緒に帰って、家で一緒に過ごして…年齢的に考えた、まるで結婚生活。しかもこんな寂しい男にこないかわええ子が来たら惚れるしかあらへんやろ、おぉ?…ハァ。
なまえは食べれんけど誰かと一緒に家で飯食うっちゅー幸せを噛みしめたんも、なまえが来て久々やった。ほんま、なまえは俺にとってえらい大きな存在やったんやわ。
「あ、オサム先生テストの答案丸つけしなきゃ」
「あぁせやったせやった。なまえも手伝って?」
「そんないい大人が可愛く言っても気持ち悪いだけですよ」
「ひっどいわー傷ついたわーあーもうやる気なくなったわー」
「元からないくせに…」
「なまえちゃんは俺に対してひどすぎやと思いまーす!!」
「声がでかいです!また隣の人に怒られますよ!」
そうブツブツ言いながらも一緒に手伝ってくれちゃうなまえが可愛くて可愛くて「おぉーよしよし」と撫でた。そん時のなまえはかわえかったなぁ…「はいはい」言いながら赤くなって。
よっこいしょ、とベンチに座って「まぁ座りー」と謙也の携帯に隣を促す。おずおずと座った謙也の携帯を見てると、なまえを思い出してしまって心苦しい。せやけど、思い出せることが嬉しい。
「一週間だけって切ないなぁ。こら好きになったもん負けやな」
俺は負けた。でもなまえも負けた。一週間っちゅー短い期間なんに、好きになるのは早かったなあ。お互いに。なまえは心があったし、周りの近い男は俺しかおらんかったし、せやから俺なんかを好きになってくれたんやと思う。
「…………はっ?いきなり何の話してるんですか?」
「自分、謙也のこと好きなんやろ?」
「どこからそういう!?まだ会って一日しか経ってませんよ!」
「惚れるのに時間なんか関係あらへんやーん!!」
謙也の携帯はやかましい!と顔を歪めたが、多分まだこの子は謙也をそこまで好きっちゅーわけではないんやろな。でもわかる。この子も心がある。謙也を好きになるやろ。
なまえのお試し期間の一週間の最後の日、最後の時間。抱きしめて放さん俺になまえは「タバコくさいです」と笑った。おうおう…最後の最後まで甘やかしてくれへんやつやなぁ。
放して彼女と向かい合うように座ると、なまえは「今までありがとうございました」と笑んだ。なんでそない綺麗に笑えるんやー…俺なんて今にも泣きそうなんに、お前は悲しくないんかー…泣いちゃうでー。
「…なまえ、期間延ばしてもらうことできんかな」
「できませんよ」
「なぁんで即答」
「…お試し、ですから」
目線を下に落として言ったなまえをまた抱きしめた。今度は優しくゆっくり。ああ、なんでお試しなんやろ。最初から擬人化携帯を選んどけばよかったんかなァ。ちゅーか、なまえが…人間、やったら。
「なまえ」
「はい」
「好きやでー」
「…はい」
「めっちゃ好き。ほんま、なんで俺の嫁さんになってくれへんのかなぁ」
「…はは、オサム先生…私も好きです」
なまえからの好き、に心が締め付けられた。ああ、やっぱなまえも俺んこと好きでいてくれたんや、って。そのまま、髪に口をつけようとしたらなまえは震えた。どないしたん、と顔を覗きこんで止まる。
「だから、つらい。私は、携帯だけど、心があるから…好きでつらいんです。泣きたいのに涙が出ない。…携帯だから」
「……」
「なんで…言っちゃうんですかオサム先生…好きなんて…言ったら私はあなたと離れることなんてできないのに…」
顔を歪めて、ほんまつらそうに紡いだなまえは心臓を抑えた。
「心なんて持たなければよかった…こんなにつらく、なるなら」
そんなん言うたかて、俺やって心があるんや。人間やから。お前だけ心なくて俺だけ好きになるんは公平やないやろ。…やなくて、ああ、もう、久しぶりの好きの感覚が、ナイフで抉られたみたいに痛い。
どこから間違ったんやろ。俺が最初に擬人化設定を選ばなかったことから?お試しで来たのがなまえやったから?なまえを好きになったから?なまえに好きって言ったから?
後悔が襲ってくる俺に、それでもなまえは笑って手を重ねた。
「ごめんなさい、八つ当たりしちゃいました。…好きをありがとう」
「…おま…アホやなぁ、ありがとうは俺のセリフやっちゅーねん。ご飯作ってくれたやろ、掃除に丸つけに…」
「まるで家政婦みたいな扱いでしたよね」
「…スミマセン」
「いいんです。この一週間、本当に楽しくて…幸せだった。あなたがいたから」
満面の笑みで笑ったなまえに、俺もつられて口角を上げた。多分、いや絶対笑えてへんやろうけど。
「さようなら、大好きですよオサム先生」
ガチャン、と電池が切れたように倒れこんだなまえ。彼女を抱えて、しばらくぼんやりと眺めていれば頬が濡れた気がした。
なまえちゃんはほんま…なんで最後の最後で言い逃げすんねん。お前がつらい言うたやん。やから俺は一回で我慢したんに。俺やって何回も言いたかったわ。
てなことがありまして、ほんまに心がある携帯にいいことはないと、ただつらいだけだと、わかりましてね。せやから謙也の携帯にも忠告したんですわ、好きって言うなって。やのにあれや、『私の好きは無駄ですか』…そんなん言われたら俺が悪いことしとるみたいで刺さったわ。
無駄やない。好きの気持ちは大切や。なまえが好きを持ってくれて俺は嬉しかった。
せやけど、言っちゃあかんねん。つらいだけやから。ちゅーかなんで心を持って来たんやろな。そんなん、やっぱ、携帯にはいらんかったんや。ただの機械相手にやったら…恋しなかっただろうに。
そう、思っていたんやけど。
「心を持って謙也くんのところへ来れたから、好きになれたんです」
その謙也の携帯の言葉に、なんや重かった心が軽くなっていった気がした。怖かったんやろなぁ、俺。なまえが俺んとこ来たことが、心を持ったことが、俺を好きになったことが、全部間違いだと思ってそうで。怖かった。
やけど、なまえと同じ笑顔でそう言うから…心があるから好きになれた、そう言ってくれたから。大げさやけど、はっは、…救われたわ。
俺にも幸いなことに心があるからなまえのことは忘れずにおれるわ。あー…やっぱ、人を好きになるって、つらいけど…嬉しいな。
謙也の携帯が廊下を走り去ったあと、滲んできた涙を拭った。年取ると涙もろくてやんなるわぁ。…まだ若いけど。