庭球番外編 | ナノ

▼ お試し期間の携帯と千歳

「千歳ぇ、お前またなまえさん置いてきたんやろ」

朝練後、白石の言葉に着替えていた手を一旦止め、「忘れとった」へらりとごまかすように笑った。白石の目が鋭くなるのを見てみぬフリ。

「忘れとったやないわ。ほんま…なまえさん可哀想やろ」
「そげなこつ言うち…俺は魚人化携帯なんいらんかったとよ」
「擬人化な」

一週間のお試しとして三日前に擬人化した携帯が家に来た。人間の姿、女の子のそれは当たり前のように会話できるあたり恐ろしいと感じた。
それ以前に俺は一人の方が好いとう。携帯もあまり必要なか。やけん彼女を連れるこつもなかばってん。

「千歳さん!どうしてまた置いてくんですか!」

バタバタバタンと大慌てで入ってきたなまえに目を見開き頬をひきつらせた。
「おー今日も元気やなあ千歳の携帯は」と謙也やユウジが笑うが、彼女はシカトして俺に詰め寄る。はは…めんどくさか。

「すまんすまん、忘れとった」
「わざとなくせに…携帯本体も置いてくから私どれだけ迷ったと…!」
「よぉ来れたわねっ」
「四天の制服の人たちの後をついて来れたからよかったものの…」

部室に入ってきてから俺との目線を離さないなまえに圧されて苦笑が漏れた。白石に聞いたところ、擬人化携帯は携帯本体を持っている人または持ち主以外話さないため、彼女は小春や白石に宥められることもなく真っ直ぐ俺に向かっていた。怖い。
謙也のお試し携帯はほんに珍しかったんやねぇ。しみじみ思いながら謙也を見れば、いそいそと部室を出て行った。

「もう離れませんからね!ちゃんと携帯本体持っててください」
「つきまとわれるのは苦手ばい」
「ほなら電源切って部室に置いとけばええんちゃう?」

白石の言葉に名案だ、と拳を手のひらに打った。しかしほんなこつケロリとした顔で残酷なこと言う部長ばいね。
人間の姿をしてても携帯は携帯と見ている白石に一瞬頬が強ばったが、その意見には賛成なので携帯本体の電源ボタンに手をかける。

「……」
「……」
「…俺の後ろば離れるち言うんやったらついてきてもよかとよ…」
「はいっ」

押そうと思ってちらりとなまえに向けた時に、ぐっと詰まった。その表情が哀しそうに見えたためだ。…俺は白石にはなれんばい。自分の甘さに息が大きく漏れ、白石が笑っていたのには気づかなかった。




教室で珍しく授業を受ける俺の後ろにはなまえがニコニコしながら立っていて、また頬が引きつった。

「…なしてこんな近くに立ってると。他の携帯みたいに後ろの壁際に立って…」
「千歳さんがいつサボってもついていけるようにです!」
「あー…サボらんサボらん。やけん後ろ行くばい」
「はいっ」

素直に言うことを聞く姿はさすが自分の持ち物だからと言うべきか。後ろに離れても背中に感じるなまえの視線。…恥ずかしかぁー…他の携帯擬人化設定しとる奴の気がしれんばい。

休憩時間となり、トイレに行こうと立ち上がった俺をなまえが少し離れて見てくる。
気恥ずかしさが中で渦巻き、自分のいつもの調子が荒らされていく錯覚が不快感を描いた。…一週間の、我慢やね。何度思ったか。

「トイレっちゃ。それでもついてくると?」
「あ、いえ、じゃあ待ってます」

珍しく赤くなったなまえを見て、そのまま携帯本体を机の上に置き、教室を出る。
一人になった空気に息を吐けば少しだけ圧迫感から逃れられた気がした。



トイレを済ませそのままブラブラと学校の敷地内や裏山へと自然の時間を楽しんでいれば、もうすでに放課後となっていた。
今日は放課後の部活もないしこのまま家に帰ろうと思ったが教室に携帯…なまえを置いていたことを思い出す。
めんどくさか…誰かの世話なんて俺には一生無理ばいね。軽く自分に笑いながら教室に向かい、そして中を覗いて動きを止めた。

「白石さんはよくわかっていますね」
「せやろ。これからもよろしゅうな」

放課後の教室、俺の机を挟んで立ちながら話しているのはなまえと…白石で。
俺の携帯本体を弄びながらなまえに笑っていた白石は、俺に気づくと小さく手を振ってきた。なんね、その顔。

「あ、千歳さんお帰りなさい。遅かったですね」
「どこ行ってたんやなまえさん置い…」
「…はは…」

小さく口角を上げた俺に白石が顔を強ばらせたのがわかった。なまえはそんな俺に気づかなかったようで、携帯本体を白石から取って俺に近寄る。

「よかった、また置いてかれたのかと」
「…置いてっても白石が保護してくれそうたいね」
「え? はい」

不思議そうに、しかしまだニコニコしているなまえに苛ついた。そのまま乱暴に彼女の腕を掴んで廊下を進む。「千歳!」背中にかかる白石の声は聞きたくなかった。

学校を出て、家に向かって。薄暗くなってきた道に、急ぎ足で進む俺に腕を引かれたままなまえは精一杯足を動かしていた。

「ち、千歳さんどうしたんですか…?」
「……」
「なにかあった…あ、千歳さん電話です電話!白石さんから!」

公園の横にさしかかったところで足を止める。その言葉になまえを向けば、携帯本体を俺に差し出しながら「早く出ないと、白石さんですよ」と急かしている。
自分の顔は見えんばってん、表情に何も出ていないのは心の中が冷めているけんすぐわかった。

ぱんっ。差し出された携帯本体を払うと、ニコニコしていたなまえの顔はやっと変わった。驚きに。

「当然のようにそばにおられっと、ほんなこつ腹が立つ。…お前さんなんかいらんばい」

そのまま彼女を置いて帰路につく。携帯は特に重要なことも入ってないしどうせ持たないのだから解約しよう。そうしたら擬人化設定というわけのわからんものも関係がなくなる。

ぽつりぽつり降り出してきた雨はさらに冷たくさせるだけだった。




あれから何時間経ったのだろうか。布団に突っ伏していた頭を上げて窓の外を見るともう真っ暗で、雨の音がひどく響いていた。

窓ガラスに反射して映る自分の姿を見ていると、その奥に見える白石となまえの姿に嘲笑が零れた。なんばしょっとね俺は。
見つめ直す俺自身の姿は黒く嫉妬にかられていた。情けなか、いつの間に自分を見失っとると。

なまえは俺以外誰とも話していなくて、だからこそ白石が彼女の中に入ったと思うとドロリと汚いものが心を渦巻いた。一人が好き。だからつきまとうなまえがうっとうしくてたまらん。ばってん、他人に向いとっても困る。

「…はぁ…」

重い腰を上げ、家を出て雨の中に突っ込んだ。バチャバチャと早く、早く公園に向かって息を荒くする。
そこにはベンチに座って携帯本体を大事そうに包んでいるなまえが雨に打たれていた。

「…なまえ」
「あ、千歳さん。大丈夫ですよ、携帯本体は傷ついてませんし濡れてませんから」
「…すまんばい」

にこり笑うなまえは雨の中だからかいつもの笑顔ではない。携帯本体は、傷ついてない。ならなまえは?…あー…俺はなにしとっと。

彼女を腕の中に閉じこめればとてつもなく冷たかった。それはなまえが機械だとか、そういうのではなく。

「…帰ろ」
「はいっ」

待ってました、千歳さん。そう笑うなまえに頬を緩み返した。
俺は白石にはなれん。やけんなまえを人間としか見れん俺の左目を抑えて息を漏らした。


「はい起きてください!千歳さん今日はちゃんと学校行きましょう!」
「…うるさかぁ」
「今日ちゃんと授業受けれたらジブリの映画見ましょう!」
「……白石からそれ聞いたんね」




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