庭球番外編 | ナノ

▼ 40.5

走って、走って、止まった時に見上げた先にいたのは少し大人になった謙也くん。でも雰囲気とか全然変わらなくて、私はあの一週間が昨日のことのようだったはずなのに、久しぶりに感じた。
謙也くん、だ。謙也くんがここにいる。また会いたいと思っていたけど、本当に会えるなんて。感情が高ぶって泣きたくなった。

「…はは、久しぶりやな。…なまえ」
「…うん」

噴水の水の音が響いて、だけど謙也くんの言葉はクリアに響いた。
あの時伝えられなかった言葉、今度こそ伝えられるだろうか。
「謙也くん、私」そう口を開いたところで視界から謙也くんが消えた。締め付けられている感触に、抱きしめられてるのだと気づいた時には身体が熱くなっていった。

「けっ…けんや、く」
「あかん…も…我慢できひん」
「え、ちょ…」
「やっと…やっと会えたわ…!」

息ができないほどの強さに、無意識に涙がぽろりと一粒落ちた。
忘れていなかったんだ。謙也くんは私のことを頭に入れていてくれてたんだね。それだけで十分の幸せだ。

「なまえ、俺な」
「うん」
「なまえのこと」

後頭部を彼の肩に抑えつけられ、苦しいけれど嬉しさでいっぱいになりながら返事をする。
耳元でかすれた声を出しながら謙也くんはすう、と息を吸った。

「す」
「なんやお前、俺に見せびらかすために呼んだんかいこのアホふざけんなや」

謙也くん越しに聞こえたその声、そして今の私たちの体制に恥ずかしさが募り、バッと勢いよくお互い離れた。
隣にいたのは不機嫌な顔をしていた…えっと…え、忍足?さらにかっこよさが増したな…!

「ゆゆゆユーシ!おまっ…いつから!」
「今さっきや。なんやねん、彼女いるんやったらなんで俺呼んで…って…え、なまえ、さん?」

トリップした時と容姿が変わらない私はすぐに気づいてくれたみたいで、忍足は目を見開かせながら私を指差した。その指を叩き落とし、謙也くんが胸を張る。

「せや!なまえや!すごいやろ!」
「すごいっちゅーか…え、普通の人間なん?」

いまだに自分の目が信じられないのだろう忍足は、確認するように頬やら肩やらべたべた触ってきた。くすぐったい。
「あああ!何しとんねん!」再び忍足の手を叩いて謙也くんは私を背にして立つ。うっ…いつかみたいだ…!ときめくからやめてくれ…!

「なるほどなぁ、ここで感動の再会っちゅーわけか」
「ま…まあな!せやから邪魔せんとき!」
「お前人を散々急かしといて…。まあええわ」

ニヤニヤしながら忍足は私たちから少し離れ、噴水の座る所に腰を下ろすと、足を組んで「ほな続けて」と促した。

「俺はここでリアルラブロマンス見とるから」
「ふざっ…ふざけんなやユーシ!」
「ななななに言って…!」

謙也くんも赤くなり、私も赤くなり。こういうところは変わらないんだ。なんだか安心した。
優しくて、照れ屋で、いざという時にかっこよくて。変わらない、私の好きな謙也くんは変わっていない。

嬉しさや喜びで滲み出そうな涙は、「なまえ」友達の声にひっこんだ。

「映画始まるけど…どちらさま?」
「あっごめ…」

そうだ、私はここに映画を観に来たんだよ!今さら友達の誘いを断るなんてできないし、だけど謙也くんと…離れたくない。
あわてて友達の所に駆け寄った時に気づく。あれ、友達はテニプリ好きだったはずだ。もちろん謙也くんを知ってるはず。なのに気づかないなんて。まさかテニプリの漫画がない?いやでも謙也くんたちいるし。

それよりも、と彼に振り返る。少し驚いたような表情の謙也くんに眉が下がった。でもまた会えるはずだ。だって私はもう携帯でもなんでもないのにまた謙也くんに会えている。

「ま、またね」

あっさりとした別れの言葉をつぶやいた時、腕を軽く引かれた。
振り返ると至近距離に謙也くんがいて、耳元で囁かれる。

「遊び終わったら連絡しいや」
「…え」
「会いに行ったる」

小さく笑んだ謙也くんのその表情は今までに見たことのないオトナな顔をしていたため、とっさに耳を抑えた。そんな私を見て一瞬驚き、吹き出した彼は軽く頭を撫でてきた。…な、なんていうか…やっぱり変わったんじゃないか!?
その手を払って友達の元へと急ぐ。首もとのネックレスが走るたびに跳ねた。




なまえが携帯としていなくなって、いつの間にか中学卒業して高校入って、テニスしたりバイトしたりほんでまた勉強に忙しくなったり。
白石や小春たちと過ごしているその時間はほんまに楽しくて、こっぱずかしいけど青春!って感じがしとった。かわええ子と仲良うなったりしたけど、ほんでも付き合うまでにはいかず。
なまえを忘れるはずがない。せやけどなまえに抱いていた想いは薄れていったように感じ、この三年間で消えてしもたんかな、なんて思っとったら会った本人。

夢かと思った。やのに耳から聞こえてくるユーシの声は腹立つほど現実で、走っていって間近で見たなまえは紛れもないなまえそのままで。
薄れていくとか消えてしもたとか思った俺はなんちゅーアホや。なまえを目の前にしたこの激しい高鳴りが、薄いわけないっちゅーねん!

ほんで抑えられない気持ちは気づけば手によって出ていて、なまえを抱きしめとった。空白の時間が埋められていく。…ああもう、重症やん俺。

「どないしよ次なまえに触ったらほんまに我慢できんかもしれへん」
「そう言うてもどうせキスだけで終わるんやろ。もっと先行きぃや」
「なっ!なんでそんな話になんねん!」

叫んだ自分の口をあわてて抑える。喫茶店内、見てくる女性客たちの視線に恥ずかしさが募り、コホンと咳払い。
前に座り紅茶を飲むユーシの目はからかいの色が入っていた。コイツ。

「ちゅーか、なんでなまえさん友達んとこ行かせたん?そない我慢できへんやったら強引に攫えば良かったやん」
「あ、アホか。先に約束しとったんはあっちやろ」

はー…とため息吐いたユーシは「せやからいまだにヘタレや言われんねん」と続けた。うっさいわ。
…俺やってなまえともっと話したいしもっと抱きしめてたい。誰にも邪魔されたない。せやけどこの独占欲はあかんねん。やってなまえはもう実質上…俺のモンやないし。
それにこの後きっとなまえは俺との時間を作ってくれるはずや!もう三年ほど待ったんやから、こない時間苦やないで!

「…もう友達と遊び終わったやろか」
「早っ。まだ20分しか経ってへんで」
「あー!待たれへんんん!」
「ソワソワしなや」




映画が終わり、友達と話したりいろんなお店をめぐったり。楽しいけど、ソワソワしてしまったのか友達がハァと息を吐いた。

「そんなに気になるなら行きなさいよ」
「えっ」
「後でなんか奢りね」

笑った友達は、私の肩を押すととっとと歩き出した。彼女にはバレていたらしい。申し訳ない気持ちと感謝の気持ちを友達の背中に送り、私も足を出す。
携帯を取り出して意気を強めた。

喫茶店にいる、とだけ聞いて通話を切った。早歩きから駆け足になる。謙也くんは私を見つけてくれた、私を受け入れてくれた、そばにいてくれた、笑顔を見せてくれた、走ってきてくれた。
今度は私が走っていく番だ。


喫茶店に向かう途中の木の通りの向かい側から謙也くんが走ってくるのが見えた。思わず吹き出す。ほんと謙也くんは待てないんだな。

「謙也くん、私」
「ちょっ、ちょお待ち!先に俺の話聞いてや!」
「え、い、いやだ!」
「なんで!?」
「私が先に言いたいんだって!」
「あかん!なまえの話よりきっと俺の話のが重要やで!」
「はあ!?ありえない、私のが絶対大事なことだから!」
「俺や!」
「私だって!」

馬鹿らしくて意味がわからない争いなのだが、興奮している私たちはお互いがお互いを譲らなかった。
謙也くんの「ほなら一緒に言おうや」と息切れ切れで言ったセリフに頷いたのも、きっと頭が正常じゃなかったからだと思う。

「なまえがすきや!愛しとる!」
「謙也くんのことがだいすきなの!」

照れよりも、とにかく相手に伝えようと勢いで言ったことば。
そして沈黙が広がる。目を合わせているのに、謙也くんが何を言ったか理解できなくて頭がグルグル回る。謙也くんもそうなのだろう、口が開いたままだ。

「…え、な…なに?なまえもう一回!もう一回言うて!」
「け、謙也くんこそ…はっきり聞こえなかった…」
「言えるわけないやろ!はっず!」
「なにそれ!ていうかなんで聞こえてないのさ!人が精一杯言ったセリフを…!」
「そら俺のセリフっちゅー話や!」

そしてまた広がる沈黙。そよそよ吹く風、私たちの隣を犬を連れたおじいさんがゆっくり通っていった。おかしくなって吹き出す。

気づけば謙也くんの胸にめがけて抱きついていた。別れる時と変わらない温度。また泣きたくなる。謙也くんに触れるたびに涙腺が緩むんだ。

「謙也くん、ずっとずっとすきだよ」

やっと言えたことばに胸の奥がスッとした。
抱きつかれて身体を固くしていた謙也くんは、私がつぶやくと私以上の力で抱きしめてきた。あはは、痛い。痛すぎて涙が出てきた、はは。

「なまえがすきですきでたまらんっちゅー話や…!」

もしそうだったら、とかもしかしたら謙也くんも、とか思っていたけど実際にそのことばを聞くと今までにないほど熱くなって、はずかしくて、もっと涙が出て。
そんな顔を隠すように謙也くんが腕の力を強めたため、はははと笑いがもれた。
謙也くん、大好きだよ。




「なまえ、大阪行くで」

私の家に謙也くんが送ってくれている時に、ニッコリと謙也くんが言った。はい?頬が引きつる。

「いや、でも私ここで暮らしてて…」
「俺の家に住めばええやん」
「ななななに言って…!」
「学校にはみんなもおるし、喜ぶでぇ。…や、ちょお嫌やけどな」
「話が急すぎない!?大阪なら休みとかに私が行…!」
「なまえともう離れたないねん」

がっちりと握られた手の力を強めて、謙也くんはまたオトナの表情で笑った。

「逃がさへんで」

成長した謙也くんは私に爆弾を投下させる能力を高めたらしい。一瞬で赤く染まった頬に満足そうに謙也くんが笑った。くそう、悔しい。逃げるつもりなんてないんだから。




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