短編 | ナノ

▼ 裕太の頭の中のイチゴ

聖ルドルフ学院のテニスコートの隣は校舎である。
テニス部の朝練が終わる頃には、生徒たちが続々と登校してくる姿がよく見えた。練習に没頭していた部員たちはその姿を見て、慌てて片付け始める。テニス部の朝の光景であった。

大抵が観月の声かけにより早く切り上げるものの、調子が良いからとつい練習を続けてしまう者も多い。
裕太もその一人で、本日は特に時間をかけていた。ショットのキレが良かったのだ。とっくに制服に着替えた観月に再度声をかけられて、テニスコートを飛び出した。

制服に着替えて部室棟を出ると、すでに校舎へ向かう人影はまばらになっていた。
放課後の練習まであのショットの感覚を忘れないようにしないと。裕太が頭の中で記憶を整理しつつ駆け足で昇降口へ向かっていると、前を走っていた女子生徒の鞄からポロッと何かが落ちた。
たとえ始業に遅れそうとはいえ、知らぬフリをするわけにもいかない。裕太は膝を曲げてそれを手に取った。学生手帳だ。

「あの、落としましたよ」
「あ……」

余談であるが、聖ルドルフ学院の制服は紳士淑女として品位の伴った着用を求められる。
ネクタイは必須であるし、よれていたら教師や観月に目をかけられることもしばしば。部室棟を飛び出してきた今の裕太は、ひとまず教室に駆け込んでからネクタイを締め直そうと思っていた。

女子生徒の制服のスカートは膝下3cmが規則として定められていた。クラスメートの女子が他校の短いスカートが羨ましいとぼやいていたこともあるものの、折って短くすることはしていなかった。皆、その規則を承知の上で入学してきているのだ。

そんな淑女の証としての制服であるが、どうやら強風には敵わないらしい。
裕太の声により女子生徒が振り返ろうとしたものの、その前に突風が二人の間を駆けてきた。風に攫われ、スカートが人為的には決してありえない位置まで捲り上がる。

「……」
「……」

突風は一時的なもので、まるで目的は達成したとばかりにすぐに静かになった。
裕太は、しばしスカートから目を向けたまま止まってしまった。先ほどのキレがあるショットの感覚が頭からすぽんと抜けていく。その代わり、たくさんのイチゴが脳内を占めた。イチゴは好きだった。甘酸っぱいし、おいしい。何個でも食べれる。

「ご、ごめんなさい!」

女子生徒の声にようやく裕太はハッと我に返った。だがすでに遅く、勢いよく頭を下げた女子生徒はそのまま翻ると凄まじい速さで校舎へと走り去っていった。淑女としての名を放り出していた。
学生手帳を差し出したまま、裕太は去っていった背中を呆然と眺める。何も言葉が出なかった。今も頭を占めるイチゴが言語中枢の機能を停止させていた。

イチゴ──パンツを真正面から目撃してしまった。
反芻すると頭に血が昇って「うわ!」と大きい声が出る。同時に、辺りには予鈴が響き渡った。もうすぐ始業である。




女子生徒はみょうじなまえといった。学生手帳に書いてある名前を見つめ、裕太は深く息をついた。
中学一年の秋、転入したクラスにいた女の子だ。当時は青学での経緯もあって舐められないようにと気を張っていたが、そんな裕太の隣の席で甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたことを覚えている。
進級してクラスが変わってからも遠くから目が合えば控えめに手を振ってくる彼女に、自然と頬が緩む自分がいることには気付いていた。むず痒いけれど、たぶん、気になる子、ということになるのかもしれない。

久しぶりにした会話があれか……。

会話といって良いものか悩むレベルではある。いかんせん、思い出そうとするとイチゴが出てくるので、裕太は宙を手で振り払った。失礼すぎるだろ。

気を取り直して、学生手帳を握りしめた。返さなくてはいけない。きっとなまえも困っている。
定期的に実施される荷物検査で確認されるし、これは裕太の話であるが、朝礼で歌う校歌はこれに載ってある歌詞を見なくては歌えない。
なにより、「ごめんなさい」と謝ってきた彼女に頭を下げるべきは自分であると考えた。パンツを見てしまってすみません──ではなく、とにかく嫌な思いをさせてしまったことだ。

ぐつぐつと頭が煮えたぎってくる。油断するとすぐに今朝の光景が浮かんでくるので、思わずグイと頬を引っ張った。痛い。

授業中、隣の席の女子生徒が使っている筆箱に付いているイチゴモチーフのストラップが目に止まった。
友人の飲んでいる紙パックがいちごミルクで何故か凝視してしまった。
BLEACHの話をしている声に思わず反応して耳を傾けてしまった。

重症だ。とにかくなまえに謝ろうと、裕太は心からそう思った。




昼休み、昼食を済ませた裕太は早々になまえのクラスへと足を運んだ。扉から教室内を覗くと、友人と机を囲んで弁当に箸を付けているなまえを見つける。さすがに邪魔をすることは憚られ、しばらく様子を見ているとなまえが嬉しそうに苺を口に入れた。あ、と裕太は目を見張る。

やっぱり好きなんだな……。

扉に頭を付け、いやいやいやいやと眉間を寄せた。
やっぱりとか何言ってんだよ。知らないだろ。みょうじが苺を食べてる所なんて初めて見ただろ。みょうじイコール苺で結びつけてんじゃねーよ。
記憶からイチゴを消すことに必死に努める。扉の前で神妙深そうに突っ立っている裕太に、テニス部の男子生徒が訝しげな顔で声をかけた。

「どうしたんだよ裕太、なんか用か?」
「あ、いや、別に……」

ごほんと咳払いを一つ。気を取り直した裕太は、そういえばと口を閉じた。この男子生徒になまえの学生手帳を返してもらえばいいのでは、と気づいたのだ。
なまえからしても、偶然だとしてもパンツを目撃してきた男の顔など見たくもないだろう。怖がらせたくもない。
とはいえ、人に任せるのも忍びない。裕太が少しの間逡巡していると、視界の端で人影が動いた。
そちらに目をやるとなまえが顔を蒼白くして立ち上がるところであった。裕太を見て衝撃を受けたような顔を浮かべている。
二人の間になんとも言い難い沈黙が再び広がったのであった。


肩を縮めながら近づいてきたなまえは、教室から少し離れた所に指を差したので裕太は素直にそちらへと足を出した。廊下の端、二人向き合ってしばしの沈黙。破ったのは裕太で、「これ……」と学生手帳を差し出した。

「ごめんな、俺持ってた。返そうと思って……」
「あ、ありがとう……そう、思ってたから……取りに行こうと思ってたんだけど、い、行けなくて……ごめん」

そうして先ほどの蒼白い顔はどこへやら、茹だったタコのように真っ赤になったなまえは俯きながらも学生手帳に手を伸ばした。
指先が少し震えていることに気付いて、裕太は心臓がぎゅっと絞られたような感覚に陥る。やっぱり先ほどの男子学生に任せた方が良かったかもしれない。自分が恥を煽っているんじゃないかと申し訳なくなり、慌てて「ごめん!」と声が出てしまった。

「俺、何も見てないからな! だからみょうじも俺のことなんかスッパリ忘れてくれ!」
「……え」

(何も見てないだなんてよく言うよ……)
裕太は眉間を寄せながら内心で叱咤した。
朝からずっと脳内がイチゴで飛び交っているというのに。部活終わり、スーパーに寄ってイチゴを買って帰ろうと思ってしまったくらいだ。姉貴のストロベリータルトはラズベリーパイには負けるが絶品である。どちらかというとパンツよりもイチゴの方に視点が向いてしまっているというのはさておき。

なまえからしたら、下着を見てきた男が自分を訪ねて来たのだ。たまったものではないだろう。たとえ学生手帳を返しにきたとしても。
言った後に、やっぱりこの話題に触れない方がよかったかな……と気を揉んだ。素直に見てしまってごめんと謝った方が良かっただろうか。
しかし、穴があったら入ってしまうのではないかと思うほど縮こまっていたなまえを見ていたら、嘘をついたとしても気遣ってやりたいと思わざるをえなかったのだ。
見てない見てない見てない、自身に言い聞かせる。脳内のイチゴを一個ずつ消していった。

「……そ、そっか、良かった……裕太くんに変なもの見せちゃったかと……」

ほっと、心の底から安堵の表情を見せたなまえにぐっと裕太は顔をしかめた。背中に汗が伝う。ますます脳内のイチゴを勢いよく消していくことに努めた。

「あ、あの……お礼したいんだけど」
「え、えっ? なんの?」
「手帳……拾ってくれたお礼を」

チラ、となまえが後ろに視線をやり、扉から顔を覗かせて拳を作っている女友達を見て頷いたことは、イチゴを消すことに必死な裕太は認識できなかった。
「礼するほどでもないだろ」ただ落とし物を拾って本人に届けただけである。むしろ、礼を言うのはこっちだろと内心ツッコミを入れそうになって、裕太はちげーだろ! と振り払った。消しても消してもイチゴが出てきてしまう。

「わ、私の気が済まないから……! あの、駅前の新しくできたケーキショップとかどうかな……ショートケーキの割引券もらったの、よかったら……」
「は、はあ!? い、行かない! 行けねーよ!」

ショートケーキだなんて言われたらもうダメであった。
脳内に浮かんだ白とイチゴのコントラスト。ショートケーキは涎が出るほど恋しいが、そこになまえと行ったら今朝の出来事が忘れられなくなることは明白である。
こんなにも狼狽えてしまうのに、どこか冷静な自分が「やっぱりイチゴが大好きなんだな! 俺もだ」とコメントしていて殴りたくなった。

まさか甘いもの好きで有名な裕太がそんなにも強い拒否を見せるとは思わなかったのだろう、なまえは鼻白んだ様子で「ごめんなさい……」と小さく謝った。
だから、謝るのは、完全にこっちである。裕太は顔を熱くさせながらも重い息を吐いた。

「……次の授業、現代文なんだけどさ。辞書忘れちゃって……」

俯いていたなまえがパッと顔を上げる。間髪入れずに「私持ってるよ!」と近寄ってきて、裕太は目を瞬かせながら一歩たじろいだ。

「辞書、持ってるから……! 良かったら貸すよ」
「あー、サンキュ。じゃあ借りていいか?」
「うん、待っててね」

急かされるように教室に戻っていったなまえの背中を見送り、安堵の息をつく。反応を見るに、「下着見といて会いに来るとかキモ」だとかは思ってなさそうだ。それどころか礼をしたいと言われてしまった。よほどのお人好しらしい。

そうだ。転校した当初、彼女のそういう所に絆されたのだ。ささくれ立っていた裕太に毎日毎日話しかけて、心を溶かしてくれた。
思い返し、自然と頬が緩む。じりじりと心臓が絞られた。




借りた辞書を捲っていると所々よれていることに気づく。そういえばなまえの授業態度は勤勉だったなと、ふと思い出した。
裕太は教師の声を耳に入れながらも、ぺらりぺらり目的もなく捲り続ける。いつもは眠くなる現代文も、こうしていると不思議と目が冴えるようであった。

──ケーキショップの割引券、もらっとけば良かったな……。

冷静になって思い返すと自分はとんでもない好機を逃したのではないかと、裕太は苦々しげに下唇を噛んだ。
イチゴで埋め尽くされた脳内で反射的に答えてしまったが、どこからどう考えても有難い申し出であった。ショートケーキを食べれるし、なによりなまえとお茶をする機会であったのだ。トークで盛り上がる……ことは自信がないけれど、ケーキを美味しそうに食べる彼女が見れたかもしれないと思うと臍を噛む。

もう一度、やっぱり一緒に行こうと誘うとか……。

いやでも、この辞書が『お礼』なのである。お礼と称してケーキショップに誘ってくれたなまえに断った手前、ではお礼が済んだ今なんて誘えばいいのかと二の足を踏んでしまう。

みょうじだって友達とか──好きな人を誘うかもしれない。

言い知れぬ靄を心に抱いたまま、眉間に皺を寄せる。いつの間にか脳内のイチゴは全て消えていた。代わりに、学生手帳を受け取ったなまえの震えていた指が離れない。

捲っていた辞書が自然と開き、裕太はハッと辞書に意識を戻す。ページに何かが挟まっていた。小さなメモだ。ここまで捲らなければ挟まっていることにも気づかなかっただろう、それ程のサイズであった。
イチゴ柄の可愛らしいそれに一瞬身構えた裕太であったが、綴られている一言に目を見張った。

『優しくしてくれてありがとう』

名前は書かれていない。でもなまえの文字だ。半年程の短い期間だったけれど、隣の席を覗けばいつでもそこにあった文字だ。
"優しい"が何を意味するか、裕太はよくわからなかったけれど、裕太が彼女のためにと気遣ったこともなまえは察していたんじゃないかと思った。
まただ。また心臓が絞られる。

メモを指先で摘んで辞書から抜くと、覆われていた記載が表れた。そこに記されていた『好き』の項目を読んで、裕太は(ああ……)と得心する。

そうだったんだな、俺。そうだよな。

なんだか清々しくなって、思わず笑ってしまった。




授業後、すぐになまえのクラスに向かったが彼女は不在であった。しばらく待ったけれど数分の休憩時間で伝えるのもどうかと思い、裕太は出直すことにした。

そうして放課後、部活前にもう一度訪ねる。また姿が見当たらず、なまえの友人らしき女子に訊いてみると、すぐに教室を飛び出して行ったとのことであった。
タイミングが悪い……。意気が削がれてしまったと、裕太は握っている辞書に目を落とす。女子生徒もそれに気づいて「なまえに返しておこうか?」と伺ってきたが、自分で返したいからと断るとにんまりと面白そうに微笑まれた。疑問符が浮かぶ。

「なまえなら多分テニスコートに行ったかも」
「え? テニスコート? なんで?」
「さあ。部活前に話したい人がいるんじゃないかな」

にまにまと笑みを濃くする女子に、しばらく反芻してカッと顔に熱がたまった。
いや、待て。別に俺と言われたわけじゃないし。そもそもこの子の予想だし。テニスコートに何か落とし物したのかもしれないし。学生手帳を落とした彼女のことだ、なくはない。

呟くように礼を言ってから、裕太は教室に戻って鞄を掴むとテニスコートへと走り出した。廊下は走ると怒られるので、見た目は早歩きだ。昇降口を出てからは、逸る気持ちに急かされるまま速度を上げた。

テニスコートに着くと、聞いた通りなまえがいた。きょろきょろと辺りを見渡し、誰かを探している様子で、裕太と目が合うと驚いたように口を丸く開ける。それからはにかみ、小さく手を振ってきた。一度止まった足がまた動き出す。

「あの、裕太くん、いつも放課後になったらすぐテニスコートに向かうから、それで」
「あ、ああ、うん」
「えっと、そう、辞書、辞書返してもらおうと思って」
「うん、ありがとな」

言い訳のように言葉を探りつつ、まくしたてるなまえの顔は体の全ての熱が溜まっているようなそれであった。ふう、と一息ついて裕太はぶっきらぼうに辞書を差し出す。
両手で受け取った彼女は「急かしてるみたいでごめん……」と謝りながら辞書をパラパラと捲った。そして一拍置いて勢いよく顔を上げる。目を丸くしたなまえと裕太の間に一つ風が吹いた。

「……ここに挟まっていたメモって」
「お、俺にだろ? もらった。ダメだったか?」
「う、ううん、……もしかして、き、気づいた……?(私の気持ちに)」
「え? ……あ、ああ(自分の気持ちに)」

暗に告白してしまったようで、二人は汗を飛ばしながら口を噤んだ。若干認識がすれ違っていることには気づいていない。

なまえは一抹の望みをかけて辞書にメモを挟んでいた。メモには、好意をしたためることはできなかったけれど、勇気が出ないなまえの代わりに辞書へ託した。裕太が仕掛けに気づいてくれたら、言葉でもしっかり伝えようと意気込んでいたのだ。一種の賭けであった。
対して裕太は、なまえの問いかけにズバリ自覚を当てられたようでしどろもどろと口ごもった。好意がバレていたのかと冷や汗が滲む。

互いに次の言葉を探している時であった。裕太の背後から「お、裕太早いだーね」と聞き慣れた声が届いた。
そういえばここはテニスコート前である。揶揄に長けた先輩たちが部活をしに集まってくるのは当然であった。
柳沢と木更津は裕太の前に女子生徒がいることに気づくと、二人して喜色を浮かべる。

「ほうほうほうほう」
「クスクス、隅に置けないね」
「ちょ……っと、先輩たち向こう行っててください」

しっし、と手を払うとますます二人の笑みが深められて裕太は焦った。
一番見られたくない人達に見つかってしまった。こうなるとあれこれ話を膨らませ、むこう二週間はこの手の話題で揶揄ってくる。周助や由美子との電話を彼女と勘違いされ、盛り上がっていた期間を思い出してゲェと舌を巻いた。

なまえから目をそらした、ちょうどその時であった。
先ほどから吹いていた風が強さを増して裕太たちに襲いかかってきた。朝から突風が吹き込んでいることを思い出し、裕太は目を瞬かせてからハッとし彼女へと視線を戻す。
なまえの制服のスカートがまたぶわりと捲れ上がった。

いや、ちょっ、今はダメだって先輩たちがいるって!

一瞬で脳内に浮かび上がったイチゴを手でかき分け、裕太は反射で動いた身体を彼女へと寄せた。裕太のズボンにスカートの裾が当たり、はためく場所をなくしたそれは彼女の太腿へ戻っていく。

ちょうど裕太の体が邪魔をして、後ろの柳沢たちには見えなかっただろう。裕太自身も至近距離となったため見ることはなかった。ほ、と安堵の息をつく。
そうして落ち着いてつかの間、彼女を覆うように引っ付いてしまっていることに気付いて裕太は「うわ!」と声を上げながら慌てて退がった。

「ごめん! 俺はその、スカートがまた捲れないように……!」
「おいおい裕太、いくら観月がまだ来てないからって大胆すぎるだーね」
「クスクス、見せつけてるのかな」
「だー! 早く行ってくださいってば!」

またいつ突風が吹くか気が知れない。彼女のパンツを見て自分のようにイチゴが頭から離れなくなって、彼女を邪な目線で見る者が増えるだなんてまっぴらごめんだ。
裕太の切羽詰った言いように、柳沢と木更津はにまにまと笑いながら「気が利かなくて悪いだーね」と手を振って去っていった。今日の部活は精神面で鍛えられそうだ。

しかし柳沢の言うように、いつ他の部員が来るとも限らない。裕太はなまえと場所を移動しようと顔を覗き込んだが、彼女が想像以上に顔に熱を浮かべていたため言葉を詰まらせた。とても愛らしく思えた。

「……ありがとう」

絞ったように声を震わせたなまえを見ていると、どうも心臓が焦げてしまう。
裕太は制服のブレザーを脱ぐと、彼女の腰に有無を言わせず巻きつけた。動揺する彼女に「暑いから持っててくれ」とかっこつかない言い方で呟いてしまう。風が強い今日は少し肌寒いくらいであった。
なまえはこんなことしてもらうわけにはいかないと固辞したが、裕太は遮るように「じゃあ」と強く発する。手を強く握り込んだ。

「礼はケーキショップの割引券で」
「あ……う、うん! 期限がね、今月までだから早めに行った方がいいよ」

なんやかんやあったけれど、結果的に目的の人物に割引券を渡すことができそうでなまえは満面の笑みを浮かべた。一度断られてしまった手前、一緒に行くことは叶わなそうだけれど、そんなことはもうよかった。

なまえは甘いものを食べて綻ぶ裕太の顔を想像しながら、鞄に忍ばせていた割引券を取り出す。優しく不器用に気遣ってくれる裕太に、ただ喜んでもらいたかったのだ。
始まりはスカートが捲れて下着を見られてしまうという、なんとも顔から火が出る案件であったけれど、ずっと、もう一度話したいと思っていたのだ。

「一緒に行かないか?」

だから裕太が誘いの言葉を発した時、なまえは心の声が裕太から出てしまったかと思って動揺した。
驚愕して、咄嗟に割引券から視線を上げる。裕太の顔はなまえに負けず劣らず、イチゴのように真っ赤であった。



211030

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