短編 | ナノ

▼ 3

夜も更けるとあちらこちらで寝息が大合唱を奏でる。
介抱に勤しむ短刀と脇差に混じり、寝転がっている男士たちの尻を引っ叩き部屋へと促した。「しばらく星見は厳禁とするかな」と怒気を浮かべながら周りを見渡していた歌仙は、私の行動に叱ることもなく「ふ」と一つ笑う。

「慣れたものだね、酒飲みの扱いも」
「そりゃーこれだけ飲んで食ってする彼らと付き合いもすれば慣れないとねー」
「就任間もなく男所帯に顔を青くしていたきみからそんな台詞が聞けるとは」
「そんな時期もありましたな」

今やすっぽんぽんで踊られても動じなくなった。酒の力を知ったからである。そんな所で成長は感じたくなかったけれども。

一通りの男士たちは部屋へ帰って行き、庭もやっと閑散としてきた。
「そういえば」転がる酒瓶を片付けながら歌仙は続ける。「御手杵から夢を見なくなる方法は聞けたかい?」

「ああ、慣れだって。御手杵も私が死ぬ夢慣れたのかな」
「それは……吉兆とはいえ慣れることはなさそうだけどね」

歌仙のことだから「私が死ぬことに慣れる」という想像をして紡いだのだろう、声色がわずかに固くなった。
咄嗟に想像させてごめんと謝る。歌仙は「おあいこだろう」と笑って流した。

「慣れるまであと何回見なきゃいけないかと思うと憂鬱……」
「眠れそうにないかい?」
「おかげさまで夜更かししたから眠いけど……」

庭の片付けも一通り終わった。仕事を終えた短刀や脇差たちが欠伸を洩らしながら部屋へと戻っていく後ろ姿を見送る。燭台切を筆頭に、起きている者たちはお茶を一杯すすっていた。中には御手杵もいた。

「心配なら共に床に付いてもらったらどうだい?」
「えっ一緒に寝るってこと!? や、いやさすがにそれはないでしょ私も妙齢の女性ですよ? だ、第一御手杵が嫌がるだろうし……夢を見るのが怖いから一緒に寝てなんてそんな」
「……僕は短刀を思って言ったのだけど」
「え?」
「短刀は寝床の護りに有能だからね」

沈黙が広がる。黙って私をじっと見てくる歌仙の視線が痛い。じわじわと頬が熱くなっていくのが自覚できた。

「まあ、そうだね。御手杵もいいんじゃないかな。待ってなさい、今縛りつける紐を持ってこよう」
「いいー! いいです! 違います! 今のは言葉の綾です御手杵に夢のこと聞いてたから流れ! 流れで浮かんだだけです!」

物置きに向かおうとしていた歌仙を必死に食い止める。冗談かと思っていたが案外止まってくれず、五メートルほどは引きずられた。真剣な様子がとても怖かった。

それはそれとして、確かに、短刀に一緒に寝てもらうのはいいかもしれない。枕刀といった慣習があると聞いたことがある。
それならば前田くん……秋田くんとか、近侍である薬研も受けてくれそうだなあと考えを巡らせていると、「主ー」と呼ばれた。
返事しながら振り返ると御手杵が近寄ってきていたため、おっつと身構える。隣にいた歌仙が私に意味深な視線を向けると、御手杵が辿り着く前にす……と離れていってしまった。え、ちょっと、そんなあからさまに二人きりにするの?

「俺もう寝るなー」
「え? あ、うん、お、おやすみ」

わざわざ近寄ってきてなにを言うかと思えば、まさかの寝る報告であった。御手杵は眠そうに目をシパシパ瞬かすと、そこで思案するように私をじっと見下ろしてきた。考え事する時に私を見るのはやめてほしい。

にこー。
再び無言で笑顔を向けられた。身構えた体の力が一瞬で抜ける。
目尻どころか眉まで下がり、上がった口角により頬は丸く浮き彫りとなっている。戦場で敵を一突きする彼の面影すらなく、なによりその無言の満面の笑みのタイミングがわからなくて、おかしくなって笑ってしまった。

「いや、だからなんなのそれ」
「ん? 夢を見なくする方法だって。じゃーな、おやすみ主。今日は何も見ないで眠れるといいな」

そうしてすれ違いざま頭をポンポンと撫でられる。そこがスイッチだったかのように、今まで鳴いていた夜の虫の声や、静かに話していた周りの男士たちの声が、耳に届かなくなってしまった。

「一緒に寝ませんか」

頭のスイッチを、押されてしまったからだ。歌仙と今さっき話した話題が、脳内に刻まれてしまったから。だから私はとんでもないことをポロッと洩らしてしまった。
背後で御手杵が止まった気配がする。振り返れない。すぐにワッと後悔の波が押し寄せ、慌てて「あーごめんごめん!」とおちゃらけた声を出した。

「そのさ、御手杵が言う夢を見なくなる方法? が笑顔なら、その、寝るまで見てたら夢なんて見ないかなーと思っただけだから、あの、アハハ、子供じゃないんだから夢くらいでびびってんじゃないよって話だよね、一人で寝るから大丈夫ごめんごめんもー軽薄にもほどが」

誤解だと、言い訳を重ねている間に何故かじわりと目頭が熱くなってきた。
私、もしかして、主として失格すぎ?
今日、御手杵に迷惑しかかけてないな。高い高いに始まり、きみの嫌な夢を見たと言っては終いには同衾のように言う始末。
男士を、刀を、神様を、──家族のように接してくれる彼らを、なんだと思ってるんだ。

「いいよ」
「え」

予想外の答えが返ってきたので勢いよく振り返る。
先ほどの笑顔はどこへやら、彼は真顔で私を見下ろしていた。のだが、私の顔を見るに、おわ!? と驚愕を露わにする。

「なんであんた泣きそうになってるんだ? 夢なんて怖いもんじゃねーよ」
「あ、え、いやこれは」
「俺がついててやる。大丈夫だって」

ガシガシと今度は大雑把に撫でられる。
夢が怖くて泣きそうになったと、思われてしまったな。まるで子供扱いだ。自責の念に苛まれていたとわざわざ言うのも憚られ、無言として返した。




布団を隣に並べると一気に"夜を共にします!"ムードが出てしまい、目を剥きそうになってしまった。
御手杵はいいと言ってくれたが、私が寝ぼけて何をしでかすかわからない。夢に苦悩して隣の御手杵を蹴り飛ばすかもしれないし、突然の発情が襲ってきて御手杵の寝込みを襲うかもしれない。合わす顔がない。なにより本日最後の最後まで迷惑で締めるわけにもいかない。

引き返すなら今だな……と深呼吸をしている間に、御手杵は「よっ」と隣の布団に寝転んだ。布団から飛び出ている足に思わず指差して笑ってしまい、緊張がすぽんと飛んで行った。

「全然布団小さいじゃん! もう一枚敷く?」
「いいよ。あんたが寝たら俺は部屋に戻るから」
「え、ここで寝ないの?」

頭の後ろで手を組んでいた御手杵は私を見上げ、叱るような困ったような気恥ずかしいような、なんだか難しい顔をしながら口をもごもごと動かした。

「俺は今男の体を持っちまってるからさあ、起きた時寝ぼけて主を襲っちまうかもしれないだろ」

そういう対象として見ることもできると言われたようで、驚きすぎて言葉を失ってしまった。人間の三大欲求──食欲睡眠欲ときて、御手杵は性欲ではなく戦に出たい欲だと思っていたから。
しっかり性欲も備わってるのかと知ってははあと感心したのだが、その反応が引いたと思ったのだろうか、御手杵は「ちゃんと戻るよ、今日はあんたを寝かすために来たんだ」と言い聞かせるように紡いだのだった。

「大丈夫、私寝顔やばいし御手杵そんな気起きないって」
「……なんか納得いかねぇけど、今はいいよもう。薬研も隣にいるんだろー、何かあったら頼むな」
「お望みなら離れるぜ」

隣の部屋から襖越しに薬研の声が聞こえ、先ほどまで勝手に張り詰めていた空気がどこかに消えていった。御手杵と顔を見合わせてハハハと笑う。

さて、緊張も解れたところで。部屋の明かりを消し行灯を点けた。やんわりとした灯りが部屋を照らす。
布団に寝転んで隣を見ると、御手杵は再びにこーと満面の笑みを繰り出している。意味はわからないが、なるほど確かに、嫌な夢を見ても怖くないと思うほど脱力するのだ。
私もにこーと笑ってみる。私は彼の真似をしたというのに、まるで初めて見たかのように御手杵は「おお」と目を丸くした。

「やっぱり本物は違うな」
「はい?」
「この顔この顔」

御手杵は横になったまま腕を伸ばしてきた。両頬を大きな手で挟まれ、むぎゅむぎゅと圧される。
たまに何を言ってるか、何を考えているかわからなくなることがある。御手杵は独特な空気を持っているし、基本的には思ったことをそのまま言うひとなので、しばらく頬を挟まれながら説明を待ってみた。
なにも説明がないまま御手杵は満足そうに頷くと、「おやすみー」と寝る体勢に入っていった。なんなんだ。

ひりひりする頬をマッサージしながら御手杵の横顔をしばらく眺め、そうっと目を瞑る。
大丈夫。もう見ない。あの、御手杵の呑気な笑顔で脳内を埋めよう。

見ない見ないと思うほど、夢を思い返して映像として浮かびそうになった。再び目を開ける。瞼を閉じている彼を隣で見ていた方が、ずっと休める心地だ。

「……どれくらいで慣れるかな」
「んあ?」
「御手杵はどれくらいで慣れた?」

嫌な夢に怯えず、平気で眠って起きるには。

「一ヶ月くらいか? 俺より主の方がわかるだろ、自分のことなんだからさ」

数秒の間の後、言われたことがわからず疑問符が浮かぶ。天井を向いていた御手杵は寝返りを打って私に向き合った。大きな腕が腹の前に投げ出される。
いや私のことじゃなくて、と首を横に振ると、御手杵は「主じゃないなら誰だよ」と理解し難そうに言ってのけた。

「主が就任して、一ヶ月くらいでやっと慣れてきただろ? 笑う顔が増えてきた辺りから俺は夢を見なくなったんだ。この顔さ」

そうして、また、にこーと御手杵が笑う。息をのんだ。
散らばっていた断片的な記憶が一つの形になっていく。御手杵が夢を見るたびに私の所に来ていた理由が、戦力を重ねるごとに彼が夢を見なくなった理由が、それを慣れという意味が、腑に落ちた。
御手杵が夢に慣れたのではないのだ。私が彼と一緒に成長して、この日常に慣れて、そんな私に安心したからきっと、御手杵は。

「目つぶってもあんたが笑ってるんだ。怖くねえよ」

だから主も、俺のこの顔見たら嫌な夢見ねえだろ。多分。
目を瞑った御手杵は声を和らげながらそう呟いた。
返事を、しようと思ったのだけれど、どうにも音となって喉から出せそうにない。はく、と口を開いては閉じて、身体中から燃え滾る熱を蒸発させることに忙しくなってしまう。

『親しい人が殺される夢は、その人との関係性が良い方へ変わる吉兆』

ネットの文字がこんな時に思い出された。御手杵は初期からの付き合いで、良くも悪くももう、関係性が変わることなんてないと思っていた。
それならばだ。この胸の高鳴りはなんなんだ? 一気に熱くなった顔は。ずっと、起きて話していたいと思うこの感情は。

「……い、今、そこにいる私……笑ってるの?」

閉眼したままの彼にゆっくりと訊ねてみた。平時では絶対に言えないような台詞に、一緒に寝ないかと誘った時同様自分に驚く。おかしい、お酒は飲んでないのに。動悸がずっと続いているのだ。

「……」
「……」
「……すー」
「ってー寝てるんかい!」

枕にツッコミを吸収させながら脱力する。そういえば眠そうであった。そりゃそうだもう夜も大分深い。無意識に呼吸を止めてしまっていたのか、は〜と洩らした息は大分重いものであった。
仕方なしに私も寝る体勢に入る。御手杵のずれた布団を掛け直し、飛び出ている腕を中に入れようとして──少し悔しくなったので握ってみた。
布団の外で繋がっている手から冷えが伝わってくるけれども、私は生まれてしまった感情が燃えてしまっているので、どうかこの熱が御手杵にも伝われば良いと思った。

目をつむる。
ああ、本当だ。にこーっとしてる御手杵の顔ばかりが瞼に焼きついている。今夜は夢を見ないだろうな。



201015

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