短編 | ナノ

▼ 御手杵の夢はもう見ない

嫌な夢を見てしまった。

上半身を起こして荒くなった息を落ち着かせる。背中には寝間着がくっつくほど冷や汗をかいており、なんだか気持ちが悪い。ううーと意味もなしに唸り声を上げた。

一度や二度ではない。ここ数日ずっとだ。ずっと、彼ら──本丸の男士たちが殺される夢を見る。
もう辛抱ならない。無理。普通に寝たい。休みたい。瞼と目の下が重い。体がダル重。

睡眠を取っただけなのにこの世の絶望を浴びたような顔で横を見る。障子から優しい陽の光が漏れているので、夢に苦しまれながらも朝に到達したのだなとわかった。
布団から這いずり出て障子を少し開けてみると、そこには雲一つない青が広がっていた。

いい天気だな……。先ほどの夢が嘘のようだ。あまりにも清々しくて、先ほどまでの凄惨な映像とのギャップがありすぎて、少し泣きそうになってしまった。憂鬱な気持ちでまた一つ息を吐く。

「おっ。大将早いな。おはよう」
「や、薬研。おはよ」

廊下に顔を出して朝の陽を浴びる庭を見ていると、隣の近侍部屋から音もなく薬研が出てきた。短刀は耳が敏感なので、おそらく私が開けた障子の音で顔を出してくれたのだろう。
起こしちゃったかなと気後れしたけれど、彼はすでに身支度を済ませた風貌だったので、彼こそ早いなと面食らった。

「白湯でも持ってくるか? 今日は休みだ、もう一眠りするだろ」
「せっかく早く起きたしこのまま起きるよ。でも水はもらいに行こうかな」
「それなら俺に任せな。大将は着替えるといいさ」

私の返事を聞く前に歩き出した薬研に甘え、障子を閉じていそいそと箪笥に向かう。
出陣がある日は気合いを入れるため小袖と袴で固めるけれど、休みの日は動きやすいジャージだ。
歌仙には顔をしかめられるけれど、確か彼は今日は創作料理に精を出したいと言っていたので一日中厨にいるはずだ。お小言をもらうこともないだろう。

身支度を整えると図ったように障子が開く。「ありがとう」言いながら向くと、薬研の顔の位置に割烹着の胸部があったので、そっと目線を上げた。歌仙に顔をしかめられていた。

「きみ。またそのような格好をして……」
「あ、あれ? おはよ歌仙。今日は厨房にいるんじゃあ……」

フラグ回収早すぎだ。慌ててしゃきっと姿勢を正す。歌仙は眉間に皺を寄せ口をへの字に曲げると、手に持っていたコップを掲げた。

「薬研の代わりに来たのさ。頼まれたからね」
「え? 水を届けるのを?」
「話を聴くことを、だよ」

話? 目を丸くする私に構わず歌仙は「失礼するよ」と部屋に入ってきた。コップを渡される。
起きたばかりなので頭が上手く回転しない。ひとまず水を一口含んだ。その間に歌仙は私の前にゆっくりと跪座をつくと、じ……と黙って目を向けてきた。割烹着でも凛とした空気を感じるのはさすがである。

話、ってなんだろう。歌仙がじゃなくて私? なにか歌仙に言ってないことなんてあったかな。
えーと、と天井に目を這わせながらぐるぐると過去を遡る。この間お風呂に入らず寝落ちしてしまったことかな。課題を締め切りギリギリになって取り掛かったこととか。

「眠れなかったみたいじゃないか。夢見でも悪かったのかい?」
「あ、ああー。それか」
「それかって……まったくきみは」
「あれ、でも薬研には眠れなかったとか言ってなかったよ」
「隈があるよ」
「うそ」

ばたばたと手と膝をついて文机に駆け寄る。引き出しから鏡を取り出して見ると、確かに青いそれが目の下に浮かんでいた。心なしか顔色も悪く見える。
薬研に心配させてしまったかな。それを気取らせないなんて、すごい男だな。
水を取りに行くついでに歌仙に知らせたのも、私が歌仙──初期刀にはなんでも話してしまうことを知っているからなのだろう。

「今日だけじゃない。ここ数日そうだろう」
「あー変な夢見ただけだよ。大したことないから厨房に戻って大丈夫」
「へえ。きみも夢を見るのかい?」
「えっ見るよ、結構見るよ。歌仙にも見せたいくらい面白い夢見るよ」
「それは興味深いな。試しに今日の夢を教えてくれないか」
「それがさ、きみら男士たちが殺される夢で──」

ハッと口を覆う。和やかな口調とは裏腹、歌仙は先ほどと同じく真顔でこちらを見ていた。
俺らが殺される? ナメてんのか? とでも思っている……かどうかはわからないが、まあ、殺されると言われていい気分にはならないだろう。

数日前から床に入れば、ただ彼らが何者かに殺されているシーンばかり延々と夢に見る。なんて悪夢。救いのない無限ループ。時間遡行軍の新たな攻撃なのではないか? と思うほど精神に影響をきたし始めてきた。いっそ眠りたくない、とでも思えそうなのだから肉体にまでそれは及ぶ。

こんなこと言うと主を心配してくれる初期刀としても、戦に出ている身としても、気に病むのではないかと思ってあえて黙っていたのにな。なにより、彼らの力を信用していないと言っているようで自責する。

「誘導尋問はずるいわー」

あえて冗談めいて言いながら、ぐでんと畳に倒れ込む。ぺらぺらつられて話してしまった自分を棚に上げた。

「確かに、夢は古来より先を読むものとして扱われることが多いけれど」思ったよりも軽い物言いに、畳に伏せたそのまま歌仙をちらりと見た。

「占いとして見ている者もいると言う。死にまつわるものは吉兆と耳に挟んだこともあるが」
「そうなの?」

特段顔を変えずに歌仙は「端末で調べてみてはどうだい」と文机の上に置かれているそれを指した。言われるがまま検索で調べる。
『親しい人が殺される夢は、その人との関係性が良い方へ変わる吉兆』、どこのサイトを見ても大部分がそう書いてあった。ほ、と安堵の息をつく。

「私ときみたちの関係性が良い方に変わるかも、だって。もうすでにマブダチなのにね! ウチら!」
「そうか……もうすぐきみの就任記念日があるだろう。極める刀も増えてきた。彼らもきみと繋がりを深められるだろうと浮き足立っているからね、それがきみの夢にまで届いたんじゃないかな」
「(ツッコまれなかったな) 歌仙も浮き足立ってるの?」
「月まで届くほど浮いているよ」

やさしい文系ジョークに、けたけたと笑みが洩れる。私の笑う様子を確認すると歌仙は満足気に頬を緩めた。
パン。気を取り直すように手を打つと、彼は「僕は朝餉の準備に戻るよ」と立ち上がった。本当に水を届けに来てくれただけのようだ。

励ましてくれたのだろう。わからないほど子どもではないし、伊達に彼らと一緒にいない。
朝食の準備をしている途中でも慌てて割烹着のまま来てくれたのだと思うと、胸がじんと痺れた。ありがとうの気持ちで彼の二の腕をうりうりと突く。固くて私の指が痛くなった。

「何か手伝おうか?」部屋を出て行く歌仙の後ろについて廊下に出ると、風に乗って美味しそうな匂いが鼻をついた。彼は顎に手をやり考えるフリをする。

「きみへの指南は時間がある時でないと」
「雅な断り方だなー。じゃあ散歩でもしてこよう」
「御手杵と脇差連中が洗濯を干していたよ。畑には伊達連中が向かっていった」
「御手杵……」

顔の筋肉が少し強張ったのが自分でもわかった。聡い歌仙に見られないように咄嗟に俯く。
夢で殺される男士たちの中には御手杵もいた。どころか、他の男士たちよりも凄惨であったため印象に強く残っている。

夢占いで言うなら御手杵との関係性の上昇が特別示唆されるのかもしれないが、彼は初期の頃からいて少人数の苦労を知る仲だし、しばらく前に極めてもいる。今更関係性が良くも悪くも変わるとも思わないけれど。

「御手杵といえば、彼もきみと似たような夢を見たと言っていたね」
「え? いつ?」

知らなかったことに少しショックだ。歌仙たちは言わずとも気づいてくれたというのに、私ってやつは。
最近の御手杵を思い返すも、脇差と和気藹々と話していたり槍メンで酒の席を設けていたり、その顔は変わらず気が緩むような笑顔だったので、悪い夢を見たようには見えず首を傾げる。

「きみが就任して間もない頃だよ。寝ると主が死んじまう! って飛びついてきていただろう」
「え……あ、あー!」
「すっかりなくなったようだけどね」

思い出した。初期の頃からやって来てくれた御手杵は、当時慣れないヒトの身体に苦戦してはよくお茶の話題に上げていた。
彼は頻回に夢を見るタイプだったようで「変な夢を見た……」と顔を曇らせては、早く戦に出させてくれとせがんできたっけ。

ある時いつもとは違う様子で部屋に飛び込んできた御手杵は、先の通り「私が死ぬ夢を見る」と顔を青ざめて無事を確認してきたのだった。
顔をぺたぺた大きな手で揉んでくるので歌仙がコラ! と怒っていたな。懐かしい。
思い出した思い出した、と手を打つ。そのたび生きてるよと落ち着かせたものだ。

今はそんな影もなく、御手杵は夢の話をしない。それどころか、そういえば最近あまり話してないなと気づいてしまった。
新しく入ってくる男士たちにかまけているという自覚はある。人数が多くなり一人一人に時間を作れなくなったという自覚も、ある。
そう考えると一気に恋しくなってしまった。夢のこともあり、笑う御手杵の顔を見たくなってきた。

「洗濯干してるって言ったっけ。行こうかな。悪い夢見なくなる方法知ってるかもしれないし」
「そう言って、きみが御手杵と話したいだけだろう」
「はははバレましたか」

この様子だと、特に御手杵が印象に残った夢だったということもバレてるかもしれない。黙ってくれている歌仙に心の中で礼をした。いつも支えてもらっているなあと、何度目かわからない感想をしみじみと抱く。
「朝餉の時間には戻ってくるんだよ」という歌仙と別れ、家事室を通り過ぎ、物干しのある場所へと向かった。

外に出ると、長身の御手杵は遠目からでもすぐにわかった。ジャージの後ろ姿は相変わらず、親しみやすさ満点だなあとぼんやり思う。シーツを物干しに掛けて、皺を伸ばしている彼に近づいた。
周りには誰もおらず彼一振であった。
一歩一歩と歩み寄ると、何故か同時に心臓も急かされているようで手のひらが滲んでくる。それをジャージの袖で拭っている間にも彼との距離は短くなっていった。

御手杵は私に気づくと珍しいものを見たとばかり目を丸くした。やあ、と片手を挙げると「おー」と軽快に返ってくる。

「主おはよう、どうした? なんか用か?」
「いやー……あれ、脇差のコらもいるって聞いたけど」
「鯰尾と骨喰なら追加の掛布を取りに行ったぜ、家事室に」

そうなんだ、とまで呟いて口を噤む。
いきなり御手杵と二人きりになると、話そうと思っていたとはいえ妙な緊張が生まれてしまう。
おかしいな。前は自然に話していたのに、夢を見たというだけでこんなにも話題を探してしまうのかな。

脇差たちに用があると思ったのか、居場所を伝えても動かない私を見て、御手杵は不思議そうに首を傾げた。

「家事室わかるかぁ? 今あんたが来た方向の……」
「わかるよさすがに! 違くて、ええと。……元気?」
「なんだそれ」

ますます疑問に眉をしかめた御手杵は、シーツから手を離すと上半身を横に曲げた。不思議な行動に私も疑問に眉をしかめざるをえない。体操か? 急に? 元気の証拠?
「んー」と顎に手をやり「主は顔色悪いな」と、さらっと言う御手杵に目が点となった。

「俺は元気だぜー。今日も戦に行けるくらいだ。主は元気なさそうだな」

そういえば隈をそのままに来てしまった。言葉を濁して顔半分を手で覆う。
い、意外と見ているんだな御手杵。背が高いから私のつむじくらいしか見ていないと思っていた。

「あ、あんまりスッキリ眠れてなかったかなーって」
「変な夢でも見たかあ?」

冗談混じりに言う御手杵の言葉は核心を突いてくれた。ぎこちなくそらした視線もギクリと固まってしまう。
起きたばかりの寝ぼけたちょろい私のことだ。御手杵に対してもぽろっと夢の内容を話しそうで──しかもきみが一番やられていたよ! などと言えるわけがない──、ここは誤魔化した方が得策だなと天秤が傾いた。

「いやいや夜更かししちゃって! この間買った本が面白くってさ」
「ん? 昨日飲み直しに主を誘おうと思って日本号と向かった時は、部屋の灯り点いてなかったけどな」
「……。布団かぶりながら端末で読んでた」
「目ぇ悪くなるぞ」

危ない。もう私は口を開かない方がいいかもしれない。何を言っても墓穴を掘りそうだ。
心配してくれる男士たちにはありがたいと思うが、かろうじて残っている主の矜持ってやつ、これ以上折らないでほしい。

御手杵の笑顔を見るどころか、先ほどから怪訝な表情ばかりしか引き出すことができていないと気づく。
久しぶりの会話でこれはないだろうと内心叱咤し、しかし上手い話題も浮かばないため辺りに視線をやった。
洗濯カゴの中に入っている大量のシーツ、これだ! とばかり手に取る。

「て、手伝いに来たんだよね。たまにはこうして士気を上げようかなと」
「よくわかんねえけど、いいよいいよ。主は中入れって。第一届かないだろ」
「まあ見てなって」

シーツの皺を伸ばし、振り回すように勢いづけて竿に投げつける。空振りして顔に降りかかってきたので「ぶ!」と潰れた声が洩れた。

こりゃかっこ悪いな。後ろに立っているだろう御手杵の顔が見れない。

彼からすれば、いきなり体調を窺いに来てシーツを振り回し始める主だ。かける言葉もないだろう。
おずおずと覆われたシーツを引き、もう一度と物干しに狙いを定めると身体が揺れた。ふわりと足が浮いて思わず驚愕の声が洩れる。

先ほどまで見上げていた物干しとの視線が同じになった。首を動かして下を見ると、脇を抱えて持ち上げてくれている御手杵とばっちり目が合う。
俗に言う、高い高いだ。驚きであんぐりと口が開いた。

「どうだ? 届きそうか?」
「あ、え、えっと」

私の動揺を知ってか知らずか、御手杵は笑ってそう見上げてきた。確かにこの顔が見たかったけれど、目線を下げてとは考えていなかった。

この歳で高い高いされるなんて。
私、脇に汗かいてなかったっけ。
そういえば先月より少し体重増えていた。
え、ちょっと、御手杵の胸辺りに私のお尻当たっていませんか?

御手杵は親切心でやっていることかもしれないが、私の心臓は本懐を遂げる勢いで忙しなく動く。口と身体は石のように固まっているので、御手杵は「早く掛けろよ」と私をいつまでも持ち上げていた。
急かされるまま動かそうとした腕は、いまだ脳内伝達物質が届いていなかったのか、力が抜けてシーツを離してしまった。

「ぶわ!」
「うお! あぶねっ主暴れるなよ」

落ちたシーツは私もろとも御手杵も包んでくれた。半乾きが妙に気持ち悪い。
慌ててシーツを取り外そうともがくと、私が落ちてしまうと思ったのだろう、脇を抱えてくれていた御手杵の腕が胴体に回った。不安定な体勢が支えられてほっと息をつく。

ついた息はすぐにヒュッと回収されることになった。
ハッと気づいた目の前には御手杵の顔が間近にあって、今までに経験のない視界で、心臓がどっと一つ大きな音を立てる。
ギャア、といった悲鳴をどうにか喉で落ち着かせた。

シーツで包まれているので御手杵しか見えない。視線をそらす先がなく、目を丸くしたまま止まる。

「大丈夫か?」
「ハイ、ア、ウン、ゴメンネ」
「いや、俺が急に上げたからだな。悪い」

ははは、と至近距離で眉を下げて笑われた。この状況といい台詞といい、なんだか少女漫画のヒーローみたいだ。枯れた心に突然濁流のごとく流れ込んでくるオアシス。逆に麻薬。
私は無論ヒロインではないので、上手い返しもできずにただ勢いよく頭を横に振った。その反動でシーツが地面に落ちる。

「あ」
「ごめん、私洗い直して……」
「主、隈できてる」

足元のシーツに向いた視線が御手杵の指で遮られる。す、と優しく目の下を親指で擦られ、思ったより固い肌触りに鼓動が止んだ。突き刺してくれちゃったのだ。

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