短編 | ナノ

▼ 財前とバレンタインデー

※「爪を隠し終えた財前」の設定です。




「なんで昨日チョコくれなかったんすか」

一学年上の教室に涼しい顔して入ってきたと思えば、人の席の前に立ち開口一番そう切り出した財前くん。
もちろん教室内は騒然となり、好奇の視線に晒される。しかしここは四天宝寺中、「よっ! 言ったれや!」と財前くんの応援が始まるのであった。
そんな中、人一倍うるさいのが嫌いだろう財前くんは、周りをシャットダウンした顔で一直線に私を見てくる。怖いよ!

「な、なんでと言われましても」
「めちゃくちゃ待ってたんすけどね。朝起きてからバレンタイン終わるまでソワソワしとった俺の気持ち踏み躙って楽しいですか?」
「ごめんなさい……」

財前くんはどうやら私が好きなようで、こうして事あるごとにズケズケと抉るように恋心を伝えてきてくれる。
そりゃあ人に好意を抱かれるのは嬉しい。が、私は先日白石くんにフラれたばかりなので新たな恋はまだ考えられないのだ。
財前くんにもそう言って丁重に断ったにも関わらず、彼は臆せず平然と推してくる。一年違うだけでこんなにパワーが違うのか? というか無表情で無感心な君はどこにいったの。

「いや、待って、渡したよね? チョコ」
「テニス部員の皆さんへ、やろ」
「お、おう」
「しかも女友達やらと一緒に買うたっぽいやつ」
「そうだけど……」

は〜〜〜、と重たい息を吐かれた。
「これだから先輩はモテへんねん……」と聞き捨てならないぼやきが聞こえたんですけどちょっと! イラつき度が上がる私をヨソに、財前くんは勝手に私の隣に座ってきた。先輩の教室で大した態度だな!

「ふつう自分のこと好き言うてくる男いたら意識しません? なに他のやつらと同等に扱ってんです」
「それふつう自分で言う? 君も大概ふつうじゃないよ」
「まあ白石さんもそのチョコ食うてましたし、俺も同じモン食うたっちゅーことは先輩はもう俺のこと好きですよね」
「なにその謎理論!? もう白石くんにはなんとも思ってないよ!」
「へえ」

ニヤリ、目は無感情そのままに、器用に口角だけ上げた彼にゾッとした。
ぶっ飛んだこと言うくせに、頭が良いから怖いんだよな財前くんは! 迂闊にしゃべれない。

「なんとも思ってない、良かったですね。ほなら次の恋いけますやん」
「う……も、もう少し期間を空けたほうがいいと思うから」
「そんなんいうてまた一つのバレンタインが無駄に終わったやないですか。ええんですか、俺と過ごすイベントが着実に減っていきますよ」

たしかに。財前くんのことは抜きにしても、せっかくの学校生活、フラれてもう恋なんてしないと悲しみに浸っていたらなんだかもったいない気持ちはある。

次の恋ねえ……。
ちらり、隣の席の財前くんに視線を向けると、彼は足を組んでスマホを操作しながらまた一人でに話し始めるのであった。

「先輩は俺の予定を壊すのが得意なんで今に始まったことやないですけど、一応昨日は先輩にチョコ貰ったらカラオケ行きたかったんすわぁ。目の前で食うたら絶対恥ずかしがりますでしょ? その顔を見て食いたいし、バレンタイン・キッスを歌ってもらいたい」
「やだよ!」
「やだよどころかチョコすら持ってきてへんやないですか。こちとら最初から計画パーですわ」

舌打ちでも洩らしそうに顔を歪めた財前くん。だんだんと私も苛立ちのボルテージが上がってきましたよ。

「そんなこと言って、財前くん昨日はたくさんチョコ貰ってたでしょ! 別に私のがなくてもいいじゃない!」
「それ本気で言うてます? 本命からが一番に決まっとるやないですか。つか今あんたのチョコの話しとるのに論点すり替えるのやめてください。なんですか、ヤキモチですか? やばレアやん」
パシャ。
「写真を撮るな!! 」

だめだ〜、もうこうなった財前くんは誰にも止められない。本当に私のこと好きなの? と疑問に思うほど私の話を聞いてくれない。
しかしこんなにもチョコを欲しがるとは思っていなかった。あの財前くんだよ? 昨年「いや返すん面倒なんでいらないです」と断ってきた男と同一人物か? 人を好きになるとこうも人を変えるのか? 自分で言ってて恥ずかしくなってくるんですけど……。

「財前くんなんかいつもよりイライラしてない?」
「いや本命からチョコ貰えへんかった男が次の日上機嫌でいたら見てみたいくらいなんすけど」
「……そんなにチョコほしい? 私、あげたとしても財前くんのことが好きってわけじゃないんだよ」

言った。言ってしまった。
白石くんにフラれた身だからわかる。お前に脈はないぞ宣言はとてもツライ。好きな人にそんなこと言われたくないよね。
傷つけてしまったことは本当に申し訳ないけれど、これで財前くんも諦めればいい。私は、君が好きになるほどの人物じゃ──……。

「ほしいです。なんぼなんでも好きな人に貰えるんはめっちゃ嬉しいです」

ふ、と目元を緩めた財前くんに驚愕して固まってしまった。
私が彼にこんな顔をさせている。そう考えると、ブワブワと熱が身体中を駆け巡る。
い、イケメンって怖い! 笑わない子が笑うのはずるい!
「そ、その気持ちはわかるけど、でも答えられない私の気持ちもさあ……」とまだゴニョゴニョ続ける私に、財前くんは「先輩はやさしいですね」と二度見するような台詞を吐いた。

「断りきれずに罪悪感でいっぱいになる前に早いとこ諦めて俺と付き合うたらええと思いますよ」
「そっ、そんな気持ちで付き合ったら逆に財前くん嫌じゃない!? 罪悪感で付き合うって!」
「別に。その時点でもう俺にその気ですやん」

つよい……。多分なにを言っても強めに返してくるぞこの人は……。
口が達者だから、忍足くんやラブルスが打ち負かされているところを何度も見たことがある。おそらく私も近いうちにそうなる。

しばらくして肩を脱力させ、鞄の中から一つのチョコレートを取り出した。それをトトロのかんたのごとく「ん」と差し出せば、財前くんは珍しく目を丸くして止まる。

「ありますやん」
「ないって言ってないし……昨日持ってくるの忘れただけだし……。まったく、教室入って早々強請られたら渡すタイミングもつかめないっていうかさー……」
「ありがとうございます」

友チョコの余りだから、別に最初から財前くんに渡す用に持ってきたわけじゃないから。なんてツンデレの常套句みたいな言葉を紡ぎそうになったけども。
両手で大事そうにチョコレートを掲げてガン見し続ける財前くんを見たら、二の句が継げなくなってしまった。
いつまで経っても財前くんからいつもの毒舌が出てくることはなかった。


19/02/15

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