短編 | ナノ

▼ 忍足とバレンタインデー

忍足くんに「ちょお付き合うてくれへん?」と誘われたのはバレンタインデー前日だった。さすがの私も明日は特別スペシャルデーに誘われたら、ちょっとそわそわしてしまう。
私を喫茶店に呼び出した忍足くんは窓の外の街を見て、ぼそりと溶けそうにつぶやいた。

「ええなぁ……バレンタインっちゅーんは。街中ピンクでカップルたちが幸せそうやわ」
「だね」
「クリスマスと違て、カップルになる前でもラブイベントが発生しやすいのも推せるわ」
「わかる」

忍足くんの目線の先は、バレンタインデー特設コーナー。
学校帰りの制服の女の子二人組、眉間に皺を寄せて大量に購入しているOL、おじいさんと共に選別しているおばあさん。購入理由はそれぞれとして、チョコを選ぶ女の人たちはみな美しく見える。
忍足くんはスッと一人の女の子を指差した。私たちと同い年くらいだろう彼女は、両手に二つのチョコを並べ、どちらがいいかと見比べていた。

「片方はガチ感が引かれるかもしれへんし、かといってもう片方のギャグ路線は気軽に渡せるかもやけど冗談で終わってまうなあ……どないしよ迷う〜」

まさかのアテレコ。しかもそれを真顔でボソボソやっているのだからツッコミも満足にできない。

「はあ、かわええなあ。あない悩んだチョコ、受け取らん男子なんぞおるんかいな」
「うーんどうだろう。本命だけしか受け取らないと決めてる男子とかいるんじゃない?」
「ロマンチックでかっこええわなそれ。でも正直、男っちゅーんは数貰いたいとこあるで」
「女子としては叶わないと知っていても受け取ってさえほしいと思う子もいるから、貰ってくれるなら嬉しいよね」
「なんやそれ……めっちゃきゅんきゅんくるわ。ちょお待ち、にやけ止まらん」
「全然にやけてないよ……」

頬が緩んでまうてこと。忍足くんは自身の両頬を揉みほぐすと、「あんさんもそういう経験あるん?」と静かに問うてきた。
窓の向こうの女の子から視線を戻した忍足くんに、今度は私が窓へと背ける。「そういう経験?」

「叶わへんと知っててもチョコをあげた経験」
「うーん、私はもっと臆病でさ。本命だと貰ってもらえないかもって怖くなって、義理だよって嘘ついちゃうかも」
「はあ? なんやそれ可愛いが過ぎるで。ほんならあんさんの義理は本命てことやんな」
「ハハハかもね」

忍足くんは満足そうに微笑むと、手元のホットチョコを口に含んだ。
そろそろ訊いてもいいだろうか。
なんで私はバレンタイン前日の放課後に、こんなオシャレな喫茶店に呼び出されて窓の外のバレンタイン特設コーナーで賑わう女性の方々を忍足くんと観察しているのだろうか。
私も忍足くんの友だちの端くれなので、彼が人間観察(特にカップル)が好きなのは知っている。水曜日、部活休みの日とはいえ、こんな所まで来て時間を費やしてバレンタインを堪能するまでとは思っていなかったけれど。

「跡部は今年もすごいやろな」どうしてここに私を、と訊くタイミングがまたも合わず、頷きを返す。

「昨年トラック2台だっけ」
「自宅には全国から14台らしいで」
「また伝説を」
「岳人は友だち多いからなあ、昨年は両手じゃ足りひんほど貰ったて」
「何気にモテ男だよね」
「ジローはあんなんやから、ポッキーやらチョコやら自然に口に入ってまうし。宍戸は本命チョコだけは受け取ってるらしい。滝はむしろ交換しあったいうて」
「そうなんだ」

急にテニス部メンツの昨年バレンタイン事情を話してどうしたというんだろう。
カップを指先で弄る忍足くんは、伏せていた目元をゆっくり私に向けた。

「俺はな、好きな子だけに貰いたい思ててんけど、貰えへんかったわ」
「そ……」
「せやから0個。ちょお可哀想やろ? おかん、お姉からも断ったんやで」

そうなんだ、忍足くん昨年誰からも貰わなかったんだ。あんなに女の子に呼び出されていたのに、全部断ったってことかな。
先ほど私が述べた『本命だけしか受け取らないと決めてる男子』に当てはまりすぎて、少し笑いが溢れてしまった。さっきロマンチックでかっこいいって言ったの、自分に対してだったの? ギャグが高等である。

よかった。やっぱり昨年渡さなくてよかった。

義理でも受け取って貰えなかったら、きっとこうして楽しく話すこともなかっただろう。友だちという位置にすら、居続けることができなくなるところだった。

なんと返したらいいかわからずひたすらカップを回していると、「今年は義理チョコほしいなあ」と忍足くんがしみじみと……それはもう懇願するようにゆっくりつぶやいた。
義理チョコ? お、忍足くんが諦めている……。彼はどことなく自分の幸せを後回しにする傾向がありそうなので、ここは背中を押すことにした。

「好きな人から? 義理チョコでいいの? それで満足する男なのかい忍足くんは」
「おん。せやって義理チョコがいわゆる本命なんやろ?」

ぴたり。カップを回していた手が止まる。
何を言ったのか、咀嚼の時間を要し、もしかしてと思う頃にはじわじわと耳が熱くなっていく。
いや、いやいや、私の概念を忍足くんに植えつけてしまっただけだって。言わなければ。他の女の子にとっては義理チョコはただの義理チョ──。

「わざわざ呼び出すほど明日の確約が欲しいねん、俺は。堪忍な」

突然降ってきた情報量を処理しきれない。
頭が回らずただ耳の熱だけ上がっていく私は、正常な反応ができなかったので「全然堪忍な顔してないよ……」そうツッコんだのだった。


19/02/13

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