短編 | ナノ

▼ 佐伯とバレンタインデー

デパ地下の一角。
そこは来たるバレンタインデーに向けて戦地となっていた。有名ブランドが立ち並び、自慢のショコラをここぞとばかりに押し売っている。それにつられたマダムやお姉さんたちは、目を光らせて吟味しているのだ。
来るところ間違ったかなあ、と苦笑いを浮かべつつ、戦地の荒れ狂う波に流される。もっとスーパーとかのバレンタインコーナーにすればよかったかも。熱気に当てられ人にもみくちゃにされ、正直選ぶどころの話ではない。

いや、待て、頑張れ私。
折れそうになった心を叱咤し、ひとまず目の前のお店のショーケースを覗くために足を踏ん張った。
どうにかこうにか波から外れ、やっとのことでショコラとご対面する。綺麗なそれらに、はああと感嘆の息を吐いた。
今年こそ好きな人にチョコを渡すんだ。決意したじゃないか!

「あれっ、奇遇だね」
「え?」

私の隣で同じくショーケースを覗き込むその人は、どうやら男の人だったらしい。
この戦地には若干似つかわしくない声色。驚きの反射でそちらを向き、さらに驚愕することになった。

「さ、佐伯くん……!?」
「やあ。すごい人だね」

顎を埋めていたマフラーを下げ、にっかりと冬の寒さを温めるほどの笑顔を返してきた佐伯くん。つられてへらりと笑って、しばらくしていやいやいやと首を振った。

「な、なんでここに」
「え? 俺もチョコを買いにきたんだよ」

ここにいる理由はそれくらいだろ? と、周りに視線を向けてから気恥ずかしそうにはにかんだ佐伯くん。
それはそう、そうなんだけど。佐伯虎次郎という人物がバレンタイン目前のデパ地下で有名ブランドのチョコを買うというその事実が、認識できるまでに時間がかかりそうだ。

「買いにきたということは……誰かにあげるの?」
「自分用、てのも最近流行りだろ? ご褒美にいいよね」
「あー確かに」

そうか、自分宛てか。わかる。
日々頑張っている自分へのご褒美に、ちょっとお高めのチョコを買うのはいいよね。そのためにわざわざこんな戦地に……よほどお疲れなのかな佐伯くん。
同情をしつつ心の中で労った。いつも頑張っていること、知ってるよ。

「君も買いにきたんだろ? 本命とか?」
「えっ」
「あ、これ聞いちゃいけなかったかな。ごめんごめん。良いチョコ見つかるといいね」

軽やかに笑う彼を見習い、ハハハと声を出す。内心冷や汗ダクダクだ。
あ、あっぶ、危なー! 動揺しなかった私、偉いぞ。
本命相手に「本命チョコ買いにきた?」と訊かれるなんてことありうるか? 予想していなかったので思わず赤面するところであったが、佐伯くんの早い切り替えにどうにか仮面で返すことができた。
そう、何を隠そうこの人こそが、先ほどまで意気込んでいたチョコを渡す相手である。

このままでは私の恋心がチョコを渡す前にバレてしまう。名残惜しいが早々に立ち去ろう。
じゃあ、お互い良いチョコ見つかるといいね、と和やかに彼と別れた。
佐伯くんに渡すチョコを選別しているところを佐伯くんに見られるなど言語道断なわけで。別れたはずの佐伯くんが後ろについてくるなど理解したくないわけで。

「どれもこれも美味しそうだし、かわいいなあ。ほら、これ動物モチーフのスティックショコラだって。お値段も良心的」
「うんうんいい感じ……なんでついてくるの?」
「いやあ。やっぱり女性たちだらけの中、一人で入るのは少し気恥ずかしかったよ」

素知らぬ顔して私の後についてきていた佐伯くんにうろんな目を向ける。
確かに、イケメンが一人チョコを吟味している姿は絵になって注目を集めてしまうかもしれない。現にお店のスタッフさんは佐伯くんに試食を勧めているし、通りすがる女性客からの視線も感じる。
そ、そんな彼を後ろに従えて歩く私も微妙に目立つじゃないか。

「佐伯くんなら紛れられるよ。美人だし」
「あ、テキトーに流してるな。本当だよ、君にここで会えてよかった。オススメも聞けるし」

彼の前を歩いていてよかった。カッと一気に赤くなった顔は、後ろの佐伯くんには見えていないだろう。
こーいうずるいところあるんだよ佐伯くんは。なんの気もなしにサラッとさ。

でもオススメを聞ける利点は私も同じだ。佐伯くんのリアクションが良いチョコを後でこっそり買うという手はいいかもしれない。
そうなると佐伯くんの様子を窺いたいなあ。適当なお店の前で止まり、悩むフリをする。すると佐伯くんも隣でショーケースを覗き込んだ。
なにか「これいいね!」と言うかと思いきや、彼はしばらくして私へと顔を向ける。

「相手には既製品をあげるのかい? 手作りじゃなく」
「うーん、手作りはちょっと重いかなって」
「そうかなあ。嬉しいと思うけど」
「そー……佐伯くんは手作りとか大丈夫なの?」
「大丈夫というか、むしろそっちの方が好きかな」

これは新事実。
そういえば、裏女子トークでも佐伯くんは束縛が全然苦ではないという噂で持ちきりだったし、女の子の恋心に重みを感じないのかも。それか佐伯くん自身が重いか、である。

──手作りか、盲点であった。佐伯くん、デパ地下に来るくらいだからブランドのチョコが好きと思ったけど。

そっ、とさりげなく足を手作りチョココーナーに向ける。
佐伯くんが他の店のショーケースを見ている隙に……! と人の波に乗ったが、目敏い佐伯くんは「何か良いチョコあったかい?」と余裕でついてくるのであった。もう諦めた。

「うん? 手作りチョコに予定変更?」
「いやーあれですよ、前々からね、手作りにしようかなとも思ってたんだけどね。佐伯くんもいいんじゃないって言ってくれたし」
「ああ、すごく嬉しいよ。……って言うと思うよ、貰った人は絶対に」
「なんか確信してるなー。そうだといいけど」

こんなにネタバラシしちゃって、バレンタイン当日に渡した時、佐伯くんはどんな反応するんだろう。まさか自分にだとは思っておらず、ちょっと引いちゃうかな。そうしたらここでとった言質を引き出して、無理矢理に喜んでもらおうか。

じゃあ、と材料に手を伸ばす私を佐伯くんはじっと見てくる。
そういえば佐伯くんは自分のチョコを買いに来たんじゃなかったっけか。いつのまにか私の買い物に(強引に)付き合っているよ。

「佐伯くんは良いチョコ見つかった?」
「うん、それなんだけど、今度は俺に協力してほしいな。どんなチョコがいいか一緒に見て回らない?」
「それはいいけど、私が佐伯くんの好みに合うかなあ」

彼は少し目を丸くすると、マフラーを指先で少し上げてから堪えきれなかったように破顔した。

「好みに合いすぎて困ってるくらいだ」

謎な言葉を発して、面白そうに笑い続ける佐伯くんは「はいはい、美味しそうなもの探して探して」と私の腕を引き人の波を掻き分けていく。
私はというとそんなに佐伯くんと食の好みが合っていたか? と疑問符を飛ばしながらも、彼の言う通り美味しそうなチョコ吟味に入るのだった。




バレンタイン当日。
見覚えがありすぎるチョコを差し出してきた佐伯くんは「君の手作りチョコがもらえると思ったら、お返し1ヶ月早くなっちゃった」だなんて、いけしゃあしゃあと述べてきた。


19/02/11

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