短編 | ナノ

▼ 赤也とバレンタインデー

バレンタインデーキーイッス。口ずさんでいると、幸村が赤也の後ろから「テンション高いなあ」と笑い混じりにこぼした。
そりゃテンションも上がる。なんてったって世間はバレンタインデーだ。テンションが高いのは赤也だけではない、立海の男子生徒は大半が浮かれている。丸井はもちろんのこと、ミステリアスでキャーキャー言われている仁王だって鼻歌を流していたことを赤也は知っている。
現に、振り返った先の幸村だって、浮かれポンチなのはわかっていた。仲睦まじい彼女からどうせ貰うのだろうから。

「いや〜帰りは荷物が多くなっちゃうなあ」
「貰う予定があるのか?」
「まー、赤也は友チョコとか多そうだよな」

ジャッカルと丸井が更衣に勤しんでいるのを横目に、赤也は鼻の下を指で擦った。「バカにしてもらっちゃ困りますよぉ、本命にどう返そうか毎年悩んでるんスから」ほぼ冗談である。指で擦ったからか、伸びた鼻をそのままに赤也は部室を飛び出した。

朝練が終わったばかりの身体は、冷たい空気に負けず熱を帯びている。そのまま階段を駆け上り、自教室へと入れば目的の人物が見えた。
友人と話す女子の机には、中身はチョコレートであろう包装された箱がいくつかある。赤也はドギマギとした心臓をぎゅっと抑え、そんな自分を気付かずに彼女へと近づいた。

「よォ、はよ。なに、もうチョコ配ってんのかよ」
「あっおはよー切原くん! はい、友チョコ」
「私もー」
「おーサンキュー! お返しは期待しないでくれよ」
「なんでよ、ゴディバちょうだいよ」
「ゴディバの価値あんのかよこれ」
「しっつれー! 一粒一万するから」

女友達たちと冗談を言い合いながら、着実にチョコを獲得していく赤也。彼は唾をひとつ飲み込むと、じっと座ってこちらを見ている一人の女子生徒に視線を向けた。

「お前からもないのかよ。あー、ほら、日々の感謝をこの機会に伝えるとかね」
「あ、ある」
「あんの、あっ、そう。いい心がけじゃん」

表情筋を動かさず鞄の中を漁る彼女に、赤也はランニング直後のような動悸を自覚した。なにらしくもなく緊張してんだっての! コイツが俺にくれるのは当然だろ! なんたって彼女は。

「はい。友チョコ」
「おー、わりーね! ドーモ……って、は!? なに!?」
「え、な、なに?」
「なんつった!? 友チョコ!?」
「そ、そうだけど、いけなかった?」
「いけねーっつーか、はぁー!? なんで! そこは本命だろーが!」

だろーが、だろーが……。バレンタイン当日、朝の教室は騒然としているのだが赤也のどデカイ叫び声は教室内を静まり返らせるには充分であった。ざわ、ざわわ。チョコ畑で盛り上がっていた生徒たちは、本命チョコを強請る赤也らの行く末を見守る。
ハッと我に返った女子は「な、な、なんで本命」と無表情なそれを赤に染めた。

「だってお前、俺のこと好きじゃん」

スパン、いい音で叩かれる頭。赤也が振り返ると、彼女の友人が神妙深そうに「いい加減にしろ」と低い声を出した。

「デリカシーなさすぎ。いくら本命チョコ貰いたいからってそれは引くわ」
「あ!? 貰いたいとかじゃなくて、こいつはマジで……」
「かっ、感謝、の気持ち」

またもや余計なことを口走りそうであった赤也を遮り、彼女は彼の眼前へと友チョコを突きつけた。まだ納得がいかない赤也だが、友人とクラス中の視線を受けて、チョコを受け取りしぶしぶと自席へと向かった。
「意味わかんねーな」頬杖をつきながら彼女のチョコを吟味する赤也に、前の席の男子生徒は「お前スゲーやつだよ……」と彼の勇姿を称えたのであった。




赤也は自惚れているわけではなく、実際、彼女から告白されたからこその発言である。テニスに夢中な彼は、誰かと交際など考えてもみなかったからお断りをいれたのだ。
断った、のだけれども。彼女が次の男にいったりだとか、自分に好意を抱かなくなるだとかは、なんだか面白くないのである。

──じゃあ、本命チョコは誰に渡すんだよ。つーか、渡すやついねーだろ。

先ほど彼女が漁った鞄の中がチラッと見えたが、明らかに友チョコとは違う包装があった。赤也が不貞腐れて食べているこのチョコの包みよりも、もっと気合いの入ったやつ。
昼休み、お昼ご飯と共にもりもりとチョコを食べきった赤也は、まあまあじゃんと唇を舐め、そしてこめかみを抑えた。視界の端に捉えている彼女の背中がおそらく今日中に本命相手に行くのだ。どんなヤツなのか、気になって仕方ない。

ガタリ、立ち上がった彼女は友人たちから離れる。まさか本命に行くのか、と赤也が固唾を飲んで動向を見守っていると、教室内の喧騒に溶け込んだ彼女が静かに赤也の席の前に立った。
赤也は目を丸くして「え?」と息のようにこぼす。「ち、チョコ、食べた?」目を泳がす彼女の問いに、慌てて頷いた。

「美味しかった?」
「え? あー、まあ、フツー。うん」
「ま……まだ、食べれる?」
「うん、うん?」

いまいち彼女が何を言いたいかわからない赤也の机の前に、そっと出てきたのは先ほど見えた本命に向けたような包装された箱。

「い、一回フラれたし、本命、あげない方がいいかなと思ったんだけど、……さっき言ってたの、うう受け取ってくれるってことかなって思って……」

申し訳なさそうに視線を下げる彼女は気づいていないだろうが、今の赤也は口をまあるく開けているので間抜けさが絶好調であった。ランニングではない、テニスの試合をした後のような高揚感、動悸。
ふと顔を上げた彼女からすぐにそらすように本命チョコへと視線を落とした赤也。サンキュー、と一言洩らすだけで精一杯であった。

さて、自席へと戻っていった彼女の背中を見届けた赤也はというと、さっそくとばかりに包装を開けて中身を確認。

「この本命、友チョコと同じチョコじゃねー!? 数は多いけどよ!」

またも衝撃により声を上げてしまった赤也に、彼女の友人が再び頭を狙いに行くこととなった。



190209

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