短編 | ナノ

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次のテニス部休みの日も、乾くんと放課後遊びに行った。なんでも、前回は自分の行きたいところに行ったから、今回は私の行きたい場所に行こうとのこと。乾くんと行きたい場所、と考えてすぐに思いついた。やって来たのはショッピングモールである。

「どっちが合うと思う?」
「こちらの色は顔負けしてしまう。髪の色も含めると、そちらの色の方がみょうじさんに合っているよ」
「はあなるほど」
「しかし服のデザインとしては、流行よりもスタイルに合わせた方が好ましい。よってこちらの色違いを探した方がいいかな」
「へえ〜」

これだと思って手に取った二着を乾くんに吟味され、はあはあと納得しては戻す。スタッフがチラチラとこちらを窺っては、説明不要な乾くんに圧倒され去っていった。気兼ねなく次の服に手をかける。

「じゃあこれとこれは? 色は同じだけど、ロンスカとミニスカで」
「みょうじさんの足の形は綺麗だから、ミニスカートはとても似合うと思う。個人的には丈が短すぎることが気になるかな」
「乾くんもそういうところ気にするんだ」
「そりゃあね。普段の制服では見えない部位が見えるのは興味深い」
「その言い方ちょっと怪しいよ」

乾くんは普通に知らないデータを集めることに夢中なのだと思うが、一歩間違えると変態である。それを自覚してなさそうなところがまた、ある意味で純粋だ。下心がなさそうという面では安心だし。
「じゃあロンスカは合わないかな」自分の腰に服の上からロンスカを当てて見下ろす。
「ウエストが上がって脚長効果に適する。合わなくはないよ」と淡々と答える乾くんは、どうやらミニスカの方が好みらしい。

「それにみょうじさんはきっと何を着ても可愛らしいと思うよ」
「……」
「なにか?」
「びっくりした、そんな、リップサービス、言うと思わなくて」
「ふむ」

またノートを開き、何かを書き始めた乾くん。私はといえばしばらく驚きで、口を開いて止まることとなった。
あの乾くんが可愛いと言った。自然すぎてさらっと流すところであった。
だんだんと、頬に熱が溜まるようで、誤魔化すように彼の背中を叩いた。「みょうじさんの腕力は……」といった呟きが聞こえた。


次の次のテニス部の休みは、映画を観に行った。
恋愛ものを観ると聞いた時は目が点となった。意外と韓国ものとか嗜むらしい。ははあ、さてはこれも恋愛の研究かしら、と勉強熱心な乾くんに感心する。
乾くんは高身長に伴い座高も高いため、一番後ろの席で観ることになった。一人で映画を観るときは大体一番後ろの席らしい。やさしい人だな。
映画後は、マックでポテトをつまみながら乾くんの総評を聞いた。私がわからなかった伏線や、ラストシーンの深い意味などを教えてもらい、なんだか彼の話を聞くまでが一つの映画だった気さえしてきた。私はこう思ったよ、と言ったところで否定せず、新しい考え方だとノートを取る姿勢は、ちょっと嬉しくなった。


次の次の次のテニス部休みは、相談してお金を使わない過ごし方をすることになった。
公園の東屋の下で、私の生活リズムに合った体調管理法、効果的なダイエットを説明する乾くんに、ゼミかな? と錯覚する。なんと私用にノート一冊まとめてくれたらしい。凄すぎる。
文字だらけのそれをパラパラ捲り、目が疲れてきたため一旦閉じた。βカロテンの説明をし始めた乾くんの前で、うんうんと頷いて聞き流していると眠気が襲ってくる。
ふと子守唄が止んで、不思議に思って見上げると、乾くんは遠くの方を見ながら口を半開きで止まっていた。
交際してからわかったことであるが、乾くんは頭の中で整理している時はお口がお留守になるらしい。何を考えているかわからないが、とりあえず開いた口に持っていたポッキーを挿してみた。サクサクと食べ始めたので笑ってしまった。


次の次の次の次のテニス部休みにもなると、周囲の目が変わってきていた。"あの二人、一緒にいること多くね?"目線である。友だちに付き合ってるの? と聞かれ、データの協力という立場上どう言っていいものかわからず流していたが、校内では交際としていつのまにか広まっていたのだった。
乾くんと共に下校しようと昇降口まで下りると、菊丸くんとテニス部だろう後輩たちがいた。目敏く発見してきた菊丸くんが「あ!?」ともの凄い勢いで近寄ってくる。

「乾ぃ、ホントに彼女できたの!?」
「ああ。あれ? 菊丸には言ったかな?」
「噂広まってるっての! 部活休み、ほぼ毎回一緒に帰ってるって! ウッソー、マジだったんだ 」

菊丸様に教えないなんて水臭いぞ乾ぃー! 、と腕を組んで行く手を阻む菊丸様。彼に倣うように近づいてきたツンツン頭の子と猫目の子は、チーッスと頭を軽く下げた。どちらも興味深そうにジロジロと見てくる。

「良かったっスね、乾先輩めちゃくちゃ練ってたから」
「そーそ、引かれないかって心配したんスよ。なんて」

一年生らしき男の子が言う、めちゃくちゃ練ってたとはそのままの意味だろうか。彼女を作るために部員の前でも練って、結果がプレゼン。笑いが込み上げるのを必死で抑えた。

「みょうじさんよく決めたね。乾のどこがよかったの?」
「菊丸、その訊き方だと俺に付き合う利点がないと言うようなものだよ」
「そーじゃなくて、単純な疑問じゃん」
「面白いところかな」

抑えきれずに思い出して笑ってしまった。プレゼン然り、半開きの口然り、プリクラ然り。それは乾くんの良さであり、あのプレゼンには載っていない、きっと彼自身も知らない付き合うメリットだ。一緒にいればいるほど、そんな面白いところが見えてくる。

一通り思い出し笑いをした私を、じっと8つの目が見てきた。気まずくなり笑いを下げる。今度は代わりに、ニヤニヤとしたからかい顔が3つ見てきた。

「かーっ、甘酸っぱいっスね先輩たち!」
「やったじゃないっスか乾先輩」
「じゃ、乾はみょうじさんのどこが良いと思うの?」

菊丸くんの言葉にぎくりと肩が張った。それは私がプレゼンされた時から思っていたことで、付き合ってもずっとわからなかったものだ。妙な緊張感を抱きながらも乾くんを窺う。
すぐに「こういうところかな」と返ってきて、物足りなさを抱いてしまった。

こういうところって、どういうところ。やっぱり一研究対象として見てるってこと? それとも誤魔化しただけ?
言い知れぬ感情に苛まれている私とは裏腹、菊丸くんたちは「惚気てんの! 乾のくせに!」と楽しそうに乾くんを叩いて盛り上がっていた。
わからない。男子の盛り上がり方がわからない。しかし彼らの輪の中にいる乾くんを見ていると、彼もふつーの男子中学生なんだなと思う。私といる時はデータマンの印象が強かったものだから。




「結構広まっちゃったね」帰路につきながらぼそりと零すと、乾くんがほんの少し屈んだので声を張ろうと反省した。

「ああ、俺たちの交際のコト? そうだね」
「いいのかなーって思ったり」
「なにが?」

いざデータ収集が終わって別れましょうとなった時、乾くんのイメージが悪くならないかと思って。といった旨は上手く言葉にならず、胸にとどめる。言葉に出すとなんだか情けなくなりそうだった。
そんな私の心情を知ってか知らずか、彼は「なるほど」と何故か納得する。

「俺が彼氏だと君の心象が悪くなるかな」
「そっ」
「確かに俺は校内付き合いたいランキングでは圏外だし、女子には話し方が気持ち悪いと言われたこともある……しかし理論上では好感を持てる彼氏の言動を実践できており、君に迷惑をかけることもないハズ……」
「……」

否定をしようとした声は、スーッと息を細く吐く音に変わった。乾くんは自分自身よりもデータに自信があるのかな。自信満々なつぶやきに、なんだか悩むのもアホらしくなってしまった。
「迷惑かかってないよ、今楽しいし」言うと乾くんはそうか、とひとりごとを止めた。

「交際っていうならさ、前から気になっていたんだけど、手は繋がないの?」

前を歩くカップルを見ると、指と指を絡ませて繋いでいる。あそこまではいかなくてもいいが、交際の王道路線を進む乾くんにしては珍しくそういった要望は聞かれない。
お付き合いの対象として選んできたのだ、手を繋ぐくらいの接触は嫌じゃないでしょ。というか、そんなデータも取りそうなのに。

ん、と手のひらを伸ばせば、彼は衝撃を受けた顔で足を止めた。えっ。
しばらくの無言。伸ばした手が痺れてくる。乾くんはやっとこさ大きな手を伸ばしてきたが、触れ合う寸前で眼鏡に持っていってしまった。
そんなに嫌かい、と呆れた目線を隣に向けると、眼鏡のブリッジを上げながら彼は細く長い息を吐いた。

「16回……」
「え?」
「手を繋ぐタイミングだ。交際してから16回、データ上理想的な手を繋ぐ機会はあった」

えっいつだろう。そしてそんなタイミングを見計らっていたのか。軽く引いたが、ならば何故繋がないのだと訝しむ。うろんな目を向けて、はっと気づいた。あれ、乾くん、耳が赤い。

「しかし、どうにも緊張して、……交際は理屈じゃないことが多い」

彼にしては珍しく詰まったように言う。
あまりのかわいさに、心臓がギュン! とエグい音を奏でた。いや、いやいやそりゃそうだ。普段は落ち着いていて、何でもかんでもお見通しな顔をして、それなのに計画ではなさそうな天然っぷりを時たま発揮したりして。そんな人が手を繋ぐことに上手くいかなくなっている。

強引に、彼の手のひらに自分のそれを潜り込ませた。ギクリと肩を跳ねさせた乾くんは、しばらく無言のままゆっくりと歩き始める。考え事もできていないのか、口は固く閉じられたままであった。

まずいなあ、これはまずい。
面白いとも、かわいいとも違う感情が芽生えてしまっている。じわじわと湿っていく手のひらは、同時に心まで濡らしていくようだ。
すっぽりと覆ってくる手のひらに、いちいちときめくなんて。




休み時間にオセロをすれば、手加減を知らない乾くんが圧勝を攫っていった。数時間は口をきかなかった。

体調管理がメリットの1つと謳っていただけに、私が風邪をひいた時は顔には出さずともものすごく落ち込んでいた。一日で復帰したというのに、反省からの新たな健康レポートが送られた。

噂の乾汁を飲ませてもらった時は、あまりにも不味すぎてキレてしまった。しかしおかげで便通が良くなったので、そこだけは褒めると嬉々としてノートに書き込んでいた。

テニスの試合を見た時は、周りの景色と音が消えてしまった。他にもいっぱいかっこいい人はいるというのに、汗を纏いながらデータテニスをする乾くんから目が離せず、らしいなあと笑いが洩れると共に、また心臓が絞られる。

彼と付き合うメリットが、1つ2つと増えていく。

「みょうじさんは、こういう場所はつまらないと思っていたよ」
「自分から行こうとは思わないけど。面白かったよ」

もういくつ休みを重ねたか、数えきれなくなっていた。乾くんはいつまで経ってもデータは集まった、とは言わない。自分からもういいんじゃないの? とは訊けず、私はただ乾くんの彼女としてその位置に甘んじていた。

先ほど行ってきたシンポジウムは私の頭でも理解できるものだった。白熱する研究者たちの熱に感化された乾くんが、いつもより早いスピードでノートを取っていたのが印象的。ふつうデートでシンポジウムに来る? なんて考えは、面白い物議によって鎮火された。
公園のベンチで軽いトークを交わす。私も乾くんに似てきたのか、聞いてるばかりではなく、自分の意見も発言できるようになってきていた。

「乾くんと付き合ってると頭が良くなる気がするよ」
「それは良かった。メリットとして項目を挙げていたものだ、効果があったなら俺としても嬉しい」

もっと違う喜び方がないものだろうか。呆れつつ、シンポジウムのパンフレットに目を落とす。

「元々ちょっと好きなのもあるのかな。乾くんのレポートもめちゃくちゃすごいなーと思った記憶あるし」
「え?」
「ほら、この研究とか似たようなの二年の時だっけ? 乾くんやってなかった? 廊下に貼り出されてたよね。先生から特別賞もらってなかっ──……」

言葉が止まったのは、同意を求めて隣を向いたところ、乾くんが少し屈んで顔を覗き込むように見ていたからだ。「うん」静かに呟かれる。
眼鏡で、わからないけれど、おそらく視線は外されていない。空気が変わった。
ぐっと距離を詰められ、緩く傾いた彼の顔が私のそれに影を落とす。あ、キスだ。自然と浮かび、薄く目を閉じかけた。

キス、してくれるんだ。手も繋げなかった乾くんが。初めてなのに何の脈絡もないところが、理屈じゃなくなる彼らしい。乾くんのことだから、きっと初キスだって計画立てていただろうに。
そういうところ、好きだな。


靄がかった意識を強引に振り払い、その勢いで乾くんの肩を押す。

──私、いま何を思った?

キス寸前で拒まれた彼は、唖然と私を見下ろしてくる。同じ顔をしているのだろう、私も驚愕で見返すが、これは乾くんの行動に驚いたのではない。むしろ、彼の行動を受け入れ……本気で好きになっている自分に気づいたからだ。

「ごめん」咄嗟に出た言葉にも、乾くんは宙に浮かせたままの手を動かさずに、キスの体勢のままである。

「私、もう乾くんのデータに付き合えないよ」

言葉が震える。顔が青くなっていくのが自分でわかった。
立ち上がるもまだ乾くんは止まっており、リモコンで一時停止を押したかのよう。

「何か、力になっていたらいいんだけど……中途半端でやめて、ごめん」

やっとコマ送りのようにゆっくり動き出した彼だが、首を動かしこちらを見上げただけで、表情は先程と同じ驚愕である。

もっと付き合って乾くんのデータや、突拍子もない言動とか、計算ではない抜けたところとか、たくさん見たい。キスしたらどんな顔をするのか、どんなキスをするのか、知りたくなってしまった。

でも悔しいじゃないか。私は溺れていくのに、乾くんは交際のデータを取るくらいだなんて。私が負けず嫌いだって、本当だったな。私の心だけ持っていく彼の有利な土俵が狡くて仕方ない。

「すごく楽しかったよ」

もうデータ収集には付き合えない。付き合うなら一般データではなくて『私』を見てほしい。私を、好きになってほしい。
いつまでも動かない乾くんに、頭を下げて逃げるように踵を返した。


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