短編 | ナノ

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「それでねそれで、加州くんたら唐揚げいらないってピシャリと断ってきたんですよ。そんな余計なことすんなって。余計なことって! 唐揚げは血湧き肉躍る元になるのに」
「あ、へえ」
「その前なんかヘラヘラしてんじゃねーよまぬけ、だとか、私と一緒に酒なんて飲めねーなんて言いやがりましてね」
「そんな言い方してな! ……くない? いくら塩対応だとしてももっと優しく言ってるはずだから」
「私にはそう聞こえたんです。絶対零度だよ、もうね、主じゃなかったら会話もしてくれないかもしれない」
「……」

絶句だわ。主にこんなこと思われていたなんて。泣きそうを通り越して吐きそう。まったく愛情が伝わっていない。
甘味所で団子を頬張り、お茶を飲みながらまくし立てるように俺の愚痴を吐き出す主。そのお茶には酒でも入ってたのかな? まさに立て板に水。こんなにおしゃべりな主、初めて見た。
若干怯みながらも、新しい側面が見れたことに喜びを抱く。こんなに俺のことを話す主、そりゃあ、普段からは見れないよな。

「でも好きなんですよ」寄せていた眉根はいつの間にか開かれ、「誰かに話せて、楽になったな」と目尻を下げた主。

「引いた?」
「引いてない」
「即答だ……。うん、清光くん否定してくれなかったから、そうかなと思った。ありがとう」
「それさ、あ、好きっていうのね。伝えないの? そうしたら加州清光も変わるんじゃない?」
「伝えない」
「即答じゃん……」
「気味悪がられてもっと冷たくされたらさすがに引きこもるレベルですからね」
「……塩対応が好きの裏返しとは思わないわけ?」
「それは考えたことなかったかも……。だとしたら、かわいいね」

本気で好きの裏返しだとは思っていないのだろうが、やっと主が笑った。愛情がまったく伝わってないのは気落ちするが、俺もつられて頬が緩む。主の口からかわいいが聞かれるのは、たとえ本気でなくても心躍るものだ。

お茶を飲み終え、おいしかったからと団子を土産として注文した主。いやに本数が多かったが、短刀たちの分だろうか。これ、持ち帰ることを考えていないよね。本丸まで荷物持ちコースかな。
団子作成の待ち時間、主は店の厠へと向かっていった。店の邪魔にならないよう外に出て、縁台の横に突っ立つ。爪を見たり、後ろ髪を指先で弄ったり、襟巻を緩めたり。手持ち無沙汰な時間を過ごしていると、出入り口からひょっこりと主が顔を出した。
「おまたせ」彼女のつぶやきは、店内からの騒音で消された。

「ちょっお客さん! お勘定!」
「どけアマ!」

店から強引に出てきた髭面の小汚い男が主を押し、反動で転けた彼女に構わず走り去ろうとした。
一挙一動が緩慢に見え、腰に携えていた刀の鯉口に手が伸びる。男が人混みに紛れるよりも早く、一瞬で前を塞ぎ、柄を握って刀を振るった。
ヤツの体に届く前に腕を止めると、刃が寸前に及んだことを認識した男が尻もちをついた。ひい、ひっくり返った弱々しい声を漏らし、顔を青くさせながら俺を見上げてくる。

「お勘定まだなんでしょ、戻りな」
「は……え……」
「早くしなよ。斬ることも、厭わないぜ」

視界の端で主が倒れこみながら俺を見ている、気がする。無理に上げた口角が引きつりそうだ。
男はもう一度ひっくり返った声を出すと、慌てたように店の中へと戻っていった。刀を鞘に収め、すぐに主へと駆け寄り、未だに膝をつけている彼女に倣って俺も膝をつく。

「主、大丈夫? どこか怪我した? 膝とか……」
「あ、ううん、大丈夫です。ごめん、腰が抜けちゃって」
「びっくりしたよね」
「清光くん、あの、まだ顔怖いよ」

小鏡を取り出す余裕がなく、口角を上げて「そう?」と訊き返す。頬の固さを自覚したが、主の顔を見たとしても今は緩まない。
腸が煮えくり返りそうだ。血を見ることもやぶさかではないが、彼女には見せたくない。とはいえ、主を地に伏せられて、あれだけしか済ませられないことに強い概嘆を抱く。怖いと言われて萎縮することも忘れ、眉根が寄らないよう、手を強く握りこむことで必死に抑えた。
何してんだ、加州清光。こんなにも傍にいて護れなかったことを猛省しろ。逢い引きで浮かれていることは、言い訳にもならない。

「かっこいい刀捌きだったな。こんなに近くで初めて見た。刀剣男士って強いな」

興奮したように刀を持つ真似事をした主は、ニコニコと声を弾ませてそう言う。転んだ拍子にだろう、顔に砂を付けながら笑う主に毒気が抜かれた。元気付かせるのは俺の役目だってのにね、ほんと。
彼女の両腕をやんわり掴み引き上げる。ふらふらとしていたがしっかり立てているため安堵した。

「でも、町中で刀振るっちゃだめですよ」
「多分あんたの加州清光も同じことしてたよ」
「加州くんにも同じこと言います」
「ま……だろーね。ほら、顔拭くからこっち向いて」
「あ、いや、自分で拭くから……」

着物の袖で拭おうとした彼女の腕を止め、懐から小ぶりの手ぬぐいを取り出し、そっと頬を拭く。パラパラと落ちる砂を手のひらで受け止めて、地面に落とした。一連の動作に主は目を丸くしており、疑問に首を捻ったところで、彼女はゆっくりと口を開く。

「……加州くん」
「はいは……え」
「この、手ぬぐいは、加州く……」

ドッ。全身から汗が噴き出すような感覚。頭が一瞬で冷めた。俺が今主の顔を拭ったものは、確かに、主から誉百個のご褒美で貰った手ぬぐいだった。
やばい。やばいやばいやばい! こんなところでバレるわけにはいかない。よりによって今日に! もうすぐでレンタル彼士が終わるっていうのに!
「へ、へえ、同じもの持ってんだ。やっぱ刀種同じだと好みも似てるね」慌てて引っ張ってきた言葉に、主はなんとも言えない表情でかぶりを振った。

「これ、木瓜が刺繍してる。私の、へったくそな刺繍」
「……!」
「世界で一つだけだと思う。加州くん、だけなんだ」

バレたーーーーーーーーーー。
木瓜が刺繍されていたことは知っていた、けど、まさか主が編んでいたなんて。そういう手ぬぐいだと思っ……喜んでいいのか焦っていいのか、どうしたらいいっていうのさ!
主は手ぬぐいの刺繍から目を離さない。ぎゅっと握るその手がいやに小さく見えて、もう、俺は冷や汗だくだく。
今まで素性を隠してきたことを怒る?
別人のようだと引く?
普段は冷たいくせにカレシの振りして気味悪がられる?
騙してたのかと泣く?
どれも最悪な話だ。しかし、どれも起こり得る。彼女に明らかになったことで、やっと実感した。俺は、主に好かれるためのことをやってきたんじゃない、この年月全て、主に嫌われてしまうことを──……。

バカ、俺が泣くところじゃないだろ。膜が張った目を力強く閉じ、乾いたことを確認して開ける。目の前の主はいまだ手ぬぐいに視線を落としていた。

「主、そうだよ。俺、あんたの加州清光。ずっと黙っててごめん」
「そっ……いや、ごめんまだ状況が把握できてな……うん、そうだよね、私、自分の男士も他所の男士も、見極められないもんね」
「……」
「わかんないよ〜、加州くん演技うますぎ。ごめんね、気づいてあげら……な」

なんで主が謝るんだ。愕然とした俺の前で、彼女の目からポロッと涙が一粒落ちた。慌てて指で抑えたのを見る前に、そこで立ち膝をつき頭を下げる。仰天した彼女の声が降ってきた。
ああ、泣かせた。彼女自身に彼女を傷つけさせてしまった。謝るべきは、俺なのに。

「演技じゃない。清光な俺も、俺の本心で接してた。仮初めでも主のカレシをすることが嬉しかった」

主の草履に強く眼光を送りながら、彼女の発する息や動きを一瞬でも逃すまいと耳をそばだてる。それでも涙は見たくないというのは、逃げてるんだろうね。
しばらくの間、片膝に乗せた手を握り、息を小さく吐く。ずっと俺のひとりよがりで彼女を傷つけてきた。罰を受けなければならないけど、俺はどこまでも欲が深くなったらしい。

「刀解だけはやめてほしい。主は、もう顔も刀姿も見たくないかもだけど、……折れたって、使えなくたって、……愛されなくたって、俺はあんたの最期を傍で見ていたい」

もう置いていかれるのはこりごりだ。

「ちょ、ちょっと待って、刀解って突飛だな、なにがどうしてそうなるの」

草履が動いた。次には主の顔で視界が埋まる。着物が汚れるのを構わずに膝をつけ、彼女は俺の両肩をガッシリと握った。
泣いていない。主はいつものようにちょっと間抜けな顔で、俺の顔を覗き込んだ。

「するわけないよね、ちょっとそこは聞き捨てならないよ。私が刀解する主だと思われてるのは遺憾です」
「……ごめん」
「いいよ」
「早いよ……」
「うん、ふふ、加州くんに嫌われてないってわかって、嬉しくって」

くすぐったそうに笑った主を見た瞬間、俺の考える機能は停止したと思ったんだけど、無意識に身体を動かしたらしい。ヒトの体ってすごいわ、気持ちで動くもんなんだ。気づいたら主を両腕に閉じ込めていた。
主が仰天し肩を跳ねさせた。団子屋に集まった客が黄色い声を上げた。俺は、伝わりますようにと力を込める。

「好きだよ、主。冷たくしてごめん。好きなんだ、頑張って俺に近づいてくれる主も、へそ曲げたら聞く耳持たない主も、間抜けに笑うあんたも、全部好き」
「かっ、かしゅ……」
「だから、嫌われてるって思われるのは遺憾です」
「……! ですね」

あれだけレンタル彼士としていろんなアルジのカレシを演じてきても、ただ一人の好いた人の前では役に立たないのか。情けないことに、かっこいい言葉なんて浮かばない。
しかし、力を緩めて見ると、顔を赤くした主が嬉しそうに笑っている。ああ、よかった、どうやら伝わったようだ。
ずっと、この顔が見たかった。

周りの通行人からの指笛が響く中、やっと大量の団子が出来上がったと呼ばれて、俺と主は思い出したように慌てて店の中へと戻った。




「いや……恥ずかしい。ずっと加州くんに筒抜けだったの恥ずかしい。本人めがけて相談や愚痴言ってたの、穴があったら入りたい」
「俺だってね、嫌われてるかもって相談された時は吐くかと思ったからね、良かれと思ってやってた塩対応が……ていうか主、"くーる"が好きなんじゃなかったの?」

団子屋からの帰り道。帰るところは同じ場所。今日は主と別れて時間を置いてから本丸に帰らなくても済む。
背中から浴びる夕日の影を見つめながら、ゆっくりゆっくりと帰路を進む。手に持った団子を包んだ風呂敷が軽く感じた。
主は俺の言葉に眉根を寄せて、首を傾げた。あ、全然覚えてないね。

「クールが好き? 言いましたっけ」
「言ったから。本丸に来て一週間くらい……だっけ? てれび見ながら、こーいう冷たくてクールな人かっこいいって」
「ドラマかな。まあ言うよね、何の気なしにね」
「はっ……はあー!? 何の気なし!?」
「清光くんが私に言ってたかわいいと同じだよ」
「俺は本気なんだけど!?」
「ふ……へへ……」
「……言わせてんじゃないよ」

なんてことだ、心を鬼にした俺の努力が主の笑顔で一瞬で無となった。何の気なしってなに、怒るどころかむしろ脱力だよ。俺はそんなどうでもいいような一言を信じて……。
終わり良ければすべて良しとはよく言ったものだ、彼女へ想いが届いたことで心の余裕ができた俺からしたら、今までの苦難の日々は確かに良しとなる。──でも、ちょっとくらい、仕返ししたっていいよね。
しばらく逡巡して、心を決めて、ぶらぶらしていた彼女の手を取る。『清光くん』としてではない、今度こそ『俺』としてだ。カッと耳を赤くした主。「暑いね」顔をそむけながら、パタパタと手で扇いだ彼女に、日が沈んできて冷え込んできたという指摘はしないであげよう。

「そ、そういえば加州くん、どうしてレンタル彼士なんてバイトやってたの」
「えー……教えるわけないでしょ」
「塩対応だ。でもそれわかったよ、好きの裏返しなんだって!? 清光くんが言ってた!」
「ちょっとうるさいんですけど……」

ぎゅっぎゅと握る手のひらからも、そっけない言葉を吐く声色からも、主への好きが伝わりますように。
さて、懐で日の目を浴びることを今かと待っている髪飾り、今度こそ受け取ってくれるんだろーね、主。



17/10/31

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