短編 | ナノ

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二回目のデートこそは有力な情報を聞き出したい。私の直すべき点、欲を言えば加州清光と仲良くなる方法だ。
今度の舞台は万屋となった。ここはチャンス、とほくそ笑む。清光くんの手に取るものを参考に、加州くんへの今後の誉のご褒美に目星をつけるのだ。
今まで紅爪や香など、加州くん好きそうだな、という楽観的な考えで選んできたからだめだったのかもしれない。勝手なイメージで選んだものが、実は気に食わなかったのかも。
ここは加州清光という共通の好みを参考に──……。

「あ、これかわいーよね」

清光くんが手に取ったのは、私が以前加州くんにあげたことがある紅爪であった。
だよね! と歓喜に沸く自分と、やはり加州くんは一筋縄ではいかない男なのか!? と頭を抱える自分が脳内に浮かぶ。

「俺も同じやつ持ってんだけどさ。ちょっともったいなくて、なかなか使えないんだよね」

紅爪をつまみながら頬を緩めた清光くん。
加州くんに紅爪をあげた時は、そんな顔していなかったな。頬の内側を噛んだような顔をして、「ありがと」なんて思ってもないような声色で。
少しだけ重くなった心臓は、小さなため息を吐くことで元の重さに戻った。

「主はさ、好きなものないの? この手鏡とかかわいくない? 俺、買ってあげようか」
「いやいや、こうしてまた付き合ってくれてるので、私がお礼に何かあげたいですよ」
「なに言ってんの、俺がまた会いたいってメールしたんじゃん。叶えてくれたのはそっち。だから、俺にお礼させて」
「いいよ、私そんなに物欲なくて。えーと、じゃあ、清光くんが楽しんでくれることがお礼ってことで」

言ってから気づく。清光くんが今日一日楽しくならなければお礼にならない。
私に人を楽しませることなどできるのだろうか、と怖々したところで、清光くんは大きなため息を吐いて万屋の奥に行ってしまった。
あ、ほら、やっぱりつまらないって。好感度MAXな清光くんでさえ楽しませられないのに、好感度0な加州くんが私に砂糖対応などしてくれるわけがない……。
吉本興業のDVDでも見て学ぶかと模索してる時に、清光くんは戻ってきた。私の目の前に立つと、懐から小さなケースを取り出してそれを開ける。
唇に柔い感触がしたと思えば、ゆっくりと彼の小指でなぞられた。清光くんがポケットから小さな手鏡を取り出し、私に向けてくる。鏡の中には、唇に落ち着いた紅が点された私がいた。

「俺の色、似合ってるよ主。俺は主が笑っていれば、それがいちばん楽しい」

ドギャアアン。また稲妻が落ちてきた。全身感電、丸焦げだ。三分の一の純情な感情を弄ばれても構わないくらいには痺れた。
自由自在に雷を落とす目の前の清光くんは、にっこりと笑うと私の両手を大事そうに自身のそれで包んできた。パッと手が離れると、私の手中には可愛らしい紅器が収まっている。
あっけにとられる私の両頬を持ち上げ、「固い固い!」と笑った清光くんを、結局その日の最後まで楽しませることができたかは定かではない。

しかし、なるほど、加州清光は主が笑っていると楽しくなるらしい。
確かに私、加州くんの前ではあまり笑っていなかったかも。(それは加州くんが塩なため顔が引きつるから、とかは言わないでおく) 笑顔はコミュニケーションの基本だ。なんて簡単なことに気づかなかったのか。
その日の夜、お風呂上がりの加州くんにポッキンアイスを半分に割って渡してみた。もちろん満面の笑みも忘れない。唇には調子こいたかなと思いつつ、清光くんがくれた紅を点している。

「なにかあったの? いつも以上に顔がまぬ……弛んでるけど」

訝しげに視線を向けてきた加州くん。心配されてしまった。言い直していたが、私には聞き取れた。これはいつも顔がまぬけって言っているのだろうか。
言い返そうにも確かに風呂上がりの色気漂う加州くんからしてみれば月とスッポン、鯨と鰯。私がへらへら笑ったところで、普段のまぬけな顔がちょっとばかし弛むくらいである。
そっとポッキンアイスを月である鯨の手に乗せ、私はそそくさと退散した。また仲良くなろう作戦の失敗だ。




三回目にもなれば、清光くんの主大好き稲妻ビームも慣れてきていた。
「よかった、忘れられたと思った。紅してくれてるってことはさ、俺に吸われてもいいってこと?」顎に人差し指を当ててきた清光くんに、濃度高くなるからこそリピーターが増えるのだなと納得。レンタル彼士、これは虜になる審神者多いぞ。

町を抜けた先に花畑がある。本日は清光くんの要望でそこに行くことにした。浅学のため、咲いている花の名前はわからないが、風に揺れる色鮮やかなそれらは加州清光が好きそうな可愛さであった。清光くん曰くここは穴場だそうで、短刀たちが摘んで本丸へ持って帰ることも多いそうだ。
私も、摘んで帰ったら、加州くんは喜んでくれるだろうか。
赤い花の前で膝を折る。凛と伸びながらも風にゆらゆらと揺れるそれに彼を重ね、自然と口角が上がった。

「主」
「うん?」

呼ばれた声に振り返ると、眼前に手が迫っていた。私の横髪に触れたその手は、しばらくして清光くんの元へと帰っていく。
これは少女漫画でよく見るやつ、もしや花を髪に差してくれたのかしら。
レンタル彼士を始めてから体験できている甘酸っぱい青春に期待し、自分の横髪に触れてみる。想像とは違った固い感触が指に当たった。
不思議に思って取ってみると、想像していた赤い花が、髪飾りになってそこにあった。

「さすがにクサイね」自嘲するように笑んだ清光くんを目視した瞬間、訪れるはずの稲妻は降ってこなかった。

「かしゅ……」

目の前の清光くんが、私の刀である加州くんに見えてしまったからだ。

ずっと、清光くんと加州くんを比べていた。
本丸によって性格や所作が変わると理解してながらも、清光くんを知れば加州くんを知れると思い込んでいた。
私が彼の好みに変われば、いつしか加州くんも、他の本丸の加州清光や清光くんのように、愛してくれるんじゃないかって思ってしまっていた。
──加州くんも、清光くんみたいに、私を好きになってくれたらって。

ここで私は、ようやっと、自分の恋心に気づいたのだった。

歴史修正主義者との戦いを協力してくれている神様に対しての抱いてはいけない浅慮、レンタル彼士を想い人に重ねてる自分の愚かさと、人を比較してしまっている卑しい自分が恐ろしくなり、慌てて謝りながら髪飾りを返し、花畑を急ぎ足で抜けた。
背中に呼ぶ声を感じながらも、加州清光に対して抱き始めた自分の気持ちに蓋をするように、ザッザと足を早める。
草に引っかかってビタンと転んだ。

「あーあ……大丈夫? 主」
「……大丈夫じゃないです」
「だろーね。ほら、手」

少し屈みながらも差し伸べてきてくれた手に、躊躇の末自分の手を重ねた。ぐ、と引っ張られ、思ったよりも強い力により彼の胸まで近づく。
「意外とまぬ……おっちょこちょいなとこあるよね、主」しみじみとつぶやかれたその声音には、呆れと共に優しさも含まれていた。
好意に勘違いしてはいけない。
彼に加州くんを重ねてはいけない。
しかし、仕事とはいえ、"好きなカノジョ"へ向けるような音に、どうしてここまでできるのかといっそ尊敬した。

「あの、こういうことあまり訊いちゃいけないんだろうけど……清光くんは主さんのこと嫌いなの?」

主って、私じゃなくて自分の本丸の審神者さんのことです。追って説明すると、清光くんはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
いくらレンタル彼士とはいえ、自分の主ではなく他人を主と呼んで慕うのは心境的に無理ではないのだろうか。しかも清光くんは心の底から私を主と呼んでいる気がする。これは自本丸の審神者が嫌いだからとか、とかしか思いつかない。自分の主が大好きであれば、レンタル彼士などするまでもないはずだ。

「なんで? 嫌いじゃないよ。仲良いと思う。主の好みになれるように頑張ってるしね、俺」
「そっか……」
「……ねえ、やっぱり主今日変だよ」

いまだに彼の胸の中にいた私が気づいた時には遅く、清光くんに肩を掴まれて顔を覗き込まれた。
なにがあったの、と紅い瞳が私を捉えて離さない。同じ顔でそうも近寄らないでほしい、気づいてしまった感情が煩く騒ぎ立ててしまう。
ごほん、と一つ咳払いして自分の動揺を落ち着かせた。
加州くんの話をするとなると、もう清光くんは"カレシ"ではなくなる。清光くんにはある意味仕事を放棄してもらい、レンタル彼士の設定は、ここで終了となった。

「か、加州くん……ウチの本丸の加州くんが私だけに塩対応で……嫌われてるのかなと思いまして……」

レンタル彼士を最初からカレシとしてではなく、友人として設定し、こうして相談していればよかったかもしれない。
遠回りしてしまった。いやでも、乙女心は満たされました。本丸にいても二度と経験できないような良い思いをさせてもらったのだから、レンタル彼士はそれはそれでよかった。
今度はレンタル友人として利用させてもらおうかしら……と夢を描いていると、私の相談を聞いた清光くんが愕然と、顎が外れるほどあんぐりと口を開けて驚いていた。イケメンはそんな顔をしていても麗しい。

「きら……え……」
「あ、やっぱり加州清光としては珍しいよね、主に塩対応なのって」
「あ、……」
「いつから冷たくなったかは覚えてないんだけど、さすがに長年そっけなくされるとさ、嫌われてると思うというか……」
「いや、ちょっ」
「清光くん程まではいかなくていいから、加州くんに優しく対応されたいというか……」
「待っ、待って主!」

ガクガクと肩を揺らされ、全力の制止を受ける。少し揺れた頭を引き戻すと、若干青ざめて見える清光くんの表情から言いたいことがわかって頷いた。

「うん、気持ち悪いよね、わかってる」
「違うんですけど! なにもわかってないよ! ……ほんと、なにもわかってない」

わかってなかった、俺も。頭を垂れてつぶやかれた清光くんの言葉はちょっとよくわからなかった。
目の前でなにやら衝撃を受けたような彼に、いつ恋心を見破られ、咎められるかを思うとヒヤヒヤした。しかし清光くんは単純に主と臣下としての親密度を案じてくれたのだろう、「……嫌われてはないと思う」苦虫を噛み潰した顔で答えてくれた。

「俺は、主大好きだから」
「あ、それは知ってるよ。主の好みになろうと頑張ってるんだもんね」
「そー……だったんだけどね……」

先ほどから不思議な相槌を挟んでくる清光くん。よくわからないことは右から左に流しても問題ないことを、歌仙さんと宗三さんのお小言で学んでいる。とりあえず笑顔を返していると、細く長く息を吐いた清光くんが一歩後ろへ退がった。

「大丈夫だよ、主。加州清光っていうやつはね、意外と単純なの。可愛がれば可愛がるほど、溺れちゃうんだから。それはあんたの俺も……絶対そう」

珍しく不器用に笑った清光くんに、再び加州くんを重ねて見てしまって、慌てて何度も頷くことで残像を消した。
可愛がれば可愛がるほど、加州くんが私を好きになる。そうだろうか、今までそうだっただろうか。同じ刀種である清光くんが言うならそうなのだろうが、それは嫌いな主に対しても言えるのだろうか。

清光くんに大丈夫だと、嫌われてないと励まされた単純な私は、さっそくその日の晩、大広間での夕餉の席で加州くんの隣に座った。
びくりと肩を揺らした加州くんを見なかったフリして、努めて明るくいつものように声をかける。緊張して第一声が裏返ったため、数人の男士がこちらを向いた。

「かっ加州くんの隣で久しぶりに食べようかなっ。唐揚げ一個あげようね」

おばあちゃんみたいな発言をしてしまったことにはもう取り戻せないので、これを可愛がってると思ってくれますようにと願いながら、唐揚げを問答無用で加州くんの皿に乗せる。

「そういう余計なことしなくていいから自分で食べな」
「あっ、でも好きだったよね、唐揚げ」
「主からわざわざ奪うほど卑しいやつと思われてんの? 俺」
「そ、そんなことは……ごめんなさい」
「謝るとかいいから。冷めるよ」

ピシャッ。勢いよく障子を閉められた気分だ。震えてきた指先を叱咤し、加州くんの皿に乗せた唐揚げを元気よく頬張る。
燭台切さんの料理はいつ食べても美味しい、そのはずが今日はどうにもおかしいぞ、味がまったくしないし喉も通らなかった。

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