▼ 負けてばかりの丸井
バッと提示された２つの成績表。瞬時に相手の総合順位を見て、そして存分に口角を上げた。
「オーッホッホ！ 今回は私の勝ちのようね！」
「クッッソ。つーか何キャラだよぃ」
顔を歪めながらこちらを睨む丸井を見ると、優越感で私の顔は綻ぶ綻ぶ。ぐしゃりと彼の手の中の成績表が皺になっていくのを満面の笑みで眺めながら、まあまあと丸井の頭を撫でた。
「今回の数学難しかったもんね、苦手な丸井君は仕方ないヨー」
「あー超ムカつく。撫でんな」
私の腕を払った丸井に悪い気はしない。しかしあんたも私に勝った時、「残念ですね〜」と撫でて煽ってくるんだからな、同じことしてるだけだからね私はね。
中間テストの順位勝負、勝ったとしてもだから何という話ではある。別に丸井に何をしてもらうでもなし、私も以前負けた際にも彼に何かを奢るとかはしなかった。単純に勝敗を競うだけである。
それはテストの話だけではなく。
「ま、いーや。んじゃ次は料理勝負といこうぜ」
「え」
「次 調理実習でカレー作るだろぃ？ どっちが美味く作るか勝負な」
私を指差して宣戦布告してきた丸井はトドメにウインクをかましてきた。さっと一気に頭が冷える。別にウインクが効いたわけではなく、次の展開が目に見えたからだ。
キーンコーン、開戦の合図が鳴る。ただの始業のベルがまるでゴングのようだ。
丸井という天才肌が苦手であった。
成績もわりと上位に位置付き、テニス部レギュラーで運動もできる。明るい人柄か、弟気質からか、彼の周りにはいつも人が寄っているし、告白も後を絶たない。
人生イージーモードであろう彼が、一年の頃から好きではなくて、それは今思えば僻みだったのだけど、どうにかこうにか敗北を味あわせてやりたかった。
しかし私は人見知り。彼よりも数学のテストで良い点を取ったとしても、お弁当を食べるのが私の方が早かったとしても、それを彼と話したこともない私が自ら「勝ちました、ウェーイ」と言いに行けるわけがない。友だちになるという発想がなかった私は、丸井よりも勝てるところを探して一人ライバル視していた。
「焦げてる」
「具がない」
「少ない」
カレーの大詰めでのこと、鍋を任された私は「焦がさないようにかき混ぜながら煮てね」という班の子の言葉に勢いよく返事をしながら、勢いよく混ぜた。早くできた方がいいから、と強火にし、そして焦がさないようにと思いっきりベラでかき混ぜる。一瞬にして鍋のカレーが周りに飛び散ったその惨状は、今まで和気藹々と作っていた班の子たちを固まらせた。
「ご、ごめんなさい……」
生気を失った顔でカレーライスの残骸を食べる班の子たちに、肩を縮めながら大きな息を吐く。
どうしていつもこうなんだろう、力が入って細かな作業ができない。彫刻の授業でも木を抉って折ってしまうし、建てつけの悪い扉を壊してしまうし、調理実習なんて出来た料理よりも壊した泡立て器とまな板の数の方が多い。
ワアッと隣の班から歓声が沸く。いつの間にか他の班も集まっているその班の中心から、「おっまちどーぃ」と丸井の声が響いた。
「丸井君特製スペシャルカレー。隠し味にチョコを入れて、コクがグッと増してるぜぃ」
さらに黄色い声と野太い声が沸く。いい匂いがこちらまで漂ってきて、私の班の子もおこぼれを貰いに立ち上がった。
くっ、悔しい〜〜！ ハンカチがあったら今すぐ噛んでやるのに！ 妬みで力が入ると、握っていたスプーンが少し曲がった。直す。
「もーらいっ」後ろから伸びてきたスプーンは、さっと私のカレーを掬ってそして形の良い唇の中へと入っていった。お行儀が悪いぞ丸井ブン太。
「うーわマズ……」
「信じられないものを見る目やめて」
「食材がもったいねーな……」
「うるさいな！ だから食べてるんでしょ！」
もう班の子たちは丸井作カレーライスを堪能しているため、私は一人鍋ごと掴み自身作のカレーを食べる。わかった わかった、と何がおかしいのか、丸井は笑いながら私が抱える鍋にスプーンを伸ばした。
「んーでもお前、ほんっと料理下手な」
「わかってて勝負しかけたんでしょ最低」
「うん、お前最近調子乗ってるから」
「乗ってないじゃん！」
「みょうじはな、そもそも力込めすぎ。もうちょい優しくやろーね」
んじゃ練習、と丸井は炊飯器の中から適当にお米を盛った。それを私に渡し、「おにぎり握ってみ？」と促す。
「なっ、舐めないでよ、私だっておにぎりぐらい」
「うんうん」
ブギュルと握れば指の間から米が飛び散った。丸井の頬に当たる。
「お前なあ！ 優しくやれって言ったそばから！」
「やっやっ優しくしました！ 3割は優しくした！」
「みょうじは8割力抑えろぃ！ つーか量が多すぎるんだよ！ 爆弾みたいになってんぞ！」
「い、いっぱい食べれた方がいいと思って」
「抱えきれてねーじゃん……。まあいいや、おにぎりは子どもを愛でるようにふんわりと、それでいてぎゅっと固めて……」
「ふんっ……」
「ガッチガチに固めてどーすんだよ、米の形変わってんじゃん」
「お塩 お塩……」
「それ砂糖だろぃ！ 王道ボケすんな！」
「あっ、間違えた、ごめんこっちだね」
「塩の量多すぎだっての！」
完成したおにぎりはいやに大きく、そしてガッチガチでとても塩辛いものになった。ふー……隣で丸井が大きく息を吐く。そのため息を聞きながら、私は丸井に呆れられるほどの料理オンチなのだと悟って冷や汗が流れた。やばい、私の2月の計画が。
「ま、んな落ち込むなよぃ。料理は俺の得意分野だからな。次は国語の小テストでやろーぜ」
「……」
私が落ち込んでいるのは丸井に負けたからではない。そんな勝負なんて、正直、どうでもいいのだ。私が丸井と話せる唯一のネタが、競争っていうだけで、勝敗なんて気にならないんだよ。それよりも。
私の壊滅的な料理の腕では、バレンタインデーに手作りチョコを丸井にあげることができない。それが問題だ。
人よりちょっとだけ、そう、ほんのちょっと、少し、砂糖の粒くらい、力が強い私は油断するとリンゴを潰してしまう。そりゃあ、重い荷物を持って女子に感謝されたり、階段を踏み外したサラリーマンを支えて感謝されたりしたこともあった。
しかし中学生男子はこんな弱くて可憐で乙女な私を怪力だと囃し、腕相撲や握力測定を挑んでくる始末。もちろん全部打ち負かしてきてしまったため、さらにゴリラと呼ばれる始末。もう腕相撲は絶対やらない。
丸井と初めて関わった時も、やってしまったのだ。
一方的に彼をライバル視していた私は、逐一丸井の動向を観察していたため、女の子が固くて開かない瓶を丸井に開けてと頼んでいた所も見ていた。そして丸井が開けれなかったのを見て、「これだ！」とバカな私は初めての勝負を挑んだのである。
「……私、開けれると思う」
「え？ いやいや、超固ぇーから」
ガコッと開いた、強固な瓶の蓋。丸井が私と瓶を交互に見比べて、愕然とした顔を露わにした。その時の私の気持ちといったら！
……違う、怪力自慢をしたいわけではないのだ。今、重要なのはその怪力のせいで手作りチョコが不味くなる危険性が出てきたこと。なんか簡単そうなのに、トリュフとかガトーショコラとかも作れないのだろうか。
というわけでさっそくその日、自宅で作ってみた。
案の定であった。ボウルとベラを犠牲にした。
さて、困ったな。別にバレンタインデーに手作りチョコをあげなければいけないという風習はないが、でも周りの友だちはみんな「何作る？」で話題が持ちきりだ。好きな人のために、一生懸命頑張りたい、その気持ちはわかる。なんせ私も同じ乙女だ。
まだ日にちはある。ちょっとずつ作って、そして本番までに美味しいチョコを作ればいいんだよ。前向きに行こう。
「というわけで、よかったらチョコ食べてよ」
「俺は失敗処理機か」
仁王が嫌悪感丸出しで私を見下ろしてきた。その冷たい目には負けない。
廊下の端っこで仁王にチョコを差し出す私は、周りから見ればファンの一人として見られるのだろうが。なりふり構っている場合ではない。
「どこがいいとか悪いとか言ってほしいな」
「めんど……丸井に渡せばいいじゃろ。喜んで食う気に」
「だからだめなんだよ……ダイソン並みの吸引力の彼はお菓子であればとりあえず食べるから参考にならない……私は仁王のように優しさの欠片もない言葉がほしい」
「自分で優しさの欠片もない言葉生み出してるぞ」
仁王もなかなかのイケメンだし、あまり話したこともないからチョコを渡すのも抵抗があるが、本音で言いそうなところが好感を持てる。「あ、もしかして手作りは無理派？」モテ男が思ってそうなことを問えば、仁王は気まずげに頭を掻いた。
「というよりも、おまんからのチョコが無理派」
「えっ……食べる前から優しさの欠片もない……」
「その頑張りは買うが、練習だとしても本命以外にチョコを渡しちゃいかんだろ。本命が知ったら良い気はせんぜよ」
「仁王……意外と男前だったんだね」
「惚れるなよ」
「安心しなよ」
仁王のちょっと良いとこが見えたところで、「なにしてんの？」と仁王の背中からひょっこり赤い頭が覗いてきた。ぎょっとした私は仁王に渡そうとしていた失敗チョコを廊下に落とす。拾った丸井が「ああ」と納得気な声を出した。
「バレンタインにしちゃ早くね？」
「失敗作を食えってよ」
「ちょっと！！」
撤回！ 仁王を見直したの撤回だわ！ 短的にまとめた仁王の言葉に理解したのか、丸井はハハーンとそれはもう人を小バカにする顔をするもんだから腹が立つ。
「練習してんだ、みょうじ。手作りして渡したいやつがいんの」
「ま、まー……ね……」
「へー、俺？」
「んなわけないでしょ」
「んじゃあ練習のでいいからくれよな」
「……じゃあ手に持ってるやつあげるよ……」
「ばか、当日にもらいてー男の気持ち察しろよぃ」
そうして私の手に返される失敗作。「もっと上達してから持ってこーい」と去り際に人の頭をぽんと軽く叩いた丸井に、私は彼の背中を廊下の向こうに見送ってから頭を抱えた。
「もうだめだ……もう本命と思われない……」
「じゃろうな」
「もー！ ばかー！ 仁王のばかー！」
「なんだかわいいな」
「そうやって乗せようとしても無駄だから！」
「バレたか」
バレンタイン前の女は怖いねえ、なんて飄々としながら去って行った仁王の背中を睨み、そうして大きく息を吐く。
丸井がチョコを受け取るのはわかっていた。どんなに失敗しても、練習でも、ヤツは「ありがとーぃ！」とか言いながら受け取るんだろう。腹立つ……俺モテるぜって顔して腹立つ……。
それに甘んじればいいのに、ただの勝手なライバルという位置に付いてる私は、もっと特別になりたいと欲が出てしまっているのだ。美味しく作って、「俺のために？」ってちょっと意識させちゃったりなんかして！
なんて思っていた時期が私にもありました。
「チョコは細かく刻んだ方がいーぜぃ、その方が溶かしやすい」
「はい」
「チョコは直接火にかけんなよぃ」
「あ、はい」
「混ぜるときはゆっくり、優しく、静かにだ。チョコはカレーじゃねぇ、女の子だと思いな」
「は、はあ」
「手のひらで転がすときは、そうだなぁ、みょうじの場合は0.5割の力でな」
「なるほど」
丸井ブン太先生のおかげであっという間にトリュフが完成しました。なにも器具を壊さずに。さっさすが丸井先生！ よっ、お菓子作りのプロ！
「って、なんで私丸井にチョコ作り教わってるんだろ」
「修行だよ修行、みょうじのことだから一人で迷走するだろーと思ってね。俺が来てよかったろぃ？」
「そ、ソウデスネ」
休日。さて、本日もチョコ作りに励みますか、と意を決したところで玄関からベルが鳴る。扉を開けると、チョコの材料が入ったレジ袋を提げ、「差し入れ〜」と笑顔で丸井が立っていた。
差し入れとは名ばかりのチョコに、さっそく丸井先生のブンブンクッキング教室が始まったのである。
…………いや、始まったのである、じゃない。なんで私好きな人にあげるチョコを好きな人から教わっているんだろうな？
「まーまー、食ってみろって！ うめーから！」
「わ、私が作ったんだし……。お、おいしい！」
「な、よかったな。簡単だろ」
「すごい、おいしい、作れた、やった、ありがとう丸井、うれしい」
「そ、そんなに……」
状況がいまいちよく付いていけてないけれど、私が食べているトリュフは私が作ったトリュフだ。あの！ 作ったチョコは全て焦げカスになっていた私が！ 作れたトリュフ！ 神は見放さなかった。ありがとう、丸井神。
「丸井も食べてみてよ」と丸井に教わったものを勧めるという奇行に走っていることは気づかず、私はトリュフを摘んで彼の口の前に差し出す。
目を丸くしたが、すぐに我慢するように眉を寄せる丸井に、今度はこっちが目を丸くする。
「いーわ。当日にな」
「え、丸井が目の前のお菓子を食べないなんて天変地異の前触れかな？ インフルエンザ？」
「おい。……いーから、その代わり本番までに美味く作れるようになれよな」
「なんの代わりかわからないけど、まあ、頑張るよ」
君にあげるためにね、なんて言わない。言えるわけがない。
少し乙女すぎた思考になった自分を制し、その後も丸井からクランキースナックや、生チョコ、ガトーショコラなど様々なチョコレシピを教えてもらう。腕まくりをしてチョコを刻む丸井の姿は、小慣れたパティシエのようだ。
「パワーリスト外さないの？ 重くない？ 力加減わからなくない？」
「ははっ、お前じゃねんだから。こいつは外さねえの」
「テニス部怖い」
「ってのもあるけど……やっぱ筋肉つけてーじゃん」
その気持ちは私にはわからないけれど。ふうん、と鼻を鳴らしながら「丸井は筋肉ある方だと思うけどね」とつぶやく。めちゃくちゃ睨まれた。なんでよ褒めてるのに。「お前にだけは言われたくない」いやなんでよって。
丸井に教えてもらった通りに作れば、チョコはなかなかのものになった。未だに好きな人に送るチョコを好きな人に教わるというのが変な感じだが、「オッケーだろぃ」と笑う丸井がいやにかっこよかったため良しとする。
そこで私は安心してしまった。もう私は作れるのだと、過信してしまった。
バレンタインデー前日、私の前に置いてあるチョコは、初めて丸井が教えてくれたトリュフ、の残骸だった。
「どうしよう……」
失敗してしまった。べちょべちょになってしまったトリュフ、まったく美味しそうに見えない。味見してみる。うん、全然美味しくない。脂っこい。
余計なことを考えながら作ってしまったからだ。丸井に渡すと思ったら緊張して、そもそも私に作り方を教えるってことは恋愛対象として見てないってわけで、もし練習した通りに作れなかったら呆れられるかもしれないって、ごちゃごちゃと。本来ならば丸井に喜んでもらえるかなって気持ちだけで作ればよかったのに。料理初心者である私が余計なことを考えながら作ったとして、美味くできるわけがない。
慌てて作り直す材料を買うため、スーパーへと走る。これでチョコを買うのは何回目だろう、また失敗したらどうしよう。世の乙女たちはこんなぐるぐるとした思いを抱えて作っているのか、なんて強靭なんだ。
スーパーの自動ドアをくぐると出迎えたバレンタインコーナー。ピンクに輝くそのコーナーに置かれている、可愛くラッピングされた既製品のチョコレートに目が止まってしまった。
……丸井、こういうのもらった方が嬉しいんじゃないだろうか。
いや、普通そうだよね、手作りよりかちゃんとしたプロが作った方がそりゃ美味しいに決まってる。味に肥えた丸井のことだ、私の手作りよりも完成されたものの方が。
手作りをあげた方が私の気持ちは伝わるかもしれないが、けれど私の気持ちよりも丸井の喜んだ顔の方が結構大事である。
手作りはまた来年、上達してから渡そう。その方がお互いいい思いをする。
そうして私は、とっても美味しそうな既製品のトリュフを手に取った。
瓶の蓋を開けたあの日から、丸井は私に勝負を挑むようになった。握力測定も、音楽でどちらが上手く歌えるかも、にらめっこだってした。変化のない日々は、次はなにで勝負をしようか考えるだけで、新しい色がついた。
今回の勝負は私の負けだ。戦う前から負けが決まっている不戦負。丸井のことだから、「はあ？ やっぱり作れなかったのかよぃ」なんて勝ち誇った顔をするのかもしれない。
なんて思っていた時期が私にもありました。
「……これ、手作りじゃねぇよな」
とても怖い顔をして、私から受け取ったチョコを穴が開くほど見つめる丸井に、緊張感が走り固唾を飲んだ。どうしてそんな顔をするのだろう。
「お、おいしいよきっと」
「知ってる。このメーカーのは美味い」
「じゃあいいじゃない。も、もう、丸井がほしいっていうから、わざわざ買ったよ」
「……なに、作らなかったわけ？」
「作ったけど……」
あんなもの渡せるわけがない。上靴に視線を落とし、冷えた指先を擦り合わせる。ごまかすように「まあまた、」なんて笑って上げた顔は、丸井と目が合って固まった。今まで見たこともないくらい悲痛な表情だったからだ。おかしいな、こんな顔にさせるはずじゃ。
しばらく唇を噛み締めていた丸井は、はあと我慢していたものを吐き出すような息を吐いた。いちいちびっくりして肩が跳ねる。
「……ちょっと、くれるんじゃねぇかと期待してたんだけどな。……あー、もういい、おこぼれでもいいから、ねえの」
「な、なにが」
「手作りチョコだよ」
「え、なっないよ」
「あ？ 本命に全部やったのかよ」
「え！ あげてないじゃん、捨てたよ！」
「は！？ いやいやなんでだよ」
「不味くなっちゃったからだよー……っ」
「ん、な、不味いって言う男なんざやめとけやめとけ！」
「丸井は言わないだろうけど、でも、美味しいの食べてほしかったんだもん……」
「そうだよ俺は言わねえから俺に渡せよばか！」
あまり話が噛み合ってない。ぜーはーと肩を上下させる丸井に、緩んできていた涙腺が引き締まってくる。
「……丸井、私の手作りチョコほしかったの」
「だーから最初から今日くれって言ってただろぃ！」
なんだその悔しそうな顔、初めて見た。いつもは負けたとしてもわりと殊勝な顔してるくせに。私が今までずっとずっと見てきたかった、丸井の負けて悔しがる顔が今まさに眼前に広がっている。
すごく、かわいい。
「ぷ」
「いやなに笑ってんのお前」
「丸井、必死だと思って。ふっふふ、私の料理オンチさ知ってるくせに、物好きなやつ」
そして優しい人なんだからな。やっぱり失敗しても渡せばよかった、手作りチョコ。丸井のことだ、どんなに不味くても笑ってくれてたんだろう。
くすくすと笑いが止まらず思わず口元を抑える。そんな私を見て、丸井は少し眉を下げて静かにつぶやいた。
「必死だよ、俺はお前に負けたあの時から、ずっとずっと負けてんの」
知ってる？ こーゆーの、惚れたもん負けって言うんだぜ。
続けて発した丸井の言葉に、その顔に、「じゃあ私も負けてるな」なんて一番最初に考えて、それからようやっとひっくり返った声を出すことができたのだった。
2017/02/14