短編 | ナノ

▼ それは恋だよ及川くん

∴排球



思えば及川くんは中学の時からちょっと、少し、ほんのちょびっと、性格が悪かったように思う。特に、いわゆる天才には目がキツかった気がする。どの学校にも天才と呼べる人はいるものだ。
二つ下の「天才くん」の話題を出す及川くんの顔は、中学の時から苦々しげだった。そんな彼と岩泉くんが話しているのを後ろの席でちゃっかり聞いていた私。
天才についていい顔をしない及川くんに驚いたものだ。こんな、普段から飄々とにこやかにしている人でもそう思うなんて、と。それほどバレーに真剣なんだと考えると、少しドキドキした。何かに必死になれるって、すごいなあ。


高校で運良くまた同じ学校となった及川くん。岩泉くんも同じだ。三年生でクラスまで同じになった時は、内心とても喜んだものだ。教室移動のタイミングで彼が見れるといいな、と思わなくても、毎日教室で見れるのだから。
高校でも及川くんはバレーに熱かった。そんな彼に可愛らしい女の子が寄りついていくのも、そりゃあ道理といえる。嫉妬というよりも称賛が浮かんだ。
バレーの大会でまた会ったのか、中学の時のように二つ下の「天才くん」の話をする及川くんは、相変わらず性格の悪そうな顔をしていた。また隠し見をした自分に苦笑いが浮かぶ。だって、でも、後ろの席という幸運が回ってきたら、ほら、聞いちゃうよ。

なんていうか、及川くんってやっぱりすごい。天才にいい顔しないけどさ、でも私としては。

「及川くんも天才だと思うなあ」

ぼんやりとつぶやきながら、前に掲げるゴミ箱に膝を当てる。ゴトゴト、音を立てながらゴミ箱は私に運ばれていく。
同じくゴミ箱を持ちながら、「ハァ?」と岩泉くんが顔を歪めた。

クラスの違う岩泉くんは中学の時のよしみで、廊下で会えば挨拶をしてくれる。ただいま放課後、掃除の時間。ゴミ箱を持って処分場に行ってきた帰り。途中で会った岩泉くんと並んで教室に戻ることにしたところで。

「いや、天才とは言えねえんじゃねぇの。良く言えば努力の天才っつか」
「あ、そうなんだ。でもそうっぽいなあ」
「そうっぽいか?」
「へへ、なんとなく。及川くん自分を隠しそうだよね」
「そー……うか?」
「岩泉くんには見せてるんだよきっとー。信用されてるんだね」
「気持ち悪いこと言うな」

いー、と口を横に伸ばして眉を寄せた岩泉くんに、なんだか面白くなって笑いが洩れた。

「天才て生まれつき備わってる優れた才能のことでしょ? 私はバレーのこと、その、失礼ながらよく知らないけれど……」

及川くんを思い出して、目線を遠くへ向けた。いつも後ろの席から見てる背中。朝練が終わった後は、制汗剤の匂いに混じって汗の匂いがするとか。居眠りしちゃう時のかすかに上下に動く肩とか。
一回だけ女の子たちに混ざって練習試合を見た時の、普段とはまったく違う真剣な顔とか。仲間のことを見て信頼を寄せているところとか。身震いするほどのサーブを打つところとか。瞼を閉じなくてもいつしか浮かぶようになった。
そんな彼だからだろうなあ、いろんな人が及川くんについていく。

「人を惹きつける天才だなあ、なんて。思うわけです」

言って、少しくすぐったくなって「ふっふっふ」と笑みが零れる。
今の内緒ね、及川くんに言っちゃだめね。そう岩泉くんに言おうとしたところで、彼の目が驚愕に丸くなっていたものだから、私も同じ顔をする。

「……みょうじ、それはな、多分、お前だからそう言うんじゃ」
「え?」
「いやだから、多分、お前あいつが」

モゴモゴと珍しく岩泉くんが動揺している。あまり見れるものではないため凝視してしまった。結局言葉にせず、諦めたように息を吐いた彼は「見んじゃねえ」と片手を私に払おうとして、視線を後ろにやって止まった。

「お、及川」
「えっ」
「や、っほ、岩ちゃん。に、なまえちゃん」

バッと振り返った先には、先ほどまで思いを馳せていた及川くんがいた。いつから背後に。もしや……聞いていた? 羞恥で頭が熱くなる。

「その、岩ちゃんが女子と話してたからからかおうと思って……。まさかなまえちゃんだったトハ」

気まずそうに視線をさまよわせた彼は、きっと、嫌いな「天才」に当てはめられたことに傷ついたかもしれない。熱くなってる場合ではないよ。

「うっ生まれつきの才能じゃないかもしれないねっ」
「え?」
「お、及川くんが生きてきたもの全てで、人を惹きつけるようになったんだねっ」
「おいみょうじ落ち着け」
「じゃあ、じゃあ、じゃあね!」

頭を下げてゴミ箱を抱えつつ教室へと廊下を走る。ど、どうしよう。一応否定したけど一度付けられた傷はなかなか治らないからなあ。特に心はなあ。

教室にゴミ箱を片付け、及川くんの席をチラ見する。カバンはもうない。そういえばさっき持ってたかな。じゃあもう教室には戻ってこないよね。
今や掃除当番も教室におらず、無人の状態。自席に腰掛け、息を吐きつつ机にうなだれた。伸ばした片手に頭を乗せ、窓に顔を向ける。空が朱い。
こつんと及川くんの椅子が指に当たった。
あんな近くで、真正面で、さらに気まずげな様子は初めて見たなあ。

「……死んじゃいそう」

やっぱりかっこいいなあ、及川くん。

ぽつりと洩れた声は広い教室に溶けた。




次の日、もう一度謝ろうと私は勇む。努力をたくさんしてる人ほど、天才と一言で呼ばれることが嫌な人もいる。「天才」を彼が嫌うからこそ、もしかしたら呼ばれるのも憤ったかもしれない。
なにより気まずそうだったしなあ。ふう、と息を吐けば、本鈴が鳴るギリギリに及川くんが教室に入ってきた。朝練だったのか、少し熱が伺える。

「あ、おはようなまえちゃん」
「おはよう。あ、あのね及川く……どうしたの?」
「……ん?」

クラスのいろんな子に挨拶をして席に来た及川くんは、自席につくまえに私の席の前に立って見下ろしたまま目を細めた。目が悪い人が、よく見ようと目を細くするあのような。
変顔でもお披露目してくれてるのかな、それにしては整った顔だからあまり意味がないような。なんにせよ初めての表情なため、私としてはこんな顔もするのかあなんてちょっと嬉しい。

「チカチカする」
「チカチカ?」
「なまえちゃんの周りに小さな光が飛んでいるような、っていうか眩しい……?」
「えっ、ひ、光?」
「見にくい」
「醜い!?」

ガンッと頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲う。み、醜い。初めて言われた。私に対し思う人はいたかもしれないが、まさか直接言われるとは。しかも及川くんに。立ち直れない。

確かに眩しいという表現が適切な表情で、及川くんは私の周りの空間を手のひらでサッサと払った。ふ、不思議な動きだ。

その手がピタリと私の頬に触れる。瞬間、バッと離れたその手は、彼の心臓に持っていかれた。

「痛った……なに、心臓が痛い」
「え、だ、大丈夫?」
「うん、多分。ていうか今日暑くない?」
「今日は比較的涼しい方だと思うけど……」

様子がおかしい及川くんに戸惑いながらも、バレーで頑張ったんだねと笑う。一瞬ギュッと目を眉間に皺が浮かぶほど固く瞑った彼だが、すぐに「ああそっか、そうかも」私以上に綺麗に笑った及川くん。はあーと感嘆した。
おっといけない。見とれてる場合じゃない。

やっと席に座った及川くんは、前の席だからもちろんだけど背中を向けた。しばらく迷ったが、えいっと肩を指でトントンと叩く。身体全体をビクゥッと跳ねさせた及川くんは、「なに!?」と勢いよく振り返った。

「あの、昨日はごめんね、気にしないで」
「なっなっなにがデスカ」
「え、天才とか、生まれつきとか……」
「……人を惹きつけるとか? でも、そう思ってくれてるんでしょ?」

柔らかく笑んだ彼に、すぐに頷く。

「バレーが凄いところとか、仲間に信頼されてるところとか、女の子に優しいところとか、性格悪いところとか。全部ひっくるめてそうなってるんだなって、思うよ」

すごいなあ。私じゃとても人を惹きつけるなんてできない。しみじみと及川くんの凄さを感じていれば、目の前の彼は大きな片手で顔を覆った。
「せ、性格悪いって」小声で上手く聞き取れなかったが、笑ってるのか肩が小刻みに揺れているのは確認できた。

「っていうかほんと見にくい。見えない。どうしたのなまえちゃん眩しいよ」
「み、見れないほど醜いですか」

ショックどころではない。




本日一番最後の授業が体育だった。体育館でやったバレーでの青痣がまだ痛む。HRが終わり掃除をした後、手首を撫でながら体育館へと急いだ。ジャージをステージ脇へと置いてきてしまったのだ。

体育館に近づくごとに、部活をやっているだろう声が聞こえる。横扉をそうっと開け、中に入った。キュ、とシューズが床を踏む音、ボールが跳ねる音、受け止める音……汗を流しているのはバレー部だった。
やっぱりバレー部すごい、かっこいい。
声が響く中でボールが回される。当たり前だけど、私たちが体育でやるものとはまったく違うことに息を飲む。扉の横で突っ立ったまま動くバレー部員に視線を散らばせていれば、その中で一際目立つ存在に気づいた。

及川くんだ。彼はコートの外側でボールを軽く上げると、跳ねてサーブを放った。勢いのある打球は、大きな音を立てて相手コートに突き刺さる。
普段の飄々とした態度とはまったく違う真剣な表情、く、ドキドキが止まらない。

「みょうじ、何か用か?」
「岩泉くん」

近寄ってきた岩泉くんは、首にかけていたタオルで自身の汗を拭きながら不思議そうに頭を傾けた。

「あ、さっきの体育でステージ上にジャージ忘れてきちゃって」
「まじか。ちょっと取りに行ってくる」
「いやいいよ、自分で」
「練習中、中入ると危ねえから」

そうか、邪魔になる。身を引いた私を見て、頷いてステージへ向かっていった岩泉くんの背中を見送った。悪いなあ、部活中に。やっぱり明日にでも来ればよかったかな。
壁にぴたりと背中をつけた時、影が足元を覆った。

「なまえちゃん」
「お」
「どうしたの?」

目の前に現れた彼は、先ほど見事なサーブをキメていた及川くんだ。流れる汗の玉を目で追って、それから彼の顔を見上げる。

「ジャージを忘れて……今岩泉くんが取りに」
「エッ。岩ちゃんが? なまえちゃんのジャージを?」
「う? うん」

聞くやいなや及川くんは「岩ちゃん触っちゃダメ!」と叫びながらステージへと走っていった。再び頭を鈍器で殴られた感覚。
ガーンガーンと低いエコーが響く中、しばらくして及川くんは戻ってきた。手には私のジャージ。後ろには機嫌の悪そうな岩泉くん。

「はい、なまえちゃん」にっこり、嬉しそうに渡してきてくれた彼に、なんとも言い知れぬ複雑な気持ちで受け取る。

「ありがとう、及川くん」
「ゔっ。いーえ」
「(ゔっ?) あの……これさっき着たけど、でもちゃんと洗濯してるから汚くないよ」
「うん! なまえちゃんの匂いがしっ゙ダッ!」

岩泉くんが放ったボールは及川くんの後頭部を勢いよく直撃した。なんてコントロール力! 「ちょっと岩ちゃん! なまえちゃんの前でやめてよ!」女の子の前でかっこつける及川くんを微笑ましく思いつつ、女の子扱いされたことに嬉しくなって「へへへ」と笑みが零れる。

一瞬、ハリケーンを間近で見たような顔をした及川くんは、次には両手で目を覆った。そ、そんなに醜いか。ごめんなさい。

「おいヘタレ川部活戻んぞ」
「その呼び方やめようか。じゃあねなまえちゃん」
「うん、ありがとう。頑張ってね」

月並みな挨拶しかできないのがもどかしい。「がんばる」目を覆いつつ頷いた彼に、もっと見ていたいという欲が浮かんだけどしかしこれ以上醜いものを見せてられないので、さっさと体育館を出た。




次の日、及川くんはなんとサングラスをかけて来た。

「あっこれなら普通に見えるかも」

笑う彼にそろそろ自分自身が心配になってくる。私、そんなに醜い容姿になってしまったのでしょうか。
ショックを受ける私。対して及川くんは、休憩時間にやってきた岩泉くんにスパンといい音で叩かれていた。



140201

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