チャドの憂鬱

 一護がまたぼんやりしている。
 原因はひとつ――死神の力をなくしたから。
 あくまでなんでもないように本人は振舞っているつもりだ。だが気落ちしているのは誰の目から見ても明らかなことで、痛々しい。
 なんとか励ませないものか、と思ったが本人がそれを望んでいないのも解っている。だから何も出来なくなる。

 どうしたものか。
 チャドは軽く溜め息を吐いた。

 空は晴れ渡っていて、心地好い。ここは空座町が全て見渡せる丘の上だ。
 町は、今日も平和だ。
 自分が護った町の様子を見ている一護は、体育座りで膝にあごを乗せたまま動かない。

 一護は、気晴らしに行こう、と誘ったところで「気晴らしも何も、俺はどうもしてねーよ」と無理をしている笑顔で答える。かと言って、1人で居たら鬱々とするのも目に見えている。そこそこの付き合いだ。一護のパターンなどお見通しだ。
 強がってはいるけれども黒崎一護は繊細だ。とても傷つきやすいし、自分で全てを背負い込もうとする。今日も何とか理由をつけて外に連れ出してみたが、やはり呆けているように見えた。
 何も出来ないのか……と遣る瀬無い気持ちになって、続いて一護は今もっと遣る瀬無いのだろうと思うと更に切ない気持ちになる。自分に出来ることは、何もない。そういう思いを一護の気持ちと重ね合わせて、チャドまでもが沈んだ気持ちになりそうだった。

「あのさ」

 呆れたような声が上から降ってくる。
「君たち、こんなところで何をやっているんだい?」
「……いや、なにも……」
 今は、なにもしていない。そう答えたチャドに呆れたような顔をしたその人物は、しばらく悩むような様子を見せた後でチャドの隣に腰掛けた。
「いつ、来たんだ?」
「今。あ、別に君たちを探していたわけじゃないよ。たまたま――たまたまここに来て……さ」
 ごにょごにょと言い訳がましい言い方をするところを見ると、雨竜も一護を心配してきたのに違いない。
 余計なことをしたか、とチャドは小さく肩をすくめる。
 石田の方が自分よりも一護を元気付けられるだろう。今日誘い出さなければ、この休日は2人で仲良く過ごしたのかもしれない。
 一護は雨竜が来たにもかかわらず姿勢も変えなければ表情も変えない。先ほど声に反応してチラリと見ただけで、挨拶らしきものは何も発しなかった。
 ――余計なことをした。
 二人に挟まれて、チャドは腰のすわりが悪くなってきた。
 しかも、会話がない。
 息苦しくなるほどに会話がない。
 少しは何かを言ったらどうだ、一護。石田もなにか話題を振ってくれ。
 自分にそういう、場を回す的なことは出来ない。
 この空気をどうにかしてくれそうな浅野啓吾に会いたい。チャドは心底そう思っていた。

 そんなこんなで3人で座ったまま沈黙を保って15分。一護の視線が何かを捕らえた。
 オレンジ色の頭が動いたのに気付いて、チャドと雨竜も視線を追う。見ればそこには蝶々がひらひらと飛んでいた。
「あ、ちょうちょ……」
 妙に幼い口調で言って、雨竜がほのかに口元をほころばせる。片や一護は、なにやら眉間のシワを深めていた。
「……ああ、黒アゲハか……」
 雨竜が苦笑いで呟いた。その言葉にチャドは振り返る。
「ほら、あの」
 雨竜が耳元に囁いてくる。
 ――地獄蝶。
「……むぅ」
 難しい。
 外でもダメか。家でもダメか。
 何を見ても死神やら何やらを連想して鬱々とするのか一護。
 チャドはなにやら自棄になってきた。
「一護」
 まだ蝶を目で追っている一護の頭をぐいと掴む。
「痛ェ!」
 止めろ、チャド!
 そんな声は無視して、一護を雨竜の前に突き出す。当然、いきなり一護を突きつけられた雨竜もギョッとしている。が、喚く一護も目を丸くしている雨竜も無視してチャドは言った。
「一護」
「ちょ、だから痛いって! 首痛!! チャドッ!」
「見るなら、蝶じゃなくて石田にしろ」
「……は?」
「だから、石田」
「……さ、茶渡君……?」
 ほら見ろ、とぐいぐい顔を近づけられて一護の顔は雨竜の顔に当たりそうなくらいに近い。
「いや、近いよ! 意味が解らないし!」
 雨竜が逃げても、チャドは一護の顔を掴んだまま追いかける。軽やかに逃げる細身の男を、がたいの良い男がその手にオレンジ頭の男を抱えて追いかけている。ある意味地獄絵図だ。
「一護が目で追いかけるのは、石田だけで良い」
「な……ッ?!」
 かぁと一護の顔が赤くなる。追いかけられている雨竜も――あまりに衝撃的な台詞だったのだろう――よろりと姿勢を崩した。
 追いついたところで、チャドは一護を雨竜に向かって放り投げた。思わず受け取った雨竜だったが、一護を支えきれずに尻餅をつく。
 ――あまり、見たくはない光景だが。
 先ほどに比べて一護の顔色は格段に良いし、表情も活き活きとしている。
 親友としては、あんなシケた顔をされているよりもずっとマシと言える。
 たとえ、ホモな構図で友人2人が目の前で絡んでいようとも、だ。
「俺は、帰る」
 あとは、もう好きにすると良い。
 一護が元気になってくれるのだったら、石田には申し訳ないが多少身体を張ってもらいたい。多分、石田雨竜は期待に応えてくれる男だ。
 ――信じているぞ、石田。
 背中で雨竜の悲鳴交じりの「茶渡君! ちょ、ちょっと置いていかない・で……わぁ!」などという声を聞きながら、チャドはそっと目尻の涙を拭ったのだった。








チャドは気苦労が多そうなのだった。





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