この恋の消費期限

 恋の消費期限という単語が飛び込んできた。聞き慣れない言葉につい目が止まった。
 派手な顔立ちの女性が微笑んでいる表紙の雑誌。なんだそれは、と突っ込みたくなる意味不明の単語に紛れて書いてある。
「石田?」
 参考書ならあっちじゃね? と連れに袖を引かれた。それはそうなのだけど、と返しながらも『消費期限』という言葉が気になって仕方ない。
「何見てんだよ」
 肩越しに僕の視線を追って、連れは妙な顔をした。
「え? 女性誌なんか読むのかよ」
「デザインの参考に、女子部員が持ってるの見せてもらうことはあるけどさ。立ち読みはしないよ」
「じゃあなにをそんな――あ?」
 言っている途中で、彼もその単語を見つけたようだった。恋に消費期限なんてあんのか? と不思議そうな声を出す。さぁ、と返せば「おめーはどう思ってんだ?」と振られた。
「僕?」
 悩む。
 そもそも、恋愛事情に明るくない。疎いのだ。多少勉強してみようかと恋愛小説やらハウツー物に手を出してみたこともあったが、理解できない事柄の数々に頭が痛くなって数ページで放り出した。そんな僕に何を聞いているんだろう、この男は。
「知らないよ」
「いや世間一般の意見じゃなくてさ、石田は消費期限があると思ってんのかって聞いてんだよ」
「だから」
 知らない、のだ。消費期限切れの恋なんて経験したことがない。消費期限という表現も、しっくりこない。確かに熟成したりはするのだろう、という認識はあるし、最初から最後まで同じテンションということもないだろうとも感じている。これ以上は好きになれないなんて思っていた傍から惚れ直したりしてしまうのが恋というものなのではないか、と最近では思っているのだ。
 なんて、解ったような口をきけるほどに恋愛沙汰に慣れたわけでもないのだけど。などと思いつくままに言えば
「あぁ」
 彼はしばらく考えるような素振りをみせた後でニヤリと笑った。
 ――なんだ、その嬉しそうな顔。
 厭な予感に腰を引いた僕の肩に手を置き、連れは耳元に囁いた。
「石田、俺とずっと一緒だって思ってんだな」
「えっ?! な……!」
「照れるなって」
 心底嬉しそうな笑顔を向けられて僕は絶句する。その自信はどこから来るんだ。第一、今の話のどこをどう聞いたらそういう発言になるのだろう。
「君はどうなんだよ」
 相手の意見が正しいとも間違っているとも答えずに問い返す。
「ん? 俺は殆どのモノにはあるんじゃないかと思うけど」
 ずくり、と胸の奥底が疼いたのは、きっと気のせいだ。
「ただなあ。石田知ってるか? アイスって消費期限ないんだって。例外のないものはないって言うだろ」
「はぁ」
「例外は、ある」
 例えば俺にとっての石田みたいな、さ。
 素早く囁かれた言葉に頬が熱くなった。
「バッ! 馬鹿なことばかり言うなよ黒崎っ」
「嬉しい時には嬉しいって言うもんだぞ」
「嬉しくない!」
「はいはい。本屋では静かにしような」
 ポンポン、と肩を叩かれて腹立たしくなる。なんで、僕が黒崎一護なんて男をずっと好きじゃなきゃいけないんだ。第一、今だって好きだなんて一言も言ってないじゃないか。
 黒崎が僕のことを好きでいても良いだなんて許可も出したつもりはない。自分の気持ちが迷惑かもしれない、なんて考えはこの男の中にはないのだろうか。
 悔しくて苛々する。
「君なんて、嫌いだよ」
 やっと言葉になったのはいつも通りのアレで、黒崎の耳には「君が好きだ」なんて風に間違って届いているんじゃないかと心配になる。
「知ってる知ってる」
 今更言うなよ、と笑顔の連れには僕の言葉が正しく伝わっていないのだろう。
 なんとも腹立たしい。
「君の恋がアイスみたいに例外なんだとしたら」
 それは冷たいものなんだろうね。
 そう言った僕に、黒崎は心外そうな顔をして言った。
「何言ってんだ。アイスって言ったら甘いもんだろ」
 べったべたに甘いんだぞ、なんて言いながら背中を見せた男に意味のない軽蔑の眼差しを送りながら僕は溜め息を吐くのだった。

 後日、本屋でのそんなやりとりを小島君に見られていたらしく、かなりネチネチとからかわれたことがこれがまた悔しくてならないのだった。






ふたりへのお題ったー
http://shindanmaker.com/122300
より

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