先輩


 今や石田雨竜は憧れの先輩なんだそうだ。ついでに言えば、井上織姫は学園のアイドルだそうで。
 あまり2人をそういう目で見たことがなかったから意外だった。
 井上は、言われてみれば顔立ちだって可愛らしいし目も大きくて睫毛も長い。栗色の髪だってサラサラと綺麗だ。
 そして石田は。
 生徒会長と言うだけで憧れ度5割増しだ。しかも何だかんだで人の前に立つことが多い。立ち姿も堂々たるもので、あの喋り方にあの声。忌々しいことにファンが増えた。
 ――石田先輩、ね。
 色めいた声が掛けられているのを見るたびに腐れた気分になる。
 ――しかも、にこやかに対応しやがって。
 あんな顔、俺には見せないじゃないか。
 黒崎一護は廊下の窓から校庭にいる雨竜を眺めていた。
「あの……」
 遠慮がちに掛けられた声に振り返ると、小柄な女生徒がいた。目が合うと露骨に恐がられるが、そんな反応には慣れている。一護は特に声を作ることもなく言った。
「なに?」
「あ、ええと、3年の、黒崎先輩ですよね」
 だからどうした、と頷くと思い詰めた表情で口を開く。
「黒崎先輩って、石田先輩のなんなんですか?」
 想像外の質問に一護は眉を寄せる。不機嫌そうな顔になる一護にびくつきながらも女生徒は続けた。
「なんだかいつもクールな石田先輩が、黒崎先輩にはやたら喧嘩腰って言うか。怒鳴り合いなんて他の人としている場面なんて見たことがないし、第一」
 黒崎先輩のことだけ、呼び捨てじゃないですか。
 不意に指摘された事実に、一護はぽかんとする。
「……は?」
「だから!」
 女生徒は多少苛立った声を上げた。
「石田先輩に呼び捨てされるような、なにか特別な立場なんですよね、黒崎先輩」
 それが、羨ましいとでも言うのだろうか。真っ赤な顔の少女を不思議な気持ちで見返していると、背後で咳払いが聞こえた。
「黒崎、その子に何をしているんだ」
「何もしてねーよ」
 ひゃぁっと小さい奇声を発して、少女は首まで赤く染める。
「なにか、怖い目には合わなかったかい?」
 嫌味なほどに優しげに話し掛ける生徒会長を前に、女生徒は言葉もなく頷いた。面倒なことに巻き込まれたくなかったら、この男には関わらない方が良い、などと言う雨竜に「いちいち首を突っ込んでくるのはどこのどいつだ」と反論する。
 ちらりと見返してきた雨竜は、微笑みを浮かべた。
「僕には、君の管理をする責任があるからね」
「なんだそりゃ」
 俺は石田の所有物じゃねぇぞ! と言った一護を無視した雨竜は、少女に見たこともないような余所行きの顔を見せた。
 ――あ、なんだ。
 一護は間近に見たその表情に、どこまでも高い壁を見たような気がした。
 こんな他人行儀な顔なら向けられなくて良い。嬉しくともなんともない。
 気づいた一護は、女生徒をあしらって去らせた後振り返った雨竜の頬に素早く軽いキスをした。
「……バッ!」
 驚いて大声を出しかけた雨竜に気付いた女生徒は振り返るが、2人に軽い笑みと共に手を振られては何も言えなかったらしく、なんとも言えない顔をして立ち去って行った。
「君は! 本当に救いようのない馬鹿だな……っ!」 変な噂になったらどうするんだ、と言う雨竜に
 ――多分もう遅いな。
 と内心思った一護は、小声の雨竜に脇を小突かれても楽しそうに笑った。





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より、お題「先輩/上司」

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