一方通行⇔



 校舎に入る直前、石田雨竜を見つけた。
 おはよう、と挨拶しようと思い後を追って付いていくと雨竜は自分の下駄箱の前で険しい顔をしていた。
 どうしたのか、と雨竜の視線の先を探れば、上履きの上に数通の手紙が置いてあるようだった。
 ――あれは、もしかして。
 ふぅっと深く息を吐き、雨竜は無造作にそれを掴むと鞄に突っ込む。
 ――ラブレター……?
 慣れた手つきに胸がちくりと痛む。
 なんだこれ、と自らの胸を押さえた一護は、そのまま教室へと向かう雨竜に声をかけるタイミングを失って立ち尽くしていた。

 石田雨竜は、現役の生徒会長である。
 あれよあれよと担ぎ出され、そこに加えてのあの長台詞に慣れた話し振り。説明だって下手じゃない。多少、冗長するきらいもあるが。
 更にはあの声に対する支持率も高かったのではないかと一護は予想する。雨竜の声は耳に心地良い。長いこと聞いていたところで苦痛にはならない。むしろ癒される。君には言われたくないと言われそうだが、雨竜の芝居がかった物言いにつられ、コロッといってしまった人間も多かっただろう。
 入学当初は目立たないように振舞っていた雨竜だが、一護たちと付き合うようになってからはだいぶ目立っていたようだ。石田雨竜という人間の認知度が高くなって、好感度も上がった。
 ――そりゃ、石田だからな。
 なんて一護は解ったようなことを思うのだが、石田雨竜の良さを解っている人間はごく少数で良いとも思っていたから、少し悔しくもある。可能であるならその良さを一番に知っているのは自分でいたい、とまで思っている。
 石田雨竜が実は綺麗な顔をしている、何てことも全生徒に知られてしまった。
 絶対に雨竜がモテない筈はないと思っていた。なにせ、黒崎一護がこれほどまでに惚れ込んでいる相手なのだ。モテない筈がない。それでも、雨竜が目立たない存在でいた頃にはそんなに危機感はなかった。ちょっとした焦りはあっても、誰かが積極的にアタックしてくるようなことはないだろう、と思っていたのだ。
 けれど今や雨竜は学園のアイドル的存在である。(かなりユニークなキャラクターではあるから、単純にそこを面白がっている人間も多々いるのではあるが。)下級生からは憧れの眼差しで見詰められ、同級生にも雨竜に惹かれだしている人間が多いことには、いくら鈍い一護でも気付かざるをえなかった。
 ――でも、あんなにラブレターもらうほどだったなんて。
 見せ付けられた現実を前に、突然の焦りに襲われた一護は困惑していた。

 何も言わなかったじゃないか。
 ――なんで君にそんなことを言わないといけないんだい?
 だって俺は。
 ――君は、なに?
 俺は、石田の……
 ――なんだって言うんだ、黒崎一護。
 頭の中に雨竜の声が響く。
 思うこと思うこと、全て否定される。所詮は一護と雨竜の関係だ。焦ってもどうしようもない、そういうことだろうか。
 ――君と僕は、何の関係もないだろう。
 そんなこと、冷たく言われてしまうのだろうか。
 なんだか、ショックだ。
 雨竜に直接言われたわけでもないのに、一護は明らかにダメージを受けていた。

 かくいう一護だってモテないわけではない。いろいろあってあまり元気があるとは言い難い状態で、そのせいもあって気だるそうな一護は以前より柔らかい雰囲気にも見えた。それがとっつき難いイメージを多少軽減させているようで、一護に話しかける女子も増えてきてはいた。当然、一護本人は全く気付いていないのだけれども。
 雨竜がそれをどう思っているかは、最近は2人きりで話せる時間が減ってきていることもあって良く解らない。仮に不快に思っていたとしても、あのプライドの高い雨竜が何か言うはずもなかった。
 
 好きだ、と言ったのだったか伝えていなかったのだか。あまり覚えていない。少なくとも、雨竜が一護のことを好きだなんて言ったことはなかった気がする。
 それでもなんとなく一緒にいて、多少……以上の触れ合いもあった。のだが。あれは、もしかしたら夢か何かだったのだろうか。今ではそんな気もしてしまう。
 ――一体、俺たちってなんだったんだ?
 ぐるぐると取り止めもないことばかり脳内に廻って、一護は頭を抱えて突っ伏した。

 放課後。
 そう言えば自分の靴箱にも手紙が入っていたのだった、と一護は机に突っ込んでおいた真っ白い封筒を出す。こちらは、どう見ても雨竜に渡されるような色っぽいものではなく、下手な字が安い筆ペンで書かれた果たし状だった。
 ――果たし状、って。
 一護は何もしていない。相手が勝手に突っかかってくるだけだ。無視しようかとも思ったけれども、すっぽかされて怒り暴れるヤツらの相手をしなければいけないのは何故か雨竜で、当然一護には彼に迷惑をかけるつもりはない。生徒会の仕事でたまったストレスをアレで発散してるんじゃないかと思われる節もあるのだけれども、生徒会長が喧嘩っ早くちゃダメだろう、と思うのだ。冷静沈着に見えて喧嘩っ早いのも石田雨竜その人の特徴ではあって、そんなところも一護には懐かしく思える。
 ――石田に迷惑かけたくないしなー。別に恩着せがましいこと言われやしねえんだけど、それはそれで嫌だしなぁ。
 うだうだ悩んでいる間にご指定の時間になってしまう。仕方なく一護は指定された場所に向かうことにしたのだった。

「体育館の裏……って、どうしてお前らそう芸がないんだ?」
 ついつい突っ込みたくなる。
 体育館の裏は同じ学校の生徒の場合。そして他校の生徒の場合は圧倒的に校門付近でのお呼び出しになる。場所が校門だと雨竜が嬉々としてやってくるから始末が悪い。話が大きくなるではないか。これでもなるべく他校とは揉めないように注意している一護なのだった。
「なんだとぉぉ?!」
「あー、もう本当芸がない」
 そういう反応、飽きたんだよな。と頭を掻いてぼやく一護の態度は相手の頭に血を上らせるばかりである。と言っても、どんな状態であろうとそこら辺の普通の不良程度が一護にかなうはずもなく、一瞬で叩きのめされて地面に転がることになった。
「お前ら、いい加減止めないか?」
「くそお、覚えてろッ!」
「ちったぁオリジナリティっての出してくれたら覚えてやるよ」
 捨て台詞に呟いて返すと、一護はずりずりとその場に座り込んだ。
 もう、面倒なことこの上ない。なんでこう絡まれるんだろう。
 ――そう言えば、石田との出会いってのもアイツに絡まれたのがきっかけだったっけ。
 一護は思い出し笑いをする。
 最初はムカついただけだったのに、いつの間にこんなに大切になったんだろう。いつから、こんなに雨竜のことを考えずにいられなくなったのだろう。
 ――考えずにいられなかったのは、最初っからか。憎む、だもんなぁ。オリジナリティありすぎって言うか。
 忘れられるはずがない。
 最終的に、あんな泣きそうな顔見せられたら……気にするな、と言われても無理な話だ。胸の中に、甘く苦いものが広がった。
「……くそっ」
 遣る瀬無い思いに支配され、一護は膝に頭を埋めた。

 数分後、足音が近付いてきた。全てが面倒で顔を上げずにいると声をかけられた。
「……そこで、なにをやっているんだ」
「っ!」
 それは、しばらく自分に向けられなかった声。吃驚して顔を上げると、逆光気味に雨竜が立っていた。
「い、石田」
「聞こえなかったのかい? そこで何をやっているんだ、と聞いているんだけどな」
「なに、って。えーと」
 不良に呼び出されてブッ潰して、それで面倒になって座り込んだ挙句、貴方との出会いを思い出して浸っていました、なんて言えるはずもない。しどろもどろになっていると、雨竜は溜め息を吐いた。
「校舎裏からあんまり評判が良いとは言えない連中が出てきたのが見えたから、もしやと思ってやってくればやっぱり君か」
「来てくれなんて言ってねえよ」
「言われてないよ。面倒なことになると後処理が面倒だからね。先に芽を摘み取りに来ただけだ」
「そりゃご苦労なこった」
 ぷい、となんだか拗ねたい気分になった一護は横を向く。誰が苦労させてるんだ、と言った雨竜はもう戻るのかと思いきやその場に立ったままだった。
「石田、帰らなくていいのかよ」
「ん? まだ帰れないよ。生徒会の仕事が残ってる」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「? 解らない男だな、君」
 相変わらずの天然っぷりを発揮してくれる雨竜に、一護は苦笑いを浮かべた。解らないのは雨竜のほうだ。頭が良いんだか阿呆なんだか。
 ふっと表情を崩した一護につられるように軽い笑みを浮かべ、雨竜は手を伸ばしてきた。
「黒崎、この後用事でもあるのかい?」
「ねえよ」
「だったら」
 誘われて伸ばした手を掴まれる。
「ちょっと、僕の仕事を手伝っていかないか?」
「は? 俺が?」
「そう、君が」
 引き起こされて立ち上がる。視線は、出会った頃とは違って一護の方が高かった。
「……この身長差。微妙に腹が立つな」
 苦い顔をした雨竜は、何を思ったんだか指をしっかり絡めてくる。驚いて反応できずにいる一護を笑って、雨竜はまた、ぎゅっと手を握った。
「こうするの、凄く久し振りな気がする」
「久し振りだっての」
 お前が生徒会長になってから、殆ど話せてなかった。そう呟く喉が、からからに渇いていた。
「くろさき」
 雨竜の頭が、トン、と肩口に当たった。
「お、おい石田」
「ちょっとだけ。大丈夫だよ。誰かに見つかったら、眩暈がしたとても言うから」
 最近の僕の頑張りを見てる人なら、誰も疑わないと思うよ。
 雨竜は自嘲気味に言って、笑う。堪らず抱きしめたくなる腕を必死で押さえ、一護はそっと、さらさらの髪に頬を寄せた。
「おい。生徒会長がこんなところでこんなことしてて良いのかよ」
 ドキドキと高鳴る心音は、絶対に聞かれている。恥ずかしくて堪らなかった。
「僕は、風紀委員ではないからね」
 と軽く言った雨竜は、深呼吸して一護から離れる。そして、絡めていた指も放すとじっと目を見詰めてきた。どぎまぎしていると真っ直ぐな眼差しで訊ねられた。
「黒崎。一つだけ質問しても良いかな」
「なんだよ」

「君は、僕のなんなんだい?」

 一瞬、息が詰まった。
 なんだ、と言うのはどんなに考えても出なかった答えだ。自分の妄想のように、なんの関係もないと本人の口から言われてしまったらもう立ち直れない気がした。
「僕は、君のなんなんだ?」
 雨竜は真剣だった。
「――解んねえよ」
「解らないのか?!」
 正直に答えると、雨竜は驚いた顔になる。なにを驚いているのか解らない。雨竜の中では何か答えがあると言うのだろうか。
 ――だったら聞くなよ。こっちが教えて欲しいっての。
 明らかに困っている一護を呆れたように見て、雨竜は指を突きつけてきた。
「君、何を考えてずっと僕と付き合ってきたんだ」
「つ、付き合って……?」
「あああぁっ! もう信じられないなッ君」
 首を傾げる一護に雨竜は苛立ちを隠さずに言う。声がだんだん大きくなってきているのが気になった。
「黒崎は僕と付き合ってるんじゃないのか? いや、君じゃないか。付き合おうなんて言いだしたのは!!」
「言った、か?」
「言ったよ! 何度も何度もッッ!!」
 莫迦なんじゃないか、君。
 ――あーマズい。石田がキレた。こうなると、何を言い出すかやりだすか、解ったもんじゃない。
 一護はぼんやりと思う。
 ――いや、付き合ってる、だって? 石田、そう思ってくれてたのか?
 じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。表情を緩めだす一護に、雨竜はまた怒った。
「僕がッ! この僕が誰にでもあんなこと許すような緩い男だとでも思ってるのか!」
「石田、石田声が大き……落ち着けって」
「うるさいなァ黙れよ黒崎。そんな風に思われていたなら心外だな。なにか? 僕のことをサービスで君の欲求に付き合ってるような聖人君子か暇人だとでも思ってたのか? それともなんだ、ただの色情狂か何かだとでも?!」
「いや、思ってない! 思ってないから落ち着け石田っ」
「これが落ち着いていられるか!」
 雨竜はダン、と校舎を拳で打つ。息を呑む一護を睨みつけて、雨竜は数回深呼吸を繰り返した。
「さすがに疲れが溜まってきたな、と思って黒崎の顔が見たい・声が聞きたいと思って探しに来ればコレだ。本当に信用ならない男だな」
「えぇと」
 もしかして、石田雨竜は甘えに来たのだろうか。
 ――それって嬉しすぎることなんじゃねえの?
 先ほどまでの胸の痛み・苦味はすっかり消え、残ったのは甘い疼きだ。口元がほころぶのを止めることは出来ない。
「まあいいや。どうせ黒崎だもんな。期待した僕が間違ってた」
 諦めたように言った雨竜は手を払って背中を向ける。抱きしめたい衝動に駆られるが、ここで実行に移しては多分拳で地面に叩きつけられるのは一護だろう。
「ほら黒崎、行くよ。仕事の手伝いくらいしてくれるだろ」
「あぁ、喜んで。生徒会長様」
「…………」
 嫌そうに首だけで振り返った雨竜は目を細める。
「急に元気そうじゃないか、黒崎。さっきまでの辛気臭い顔はどこへやったんだ」
「石田にポイ捨てされた」
 にこやかに答えた一護に呆れ顔で雨竜は言う。
「僕、君のことを元気づけに来たわけじゃないんだけど」
「おう。逆だったな。悪い」
「悪いなんて思ってないくせに良く言うよ」
 このテンポの会話、いつ振りだろう。
 ――やっぱり、石田の隣が気持ち良いな。
 一護は改めて思い、出来ることならその場所はずっと自分がキープしていたいものだ、と強く思うのだった。






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