Selfish Birthday | |
『なぁ石田』 「あのね、黒崎」 『お前、今時間ある?』 「だからさ…」 『あ〜…今からお前ン家行くから』 「は?! ちょっと待…ッ」 深夜に突然かかってきた電話。しかも、内容はロクにない。脈絡のない話をしていたかと思えば、唐突に電話の相手は言い出した。 それが、上記の会話。 いや、会話になっているかどうかすら怪しい。 行く、と宣言して電話を切ってしまった一護に腹を立てながら、雨竜はそれでも外を気にしていた。もう遅い時刻なのだ、来ると言われても困る。こんな時間に非常識だ、と追い出すのは簡単で、それよりドアなんか開けてやるものか、とも思う。 それなのに、いつ来るのだろう、と時計と睨めっこしてしまう自分に気づいて、雨竜は渋い顔をした。 ――明日も学校があるって言うのに、こんな時間になにをしに来るって言うんだ。 もう寝ようと思っていたのを電話に邪魔された。無視してもいいはずだったのに、なぜか付き合ってしまった。 ――なにをやっているんだ、僕も。 雨竜は大きな溜息をついて、言い訳のための裁縫を始める。 明日の部活でどうしても必要だったから。 少しでも完成に近づけたいと思って。 そう、君を待っていたんじゃない。 そんなのは、関係ない。 単調な作業を繰り返しているうちに、いつの間にか没頭してしまった。ふ、と気付くと、ドアの方から遠慮がちにノックする音が聞こえていた。雨竜は慌てて立ち上がって、ふ、と思い直してゆっくりと玄関へ足を進める。 ――待っていたわけじゃ、ないんだから… そのドアの向こうに居るはずのオレンジ色の髪の男を思って呟いた。 「よ」 ドアを開けると、深夜に押しかけてきた男は少しだけ照れ臭そうに手を上げた。 「……」 黙って招き入れると、一護はそろそろと入ってくる。 「悪ィな、こんな時間に」 ワザとらしくテーブルの上に置かれた作り途中のモノを見て、不思議そうに首を捻り 「あれ? なんだ、起きてたのか?」 何も気付かずにそんなことを言う。 ――そんなわけないだろう?! 雨竜は抗議しかけて、自分でやった誤魔化しだったことに気付いて口を噤んだ。そんな雨竜を見ていた一護は、どかり、と無遠慮に腰を下ろした。 「黒崎、何しに来たんだよ」 当然の疑問を口にする雨竜に、横目で時計を睨んだ一護は 「うん、少しだけ」 と言って、黙りこくる。 ――本当に何しにきたんだろう。 一護の意図が解らない雨竜は、押しかけてきて、ただ座り込んだ男に苛立ち始める。 「ね、用事がないなら帰ってくれないかな。明日も学校あるだろ。もう、寝たいんだけど」 苛苛とした態度を隠そうともしない雨竜に、一護は少し眉を寄せて眉間のしわを深めた。そして、テーブルの上で手を組み、俯いたまま話し出す。 「あ〜スマン、直ぐ帰るから、もう少しだけ。」 「少しってどれくらいだよ。もう、訳解らないな、君」 「…あと、3分」 「3分? その間、君はずっとそうやって黙って座り込んでるつもりかい?」 チクリとした一言に、一護はようやく雨竜の顔を見た。 「いや、何か喋っても良いけど…」 僅かに目を細めるようにして見られ、雨竜の機嫌はますます悪くなる。 「あのねぇ、黒崎。別に僕が会いに来てくれ、って言ったわけじゃないんだから。 その言い方じゃ、まるで君が『来てくれた』みたいじゃないか」 「あぁ、それもそうか」 一護はバツ悪そうに頭を掻いて、ふ、と視線を落とす。そして、にんまり笑うとポケットから紙を取り出して広げて見せた。 なんだろう、と覗き込むと 「これ、読んで」 「え?」 「ここに書いてある文字」 妙に期待に満ちた目の一護は、真っ白い紙に書かれた大きな文字を指差す。 「…読むの?」 「おう」 嫌そうな顔を隠そうともしない雨竜にもへこたれることなしに、目の前に紙を突きつけるようにして一護は言った。 「さっさと読め。ほれ」 「…ほれ、じゃないよ…」 ブツブツと文句を言いながら、雨竜は文字を読み上げる。 「おめでとう」 「ん、サンキュ」 妙に嬉しそうに一護は言って、立ち上がった。 「じゃ、俺帰るわ」 「??」 雨竜は訳が解らずに眉を顰める。 「おっじゃましましたぁ」 上機嫌に妙な節をつけて言いながら靴を履く一護の背中に、雨竜は声をかけた。 「あの、訳解らないんだけど。説明してもらえないか?」 「うん?」 首だけで振り返った一護は、にま〜っと笑う。ギョッとする雨竜の鼻先に指を押し付けて 「今日、俺の誕生日」 目を細めて言った。 「へ?」 「だから、一番最初におめでとうって言われたい相手のところに来た。それだけ」 じゃァな。 軽く言って帰ろうとされて、雨竜は顔を赤らめる。 ―― 一番最初に言われたい相手、って…それって… なんだか、気のせいじゃなくて、多分特別な存在って意味だ。 真っ赤になった顔を隠すように俯き、雨竜はもう一度同じことを言う。 「えっと、おめでとう、黒崎」 「もう言われたって」 しれっと答えた一護は、玄関のドアに手をかけた。 そのまましばらく立ち止まること数秒。突然振り返った一護は、俯きがちな雨竜を覗き込むようにして尋ねてきた。 「あのさぁ」 「なに?」 赤面してしまっていることに気付かれたくない雨竜は横を向いてしまう。 それで隠しきれるはずもない頬の赤みを見つけた一護は、にやり、と笑う。横目でもその表情は見えてしまって、雨竜は不機嫌そうに顔を顰めた。でもそんなのはただの照れ隠しで、今更そんな顔を作ってみたところで一護に自分の感情の動きの一部が伝わってしまったらしいことに変わりはない。 悔しい思いをする雨竜に、まだニヤけたままの一護は言う。 「あのさ、石田」 「だから。なんだよ、黒崎」 「お前さ? キスってしたことあるのか?」 「?!」 突然の質問に、唖然として正面を向いてしまった雨竜の目に、いつになく真剣な顔の一護が映る。 答えられずにパクパクと口を動かしただけな雨竜の反応を見て 「あぁねぇか。そうか…」 口の中で呟いた一護は、ふ、と距離を近付けて――軽い音を立ててキスをして。 「〜〜〜っ!?」 喉の奥で悲鳴をあげた雨竜は、そのまま硬直して真っ赤になった。 「勝手にプレゼントも貰って行くな」 「…あ…ぇ…っ?」 引き攣る顔を抑えようもない雨竜はまともに返事すら返せない。 「ありがとよ、誕生日のお祝いと、プレゼント。 ――俺さ、お前から一番に貰いたかったんだ。いつも無理矢理で悪ぃな」 珍しく満面の笑みで一護は言って首を傾げた。 何度か相手の顔を見ないように深呼吸して、少し落ち着きを取り戻した雨竜は咳払いして言う。 「…ごほ、無理矢理な自覚はあったんだね。」 「そりゃ、なぁ…一応」 「そう…」 視線を彷徨わせていた雨竜はあらぬ方向を見たまま 「黒崎」 名前を呼んで、手招く。 怪訝そうな表情で近付いていった一護を睨みつけて、ぐい、と襟元を掴んで引き寄せ、不器用に押し付けるだけのそれを返して、直ぐに放した。 「あ…?」 ぱちくりと瞬きした一護を追い払うような仕草を見せた雨竜は 「もう、帰れよ」 やっぱり真っ赤な顔で言って顔を背ける。 「あのね、プレゼントってのは奪い取るものじゃなくて受け取るものだろう。 全く…」 ブツブツと文句を言う耳までが赤くて、一護は吹き出しそうになる。けれども、ここで彼の機嫌を損ねるのも惜しい、と必死で笑いを噛み殺した。 「じゃ、学校でな」 ドアの外で軽く手を振ると、同じように軽く手を振り返して 「おやすみ、黒崎」 雨竜は少しだけ笑顔を作ってドアを閉めてしまう。 「なんか、もう少し言葉があっても良いんじゃね?」 唇を尖らせかけた一護は無意識に触れた下唇に、乾いた感触を思い出して、にまり、と笑った。 「ハピバースディ、俺!」 「うるさいぞ! 黒崎ッ」 ドアの向こうから聞こえてきた上機嫌な声に、思わず大声で突っ込んでしまった雨竜は、時間を思い出して手で口を押さえる。その手の平が唇に触れ、自分がされたこととしたことを思い出してしまい、頭を抱えてうずくまった。 「あぁぁ、もう、僕なにやってるんだろう…っ」 頬が熱い。それだけじゃなくて、全身が熱を持ったように熱くなる。 「これじゃ…寝られないじゃないか…」 文句を言う自分の顔がどうしても綻んでしまうのを止められない雨竜は、眉だけしっかり寄せた複雑な表情で、膝に額を当てながら唸っていた。 |