Signal of
deceitful start



 春休み。宿題もなくて気楽な長期の休み。一護は皆に誘われて花見に来ていた。
「おやおやv 桜の下にも華が咲いてるじゃないですか!」
 啓吾が女の子のグループを発見して揉み手する。
「うーん、ダメだね。あの子達多分彼氏持ちだよ」
「解るのか?!」
「なんとなくだけど」
 水色は水色で、周囲をチェックしていた。
 結局この二人は花よりオンナか…呆れて一護は眉間のシワを深める。
 ぼうっと桜を見上げているチャドは何を考えているのかさっぱり解らなかったが、一護は皆から少し離れて歩いている雨竜の近くで桜を見上げていた。そこが一番静かだったから。
 風が吹く度に花弁が舞って、とても綺麗だった。

「ねぇ黒崎。」
 昼飯にしよう、と買ってきた弁当を広げ暫く経った頃、唐突に雨竜が声をかけてきた。
 今日はいつも以上に無口だから、具合が悪いのか機嫌が悪いのかと思っていたのだが、どうやらそうではない様子で。
「…うん?」
 胡坐をかいて桜の木にもたれかかっていた一護は、上を見上げたまま返事を返した。
「一度しか言わないから、よく聞いてくれよ」
 妙に真剣な声で言うものだから振り返ってみれば、雨竜は至極真面目な顔をしていて、思わず一護は姿勢を正す。
 他の連中は少し離れた所に居て、更には大声で話しているからこちらの声は聞こえないだろう。雨竜はそれでも、何かを気にするように声を抑え目にして話しかけてきた。

 ――余程聞かれたくない話なんだな。なんだ、虚についてか?
 一護は上半身を少し捻り、雨竜の方へ身体を向ける。
 雨竜は、片膝ついた状態で腰を浮かせ、立ち上がりかけているような格好で一護の耳元に顔を寄せてくる。
「・・・・・?」
 そんなに聞かれたくないのか?と一護もつられて耳を差し出す。
 ちらりと周囲に視線を走らせ、雨竜はそっと囁いた。

「僕、君の事好きなんだ」

「……は?」
 一瞬で脳内を駆け巡った言葉は、理解されないまますっぽり抜け出ていってしまう。間抜けな声を上げる一護に、雨竜は困ったような顔で
「一度しか言わないって言ったのに。しょうがないな、黒崎は」
 だなんて言って、再び囁いた。

「だからね。
 僕、石田雨竜は、君、黒崎一護が好きです、って…言ったんだよ」

「あぁぁ?!」
 勢いよく振り向いた一護と、そのままの場所に留まっていた雨竜の額が、派手な音を立ててぶつかる。
「い…ったいじゃないか!」
 赤くなった額を押さえて雨竜が言う。
 一護の突然の大声に、啓吾たちが振り返っていた。
「いっちごーゥ、どうかしたのか〜?」
「いや、なんでもねぇ」
「ふぅん?」
 気付かれちゃいけない、と何故か瞬間的に思い、一護は慌てて取り繕う。
 一護を動揺させた本人は、既に我関せぬ顔で桜の幹に背を預けて持参してきた本を開いていた。様子を窺っても反応はなく、何も言わなかったかのような態度。
 ――なんだ? 何だったんだ、一体。
 まるで狐につままれたような気分で口に運んだ食べ物は、全く味がしなかった。

 その後、雨竜が積極的に話しかけてきたりすることはなく、夢でも見たのかと疑いたくなってしまう。けれども自分がそんな白昼夢を見る謂れはないし、確かにアレは現実だったのだろうと思う。未だ耳元に、雨竜からじんわりと伝わってきた熱が残っているのだし。

 家に帰り着いてからも、一護は混乱したままだった。
「一兄、何また難しい顔してるの?」
 夏梨が嫌そうに言う。
「そんな顔されたら、ご飯美味しくないじゃん」
「あ、すまん」
「って言いながら、まだ怖い顔してるよぅ。
 ヤだな。今日のご飯、そんなに美味しくない?」
 遊子にまで言われてしまった。
「いや…」
「気にするだけ無駄だよ。大丈夫。今日も不味くないって。
 ……ヘンな一兄」
 反応の鈍い兄に、妹二人は溜息をついた。

「・・・・・」
「一護、どうしたんだよ。いつも変な顔してるけど、今日はまた一段とヘンだぜ」
 コンはぐりぐり一護の頭を撫でる。
 普段だったら即行で投げ飛ばされているところなのに、今日の一護は
「あぁ」
 と生返事を返すだけで、コンとしては面白くない。
「張り合いねーなぁ! ど〜したんだよ、悩み事か? オレ様に相談してみ? んん??」
 ピョコン、と一護の膝に飛び乗りぽふぽふ頬を突付く。
「あ〜…」
「どうしたんだよ一護ォ」
 今度こそ吹っ飛ばされる、と思って頭を抱えたのに、一護はコンをぼうっと眺めるだけで眉間のシワを深めたまま、また動きを止める。
 つまらん。こうなったら姐さんにちょっかいでも出して…
 とベッドから降りかけたところで、一護が口を開いた。
「あのな」
「なんだ?」
 目をキラキラさせてベッドによじ登るコンは
「告白、された」
「は?!」
「…のか…? アレ」
 聞こえた言葉に慌ててずり上がり、一護の服の襟を掴む。
「だ、ダレにだ?! 特…いや、井上さんか? 別のクラスの女子か、他校の生徒なんて美味しいこと言うんじゃないだろうなァッ?!」
 がっくんがっくん揺すられながら
「や、オメーが想像もつかないであろう相手からなんだが」
 一護は歯切れ悪く答えた。
「違うのか? じゃぁダレ…って姐さんや井上さんじゃないならどうでも良いや。
 で、なんでお前はそんな浮かない顔してるのか聞きたいゾ。
 嫌な相手だったら断わりゃイイ話だろ」
 鹿爪らしい顔(を作っているつもり)で言うコンに、一護は複雑な表情を見せる。
「…別に。嫌いじゃない」
「だったら付き合っちまえよ」
「でも付き合ってくれなんて言われてな――」
「そこまで女の子に言わせんのかよ。お前って甲斐性ナシだったんだなっ」
 何も知らないコンは、一護の相手が当然オンナノコだという前提で話を続ける。

 ――相手、男なんだけど。

 一護は口に出来ずになんとも言えない顔をする。
「何変な顔してんだよっ、男だろ!! どーんと受け入れてやれ、どどーんと!」
「ぅうむ…」
 役に立ったのか立ってないのかは解らなかったが、コンに言ってみたことで解ったことがある。
 ――このままじゃ、気持ち悪くて寝られやしないってコトだ。
 一護が勢い良く立ち上がった勢いで、膝の上に乗っていたコンは見事に床に転げる。
「ナニすんだよ!」
 文句を言うコンに
「聞いてくる。」
 一護は一言告げてジャケットを手に取った。
「なに?」
「どういうつもりで言ったのか、今から聞いてくる」
「お前正気か? 今何時だと思ってる。もう11時近いぞ?!」
 コンは短い指で時計を指差す。
「解ってる」
「相手の親御さんに悪い印象残しちゃマズイって。おい一護ッ」
 マトモなことを言って心配するコンに、一護は振り返らずに言った。
「大丈夫、あいつ確か一人暮らしだ」
「一人…! それはもっとマズイってば、一護〜〜!!」
 イケナイ妄想をして、コンは赤くなったり青褪めたりする。そんなコンを置いて、一護は家を飛び出した。

 ――確かここら辺…
 前に一度来たことがある。記憶を辿って雨竜の家を探す。
 やがて見覚えのある小さなアパート。ポストを確認して、部屋の前まで来た。
 だが。やっぱりここに来て迷ってしまう。
 勢いで飛び出してきちゃったけど、どうしよう。いや、どうしようもなにも、俺の気持ちはもう決まっているんだ。
 じっとりと嫌な汗をかいた手をジーンズで拭って、一護はチャイムを押した。
 こんな時間、もしかしてもう寝ているだろうか。押してしまってから、やたら響いて聞こえるその音に一護はうろたえる。
 と言うか、近所迷惑?
 ドキドキして周囲を落ち着きなく見回してしまう。
 その時、扉越しに人の気配がしてドアが小さく開いた。
「…黒崎?」
 チェーンをかけたまま覗いた雨竜は、少し驚いたように眼を開いて言う。
「おう」
「こんな時間に何の用だい?」
「あー…えっと、な…」
 来訪の用件をなかなか言い出せない一護を眺め、呆れたように溜息をついた雨竜はドアを閉めた。
「あっ」
 慌てる一護の目の前で、ドアがもう一度、今度は大きく開かれた。どうやらチェーンを外してくれたようで
「こんな時間、そんな所で話すると近所迷惑だ。入りなよ」
 雨竜は身体を引いて、中へと誘う。そう言われりゃその通りだ、と一護は素直に従った。

 部屋の中は、想像通りに何もなくて生活観すら感じさせない空間が広がっていた。
 つい観察してしまった一護に
「で、何?」
 腕組みして僅かに首を傾げた雨竜が溜息混じりに訊ねる。
「こんな時間にわざわざ訪ねてくるって事はさ、よっぽど重要な話なんだろう? さっさと言いなよ」
 ほら、と顎をしゃくって見せる雨竜は、昼間自分にあんな事を言った人物には見えない。
 もしかして、本当に白昼夢でも見たんだろうか。
 一護は自分に自信が持てなくなってきた。
「ねぇ、黒崎。黙ってちゃ解らないよ。
 それとも、なに? 君の顔が見たくなって、とか言ってみるかい」
 からかい混じりの言葉に
「そんなんじゃねえよ!」
 一護は声を荒げ
「静かにしてよ、ご近所さんに怒られちゃうじゃない」
 しぃっと雨竜は指を唇に当てた。
「悪い…」
「解れば良いんだけど。」
 言いながら雨竜は部屋の奥へと行ってしまうので、お邪魔します、と小さく言って、一護は靴を脱いだ。

「もう一度聞くよ。何の用?」
 相変わらず立ったまま雨竜は言う。部屋に来てからロクに口を開かない一護に苛立ちが募ってきているようで、腕組みした先の指が苛々リズムを刻んでいた。
「あのよ、昼間の…」
 漸く言う気になって、一護は雨竜を見た。
「昼間?」
 雨竜は首を傾げる。
「だから、花見の時の…」
「…あぁ…」
 言葉の途中で一護がやってきた意味を把握したらしく、雨竜はつい、と視線を逸らした。
「アレ、どういう意味なのか気になって…それで…」
「どういう意味も何も」
 雨竜は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが
「もしかして、気付いてなかったの?」
「え?」
 やがて眼鏡を押し上げながら呟いた。

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