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 深夜、部屋で静かに読書をする。誰にも邪魔されないこの時間が好きだ。
 のんびりしていた雨竜の耳に、遠慮がちにノックされる音が聞こえてきた。
「……?」
 耳を澄ますが、音はしない。気のせいか? と本に視線を戻しかけると、またドアがノックされた。
 訝しげな表情を浮かべつつ玄関へと向かった雨竜は、ドアスコープを覗く。そこには――
「あぁ…」
 見て嬉しいんだか嬉しくないんだが、微妙な人物が立っていた。仕方なしに玄関を開ける。その態度は、明らかに厭々ながらだった。
「よぉ」
 そう言って手を上げる男に
「非常識だってば」
 雨竜は顔を顰めて、部屋に入れてやることにした。

「11月になると結構寒いのな」
 一護は腕を擦りながら言う。
「夜だし」
 素っ気無い雨竜に一護は不満気だ。
「そういう言い方ってねーだろ」
 と、口を尖らせた一護に雨竜は刺々しい口調で言い返した。
「あのね、黒崎。
 こんな時間に約束もなく訊ねてきたヤツが、偉そうに発言出来た義理だと思うかい?」
 怒っている雨竜を見て、一護は気まずそうに肩を竦める。それからちらりと時計を見て、にんまりと笑った。
「そこ、笑う所じゃないだろう」
 更に表情を険しくする雨竜に、笑顔の一護は両手を広げて言う。
「誕生日おめでとう、石田!」
「……は?」
「おめでとうっ」
 満足気な男の顔を見て、雨竜は今年の7月のある夜を思い出した。

 その夜、無意味な電話を続けていた男は日付変更ギリギリにこの部屋にやってきた。そう、今のように。それから、時刻が回ったのを確認して、紙に書いた「おめでとう」の文字を(無理矢理)読ませたのだ。それ以降の事は、思い出したくもない。
 だが、その時確かに一護は言っていた。
「一番最初におめでとうって言われたい相手のところに来た」と。
 という事は……

「またか…」
 がっくりと項垂れた雨竜を下から覗き込みながら、一護は言う。
「またって、なにがだよ」
「君、ワンパターンだ」
 今日は自分の誕生日。一護自身の誕生日にやった事を、そのまま雨竜の誕生日にもやっている、とそういう事だろう。本当に、ワンパターンだ。
「で、その手はなに?」 
 先ほどから広げられたままの一護の腕を指差す。小首を傾げて見せた一護は
「え、いつお前が飛び込んできても良いように準備を」
 なんて、真顔で言い放った。
「どういう状況下なら、僕が君の腕の中に飛び込むなんて事が有り得るんだろう」
 疲れきった雨竜の声には張りがない。けれども一護に頓着する様子は、いつも通りなかった。
「ないのか?」
「ないよ、まず有り得ない」
「照れるなよ、遠慮するなよ。お前の誕生日じゃないか」

 耳を疑うような言葉の数々に、一体どんな顔でそんな事を言ってくるのだ、と興味を引かれた雨竜は顔を上げる。自分を覗き込んでいる顔は至極真面目で、雨竜は更に疲れが増した。
 また頭を抱えた雨竜の後頭部に向かって、一護はなにやら喋り続けている。誕生日プレゼント、なににしようか考えて探したのだが見つからなかった。だから今日一緒に捜しに行くぞ、だとか、あんまり高すぎるのは買ってやれないから出世払いにしろ、だとか。
 ――出世払いって何だ。僕にも出資しろって言っているのか。それとも、稼げるようになったら買ってやるとでも言っているのか。
 どちらにしろ、一護の発言は全て決定事項で、雨竜に断る権限などないように思えた。
 絶対に買えないような、家だとか車だとか、欲しくはないけど宝石だとか欲しいだなんてふざけた事を言ってみようか。そう言われたらどうするつもりなんだろう。
 いや、それよりも、自作の服の着用モデルをやってくれ、とかそういう方がよほど嫌がらせになるかもしれない。写真を撮る必要があるんだ、とか言って着てくれるようにお願いしたらどんな顔をするのだろう。
 悶々と考え続けている雨竜の顔を無理矢理上げさせ、一護は真顔で言った。
「ま、取り敢えずは一つ目のプレゼントだ」
「へ?」
 驚いて逃げる隙もなく口吻けられる。じたばた暴れたおかげで、舌の侵入だけは免れたようだった。
「ななっ、なにするんだ変態ッ!」
 口を拭う雨竜に嫌な顔を一つして
「だから、拭うなって何度も言ってンのに」
 一護は不貞腐れたような顔をする。
 君がそういう顔をするな。突っ込みたい気持ちを抑えてゴシゴシ口を拭っている雨竜に、またもや、ずいっ、と一護は近付く。
「…なに?」
 まだなにかあるのか、と身構えつつ尋ねた雨竜に
「うりゃっ!!」
 一護はそう気合を入れ、両手を挙げて飛び掛ってきた。悲鳴を上げる暇もなく押し倒され、雨竜は目を見開く。馬乗りになった一護は、にまりと笑って顔を寄せてきた。
「なぁ、石田」
「な、なんだい黒崎?」
 今度は目前でにやり、と笑い、一護は雨竜の耳元に囁いた。
「覚悟」
「へっ?!」
 一護の手が伸びてくる。そして

「ぎゃっ、わ、わははははははっ」
 
 脇をくすぐられた雨竜は七転八倒した。じたばたと全力で暴れる雨竜を足で押さえ込み、まだくすぐり続ける。息も絶え絶えな笑い声ながらも、途中に入る抗議の声は明らかに怒りを帯びていた。
「離せッ! 黒崎!」
「いやーだ」
 これ以上続けられては呼吸が出来ない。死に物狂いの雨竜は一護の予想よりも強い力で跳ね除けてきた。
「おわっ」
 少し腰が浮いた所で激しく蹴り飛ばされる。
「なにすんだ!」
 危うく急所を蹴られそうになった一護は慌てて身体を離した。
「それはこっちのセリフだ!」
 涙が滲んだ目尻を拭って、雨竜は怒鳴る。が、怒鳴られた方は平然としたもので全くと言っていいほど悪びれた様子はない。そんな態度も予想がついてはいたが、予想していたからと言って、された時の怒り度が減るわけではない。どちらかといえば、やっぱりか、と怒りが増す気がする。
「君…ごほっ、君は! 何を考えているんだっ」
 むせた雨竜を心配そうに見た一護は
「石田、大丈夫か?」
 と、誰のせいでそうなったんだ、と思わず手が出そうになるセリフを吐いてくれた。
 一気に頭に血が昇った雨竜は、玄関を指差した。
「出て行け」
 一護は厭そうな顔をして、首を横に振る。
「出て行けって」
「嫌だ」
「君はそうやって、僕を怒らせるようなことばっかりやっていて楽しいのかな?!」
「……楽し……いや、そうじゃなくて」
 つい本音を零しかける一護の背中を押す。無理に玄関に押していこうとするが、足は根を張ったように動かなかった。
「本当に何を考えてるんだ!」
「何って、俺は常にお前の幸せしか考えてねーよ」
「……っ、は?」
 予測もしていなかったセリフに、雨竜の力が緩む。それを敏感に感じ取って振り返った一護は、真顔で続ける。
「あのな」
「…なに?」
「誕生日に起こったことって、それからの1年を象徴してるんだってさ」
「うん?」
「テレビで、占星術師とかって人が言ってた」
 ――占星術?
 雨竜は呆気に取られる。そういうモノは一切気にしなさそうな、どちらかといえば好きじゃなさそうな一護の口からそんな単語が出るなんて意外だ。
「だからさ、思い切り笑わせたかったんだ。
 そしたら、今年一年はお前笑っていられるってことだろ?」
 そう言った一護は、かなり照れ臭そうだった。視線を逸らし気味に斜め上を向いて、頭を掻いている。その頬は、赤かった。
「――ぷっ」
 笑うつもりなどなかったのに、そんな一護の様子があまりにも可笑しくて雨竜は噴出してしまった。口元を押さえて俯いた雨竜を、今度は一護が呆気にとられたような顔で見詰める。
「え、石田、お前笑って……」
「黒崎」
 こほん、と咳払いして表情を作り直した雨竜は、眉間にシワを作って言った。
「強引に笑わされたんじゃ、全く意味がないような気がするんだけどね」
「え、そうか?」
「多分」
 とは言え、実際に笑わされてしまったのだから多少の効果は期待できるのかもしれない。
「あぁ〜失敗した。
 なにかネタでも仕込んでくりゃ良かったか?」
 尚も真剣な一護は、本気で石田雨竜の幸せを考えているのだろうか。
 もし本気だったら――想像して、雨竜はまた笑い出しそうになる。
「あ〜クソ。本当にダメなのか? なぁ、どう思うよ石田」
「どうなんだろうね」
 くふくふと笑いを堪えきれずに雨竜は答えて、眼鏡を直す振りで顔を隠した。

 ――その占星術師とやらの言葉が本当なのだとしたら、僕のこれからの一年は、また黒崎に振り回され続けるって暗示なのだろうか。
 強引で、無茶苦茶で、けれども彼の行動は自分を多少喜ばせてくれる。
 ――まぁ、来年も続けて付き合ってやるのも悪くないかな。
 そう思えば思うほど、表情を元に戻すのは困難そうに思えた。




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 一護誕SSと、本誌の乱織(違)をインスパイヤして……。
 書いてから、あぁ!これ乱菊さんがやってたじゃん!とがっくりしちゃいました。でも、強引に笑わせるのは王道ですよね?




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