不器用バレンタイン



 校門で、仁王立ちで待っている男がいた。朝には似つかわしくない険しい表情で立っている。
 雨竜は、その隣を無視して過ぎようとした。

「待て、石田」
「なんだい、朝から」
 ぐい、と腕を掴んできた一護を睨みつける。
「今日は、昼飯おごってやる」
「なに?」
「だから、今日の昼は俺と食え」
「なんで命令口調なのか解らないんだけど」
 嫌そうな顔の雨竜に、一護は真面目な顔で言った。
「じゃぁ、昼飯おごらせてください」
「…いや、それをお願いされるのも気持ち悪いな」
「だったらどう言や良いんだよっ!」
「逆切れするなよ、黒崎」
 クールな表情で眼鏡を押し上げる雨竜に、一護は噛み付きそうな勢いで言った。
「取り敢えず、今日は俺がおごってやるから。忘れンなよ」
「はいはい、覚えてたらね」
「だから忘れんなって!」
 なにをそんなにムキになっているのかは解らないが、一護にそう言われた雨竜は面倒臭そうな表情を作った。内心では、昼代が浮いたならラッキーだ、なんて思っていたりする。でもそんなのを表面に出すつもりはない。
「イッチゴォゥ」
 雨竜に詰め寄っていた一護に、ドーン、と啓吾がぶつかってきた。
「どしたの? 今日は早いじゃん」
「……ケイゴ、邪魔」
「ひどッ!」
 冷たい一護にわざとらしい泣き真似をした啓吾は雨竜に言う。
「なぁなぁ、最近一護が冷たいと思わん?」
「さぁ、僕彼の事よく知らないし」
 けれども、雨竜の反応は一護よりもはるかに冷たい。ショックを隠しきれない啓吾を置いて、一護と雨竜は歩き出した。
「並んで歩かないでくれるかな」
「同じクラスなんだからしょうがねーだろ」
「だったら、3歩下がって歩いてよ」
「どうして俺がそんな嫁さんみたいなコト」
「並ぶなって。肩が触った。止めてよ、もう」
 どう聞いても痴話喧嘩にしか聞こえない会話を背中で聞いた啓吾は、落ち込んでいるところを水色に踏みつけられて更に打ちのめされた。

「じゃなくてーっ」
 教室で先に自分の席についている一護に、駆け込んできた啓吾は言う。
「あー?」
 ソワソワした様子の一護は、啓吾の言葉など上の空だ。
「お前、今日期待して早く来たんだろ〜スケベーッ」
「はぁ?!」
 助平などと言われる筋合いはない。青筋立てた一護に、啓吾はパタパタと手を振って、プ、と笑った。
「どうだった、どうだった? 下駄箱に入ってましたか、黒崎サン!」
「入ってたって、なにがだよ」
「とぼけちゃって〜! バレンタインだろ、今日は! ってことはさ、一つや二つ……」
「いや、一つも貰ってない」
 持ち上がっている啓吾に水を差すように一護は即答する。その言葉にキラーンと輝いた啓吾は、小さな箱を天高く突き上げた。
「ジャジャーン!」
 自分でファンファーレの真似をする。そして、嬉し涙を浮かべながら言った。
「入ってましたよ、コレ! 浅野啓吾やっちゃいましたっ!」
「へーぇ、おめでとう」
 後ろから覗いて、水色はあまり感情のこもっていない声を上げる。
「良かったね。義理でも貰えて」
「義理かどうかなんて解らんだろうが!」
 キィッと振り返った啓吾は、水色の姿を見てあんぐり口を開けた。
「……へへへv」
「うドゥワぁッ!」
 啓吾が奇声を上げたのも、無理はない。水色は、既に両手に重そうな紙袋を提げている。
「足りるかなぁ、紙袋」
 にへ、と笑って見せる姿は、とても可愛らしい。けれども、啓吾にとっては殺意の対象にしかならなかった。
「コロ、コロスッ」
 水色に本気で掴みかかった啓吾を、間一髪でチャドが取り押さえた。
「ケイゴ、お前こんなイベントに一喜一憂するなよ」
 呆れる一護に、啓吾は滂沱する。
「だって、だってオレ、カノジョいないんだもんっ」
「そういう問題じゃ無くて」
「黒崎くん、茶渡くん、おはよーゥ♪」
 そこに織姫が顔を出した。
「あれ。どうしたの? 浅野くん」
 朝から鼻水を垂らして泣いている啓吾に織姫は驚いたような声を出す。
「井上さーん」
 言葉の全てに濁点をつけながら啓吾は織姫に泣きつこうとした。が、それは当然千鶴に阻止される。
「こらぁッ! 姫に触ろうなんて百万年早いわよ!」
「あひーあひー」
 ゲシゲシと踏みつけられながらも啓吾は幸せそうだ。
 もう誰も突っ込む気になれず、啓吾と千鶴は無視することにした。

「あのねー」
 ドン、と大きな紙袋を一護の机に置いた織姫は言う。
「これあげる」
 可愛らしくラッピングされた包みを手渡される。何か、と訊ねるまでもない。バレンタインのチョコレートだろう。
「有難う……」
 断るのもおかしいか、と受け取る一護とチャドに織姫は自慢げに胸を張る。
「これねぇ手作りなんだな〜っ」
「て、手作り?」
 イヤな予感に青褪める一護の肩をポン、と誰かが叩いた。振り返ると竜貴が哀れみのこもった目で見下ろしてきていた。
「諦めな。多分予想通りだから」
「テメ……」
 人事だと思って、と言いかけた一護の目の前に、今手渡された物よりも数倍大きな包みが差し出された。
「え?」
 驚いて織姫を見ると、視線は一護の背後に注がれている。
「も〜う、大丈夫だよ。ちゃーんと竜貴ちゃんの分も作ってきてるってば」
「えっ?!」
 少し腰が引け気味になる竜貴に、織姫は笑う。
「黒崎くんたちには、普通のトリュフ。でね、竜貴ちゃんには特製アンコ入りトリュフだよ♪」
 頑張って作ったんだ☆
 嬉しそうな織姫に、要らないとは言えない。予定では一護たちにアンコ入りチョコが行くはずだったのに、と呟きながら、竜貴は大きな包みを自分の鞄にしまった。その様子を満足気に見送った織姫は、今度は軽やかに身を翻す。そして、こちらに細い首筋を見せている背中に声をかけた。
「いっしだくん」
「あぁ井上さん、おはよう」
「チョコレートプリーズ!」
「……いや、それって間違ってるんじゃないかな……」
 チョコを差し出しながら言う織姫に、雨竜は複雑な表情を返す。
「でも、ありがとう」
 包みを受け取った雨竜は、自分の鞄からもクラフト紙の袋を取り出した。
「じゃぁ、僕からもお返しに」
「え?」
 はいこれ、と渡された紙袋を、その場で覗いた織姫は目を輝かせる。
「わーぁ、美味しそ〜う! なにこれ、チョコチップクッキー?」
 しかも大きい!
 見て見て、と友達に見せびらかす織姫に、少し照れたように俯いた雨竜は言う。
「その場で返さないと、忘れちゃうから」
 そんな雨竜の言葉は、既に織姫には聞こえていなかった。

 雨竜は手芸部だけあって、どちらかと言うと女友達に渡すノリでのチョコをたくさん貰っているようだった。それから、普段小物を直してもらったりしている女の子達も、普段のお礼としてチョコを渡している。中学時代からそうだったのだろうか。妙に慣れた様子でお返しをその場で渡す。いつもは礼を言っても、照れ隠しなのか聞くことすらあまりしない雨竜が、と思うと、とても意外だった。
 そのうちに昼になった。一護は朝の約束通り、雨竜を屋上に誘い出す。
「えーと、おごってくれるって言ってたけど?」
「もう買ってきてる」
 雨竜は購買部に寄ろうともしない一護に疑問を投げかける。そう答えて真っ直ぐに屋上に向かうその手には、確かにコンビニの袋がぶら下げられていた。
 朝から持っていたのかもしれない。ちゃんと見ていなかったから気付かなかっただけなのかも。そう思った雨竜は、黙って後ろを付いていく。
「じゃ、これ」
 手渡されたビニール袋を覗いた雨竜は、露骨に顔を顰めた。
「あのね、僕は甘い物を食事代わりにするのは好きじゃないんだ」
 何の嫌がらせだ。
 雨竜が言うのも仕方がない。一護が昼食だ、と言って雨竜に渡したのは、チョココロネにチョコチップ入りのメロンパン、それから板チョコが巻き込んであるというデニッシュ。オマケに、飲み物はココア。いくらなんでも、やりすぎだ。
「もっとさ、スマートに出来ないかな」
「なにぃ?!」
 言い返す一護の顔は真っ赤になっている。
「バレンタインだから、チョコのフルコースなんだろう? でも、これはちょっとねぇ」
 全部食べたら胃もたれしてしまう。
 見ただけでお腹一杯だ。
 苦笑いする雨竜に、一護は必死な形相で言い訳した。
「だって、お前ってこういうイベントに全く興味なさそうだからッ」
「うん、あんまりない」
「だからっ、俺が……!」
「でも、男が男にチョコなんてプレゼントするかなぁ」
 気のない返事を返しながらも、雨竜はメロンパンを齧る。甘い、と文句を言いながら半分くらいまで食べた所で、ギブアップした。
「ダメだよ。やっぱりこんな甘いの食べられない」
 勿体無いから、残りは食べてね。
 いつものように残りを渡される。
 自分の気持ちごと返されてしまったようでしょげ返ってメロンパンを食べる一護の膝の前に、雨竜は箱を置いた。
「これ」
「ん?」
「君はこういうイベント好きそうだったからね。一応用意しておいた。
 でも、中身見るのは家に帰ってからだよ」
 ごちそうさま、と立ち上がる雨竜の後姿が、一護には感激で潤んで見えた。

 大事に箱を抱えて家に帰った一護は、自分の部屋でワクワクしながらそっと蓋を開いた。
「ンじゃーっこりゃあァ!!」
 叫んだ一護の手には『黒崎一心様』と書かれた大きな包みと、『遊子ちゃん』『夏梨ちゃん』と書かれた中くらいのピンクの包み。箱の中に残っていた二つの小さな包みには『コンくん』それから『黒崎』と書かれていた。
「な、なに? アイツの中で俺とコンは同列なのか……?」
 がくりと項垂れた一護は、情けなさ過ぎて泣くことすら出来なかった。



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