Merry Making



 ここ数日、黒崎一護の態度がおかしかった。
 授業が終わると帰宅部は即行自宅、もしくは仲間と共に街中に繰り出す。一護も、1学期はそうだった。だが2学期になると、部活動もしていないのに授業が終わっても校内にその姿が見られるようになっていた。
「何をやっているんだ?」
 多分自分を待っているのだろう、とは思うが、そう言ってしまうほどに自意識過剰ではない。敢えて尋ねてみれば
「俺の自由だろ」
 そんな答えが返ってきて、ずっと教室で待っているのだった。

 あまりにしつこいので、一度声もかけずに帰ろうとしたことがある。普段は大人しく待っている態度が可哀想で部活が終わった後教室を覗いていたのだが、その日は部室から直で下足室に向かった。
 校門を出てしばらく行った所で
「石田ァ!」
 怒った声が追いかけてきた。
 条件反射で逃げ出す。
「逃げるなぁァ!!」
 更に怒りを増した声が近付いてくる。
「わっ、うわっ! 何でそんなに怒ってるんだ君はッ」
 全力疾走しながら叫び返すと、一護の手が伸びてきた。
「何でっ……てっ! 俺が待ってンの知ってんのにッどぉして何も言わずに帰ろうとするんだテメェッ!」
「どうしてもなにも、君が僕を待っていたなんて知らな……ぐゥ」
 捕まって引き倒される。運が良いのか悪いのかアスファルトの上で、ズボンが多少汚れただけで済んだ。見れば手の甲を少し擦りむいている。
「ちょ、手首を捻ったらどうするんだ! 利き手だったら授業にも差し障るし、部活動にも――」
「その時は俺が代わりにノート取ってやるし、手芸だって……!」
「君、手芸なんて出来ないだろう?!」
 そんな言い合いをしているうちに、不意に一護の表情が暗くなった。倒れこんだ自分に圧し掛かるように覆い被さってきている一護の表情は元々影になって見える。だが、その時の一護は、確かに物凄く憂鬱そうな顔をしたのだった。
「黒崎?」
 手芸が出来るか出来ないかが、そこまで深刻になるようなことなのだろうか。もしかして、裁縫が出来ないのが意外とコンプレックスだったのかもしれない。
 いや、そんなワケはない。
 なんだか解らないままに、上から退いてくれたことに感謝しつつ制服についた砂を払い立ち上がる。何も言わない一護に困惑しながら様子を見ていると、目を上げた一護の瞳が強い光を帯びていた。
「1つだけ覚悟しておけ」
「な、なにを?」
 ビシッと突きつけられた指に驚いて一歩下がる。一護はにじり寄ってきて口をへの字にして言った。
「俺はお前が好きだ」
「……へっ」
「だから、部活が終わるのを待ってる」
 だから、と言われてもどうしていいものやら解らない。
「せっかく待ってるんだから、お前は俺と一緒に帰るべきだ」
「べきだ、ってなんだいその理論。無茶苦茶すぎる。検討するに値しない」
「だったら言い方を変える」
 更に口を硬く結んだ一護は直立不動になる。
「一緒に帰ってください!」
「え、えええええ?!」
 そのまま最敬礼をされても雨竜には後退るくらいしか出来ない。どこからどう見ても引いている雨竜に、一護は顔を上げて続けた。
「待っていても良いですか」
「え、えぇと」
 ダメです、と言いたくなるのだが、それを言ったらこの思い詰めたような顔をしている一護が何を言い出すか解らない。どうせ途中までしか一緒ではないのだ。断って面倒なことになるよりも、少しの時間を我慢した方が自分の心の平安のためには良さそうだった。
「わ、解ったよ。これからは、ちゃんと……迎えに行く・から」
 かなり苦しい返答に顔を輝かせ、一護は手を握ってきた。
「それから、出来れば毎晩電話したり一緒に弁当食ったり手を繋いで帰ったりぎゅうってしたり……」
 延々と続く『出来れば』という要求をやんわりと断りながら、確実に体力を削られていくのを感じた雨竜だった。

 そんなわけで、それ以来自分を忠犬の如く待っている一護と毎日一緒に帰っている。
 ところが、つい先日、10月の末のことだ。
「悪い、石田。俺しばらく一緒に帰れないわ」
「そうなんだ」
 ふぅん、と気のない返事をすると怒るのは学習済だ。できるだけ残念そうに眉をひそめて言うと
「ちょっとの辛抱だから、我慢してくれ」
 そう言ってぎゅうっと抱き締めてくる。
 はいはい、とウンザリしながら背中をポンと軽く叩いて返し、一護を気にしないで帰れるのだ、と思っうとホッとして顔が緩むのを押さえられなかった。 
 それから2週間ほど。本当に一護は自分を待っていなかった。
 ああ言いながら本当は待っているのではないか、と思って何度か教室を覗いたが居なかった。それ以前ンに霊圧で既に校内に居ないことは解っていたのだが、もしかして霊圧を押さえ込む術でも会得したかと疑ってしまったのだった。でもそんな訳はなく、毎朝学校に近付いてくる一護の馬鹿でかいアレにウンザリするのは習慣になってしまっていた。
 それにしても、何をやっているのだろうか。
 気にならないこともない。
 だが、気になりすぎて全てが手につかないほどでもない。 
 思い出した時に「そう言えば」と思うくらいで、普段は一護の猛烈アタックから解き放たれた開放感に浸るばかりだった。

 そして、今日。
 いきなり一護から電話がかかってきた。しかも12時。
「なんだ。こんな夜中に」
 俺、と名乗りもしない一護に苛つきながら言うと、はにかんだような声が返ってきた。
「お誕生日、おめでとう!」
「誕生日……?」
 ふ、と枕元においてある日付の出る時計を見ると確かに自分の誕生日になっている。マメなことだ。あまりの愛情深さにげんなりしてくる。
「でなっ」
「なに?」
「明日は、メシ奢ってやるから」
「……ありがとう」
 誕生日プレゼント代わりに購買部でパンでも買ってくれるのだろうか。
 ――安いな。
 ぼんやりと思いながら適当な相槌を打って電話を切った。
 翌日の昼。お弁当を持ってきていないからカバンが軽い。さて、なにを買ってもらおうか、と考えているといきなり手を引かれた。
「石田、こっち!」
「引っ張るなよ、歩けるんだから」
 強引に廊下に引っ張り出した一護は、そこでピタリと足を止める。
「なぁ、どこか人のこない場所知らね?」
「人のこない場所って、そんな急に言われても」
「屋上――はケイゴとかいると嫌だしなぁ」
 ブツブツ言っていた一護は振り返り首を傾げる。
「部室は?」
「ウチのかい?」
「そうそう」
「まぁ、確かに今は誰もいないだろうな」 
 聞くが早いか、もう部室に向かって歩き出している一護に引き摺られながら、雨竜はもう片方の手に握られている紙袋が気になっていた。
「それは?」
 階段を登っている最中に尋ねるも無視される。多少気分を害しながら手芸部として使われている部屋に入り、向かい合わせに座った。
「ほらよ」
 ドン、と目の前に置かれたのは、今まで一護が持っていた紙袋だ。
「これは?」
「良いから開けろって」
 言われるがままに袋を覗くと、入っていたのは大きなタッパーだった。取り出して、そっと蓋を開ける。
「Happy Birthday!」
 今耳に入ってきた単語は、そのまま白いご飯の上に海苔で書かれている。ついでに、どうやって作ったものやらゆで卵はハート型だ。しかも、ピンク色に染まっている。
 ――食紅?
 こんな手の混んだことをしなくても。と呆れる一方、多少の感動が襲ってこなくもない。
 そう思いながらも、腕にはなんとも正直なことに鳥肌が立っている。心底長袖で良かったと思った。こんなのに気付かれたら、一生懸命作ってきたのであろう一護はショックを受けるに違いない。
「これは、手作り?」
「当たり前だろ! 惣菜買ってきて詰めたように見えるのかよ?!」
 昨日のうちにアレとコレは作っておいて、今日も早起きしてソレは揚げたんだぜ。
 と一護は胸を張っている。確かに、惣菜を買ってきたのなら、こんなに焦げていたりはしないだろう。
「……ありがとう」
「俺の手料理、試作以外を食わせるのはお前が始めてだからなッ!」
「……ありがたく、食べさせてもらうよ」
 なるほど、ここ何週間かの早帰りは、この弁当を作るための練習時間に充てていたのか。
 試作以外、と言うことは、試作品はきっと家族が食べることになっていたに違いない。いきなり美味く作れる人はいないだろうし、家族はさぞ大変な思いをしたのだろう。雨竜は黒崎家の面々に申し訳ない思いで一杯になった。
「いただきます」
 恐る恐る手をつけた弁当の味は悪くなかった。悪くはなかったのだが。
 ご飯の途中に仕込まれていたハート型のさくらでんぶに運悪く気付いてしまい、誕生日にも拘らず地味にダメージを食らった雨竜であった。




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