かくて息子は語りき。



「黒崎、クリスマスの予定は?」
 雨竜の家でゴロゴロしていた一護は、その言葉に思わず飛び起きた。
 耳を疑って、もしや雨竜の家で寛ぎすぎて寝てしまったのだろうか、これは夢なのだろうか、と頬を抓る。痛みに夢ではないと確認し、喜び勇んだ一護は叫ぶように応えた。
「暇ッ!」
「……そう、寂しいね」
「っておォぃ!」
 そうじゃねぇだろ。
 こういう場合はデートに誘うとかそういうパターンだろ。
 極端に顔を崩した一護に、雨竜は笑いを堪えているような顔で言った。
「嘘。冗談だよ。暇なんだったら、うちにご飯でも食べに来ない? クリスマスディナー」
「クリスマスディナーって、24日?」
 一護はカレンダーを眺めて言う。
 今年は24日が日曜日。デートにはもってこいだ。
 いや、ディナーだとかその後を考えると、総合的には土曜の方が都合が良い。のだろうけども、学生の自分にはまだあまり関係のない話だ。
「違う。クリスマスは25日だ」
「え、そうなのか?」
「24日はイブだろ」
 また何か作業を始めてしまった雨竜は、もう一護を見ていない。
「そうだよ。日本はすっかりイブが本番みたいな雰囲気あるけどね。25日が本番」
「へぇ」
 黒崎家のクリスマスパーティは、ご多分に漏れず24日に開催される。当然そういうものだと思っていた。
「じゃぁ25日?」
「僕はどっちでも良いけど」
「どっちだよ」
「だから、君の都合に合わせる」
 素っ気無い雨竜は、まるで一護から誘われて嫌々クリスマスディナーをご一緒してくれるみたいだ。
「なんだかそれって違わねぇ?」
「なにがだい?」
 やっと一護を見た雨竜は、クイ、と眼鏡を押し上げる。
「だから、お前なんだか気がなさそうだし」
「気がなかったら誘ってないだろ」
「それは解ってるけどよ」
 どうにも納得できない。
 唸る一護を横目で見て、雨竜はまた布と格闘を開始した。
 白い布。
 またなにか新しい装束でも作っているんだろうか。
 もう雨竜に期待しないことにした一護は軽く溜息を吐いた。

 結局、24日は自宅でクリスマスパーティをやることになってしまった。そう伝えると、少し考えた雨竜は言った。
「夜、抜けてこられる?」
「えっ」
 それって、泊まりに来いと言う話だろうか。
 一気にテンションがあがる一護に、雨竜はついでのようにつけたした。
「あ、それからコン君も連れてきてくれないか」
「コンー?!」
 なんで2人きりじゃないんだ。
 一護は不満を隠しきれない。ぶうたれている一護に、雨竜は少しあごを引いて上目遣いに見てくる。ドキン、とした一護を見る雨竜は困り顔だった。
「ちょっとだけだから。最後までじゃなくて、直ぐに帰ってもらうから」
「そうは言ってもなぁ」
 それはそれで、可哀想な気がする。
 パーティに誘っておいて、途中で帰れと言われたらショックだろう。
「……ま、良いけどよ」
「ありがとう」
 小さく笑った雨竜に
 ――その顔に免じて許してやるよ。
 頬が熱くなるのを感じながら思った。

 そしてクリスマス当日に話は飛ぶ。
 一護の我侭が通って、黒崎家でやるパーティはお昼の時間帯になった。雨竜の家には、夕方に行けば良い。
 準備を始めた一護は、こそこそ隠れているコンを机の下で発見した。
「石田のところなんていやだー!! 女子が良い、女子ーッ! 井上さーんっ特盛――ッ! 姐さ〜んッゼッペ……」
「その辺でやめとけ」
 コンの頭を鷲掴みにして、一護は大きめのかばんにプレゼントと一緒に黄色い身体を突っ込む。ジタバタするかばんなど怪しすぎる。動かないように押さえつけていると、そのうちに動きがなくなった。
 ――まさか、死んだ……?
 一護は縁起でもないことを思う。
 でもどの世界に窒息するぬいぐるみがいるというんだ。
 喋るぬいぐるみだという既に非常識な部分は置いておいて自分に言い聞かせ、一護は雨竜の家を目指した。

 ピンポーン、と軽いチャイムの音の直後に雨竜がドアを開ける。
 薄く開いたドアに身体を捻じ込んだ一護は、玄関先でかばんをひっくり返した。
 ゴロンとコンが転がり出る。
 動きはない。
「…………」
 ツン。
 突付いてもまだ反応はない。
「……黒崎、君ってやつは……」
 雨竜は軽蔑するような目で見て、コンを床に寝かせた。
「さぁ」
「さぁって、なんだよ」
 どうぞ、と手で促されても意味が解らない。眉をひそめていると、雨竜は平然とした顔で言った。
「心臓マッサージ、及び人工呼吸を」
「はぁ?!」
「どうぞ」
「どうぞじゃねぇよ! どうしてぬいぐるみのない心臓を揉まなきゃならねーんだッ」
 絶対イヤだ、と一歩踏み出した一護の足がコンを踏みつける。
 ぷぎゅ、と可愛い音を立てて潰れたコンは、ぎくしゃくとした仕草で立ちあがった。
「テ、テんメー一護ォォ!!」
「や。悪かった」
 飛び掛るよりも早く一護の足の裏と出会ってしまう。またもや床の上に転がったコンを、雨竜は優しく抱き上げた。
「さぁ、コン君」
「おおぅ、メガネ」
「君にプレゼントがあるんだ」
 嬉しそうな雨竜は、部屋の奥にコンを連れて行ってしまう。俺の分は? と呆然とする一護の耳に、コンの悲鳴が聞こえてきた。
「ぅんぎゃーっ! 助けッ助けて一護〜ぉぉぅん」
 暴れるコンを、雨竜も押さえつけている。一護のことを責められたもんじゃない酷い押さえっぷりだ。 
 そぉっと雨竜の肩越しに覗くと、コンが白い布にくるまれていた。
「……石田、なにそれ」
「あぁ黒崎」
 振り返った雨竜の頬は上気している。うっとりとした目で見詰められた一護は、目を丸くして口を硬く引き結んだ。
「君の分も、用意してあるんだ、プレゼント」
 眼鏡を輝かせた雨竜は、鮮やかなブルーと白い布の塊を取り出す。
 ――これが、プレゼントか?
 服、だろうか。それにしては、少し生地が薄い気がする。今から春先用のシャツでも作ってくれたのかもしれない、と思うが……その形は、どう見てもシャツではなかった。どちらかといえば、女の子が着るようなワンピース状に見える。
「え、それがプレゼントなのか?」 
「うん。あ、僕の分もあるんだ」
「??」
 なぜ自分の分のクリスマスプレゼントまであるんだ。
 なにがなんだか解らない一護の肩に手を添えると、雨竜はその手をそのまま下に滑らせた。
「ぅっ」
 雨竜が、自分の服を脱がせようとしている。
 ――な、なんだ? 何が起こってるんだ?
 もうワケが解らない。
 今からヤろうというのか。
 いや、まだ夜という時間帯ではない。
 でも、こういう日なのだから一日中裸で過ごしたって良いくらいだ。むしろお願いしたい。
 ――いやいやいや。
「ちょっと待て、な? 石田」
 既に上半身剥かれながらも、一護は雨竜の手を止めさせる。
「そういうの、嬉しいけどコンの前だぞ」
 さすがに、人に見せる趣味はない。コンを帰らせてからにしようぜ、と言う一護に、
「は?」
 雨竜は案の定、怪訝そうな顔をした。
「は、ってオメー」
「着替えて欲しいだけなんだけど。何勘違いしてるんだい?」
 ふ、と気付けばコンまでも蔑んだような目で見てきている。生まれたばかりの赤ん坊のような格好をさせられているぬいぐるみに、そんな目で見られたくはない。
 ギロリと睨み返すとコンは視線を反らした。

 雨竜にどうしても、と懇願されて断れる一護ではない。
 仕方なく服を脱ぎ、雨竜から手渡された服を着る。
 着ているところが見たいというのか、今日はやたらと強引だ。
 ――そんな石田も悪くない。
 そう思いながらダボっとした上着を着て、ズボンを探す。
 ない。
「あれぇ? 石田ぁ、ズボンねぇんだけど」
「ないよ」
「はい?」
「ない。ソレの上に、こっちを羽織って」
 手渡されるのは青い服。服というよりもただの布だ。どうやって着たらいいものか悩んでいると、見かねた雨竜が手伝ってくれた。
「黒崎。次はこっちへ」
 完璧だ、と呟いた雨竜は、一護をコンの前に座らせる。
「僕も着替えてくるから待ってて」
 雨竜もなにやら地味な色合いの服を持って洗面所に行き、直ぐに出てきた。
「……なんだ、その格好」
「ヨセフ」
「誰」
「うん」
「答えになってねぇって」
 雨竜はどこからともなく出してきたカメラをセットすると、寝かせたコンの前に一護を座らせ、自分はその傍らに立った。
「撮るよ」
「えっ」
 コンと一護が驚いている間にフラッシュが光る。
「ご協力有難う」
 にこ、と笑った雨竜はまた着替えるとカメラを持って出かけようとした。
「ちょっと待て、石田」
 なにがなんだか解らない一護は説明を求めようとする。だが雨竜は急いでいるようで、小刻みに爪先で床を叩いた。
「ちょっと待っててよ、直ぐだから。これ現像してもらって、あの人にクリスマスカードとして送らなきゃいけないんだ」
「クリスマスカードって」
「嫌がらせかな」
 ニヤ、と珍しく維持の悪い笑みを浮かべ問答無用で飛び出した雨竜を止められず、一護とコンは巻かれた布と格闘して服を着替えて静かに待つ。 残された二人に会話らしい会話はなく、非常に気まずかった。


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 クリスマスSS、はじめに考えていたネタが微妙だったので変更したんですが、やっぱり微妙でした。
 もっと普通にラブラブなの考えればよかったかもですよ。ゲフー。

 あーちなみに雨竜が撮ったのは、厩のシーンです。
 一護と雨竜、逆じゃないのか? と思っちゃいけないのです。
 いや、別に黒崎を救世主だとか思ってないデスよ。
 これだと救世主はコンになってしまうけれど(笑)





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