NewYear

Delivery


 正月は家族で過ごすもの。
 黒崎家も石田家も、それは同じ習慣だった。

「おぅおぅ一護。大掃除は終わったのか?」
「終わってるよ! とっくに終えたッ」
 割烹着に三角巾をして、はたきを手に踊るように高いところの埃を落としている一心に一護は怒鳴って返す。
 もう30日中には大掃除なんて終わらせている。そもそも、洋服以外はあまり物が多くない。整理整頓も普段からしているのだから、そんなに苦労はしない。父親とは違うのだ。
 今は遊子に頼まれて病院のガラス戸を綺麗にしている最中だ。汚れた水が落ちているのを見ると清清しい気分になる。
 ――これが終わったら、風呂掃除、と。
 なぜ水場ばかり任されているのか解らないのだが、特に苦労とも思わないから構わない。
 今までは、こういう年末年始の家族揃っての行事も面倒とは思っていなかった。思っていなかったのは確かで、今だって面倒なわけではない、のだが。
 今年は、さすがに少々うっとうしく感じてしまう。少しは自由時間が欲しい。
 ――石田に会いてぇ……
 磨かれたガラスに映る自分の顔は、明らかに憔悴している。ほんの数日会えないだけでもコレだ。重症すぎる。
 汚れた水の入ったバケツを持ち上げ、家に入ろうとした一護の背後から声がかかった。
「一護ぉ」
「ん?」
 振り返ると、啓吾が立っていた。
「おはーよ」
「もう昼過ぎだっての」
「大掃除? 真面目だねぇ」
「うるせぇ」
 ブンブンビニール袋を振り回している啓吾は、ピカピカのクロサキ医院を見上げて口笛を吹く。
「そうか〜、もう今年も終わりかァ」
「何しに来たんだ?」
 一旦バケツを下ろして一護は目を細めて啓吾を見た。啓吾はおどけた調子を引っ込め、今度は露骨に肩を落としてビニール袋から紙の平袋に入れられた小さな物を取り出した。
「コレ、買いに行かされてたんだ」
「ゲーム?」
 その袋には、近くにあるゲームショップの名前が入っている。
「それがよぉ、どこ行ってもなくて、結局こんなところまで来ることになっちまったんだよゥ」
 実は年明けの福袋も並ばされるんだ。
 姉に頭の上がらない啓吾は、最後の最後まで尻に敷かれているようだ。
「ご愁傷さま」
「あぅぅぅ、一護おお」
 同情してくれ、と抱きついてくる啓吾を邪険に退け、一護はバケツを手に取った。
「悪ぃ、まだ掃除終わってないんだわ」
「あ、そうか〜じゃぁまたなァ。今度会うのは年明けか〜……あっ、そうだ! みんなで初詣行かね?」
 せめてなにか遊ぶ約束を!
 啓吾は一生懸命だった。
「初詣?」
 その言葉を受け、一護の頭に閃いたのは雨竜と2人で行く初詣だった。
 2人きりなのを人に見られるのも気まずい。少し遠出をしようか。年明けから電車に乗って、ちょっと遠くまでお参りに行くのも良い。
 電車は混んでいるだろうか。
 だとしたら、離れないように手を繋ぐ口実が出来る。
 ニヤ、と口元が緩んだ。
「行く? 行っちゃう?!」
 一護の反応を良しと見て、啓吾のテンションがあがる。だが一護はいつも通りに素っ気無かった。
「いや、初詣は……家族と行く」
「ちょっ! なんだよ今の間はッ! アレだろう一護カノジョと行くんだろう。オレに内緒でカノジョなんか作ったりしちゃったりしちゃってるんだろうっ」
「してねぇよ」
 事実、カノジョじゃない。
 後ろを向いてペロリと舌を出した一護は
「それじゃ、新学期にな」
 手を振って家に入った。

 夕方までに持ち場を終わらせ、夕食を作る遊子に代わって階段も磨いた。
 雨竜に会えないのを忘れるように掃除にのめりこんだ結果、一護の担当箇所だけが気持ち悪いくらいにピカピカになっていた。
「今年も終わっちまうなァ」
「おう」
 夕食を取りながらの会話。毎年代わりのない年末の番組。
「今年はフライングカウントダウンなんてないよな〜」
 コタツでミカンを揉みながら半纏を着た一心が背中を丸める。
「んー、ってかそれ何年前の話だよ」
 一護はぼんやりテレビを眺めながら反射的に返事をしている。内容が頭に入っているわけではない。
 ――石田。今頃はもう寝ちまったかな。
 頭の中は、雨竜でいっぱいだ。
 その時、ポケットの中から振動が伝わってきた。
 ――え?
 携帯電話を取り出す。見慣れない番号。
 でも、これはもしかして……
 一護は慌てて部屋に駆け上がり、ドアを閉めるのももどかしく受話器を取る。
「はいっ!」
『黒崎?』
「石田……」
 良かった、間違ってなかった。
 見慣れない家電の番号に少し戸惑った。でも登録していない家の番号でかけてくる相手など限られている。
 しかも今日は大晦日。
 それももう数分で終わろうという時間だ。
 かけてくる相手なら、1人しか思いつかない。
『もう今年が終わっちゃうね』
 受話器を通した声は普段と少し違って新鮮だ。自分の声はどう伝わっているのだろう。そんなことを思いながら一護は返す。
「早いな」
 事実、今年は変化が大きすぎてついていくのがやっとだった。
 その分成長できたのなら良いけれども、はたして本当に良い方向に成長しているかどうかは怪しい。
 突然の電話に、何も用意のなかった一護の話題は途切れる。雨竜も元から言葉の多い方ではない。会話が続くはずもなかった。
 ふ、と壁にかかっている時計を見る。
 気付けば、あと1分で今年も終わりだった。
 タイミングを計って声をかける。
「石田」
『なんだい?』
 普段となんら変わらない雨竜の声。
 時間に気付いていないのかもしれない。
「…………」
 秒針を見ながら、心の中でカウントダウンする。
 3・2・1……
「あけましておめでとう」
『え?』
 案の定、雨竜は驚いたような声を出した。
『おめでとう』
 雨竜からの新年の挨拶はそれだけだ。
「言葉が足りないっての」
 思わず笑うと、雨竜の困った顔が浮かんでくるようだった。
「あ〜そうだ。明日はお前だけじゃなくて俺も家族サービスだから」
『家族サービスって、君ね。使い方間違ってるんじゃないか?』
 雨竜のツッコミが入る。
 確かにそれじゃまるで父親のような台詞だ。
 でも家族内で一番付き合いの悪いのは自分だろうし、ノリの悪さは夏梨と良い勝負だ。家族行事に付き合うのは、家族サービスと言って間違いはないだろう。
「伝わりゃ良いんだよ」
『アバウトだな、相変わらず』
 飽きれたような響きながら、かすかにクスリと笑う声がする。
 好い加減なのが厭だ、と散々言われたものだが、すっかりそれにも慣れたのだろう。
 こんな雨竜の反応にも心地良さを感じる。
「だからさ。2日か、3日、初詣に一緒に行こう。な?」
 今日、啓吾に言われて思いついたイベント。どこか2人きりでお参りに行こう。
 急な提案にも、雨竜は文句を言わなかった。
『うん、良いね』
 詳細は明日にでも電話で決めよう、と言うと雨竜は快諾してくれた。
「約束だからな」
『解った。それじゃ、おやすみ』
 名残惜しさを感じさせない口調で、雨竜は電話を切る。
「はぁ……いきなりかけてくんなよ。驚くから」
 独り言ちた一護は携帯電話の液晶画面に、かすかに汗がついていることに気付いて苦笑いした。
 ――凄ェ緊張してんじゃねーか、俺。
 相変わらずな自分は、今年は少しくらい余裕を持った付き合い方が出来るだろうか。
 ――無理だな。
 勝手に決めつけ、一護は新年早々がっくりと肩を落とした。

 翌朝、起きると枕元に一心が立っていた。
 しかも、何故か着物だ。
「あぁ?!」
 それは妹たちだけではなかったのか。
 驚く一護をいきなり剥いて、一心は自分と同じ格好に着替えさせる。 
「さーぁ雑煮だ〜っ」
「ンの変態オヤジィィ!」
 腕まくりして階段を降りて一心の背中に一護は叫んで携帯電話を引っつかんで階下に降りていった。
「あれ? 雑煮だけ?」
「うん。だって今年なにも作ってないし」
「買ってもいないのか?」
「ない」
 思っていたのと違う卓上の様子に、一護は首を捻る。例年だったら栗きんとんくらいは作ってあって、大部分は買ってくるのが黒崎家のお節だ。
 そんなに好きではないけれども、なければないで寂しいものだ。
「なんかねぇ」
 お餅を伸ばしながら遊子が言う。
「お父さんが特製のお節を注文してあるんだってぇ」
「俺が取りに行こうか」
 コタツに入ってしまったら出るのが億劫になる。立っているついでだ、と財布を取りに行こうとする一護の首を掴んで一心は引き倒した。
「ところがどっこぉぉい!」
「痛ぇッ」
「届けてくれたりするんだなぁコレが」
 ということで座ってろ。
 一心は一護を座らせると、嬉しそうに酒瓶を撫でる。
「ん? 今日誰か来るのか?」
 ひとりでは飲まない父親だ。誰か、飲める友人でも来るのだろうか。首を傾げる一護の耳に唐突にドアの開く音が聞こえてきた。
「来た」
 玄関の方から声がする。
「え、来たって誰が……」
「お、一護。お年玉をやろう」
「要らねーよ! つかそうじゃなくて誰か来てんだろ。さっさと出ろよ。出ろっつーか、もうあがってきてそうだけど」
「そうだな。じゃぁ一護もお年玉受け取りに一緒に来い」
「早く行け!」
 一心の背中を押す。
 そぉっと音もなく出ていく一心を不審に思いながら見ていると、今度は父親の大きな声が聞こえてくる。
「おぅい一護ぉぉ! 来たぞーお年玉〜っ」
 はっきり言ってうるさい。
 でも無視したらもっとうるさくなる。
「だからお年玉なんていらな――ッッ!!!!」
 文句ついでに出て行くと、玄関に真っ白い男が立っていた。
 ――こ、コレは……もしかして、石田の親父さ、ん……!
 何故か殺意の篭った視線で射抜かれて動けなくなる。が、直ぐに背中に隠れるように所在無げに立っている雨竜を見つけて気力が回復した。
「あ、おめでとう……黒崎」
 少し戸惑いながら言ってくる雨竜を見て目頭が熱くなる。
 お年玉なんて要らないと思っていたが、この親父、粋なことをしてくれるじゃないか。
 夢じゃなかろうか、と思いながら、一護は雨竜を指差して言った。
「いいいい石田ッ!」
 嬉しすぎて舌が回らないなんて情けない。
 何を言っているんだ、黒崎。
 そう返ってくるものだと思っていた一護を睨んで雨竜の父親は言う。
「人を指差すな。育ちが知れる」
「あああっスイマセンッ!」
 不愉快そうな声で叱責され、一護は慌てて頭を下げた。
 恋人の親にマイナスイメージを植え付けてはいけない。
 ところが、その行動のなにが気に食わなかったのか、雨竜の父親は舌打ちして一護から視線を外した。
「あの、お節持ってきたんですけど」
 戸惑っている一護に気付いてのフォローなのか、それとも間が持たなかったからか、ただ単にそれが重かっただけなのか、雨竜は風呂敷包みを差し出す。一心は満面の笑みで受け取り、今度は妹たちを呼んだ。
「遊子ー夏梨〜っお節とどいたぞーっ」
「わぁ」
 本当に届けてくれるサービスがあるんだ、と嬉しそうにリビングから出てきた遊子は、
「って雨竜さんだ〜」
 雨竜を見て更に嬉しそうな顔になる。遊子についてちょこちょこ出てきた夏梨といえば
「え、もしかして、石田のオヤジ……ッ?!」
 雨竜とその父親らしき男性を見比べて口元が笑いかけている。
「あけましておめでとうございます」
 二人揃って頭を下げた妹たちに、おめでとう、と同じように返した雨竜は言う。
「着物も可愛いね」
「きゃっv」
「か、かわいくなんてねーよっ」
 遊子は赤く染めた頬を両手で包んで喜びを表し、夏梨は赤面しながらそっぽを向いた。楽しそうな雨竜に、その父親がなんとも言えない表情をしていたのを一護は見逃さなかった。

 それから丸一日、何故か石田家の2人も黒崎家にて元日を過ごした。
 会えないと思い込んでいた一護にしてみれば棚から牡丹餅というかなんというか。嬉しかったものの、双方の家族の前ではイチャつくことなど当然出来ない。
 コタツの下で手を握ってみたら思い切り叩かれた上に抓られた。赤くなった手を見て、一心がニヤ、と笑った気がした。
 夜になって、遊子と夏梨はもう疲れて寝てしまった時刻。竜弦と雨竜が帰る、と言い出した。「もう帰るのかぁ?」
「……車は置いていく。明日にでも取りに来させる」
「あぁ、そうかぁ、車で来ちまったんだなァお前」
「置いていく」
 竜弦の目の縁はほんのりと赤い。ちょっとまっすぐに立てていない。顔色は変わっていないようだが、これは酔っている。
 大丈夫か、と眉をひそめた一護の隣で、雨竜は溜息混じりに眉間を揉んだ。
「帰るよ、大丈夫かアンタは」
 雨竜に腕をとられた竜弦が少しヨロける。絶妙のタイミングで身体を支えた一心は、一護を隣へ呼んだ。
「一護」
「なんだよ」
「ここに座れ。正座だ正座」
「はぁ?」
 言われるがままに座ってみせると、竜弦を雨竜に預けた一心も隣に正座する。
「えー、旧年中は大変御世話になりました。はい、リピートアフターミィ」
「……旧年中は大変御世話になりました」
「本年も宜しくお願いいたしますッ」
「よ、宜しくお願いいたします……?」
 深々と頭を下げる一心に習って、一護も床に額を擦り付けるように礼をする。
「今年も迷惑掛け捲る所存です!」
「……迷惑だ」
 嬉々とした響きの一心の言葉に、竜弦は吐き捨てるように答える。まだフラフラしてるので、素面の時のような怖さはない。
「さぁ、一護もなにか言え!」
「えっ、俺?!」
 なにか考えているわけではなかった一護は焦って目を白黒させる。
「ほぉら。あるじゃないか。今年は何年だ? ン?」
「猪……あっ!」
 思いついた一護は、しかと雨竜を睨んで言った。
「今年も猪突猛進で参らせていただきますッ!」
「はあ?!」
 猪突猛進ってどういうことだ。
 雨竜の引き攣った顔に対し、上手いこと干支にも絡めたぞ、と満足気な一護は満面の笑みを返す。
「おお、一護。なかなか上手いことを言うなぁ」
 腕組みをして、感心した顔で大きく頷いた一心は再び頭を下げる。
「と、いうことで、今年も黒崎家一同! 石田家の皆様に対して猪突猛進でガンガンいかせて頂きますッ!」
「い、頂きたい……です」
 強気の一心と少々弱気の一護の2人に対し、竜弦は額に青筋を立てた。
「ご免蒙る」
「とか言っちゃってぇ。どうせまた今年も頼らせてくれるんだろう?」
「御免だ」
「でもなぁ、お前のとこ、ここらでピカイチの設備の良さと人材も揃ってるからなぁ」
「そっちの話じゃない」
 一心と話す竜弦の顔色はますます青くなっている。これは、怒りが過ぎて血の気が引いてきているのだろうか。
 遣り取りを眺めていると、いつの間にか雨竜が隣にしゃがみこんできていた。
「黒崎」
「ん?」
「初詣、どうしようか」
 親に聞こえないようにコソコソと話してくる。
「あ、明日でも俺は大丈夫だけど」
「じゃ、明日。行き先は、会ってから決めよう。今日はもう遅いし」
「了解」
 ふ、と表情を緩めた雨竜は、離れ際に一護の頬に軽く口唇で触れた。
「っ!」
 真っ赤になる一護に手を振って、雨竜は竜弦の腕を引っ張る。
「ほら。これ以上は迷惑だろう、帰るよ」
「…………」
 まだ文句の言い足りなさそうな竜弦を押すようにして雨竜が黒崎家を出て行く。タクシーを捕まえるまでは、と着いていった2人は遠くなるテールランプを眺めて白い息を吐いた。
「一護」
「なんだよ親父」
「お前、頑張れよゥ」
「何をだよ」
「黒崎家の胃袋の安泰は、お前の頑張り次第だ」
「な、なに言ってんだか解ンねーよ!」
「まぁ、遊子の料理も食えるんだがなぁ」
 寒い寒い、と背中を丸めて小走りに帰っていく一心に険しい顔を向けながら、一護はまだほかほかしている頬を押さえた。







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