Loss Maker



 それに一番最初に気付いたのは啓吾だった。
「あれー? 一護それってさぁ」
 制服のズボンのポケットから出ているキーホルダーを指差す。それは先日まではなかったもので、ウォレットチェーンと共に銀色に光っていた。
「もしかして、誕生日プレゼントで貰ったヤツ?」
「これか?」
 一護は銀色のキーホルダーを手に取ると、嬉しそうに笑う。
「妹たちから貰ったんだ」
「へ〜。良いなあ。俺なんて姉貴から誕生日プレゼントなんて貰ったことねぇよ」
「そうなのか?」
「貰えるわけないじゃん。むしろ誕生日でめでたいんだから私にも幸せを分けろとか不条理なこと言いいだすぞ」
 ああ嫌だ、と身震いした啓吾は
「触っても良い?」
 と確認してから一護のキーホルダーを触る。
 それは銀色でベースに青が流し込まれている。そしてモチーフはドラゴンだった。
「妹たちが選んだんだからな」
 一護は言い訳のように言う。
「……あー、そう言えば一護ってさぁ、最近青だとかドラゴンがついてる小物とか増えたよなぁ」
「そ、そんなことねーよ」
「あるって」
 なぁ?
 と水色を振り返った啓吾は微妙な表情の面々を見て、こちらもまた微妙な顔になる。

 水色は笑いを堪えていて、チャドは見て見ぬ振りをしている。そして雨竜は真っ青な顔で拳を握りしめていた。

「?」
 首を傾げた啓吾はキーホルダーをしげしげと見た。
「や、ケイゴ。もうソレについては」
「そうか〜妹さんたちにまでこういうの選ばれるほどに一護って最近ドラゴンモノにハマってるんだな」
「いや、だからケイゴ」
「そういや石田の名前もさぁ」
 冗談混じりに言おうとした啓吾の襟首をチャドが摘まんで持ち上げる。
「一護が嫌がってる」
「え、あ、ああ。ゴメ……」
 驚いて黙った啓吾は、床に下ろされよろけた。そんな啓吾を支えた水色は、楽しそうに一護と雨竜を見比べていた。雨竜は青くしていた顔を今度は赤く染めて、一護の誕生日プレゼントだというキーホルダーを睨んでいる。
 そんな雨竜を何故か恐れるような顔で見た一護は溜息を吐く。
「まぁ、良いんだけどよ」
「それにしても、一護のトコって仲良さそうで良いよなァ」
 うらやましい、と言った啓吾は、また自分の家の話を始める。そんな流れの中で、いつの間にか様子のおかしい雨竜は落ちつきを取り戻したようだった。

 そんなやりとりのあった日の放課後、雨竜はムッとした顔で部室にて制作に取り組んでいた。
 その隣には、何故か部員でもない一護が陣取っている。最近では一護が手芸部の部室にいることも珍しいことではなくなってしまって、部員からも存在を黙認されているようだった。
 雨竜があまりに不機嫌なオーラをまき散らしているので部員たちは居心地悪そうにしている。一護はそれに気付きながらも、そして雨竜の不機嫌の理由が自分にあるのだろうと思いつつもその場を去らないでいた。
 時間が来て、これ幸いと部員たちは早々に片付けを終えて帰っていく。織姫も「じゃぁね」と笑顔で部室から出ていった。
 最後に残されたのは一護と雨竜の2人。
 そこにきて、やっと一護は雨竜に声をかけられた。
「なぁ石田」
「…………」
 雨竜からの返事はない。
「怒ってるのか?」
「…………」
 やっぱり不機嫌そうな雨竜に困った顔をして、一護は頬杖をつく。もう片方の手は無意識にキーホルダーをいじっていて、チャリチャリと音がした。
「黒崎」
 それまで黙っていた雨竜が口を開く。でもその声はやっぱり苛立っている。
「それ、止めてくれないか」
「え?」
「キーホルダー。気になるじゃないか」
 気付かなかった、ゴメン、と謝った一護に一瞥くれて、雨竜は溜息混じりに立ち上がる。
「帰るのか?」
「片付けて、鍵かけてからだけどね」
 全く集中できない、などとぼやきながら、雨竜は身の回りを片付けると忘れ物チェックをして窓に鍵をかけた。一護を振り返ることもなく教室から出ていこうとする雨竜を追いかけると、一足先に廊下に出た雨竜は後ろ手にドアを閉めてしまった。
「え?」
 目が点になる一護の目の前でガチャリと鍵がかかる。
「ちょっ! 石田さんっっ?!」
 驚いた一護はドアを叩いた。

 ――そんなに気に触ることをしただろうか。
 石田が部活の時、暇なら遊びに行くのは今日始まったことじゃないし、今までは黙認してくれたし、一緒に帰ったりしてくれてたじゃないか。
 ――なんでそんなに今日は機嫌が悪かったんだ。
 自分で言うのもナンだけど、結構鈍いんだ。理由を言ってくれなきゃ解らないじゃないか。
 
 頭の中で文句がグルグルと回る。
「おーい、石田ぁ」
 開けてくれー、と情けない声になる一護の声にかぶせるように、雨竜の静かな声が聞こえてきた。
「誕生日だったのかい?」
「あ、あぁ」
 突然なにを言いだすんだ、と思いながらも、一護はドアを叩いていた手を下ろす。手持ち無沙汰になった手は、また無自覚にキーホルダーに伸びていた。
「いつ?」
「え、なにが?」
「誕生日に決まってるだろう」
 少し落ちついて聞こえていた雨竜の声がまた刺を含む。
「15日だ。7月の15日」
「……どうして言わないんだ」
「あ? ――ああ、誕生日か」
 どうして、と言われても困る。自分から誕生日を主張してはまるで祝うように強制しているように思われてしまうし、第一雨竜が祝ってくれるかどうかは微妙なところだ。啓吾のようなキャラクターであれば「今度オレの誕生日ー!」とノリで言って「祝え〜」なんて言えるだろうけれども、一護の性格ではそんなことは無理だ。
 それに、雨竜が誕生日を知っていながら完全にスルーなんてしてくれた日にはショックが大きすぎる。そんな無駄なダメージは受けたくない。それに、基本的に節約生活をしている雨竜に変な気を使わせるつもりもない。

「別に、特に意味はないんだけど」
「僕に祝って欲しくなかったのかい?」
「いや、それは」
 本当を言うなら、雨竜から一番に祝って貰いたかった。
 でも、迷惑になりたくはないのだ。
 そこは複雑なところで、簡単に説明出来るものではない。
 口篭っていると、ドアが軋んだ。どうやら、雨竜が寄りかかっているらしい。そんな姿勢を取るなんて珍しいことで、一護はつい、ドアに掌を当てた。
「石田?」
「あぁもう、君は」
 カチ、と小さな音。これは、眼鏡のブリッジを押し上げた時の音だ。
 きっと雨竜は、少しうつむきがちにあの長い指で眼鏡を押し上げているのだろう。その表情は、良く見えていないはずだ。
「余計なことを考えなくても良いんだ」
「余計なことって」
 それは、酷い。
「祝って欲しければ、そう言えば良いじゃないか」
「いや、でも」
 もう誕生日は過ぎた。今更、祝えなんて言えない。
 ――やっぱり、祝ってください、なんて言って頭を下げるべきだったんだろうか。
 一護は雨竜の苛つきの原因が解らないままに眉をひそめた。
「それに、なんなんだ、そのキーホルダーは」
「あー」
 露骨に『雨竜』っぽいキーホルダーを見て、本人は動揺していたのかもしれない。一護は唐突に気付いて笑いがこみあげてくる。
「俺がリクエストしたわけじゃないからな。妹たちが買ってきたんだ」
「どうしてよりにもよってそんな」
 雨竜は今、ものすごく嫌な顔をしてるに違いない。
「さぁ? 最近俺の持ってるものがシルバーだとかドラゴンモチーフのモノが増えたんだってさ。それで」

 意識するようになってから、自然と銀色をしているものだとかどこかに青がワンポイントに入っているもの、龍の文様などに手が伸びるようになってしまった。始めはレジに持っていくのにも勇気が必要だった。照れもあった。でも今では躊躇なく選んで買えるようになってしまった。
 そんな一護の最近の好みをしっかりとチェックしていたのだろう。妹たちのプレゼントを開けた瞬間、一護は盛大に吹き出した。一瞬バカにされたと感じたのだろう。遊子と夏梨は不機嫌になった。でも一護が迷わずにそれをウォレットチェーンに取りつけたのを見て、嬉しそうに笑って顔を見合わせた。

「買うなよ。そんなの」
 雨竜は、そんな妹たちからの愛情こもったプレゼントにケチをつける。自分で買ったものであれば反論も(さして)ないのだが、これでは妹たちを悪く言われているようで、雨竜にそんなつもりがないことを理解していてもあまり気分は良くない。
「俺に言われても」
 相手に見えくても唇が尖ってしまう。ぶーたれる一護が見えているかのように雨竜はドン、とドアを叩いた。
「君に言ってるんだ!」
「俺?」
「君にそういうそぶりがなければ妹さんたちだってそんなの選ばないだろうッ」
「あー?」
「……やっぱり君が原因なんじゃないか」
 誘導尋問に引っ掛かったのだろうか。雨竜の声が、また一段と怒りに燃えているように聞こえる。
 でも、好きなものはしょうがない。
「好きなんだ」
「……ッ」
 雨竜が息を飲む。
 ――あ。
 好き、なのはこの場合ドラゴンモチーフの雑貨なのだが、雨竜の動揺は勘違いだ。けれども元は雨竜が好きだから気になり始めたものなのだから、完全な勘違いとも言えない。
 一護は軽く唸って両手をドアに当てた。
「なぁ石田」
「な、なんだよ黒崎」
 雨竜の声は揺れている。
 好きだなんて何度も言っているはずなのに、どうしてこんなに毎回動揺してくれるんだろう。
 言う一護は慣れたというのに。
 ――いや、流されたら寂しいから、毎回「バカなことを言うな」なんて怒られる方が良いか。
「俺さ、本当は石田に誕生日祝ってもらいたかったんだけど」 
「だったらそう言えば――」
「でも、知っちゃったら、お前スルーできそうにねーからさ。なんか、気を使わせちゃうのもイヤだったし」
「だから、余計なことを考えるなって言ってるじゃないか」
 雨竜の溜息が聞こえてきた。
「だったら一生隠しておけば良いんだ」
「一生、ってなぁお前」
 一生、自分のことを忘れないでくれるってことだろうか。
 ずっと、何らかの繋がりは持つつもりでいるってことだろうか。
 一護はにやける顔を伏せ、頭もドアにつける。

 ――なんだ、これ。ニヤけるじゃないか。嬉しい。どうしようなぁ? こんな状況。
 一護は雨竜の言葉の一つ一つで、勝手に幸せになれる。つまり、雨竜がいてくれるだけで良いということだ。
 ――なんだ、だったら1日付き合ってくれって言えば良かったんじゃないか。
 本人が納得しようとしまいと、一護にとってはそれが一番のプレゼントだ。
 
 でも、今更デートに誘ったところで、天邪鬼なこの男は
「もう君の誕生日は過ぎたんだろう」
 だなんて言って付き合ってくれないかも知れない。
 ――ま、そんときゃそん時で、来年のお楽しみってことで。
 機嫌良く一護が誘いの文句を口にしようとしたその時
「本当に君は、どうしようもないな」
 呟く声がした。

「本当にどうしようもない。悩んだって、君は僕じゃないんだ。僕がどう答えるかなんて完全にトレースできるわけないだろう。それとも、僕のことはなんでも解っているつもりなのかい?」
「いや、それは」
 一護の否定の言葉は聞こえていないのか無視される。
「黒崎一護という男は、子供っぽくて意地っ張りで、なんでも自分で解決できるような顔して、周りを自分よりも弱いと思って、庇護の対象としか思っていないんだ。」
「そんな風には思ってねえって」
「でもそこまでバカじゃないから、自分の限界も知っている。だから強くなろうともがいたりしている。根拠のない言葉を信じたくなってしまうような、妙な安心感があるんだ。
 ……黒崎一護って男は気付いているんだろうか」
「え?」
 もはや、雨竜の言葉は独白に近かった。
「誰も、君が強いから君のことを想っているわけじゃないんだ。例え君がただの、なんの能力もない高校生だったとして、君が君である限り、きっと黒崎の近くにいる人たちは、変わらず君のことを――大切に思ってくれるんだと思う」
 だから、君は無理に強くなろうとしなくて良いんだよ、黒崎。
「俺が護るんだ、って肩に力が入りすぎているよ、黒崎一護」
 カチャリ、と軽い音がして鍵が開く。
 小さな音を立ててドアが開き、そこにはうっすらと笑みを浮かべる雨竜がいた。
「石・田……」
 開きかけた口に冷たい人差し指が押し当てられる。
「僕は君に救われたんだよ。君がいなければ、今の僕はない」
「い――」
 しぃ、ともう片方の手の人差し指を立てて自分の唇にあてた雨竜は言う。
「僕だけじゃ足りないかい?」
 目を丸くし、放心したようにだらりと下ろされていた一護の両手を取った雨竜は指を絡めてきた。
「君は僕だけで手一杯だ」
 クスリ、と笑って雨竜は顔を近付けてくる。
「さぁ、どうしようか?」
「ど、どうって」
 一護はどもりまくった上に、全身変な汗が吹きだしてくるのを感じていた。
「ど……うしよう」
「他のみんなを護るために、この手を放すかい」
 そう言うなり、雨竜の指から力が抜けて手が解けそうになる。慌てて握りなおすと雨竜はまた笑った。
「な、ななななにを!」
「別に放したからって明日から僕がいなくなるわけでもないのに。君はなにをそんなに焦ってるんだ?」
「焦るだろッ」
 せっかく雨竜から繋いでくれた手だ。そう簡単に放して堪るか。
 一護の手に力が篭る。
「痛いよ、黒崎」
 笑いを含んだ声にからかい混じりにそう言われても、一護は手を放さなかった。

「まぁそんな冗談はさておき」
 必死になる一護の手を振り払った雨竜は言う。
「僕は実際、君のことをそういう風に思っているわけだよ」
「え、うん」
 雨竜が『救われた』なんて思ってくれているなんて、想像もしていなかった。嬉しい告白に、思い起こせば顔がニヤける。
「…………君、思った以上に嬉しそうだな」
 実際にニヤけてしまっていたのだろう。一護の顔を眺めていた雨竜が気持ち悪そうな顔をする。
 そのまま嬉しいという気持ちを隠そうともしなかった一護を面倒くさそうに見て、雨竜は帰ろうとしてしまう。後を追いかけても、振り返ってはくれなかった。
 
 雨竜の言葉は後になってジワジワくる。
 舞い上がった一護は睡眠時間が短くなる。嬉しすぎて眠れなかったのだ。翌日、クマを作って学校に行った一護の目の前に、ドサリと紙袋が置かれた。
「なんだ、これ」
「誕生日プレゼントだよ」
 雨竜は腕組みをしている。
「その顔を見ると寝られなかったんだろう?」
「いや、えーと」
「気持ちが悪い」
「気持ち悪いと言われても」
「ゴロゴロして眠れなかった、とか言われたら気持ちが悪い」
 と、昨晩思い立ったんだ。
 雨竜は顔をしかめる。
 想像通りに一護が寝不足そうな顔をしていたので機嫌が悪くなったのだろう。
「それを君にプレゼントするから」
 一護を見下ろした雨竜は真顔だった。
「昨日の言葉は忘れてくれないか」
「忘れろ?!」
 そりゃ無理だ。
 一護は口を尖らせる。
「忘れてくれ。お願いだから」
 真剣にお願いされればされるほど、忘れる気がなくなる。忘れるつもりもない。
「無理」
 キッパリ断ると、雨竜は一護がしっかりと抱えていた紙袋を取り上げた。
「えっ?」
「忘れないならコレはあげられない。ちなみに、僕の手作りだ」
「うっ!」
「要らないのかい?」
「ぐぅぅ」
 一護は最大の選択を前に、一護は延々悩むことになるのだった。


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 ちなみに雨竜からの誕生日プレゼントは枕カバー。
 理由→家にあった布で作れたから。
 ついでに、実は滅却師の装束を作った時の余り布。ブルーの布で十字模様もついています。
 そんなことを言われたら、一護はきっともっと悩む。




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