学園ホスピタル



 空座第一高校にも文化祭の季節がやってきた。
 夏休み前から準備し始めているグループ発表をする班もあれば、毎年決まった模擬店を出している部活もある。手芸部は、部員の作った小物の販売と作品の展示をするらしい。

 ついでに言えば、クラスでもなにかやらなければいけないらしかった。

「さて、じゃぁウチのクラスはどうする?」
 越智教諭が笑顔で言って教室内を見回した。
「はい!」
「浅野」
「メイド喫茶が良いと思いますッ!」
「メイド〜?」
 クラス内から様々な声が上がる。
 可愛い、と言う女子と、オタクじゃん、とイヤがる女子と、なにやら妄想しているらしい男子と……一護は例の如く面倒臭そうな顔で興味なさげにそっぽを向いていた。
「誰が衣装作るんだ?」
 メイドメイドと嬉しそうな啓吾に、一護はズバリ聞く。
「手芸部は忙しいみたいだぞ」
「えー」
 作ってもらえると同然のように思っていたのだろう。啓吾は悲壮な顔をする。別にやっても良い、と言い出しそうな雨竜の背中をペンで突付いて黙らせた一護は言った。
「だからやめとけ。それに、そんな企画はきっと他のクラスと被ってるだろうし」
「うーん、黒崎の言う通りかもなぁ。確かにメイド喫茶って今変な風に有名だし、やりたいって言い出してるクラスがないとも言えない。複数あったら抽選になるぞ」
 ダメだった場合は企画の練り直しだ。面倒臭いことになる。
「だったら、王子喫茶とかは?」
「なんだ、それ」
 そう言い出したのは千鶴だ。
「だから、男子が王子様みたいな格好して接客するの。カボチャパンツにしろタイツで、マントとか」
 マント、に脊髄反射しそうになる雨竜の脇腹をペンで突付き「ひゃ」と変な声を出させる。なにか言いたげな顔で振り返った雨竜を睨んで、一護は唇を尖らせた。
 マントに反応した雨竜が張り切ったのでは、無駄に豪華でイカれた王子が大量発生しかねない。自分もマントを着させられるだろうし、それはイヤだ。雨竜を妙なところで喜ばせる。
「誰が来るんだよ、そんなのにぃ」 
 男のタイツ姿なんて客が来ないよ! と啓吾が抗議してこの案はアッサリと却下された。
「じゃぁ何も決まらないじゃないか」
 あれやこれやと案が出ては却下される。何も決まらない、とクラスの空気がダレはじめた頃、水色が思いだしたように言った。
「一護の家のさぁ」
「なんだよ」
 俺にネタを振るなと物凄い目で睨まれても、水色が動じる筈もない。にこやかに手を上げて立ち上がった。
「黒崎くんの家の看護婦さんが、凄く可愛い格好をしてるんです。ナース喫茶って珍しくて良いかも」
「ナースッ!!!」
 啓吾が大声で反応する。
「へぇ、姫がナースねぇぇ」
 にやぁっと笑って組んだ両手で口元を隠す千鶴が何を思っているのか、容易に想像できるて竜貴は思いっきり不快感を露にする。
「アレだねっ! お薬はちゃんと飲んでくださいね、って注射器で紅茶にミルク入れちゃったり!」
「それはマニアックすぎるけどね」
 千鶴の暴走する妄想に水色は笑顔で突っ込みを入れる。
「………………」
 一護は揺れるカーテンを見て眉を顰めた。
 
 明るい診察室。真っ白いカーテンが風にそよいでいる。
 丸椅子の上に、清潔な白衣を着た、これまた清潔な雰囲気の黒髪で細身の男。
「大丈夫ですよ」
 男は手を取って微笑む。
「親指を中にして握って……そう、大丈夫、すぐ終わりますから」
 白い指が、血管を捜すように皮膚を滑る。
 尖った針が、肌に触れた。

「っておい!」
「うわ、なんだよ!」
 千鶴に中てられて妄想してしまった自分に冷や汗をかき、慌てて拭いながら一護は呼吸を整える。
 あの医者は、石田雨竜だった。
 ――俺は石田になにを期待しているんだろう。
 一護はちょっと落ち込んだ。
「いや、なんでもねぇ」
 凹んだままの一護を不思議そうに見て、啓吾は改めて手を上げる。
「ナースだったら他のクラスとはかぶらなさそうだし、行きましょうよ、ソレで!」
「本気か?」
 引き気味の担任に力強く頷いて啓吾はクラス全体を見回した。何人かには視線を外されたのものの、興味ありそうな人間も数人いるようだった。

 イケる、と確信した啓吾の強引な勧めもあって、一護たちのクラスは「ナース喫茶」をやることになった。
 出店の名前は「喫茶 空座医院」に決定した。雨竜は微妙な顔をしていたが、あまり強く拒絶するのも大人気ないと思ったのか口を閉ざしたままだった。

 まずは何を出すか、という話になる。やっぱり病院だからお粥だろうという意見もあったが、どこの誰が高校の文化祭でお粥を食べると言うんだ、と冷静な分析が入った。ここはノーマルに紅茶とコーヒー、それからクッキーの類が良いだろうという話になる。食べ物にまでこだわっていたらキリがない。
 だが話し合っているうちに盛り上がってきて、食べ物の種類にこだわれないのならば、入れ物に凝るのはどうだろう、と男子が言い出した。
「例えばさ、クッキーの袋を薬袋にするとかさ」
「あ、それ良いっ」
 美術部員が、病院から貰ったものを参考にデザインしなおして自分たちでプリントアウト、袋状に成形して使用する予定だ。
「じゃぁ、ガムシロはビーカーに入れてあっても良いね!」
「アイスティならビーカーで良いんじゃない?」
 徐々に悪乗りしだす。
 最後には、当初却下されたはずの『注射器でミルクサービス』が通ってしまった。
 
 制服は、男女共に看護士の服だ。裏方は制服のシャツの上に白衣を羽織るだけ、非常に楽だ。どうしても当日都合がつかない人間は、当日までに出す菓子類を焼いてくる、もしくは教室内の飾りつけを義務付けられた。
 部活の方で模擬店を出さなければいけないクラスメイトなどは既にそちらで時間をとられている。先輩に逆らうことはできず、クラスの方に積極的な参加が出来ないのはしょうがない。当日は帰宅部の面々が中心となって頑張ることになる。
 部活との兼ね合いもあったのだが、織姫は千鶴他の強い要望があって接客をやることになった。織姫作の菓子類に不安が隠せない、というのも理由のひとつだったのは言うまでもない。
 珍しくルキアは自らやってみたい、と言い出し、竜貴も嫌がっていたのだが最終的には接客に回された。結果、女子は非常にレベルの高い看護士の格好をしたメンバーが揃う。
 一方の男子は基本的には裏方だ。多分に男の看護士が接客をしていても客のウケは悪いだろう、という意見が多かった。だが女子だけで回すのには限界がある。言いだしっぺの水色、それからノリノリの啓吾は呼び込み他を中心にやることになっている。そして、接客業に問題のある数人――例えば極端に無口なチャドや目付きが非常に悪い一護など――を除いて、当日手伝える人間は数時間ずつ接客をやることになった。

 全員分の制服を用意するのは難しい、と思われていたのだが、手芸部の全面的な協力を得て各人に制服が支給されることになった。メイド服などと違って構造が難しくない点、それから白いエプロンは各自が用意する、ということになっていたので手間はかからない、と雨竜が言い出したのだった。
 普通の看護士そのままのデザインでは生々しい、ということで多少アレンジされた衣装になる。デザイン担当は言わずと知れた石田雨竜だ。
 ロング丈だと布代がかかりすぎるので膝丈の少しAラインなワンピースのようなデザインになる。それから袖はパフスリーブになっている。それから、柄は太目のストライプで、色はピンクとパステルグリーンから選べるようにした。大き目のボタンが可愛らしい制服になった。男子はシンプルに薄いブルーの制服1種だ。こちらはアレンジのしようがなかったらしい。

 教室内をピカピカに磨き上げ、診察券のような形の食券を作る。
 そうこうしているうちに、当日がやってきた。

「お待たせしました〜」
 織姫が笑顔で接客している。
「今日はどうしましたかー?」
 ルキアも笑顔で猫かぶりだ。
「では、良く噛んで食べてくださいね」
 薬袋に入ったクッキーを席に置きながら雨竜が言う。
 一護は、パーテーションで区切られた裏でミルクを注射器に入れながら複雑そうな表情だった。
「どうした?」
 紅茶を入れているチャドが尋ねる。
 唸った一護はミルクを注射器から出して言う。
「良いなぁ、アレ」
「む?」
 アレとはどれだ、と一護の視線を辿ると、澄まし顔で接客している雨竜の姿があった。
「動かないでくださいね」
 そう言いながら、雨竜は注射器からミルクをビーカーに注いでいる。面白い演出だ、と盛り上がる他校の女の子を睨んで一護は呟く。
「良いなァ、石田に接客してもらえて……」
「………………」
 石田〜と呟き続ける一護をなんとも言えない表情で見守り、チャドはコーヒーを淹れはじめた。
 良いなァと一護がまだ言っていると、パーテーションの影から突然織姫が顔を出した。
「黒崎センセイ!」
「えっ、俺?」
 先生、と言われてドキマギする一護に、織姫は真面目な顔で言う。
「センセイ、急患ですっ!!」
「きゅ、急患?」
 そんな隠語の打ち合わせはしていない。なんのことだ、と戸惑っているとトレイ(こちらも病院においてあるような、銀色の四角いものだ)を持った雨竜が帰ってきた。
「小さい子がミルクこぼしちゃったんだ。雑巾取ってくれるかな」
「あ、そういうことか……」
 雨竜の白い腕に見とれてしまいそうになりながら、一護は雑巾を差し出す。また行ってしまう雨竜の背中を見送っていると、今度はチャドが「むむぅ」と唸った。
「一護。こちらにも問題が発生したぞ」
「なんだよ」
 どうして俺に頼る、との思いが露骨に顔に出る。嫌そうな一護に、チャドは牛乳パックを振ってみせた。
「ミルクが切れた」
「わぁ、他の病院に補充のミルクがあるかどうか聞かなきゃ!」
 ミルクを輸血用の血液かなんかと一緒に思っているのだろうか。白ける一護をよそに、織姫たちは楽しそうだった。
「黒崎センセイ! センセイだけが頼りなんですっ」
「おい、井上」
「一護……先生、補充を頼めるだろうか」
「チャドまで」
「なにやってるんだい?」
 裏で騒いでいると雨竜が戻ってくる。雑巾は、もう洗ってあるようだった。手を消毒しながら話を聞いた雨竜は「へぇ」と小さく言って眼鏡を光らせる。
「黒崎先生。お願いできますか?」
「うっ」
 小首を傾げて言う雨竜に、一護は悶絶する。そんな様子を見て、楽しそうな表情を浮かべながら雨竜は続ける。
「先生だけが、頼りなんです」
 つい、と身体を寄せてきた雨竜に、これ以上ガマンできない一護は声を張り上げた。
「う……うううっ、解ったよ! 行ってくりゃ良いんだろッ!? コンビニまで買いに行ってくるっ」
「わ、ありがとう黒崎くん」
「悪いな。頼む」
 白衣を脱いで財布を掴み走り出す一護の背中に
「いってらっしゃい」
 と笑いながら雨竜が言ったのが聞こえていた。




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