そんな君が好き。



 最低のクリスマスだった、と目の前の恋人が言った。
 どうして? 楽しかったじゃないか、と言えば、絵に描いたようなイヤな顔をして君のせいだと言われる。
 恋人になって始めてのクリスマス。それなりにいろいろと企画しようかとも思ったけれども、自分の身の回りはそういう暢気な雰囲気でもなかった。
 慌ただしく、そしてギリギリのラインで日をやり過ごしてクリスマスは目前。
 そう、世の中の楽しげな雰囲気に乗り遅れた、とやっと思えたのは、12月の22日のことだった。

 さて、どうしよう。
 俺は考えた。
 恋人は非常にクールでドライで、そして意地っ張りな頑固モノだ。
 イヤだと言ったらイヤ。
 クリスチャンじゃないから、と断って、クリスマスなんて祝うつもりはない、と先手を打たれてしまった。そこでうっかり、いつも十字架を身に付けているくせに? なんて聞いてしまったこちらも悪い。これが決定打で、本格的に機嫌をを損ねさせてしまい、電話にも出てくれなくなった。
 当然、会いに行っても玄関を開けてくれない。
 ドアの前で待っていたら、携帯に電話がかかってきて、ストカーで警察を呼ぶ、ときた。
 なんてことだ。
 唖然としていると、玄関のドアが勢い良く中から叩かれる。
 ――早く帰れ。
 無言の圧力を感じて、俺はすごすごと家に帰ったのだった。

 それからまた考えた。
 でも、どう考えても恋人を納得させられるだけの言葉が思いつかない。
 情けない、とは思いながら、どうしてもお前とクリスマスを、「日本のクリスマスイブ」を祝いたいんだ、と言うと、多分しつこさに根負けしたのだろう、アイツは渋い顔でOKしてくれた。
 だけど。
 意地の悪い恋人は、また付け加えることを忘れない。
 プレゼントなんて用意しないからね、と。
 まぁ、そんなことだろう、とは思っていた。思っていたから、クリスマスイブにはひそかに購入してあったものを差し出した。
 なんだこれは、と言った彼は、またイヤな顔だ。
 毛糸。
 答えると、そんなのは解っている、と毛糸玉が飛んできた。
 恋人をイメージさせられるような、綺麗なブルー。
 決してフワフワしているわけではなくて、少し手触りは悪い。チクチクと肌を刺す。でも、きっとこれで編まれたマフラーやセーターは暖かいだろう、と思わせるような、まるっきり恋人そのままな印象の毛糸玉が顔面を直撃した。
 乱暴をするな、とあちこちに散らばった毛糸をかき集めて渡すと、こんなにたくさん、なにを作らせるつもりだ、と本当に不愉快そうに吐き捨てる。
 あぁ、解っているじゃないか。
 以心伝心。
 喜んでいると、また毛糸がばらまかれる。可愛そうな青い毛糸がコロコロと俺の手をすり抜ける。
 凝った物を作らせようと思ったわけじゃない。ただ、なにを作るにしても、毛糸がどのくらい必要なのか解らなかったから、店先に出ていた分を全部買ってきただけだ。
 正直に言うと、口をへの字にする。
 バレンタイン、楽しみにしている、と言った俺に、目を細めたヤツは言った。
 手の込んだものなんて作らないからな。

 そして、26日。
 24日は俺が買っていったフライドチキンとケーキのディナーを一緒させてもらえただけで追い帰され、それ以降なんの連絡もなく、このまま今年は会えずに終わるのか、と切ない気持ちで大掃除をしている最中妹に呼ばれた。
 階下に降りていけば、玄関に恋人が立っていた。
 驚きのあまり、あんぐり口を開けると、なんて顔をしているんだ、と恋人と妹から同時に呆れた声が出る。慌てて口を閉じてバンダナを外し、ポケットに突っ込むとコートを掴んで妹に断る間もなく玄関を出た。
 あのままでは、妹にニヤけた顔を見られてしまう。

 手を引いて歩き出し、さてどこに行こうか、と考え込んで足が止まる。
 この時期、どこも混んでいるだろう。
 公園、というのも寒い。
 かと言って、コイツの家になんて行けるはずもない。
 どうしよう。
 悩んでいると、後ろから声がかかる。大掃除は終わったのか? と。
 まだだ、と正直に答えると、恋人は鼻で笑う。
 だったらこんなところで油を売っている時間はないだろう。
 そうは言われても。
 言われても、せっかく会えたのにこんなに短時間で別れてしまうというのも寂しすぎる。
 そういう気持ちが顔に出ていたのだろう。呆れ顔で、恋人は持っていたビニール袋を差し出してきた。
 受け取り、中を覗くとなにやら青いものが入っている。
 え。
 思わず口から声が漏れる。
 これは。これはもしかして。
 ガサガサとうるさい袋から取りだしたそれは、あの毛糸で編まれたベストだった。
 どうして、こんな早く。
 あえぐように尋ねる喉に、冷たい空気が染み込んできた。肩をすくめた恋人は言う。
 マフラーはあまりにありきたりだ。かといって、わざわざセーターを編むのも面倒だ。だったら、ベストくらいが妥当かな、と思って。
 その妥協点が良く解らない。そんなにセーターとベストの間に手間の差があるのだろうか。ただ、袖が付いているかどうかじゃないのか?
 それに。
 青いベストを見ながら考えていると、何故か勝ち誇った口調で恋人は言った。
 それに君、こういう色のベスト、似合わなさそうじゃないか。
 なんだと?!
 似合わないものだったら着ないだろう、という思惑があったのか。
 確かに、マフラーなら多少普段使わないような色でも挑戦してみようか、という気になる。セーターだったら、愛情深い気がして、どんな色のモノだって嬉しくて着るだろう。
 でも、そういう意味でベストは微妙な位置だ。
 手は込んでいるのだろう。編み模様などがあるわけではないが。
 でも、セーターほど「頑張りました」感はない。
 申し訳ないが、ない。
 だがしかし。ベストは意外と着るんだ、俺は。
 コイツは知らないだろうけど。
 着て行った時の愕然とした表情を思い浮かべると、笑いがこぼれそうになる。
 クスクス笑いながらベストに顔を埋めていると、気持ち悪そうな口調で恋人が言う。
 そんなに幸せそうに笑ってないで、さっさと掃除に戻ったらどうだ。
 まだ離れるのが惜しい。
 正直に告げると、また口をへの字にする。
 そして目を細めて言った。
 君は、バレンタイン用に、と渡した毛糸が、今日もう形になって渡されたことをなにも思わないのか?
 思わない、わけじゃない。でも、これはきっと、俺への思いが溢れすぎて、一日たりとも待っていられずに早々に編み上げてしまって、渡さずに持っていることも出来ず、我慢ならずに渡しに来たんだろう。
 当然だろう、その通りに違いない、と胸を張る。
 一瞬、目をまん丸にして驚いた恋人は、顔を真っ赤にして怒鳴った。
 そんなわけないだろう! と。そして、周囲の視線を気にして声をひそめ、続ける。
 君は本当に単純で幸せだな。
 そりゃ、こんなに愛すべき恋人が居るんだ。幸せじゃないはずがないじゃないか。
 そう言う意味じゃない! 恋人はまた声を荒らげる。
 なんでバレンタインなんて2ヶ月も先にまだ付き合ってるだなんて思えるんだ。そんな先のこと、約束なんて出来るはずがない。
 なんて真面目なんだ、コイツは。
 愛しさが増して、公衆の面前で抱きしめたくなってしまう。でも我慢だ。
 仕方がないから、本人の代わりにベストを抱きしめる。
 先の約束は出来ない。でも、手編みのなにかを期待している俺を裏切りたくもない。
 だから、こんなに早く編み上げたのか。

 馬鹿だ。
 俺は到底心変わりするなんて思えないし、俺から別れを切り出すことがないだろうと言うのはコイツだって解っているはずだ。もし自分が心変わりしたのであれば、こっちの押し付けたものなんて気にする必要はない。
 それなのに。
 
 こんなに真面目で可愛くて愛しいのだ。
 俺が多少恋人にとち狂っていたとしても、誰も責められないのではないだろうか。

 これ以上一緒に居たらおかしくなってしまう。
 俺は笑顔で手を振る。
 あまりに素直に家に帰ろうとする俺に、またもや丸い目をした恋人は慌てた声で言った。
 大晦日。
 ん? 振り返ると、眼鏡を押し上げているせいで表情の見えないヤツは続ける。
 もしも、大晦日は家族揃って過ごす、なんて家訓でもあるなら別だけど。

 ――そうじゃないなら、家に来ないか。

 今度は、俺が目を丸くする番だった。
 あまりに予想外の台詞に、俺は黙りこむ。
 恋人は言った。
 
 どうせ、年明けと共に電話を、とか思ってるんだろう。
 それで、携帯電話の年末規制に引っかかって通じなかったじゃないか、だなんてこちらに文句をつけられても迷惑だ。
 電話が通じなさそうだから、とか言って押しかけてこられるのも迷惑だ。
 だったら、最初から居座られたほうが気が楽なんだけど。

 なんて意地っ張りで可愛いんだろう。
 絶対に、自分が一緒に居たいのだ、なんて言ってはくれない。
 仮にどうしても会いたいと思ったのだとしても、なにかしら理由を考えまくって理屈をこねて、わがままをそうとは見せないように言ってくるのだろう。
 馬鹿だ。
 そして、俺のことを良く解ってくれているコイツが、とても愛しくてならない。
 確かに俺は、そういう行動に出ようと思っていた。出来れば年をまたいでコイツの声が聞きたい、会いたいと思っていた。
 本当に、コイツは俺のことを良く解っている。
 でも俺だって、コイツの性格を多少は理解しているつもりなんだ。

 あぁ、でもウチは。
 思わせぶりに言葉を濁す。
 あれだけ仲の良い家族だ。当然そういう、大晦日は家族で過ごす、と言う慣例があったとしてもおかしくはない。
 そう考えたのだろう。恋人は表情を曇らせた。

 大丈夫、絶対に行く。

 俺の言葉に、安心したような顔をしながらアイツは言った。
 聞いてるのか、黒崎。
 僕は、予想される君の行動は迷惑だから、少しでもそれを避けたい、と言っているんだ。
 決して、僕が君と一緒に居たいわけじゃないんだからな。

 解ってる。

 そういう、言い訳がないとダメなヤツだってことは十分に理解してるよ、石田。

 大晦日の約束をして、俺は恋人に手を振った。




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