のるそる。



 帰り支度をしている一護の肩を叩く人がいる。
 なんだ? と振り返れば、啓吾が能天気な顔で笑っていた。
「いっちごぅ、今日ヒマぁ?」
「特に予定はねぇけど」
 この笑顔。嫌な予感がひしひしと擦り寄ってくる。
「じゃあさ、ナンパしに行かね?」
「な……?」
 嬉しそうになにを言うか。
 言葉に詰まり険悪な表情になる一護に、身体をくねらせながら啓吾は言った。
「だってー、水色に振られちゃったんだもーん」
「その段階で、今日は幸先悪いって思わないのか?」
 友人にまで素っ気なくされる日に、どうしてナンパが成功するなんて思えるんだ。
 呆れる一護に啓吾は首を傾げる。
「なんで? 悪いことがあれば良いことがあるのが世の中の常ってもんよ♪」
 うわぁ、と呆れ半分、あまりのポジティブさに感心半分の声を上げると、啓吾は手を合わせてきた。
「一護、怖い顔してなきゃ結構イケてるんだしさ、オレの後ろで適当にこう、笑っててくれりゃいいから!」
「いやいや。俺はナンパとかはちょっと、なぁ」
 女の子に興味がないわけではない。でも積極的に仲良くなろうとも思っていない。
 現在、気になる人があるのだからなおさらだ。それに、いくら啓吾が良いと言ってくれても自分が黙っている時他人に与える威圧感というものは自覚している。どう考えても、ナンパの相方として誘うのは間違っている気がした。
「ちょっとだけだから! あ、それともアレか!? 彼女でも出来たかっ!」
「出来てねぇよ」
 ふ、と背後に不穏な気配が生まれる。慌てて振り向けば、無表情に石田雨竜が立っていた。
「いっ、石田?!」
 思わず声が裏返る。
 ――今のケイゴとの話聞かれた?
 ザァっと血の気が引く。
 出来れば好印象を持っていないだろう相手には聞かれたくない会話だった。しかも、この先好意を持ってもらいたいなんて思う相手なら一層のこと。
「浅野くん。君、ナンパに行くのかい?」
 雨竜はいつもより心持ち低い声で問う。その言葉に啓吾が応えた。
「おう! 出会いを求めてな。ん? なんだ石田。一緒に行きたいのか? うーん。メガネ男子ってのもはやってるらしいし、石田がいても良いかもなぁ」
 盛り上がる声に首を振って、雨竜は一護を指差した。
「悪いね。黒崎はたった今僕と付き合うという予定が入ったんだ。君とナンパには行けない。申し訳ないが他を当たってくれ」
「たった今って石田」
 そりゃなんて冗談だ? と突っ込みを入れることは忘れず啓吾は肩をすくめた。
「オッケー。今日は家に帰ってゲームでもするわ」
 ごねるのかと思いきや、啓吾は爽やかな笑顔を浮かべてそう返す。
 一体お前のナンパにかける情熱ってのはどの程度なんだ。
 熱心なんだか結構どうでもいいと思っているのかさっぱり解らない。
「悪かったね」
「んー。まぁ良いさ。んじゃね」
 満足そうに頷いた雨竜に片手をあげ、呆気なく一護を諦めた啓吾はカバンを担いで行ってしまう。
乗り気ではなかったのだから助かったと思っても良いところだ。なのに一護は素直に感謝できなかった。
 ――怪しい。
 石田雨竜がなんの計算もなく黒崎一護に助け船を出すはずがない。悲しいけれどもそれが現実だ。
 どんな裏があるんだ、と警戒する一護に雨竜は言った。
「黒崎」
「なんだよ」
「今の、拒絶しなかったということは……このまま付き合ってもらえると思って良いのかい?」
「え? あ、あぁもちろん」
 助けてもらったお礼に多少寄り道して帰る時間ならある。
 なんだかいつもより視線を外しがちな様子が気になったが、一護は頷いてみせた。
「んで? どこに行くんだ?」
「ん?」
 行こう、と言う一護に雨竜は変な顔をする。
「どこに? いや、どこにも行かない。今日は帰るよ」
「はぁ?!」
 意味が分からない、と眉根を寄せる一護に雨竜は派手に顔をしかめた。
「君、誤解したな」
「なにがだよ」
「付き合う、という言葉の意味に決まっているじゃないか。よく思い出せ黒崎。僕は、君が『僕と付き合う』ことになった、って言ったんだよ」
「はぁ……」
「最後まで言わせるのか?」
 どうにも鈍い返事をしたらしい一護に、ため息混じりの雨竜は苦々しい表情で言う。
「良いかい? この場合の付き合うは、買い物に付き合うとかそういう意味じゃない。分かるだろう? お付き合いしましょう、の付き合う、だ。つまり、交際する、という意味になる。言うまでもなく恋人として、だ」
「な……っ?!」
 しれっとした顔で言い放つ雨竜に、一護は驚愕が止まらない。
 先ほどから教室内にはおあつらえ向きに誰もいないのは解っていたのに、つい周囲をキョロキョロと見回してしまう。
「『もちろん付き合う』と言ったな、黒崎一護」
「あ……う……」
「男に二言はない。だろう?」
 一護に返す言葉はない。
 同性だからって拒絶するつもりはない。
 気持ち悪いとも思わない。
 自分だって雨竜に恋愛感情だろうと思われるものを抱いていたのだ。石田雨竜が好きなのだ。両思いだったのか、と嬉しくなりかけるが、いや、冷静になれば「付き合え」と言われただけで、好きなのかどうかという一番重要な部分について明言されてないではないか。
 だがしかし、自分から確認するのは恥ずかしい。
 ――石田、オメー俺のことが好きだったのか?!
 なんて勢いで言った日にはその場で
「好きなわけないだろう」
 なんて切り捨てられそうだ。
 かと言って、
 ――それは、好きだって思ってくれているって思っても良いのか?
 とか聞いても、きっとあの少し馬鹿にしたような顔でわずかに頭を仰け反らせて
「調子に乗っているのかい? 黒崎一護」
 だなんて冷たく言われるに決まっている。
 何はともあれ、恋人としてのお付き合いなら両手をあげて大歓迎だ。さて一緒にどこに行こうか、なんて想像するとワクワクする。でも、いかんせん相手の意図が解らない。もしかしたら、何かの罰ゲームか嫌がらせなのかと考えてしまう。それでも、きっと相手も自分を好いてくれているはずだ、と信じたい。
 などと思考は混乱していくばかりだ。
 どうしたらいいのか解らずに唸っていると、雨竜は目を細めた。
「……騙したつもりはないからな」
「え?」
「だから、誤解させようと思って言葉を選んだつもりはない」
 雨竜は、見ればかすかに唇を尖らせているようだ。
 ――……もしかしたら、拗ねているのか? うわー、もうなんつーかもうコイツッ!!
 腐ってる、と頭の隅に浮かべながらも、そんな様子を可愛いなんて思ってしまう自分を一護は嫌になった。
「それで!」
 雨竜は声を荒げた。
「結局君は、付き合う気があるのかないのか、はっきりしてくれないかっ?!」
 どうやら痺れを切らしたらしい雨竜が睨んでくる。
「つ、付き合わせてください!」
 迫力負けして、一護は声を裏返しつつ答えた。
 すると、何故か怒っている様子で雨竜は続ける。
「君は、僕のことをどう思っているんだ?!」
「――す――」
「はっきり答える!」
「好きですっ」
「良し」
 背筋を伸ばして叫んだ一護を見た雨竜は満足した顔で大きく頷くと、カバンを手に教室を出ていってしまった。
「……なんなんだ、今の」
 それから数分、しばし呆然としていた一護は脱力して机に寄りかかった。
 どうして自分が告白させられているのか、意味が解らない。
「……良しってなんだよ」
 結局、雨竜が自分をどう思ってくれているのか聞けなかったじゃないか。
 本当に意味がわからない。
 残された一護は、顔を覆って唸った。


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石田に振り回される黒崎が好きです。
石田は言葉が足りないくらいで良いと思います。
…黒崎いつも置いてけぼり…!!(萌)




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