Sleeping Beast
―SIDE Beast



 ぼんやりと白い天井を見上げる。
 それは、真っ白い――まるでこの部屋の住人のように真っ白い。
 白い。
 すぅっと吸い込まれるように目を閉じる。見えるのは漆黒。それもこの部屋の持ち主を想像させて、心が疼いた。

「黒崎」
 無遠慮に声がかかる。うっすらと重い瞼を持ち上げて視線を投げる。見えるのは、白い肌・漆黒の瞳に流れるようなさらさらした髪。
「……近い……」
 思いがけない距離に驚いた俺は目を見開いて、石田はソレを見て――嗤った。
「黒崎」
 また、心地の好い声で呼ばれる。そして俺はまた、ふぅっと目を閉じた。

 あの日から。

 すっかり俺の世界が静まり返ったあの日から、やたら眠くて仕方がない。あれだけ四六時中ザワついていた世界が沈黙したのだ。熟睡できるのも当然か。
 部活もしていない。
 趣味も、特にない。
 やることをなくした俺は、家主の暇を見つけては、こうしてこの部屋に押しかけている状態だった。
「君は――寝ることしかしないのかい?」
 呆れたように石田が呟く。俺が聞いていても聞いていなくても、たぶん関係ないのだろう。あれは、ただの独り言。どーでもいい愚痴なのだ。
「……あぁ」
 唸るように応えると、軽い舌打ちが聞こえてきた。
「一体、何をしに来ているんだ。君は」
 僕の家は君の寝室じゃぁないし、ましてや宿泊施設でもないぞ。
 石田のぼやきは続いている。
 ――そんなことは解っているさ。
 でも、何をしたら良いのか解らないんだ。
 言い訳は口から出ずに、くぐもった唸り声として漏れるだけだ。
 仰向けに横たわって、より深い闇に落ち込めるように瞼の上に左腕を乗せる。
 ――また、闇だ。 なんにもない。

「本気で君は、自分には何もないと思っているのか」
 ボソリと石田が言った。
 また独り言……あぁ、いや。これは俺に向けられた言葉だ。
 返事をしなければ。そう思っても声は出なかった。
 ――眠い。目が開かない。頭がぼんやりと、霞がかっているようだ。
「莫迦だな君は。本当に、救いようのない莫迦だ」
 石田の呟きが、いつになく苦しそうで……俺はやっと目を開けた。
 その目前に、石田の切れ長の瞳がある。またもやの近距離に驚いて目を丸くした俺の口は、彼の名を呼ぼうと開きかけた形のまま、長く細い人差し指で押さえ込まれた。
「起きろよ、黒崎」
 ――起きてるって。
「くろさき」
 指が除かれ、今度は口唇で開きかけの口を塞がれる。
「……ッ!?」
 軽く、俺の口の中を生暖かい舌が転がり、応えようとする前に抜かれてしまう。
 何がなんだか解らないまま衝動に任せて手を伸ばす。けれど、いつものようにするりと身体をかわした石田は上体を起こして俺を見下ろした。
「ねぇ黒崎。君が起きて――一番目に見えたものは、何?」
 はじめに見えたもの?

 それは、
 考えるまでもなく  「いしだ……」  石田雨竜、その人だ。

 声が掠れる。 呼吸も上手く出来ない。            目の前がグラグラした。

「眠っていても、現実は見えないんだよ、黒崎」
 そんなことは、自分でも解っているんだろう?
 石田はまた、浅い呼吸に喘ぐ俺の左右の瞼に軽く口唇を触れさせる。それは、キスというにはあまりにも軽い。
「目を開けて、起きて、ちゃんと見るんだ。さぁ、君には何が見える」
 何度も俺の脳裏に刻み付けるかのように囁かれる。視界が揺らぐ。呼吸はもっと浅くなる。頬が熱い。胸の奥が締め付けられるようだ。
「石田……雨竜が」
「あぁ。僕だ。そう、君にとって今の現実は、僕だけだ。そうだね?」
 静かに、でも明瞭に。しっかりと子供に言い含めるように石田は言う。
「石田」
 切ない。苦しい。
 こんなのは――久し振りだ。
「ちゃんと見るんだ、黒崎。僕のことを、ちゃんと見て」
 石田は、俺の右手を取って自分の心臓を上に導いた。トクン・トクンと鼓動が伝わってくる。それは俺が感じている自分が刻んでいるリズムと同じで、安心した。
「僕は、生きている。有難いことに五体満足で、ね。そして君もだ。それ以上の現実の、なにが欲しいって言うんだい?」
「俺――俺は――……」

 ああ、この眠りは現実逃避だ。
 何も見たくない。見えない。      見えない自分なんて――無力すぎて認めたくないんだ。

「君が欲しかったのは、コレじゃないのか?」
 石田の口唇が近付いてくる。
(それとも、もう要らないとでも言うのかい?)
 脳髄に直接響く声に絡め取られそうになる。ドクンドクンと耳元で鼓動が大きく鳴っている。自分の身体を・現実を、目の前に曝け出させられた気分だった。
「目の前にある現実を認めろ。欲しいなら欲しいって言えよ」いくらでも、欲しがるだけ与えてやるから。
 そう言って重ねられた口唇を、貪って体勢を入れ替える。ダメだ、と思っているのに止められない。
 こんな、傷を埋めるようなことはしなくない。なのに。

「黒崎」

 石田の視線が俺を貫いた。
「僕は、君が完全に立ち止まった時には置いていくからな」
「それってどういう意味だ?」
 情けないことに、視線に圧されて何も出来なくなる。強張った身体と表情を見てまた石田が嗤った。
「僕はね、君みたいに善人ではないからね。全てを背負い込んで自滅なんて真っ平だ。
 僕には君を救わなきゃいけない道理なんてないし、当然今君が落ち込んでる場所から掬う気もない。だからだ」
 トン、と軽く胸を突かれた俺はベッドに尻餅をついた。髪をかき上げ、めがねを押し上げたいつものポーズで、情けない格好の俺を見た石田は笑った。
 なぜかそれが酷く眩しくて、俺は目を細めることしか出来ない。
「置いていく。君なんかには手の届かないところにさ、行くんだよ僕は」
 待ってくれ、なんて泣いて追いすがったところで振り返りはしないよ。
 だから。
「君は、ずっと僕の背中を追っていれば良いんだよ、黒崎一護」

 そのまま何も言わずに部屋を出て行く石田の後を、俺は転がるように追いかけた。
 外はバカバカしいほどの晴天で、雲一つなく晴れ上がった空で、相変わらず、耳が痛いほどに静かだった。




++++++++++++++++++++++



不安定な黒崎一護を書きたかった。
最終的には自分の文章が不安定だった。
文が揺らぎすぎ。
書いてる間に聞いていた曲→嘘つき造花 by kous
「愛してくれるの? そんなはずないよね?」




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