・・・・・ハニハニ・・・・・



 待ち合わせは18時。現在時刻は18時5分。相手は今回も遅刻らしい。
 この季節は、コートも要らないような日かと思えば防寒具が手放せない気温に逆戻りしたりする。日が落ちれば冷え込みは更に厳しくなる。
 まだ、春はもう少し先らしい。

 ――一体僕は何をしているんだろう。
 少々寝不足が続き、ぼんやりとした頭で石田雨竜は思う。
 3月の街角。男子高校生1人。紺色のコートに白いマフラー。手袋はしない主義だ。(指先が扱いにくくて、不器用になった気分になるから。)
 冷えた指先を吐く息で暖め、数メートル先の明るい店内を窺う。
 本来の待ち合わせ場所は、この先にあるカフェだ。席の余裕は十分にある。それなのに、外で待っているのには理由があった。
 月末、懐具合は暖かくないのだ。
 一人暮らしの高校生に金銭的な余裕などあるはずがなく、少しでも余裕があるなら趣味に注ぎ込みたい性格だ。カフェに入ると最低でも300円はかかるだろう。どうしてお茶1杯がそんなに高いんだか理解できない。それだけあれば一食分作れるではないか。ペットボトルだって2本、ブランドによっては3本買える。できれば入らずに済ませたい。
 とはいうものの、かれこれ20分弱こうして屋外に立ち尽くしている。そろそろ足の指もしびれたような感じがする。
 しかも、待ち合わせ相手はまだ来なさそうだ。連絡など取らなくても解ってしまう自分が恨めしい。
 ――仕方がない。
 覚悟を決めた雨竜は、やっと店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ〜」
 明るい店員の声に笑顔、気温差で曇る眼鏡に眉を寄せて雨竜はカウンターに近づいた。
 見えにくくなった眼鏡は外して、霞む視界でメニューを睨む。見れば、期間限定で蜂蜜柚子茶というものがあった。値段も280円。下手にコーヒーを頼んで胃がむかついたり眠れなくなるより良い。即決した雨竜は、腹が立つほど小さなカップに注がれた柚子茶の乗ったトレイを持って禁煙席に向かった。
 コートとマフラーを外して脇に置くと、温かいカップで冷えきった手を暖める。少しだけ口に含むと、蜂蜜の甘さと柚子の香りが広がり溜息が漏れた。持っていた文庫本を開くと、周囲の会話は小さくなっていった。

 文庫本を10ページほどめくったところで、雨竜は本を閉じて軽く頭を振った。
 内と外から身体が暖まるうちに、瞼が重くなってきた。こんなところで寝てはいけない。再び眼鏡を外して目頭を押さえていると、聞き慣れた声がした。
「うぉっ、貴重なものを……ッ!」
 見えないせいでより鋭くなった視線を向けると、待ち合わせの相手――黒崎一護は焦った顔をした、ようだった。なにぶん眼鏡がないから良く見えない。表情を窺おうとすればするほど険悪な顔になってしまい、うっすらと見える一護は余計に引き攣った顔になる。
 ――どうせ、怒っていると思っているんだろうな。
「あ、いや、別にわざと石田が眼鏡外すの待ってた訳じゃなくて。遅れてごめん、っつか、ていうか、いけないものを見てしまったような気分で、あー、なんつーかこう、その、だな」
「うるさいよ黒崎」
 早く何か注文してこい、と視線で伝えると、一護は慌てて荷物を雨竜の向かいに置いてカウンターに向かった。
 面倒臭い。雨竜は目を細めてため息をついた。あのなんでもかんでも特別なものみたいな反応、どうにかならないものだろうか。いちいちこちらが恥ずかしい。
 そんなことを考えているうちに、カフェオレを持って帰ってきた一護が何か遅刻した言い訳をしているようだったが雨竜の耳には入って来ない。やっぱり寝不足はいただけない。限界だ。眠い。
 悔しいことに、一護の顔を見たら余計に眠くなってきた。こんな男相手に安心しきってしまったというのか。自分で自分が信じられない。
「それ、なんだ?」
 一護が興味を示してきた柚子茶は冷めきっている。
「蜂蜜柚子茶」
 飲みたいなら飲めばいい。少し押して出せば、一護は嬉しそうな顔をした。ニコニコとカップに口をつける一護を眺めていると、こちらまで和むような気になるから不思議だ。
「冷めちゃったから、美味しいかどうかは解らないけど」
「いや、美味いよ」
「…………」
 心底嬉しそうな一護を見ているうちに、なぜか付き合いが深くなってしまった黒崎家の面々が浮かんだ。
「君の家」
「うん?」
「みたいだな。その柚子茶」
「は?」
 妹の名前だけだろ。と言う一護に雨竜は首を振る。
「甘いけどしつこくない」
「甘い。ってなにがだよ」
「雰囲気、かな。まぁ黙って聞いていてくれるかな」
 雨竜は気怠げに頬杖をついた。
「柚子も花梨も、苺だって冬によく見かけるだろう?」
「はぁ」
 何を言っているんだ。と、一護は険悪な顔になっていく。
 ――実は、その顔も嫌いじゃないんだ。
 ぼんやりとしたまま、雨竜は続けた。
「あぁ寒いだなぁって思うと、人肌恋しくなるじゃないか。君の家を思い出しても、なんだか恋しくなる。蜂蜜みたいに身体に優しそうだ」
「石田? 寝ぼけてるのか?」
「うるさいなぁ、黒崎。僕は君の家と君が好きだって言ってるんだよ。文句あるのかい?」
 心配そうに寄っていた一護の眉が情けなく垂れ下がり、顔は耳まで赤くなる。
「石田、お前やっぱり眠いんだろ。ここで寝るな。家に来いよ」
「……あぁ」
 何をそんなに慌てているんだ?
 首を傾げながら立ち上がった雨竜の耳に、一護の呟きが入ってきた。

 そんな嬉しい言葉、他のヤツに聞かれて堪るかっての。

 雨竜は背中を向けて、微かに微笑んだ。
 その後に続いた、ここじゃなにもできやしない、というセリフは聞こえなかった振りをすることにして。



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 2010年1月にブログに載せた文章を多少改定してUP。
 冬のネタを3月に設定変えるのは無理があった。スミマセン。




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